「洋画は見ない…」日本の"洋画離れ"に起きた異変
『インサイド・ヘッド2』©2024 Disney. All Rights Reserved.
ここ数年、洋画不況と言われて久しい。2010年代後半は年間興収の邦画と洋画の比率が5.5対4.5ほどだったが、コロナ禍を経た昨年、一昨年は7対3ほどまで差が開き、洋画が世の中的な話題になることがすっかり少なくなった。
しかし、今年は少し違う。前半はアカデミー賞を総なめした『オッペンハイマー』が、内容と作品性で社会的な話題になり、夏からは景気のいいエポックメイキングなトピックがいくつか飛び交っている。2020年以降ほぼ無風だった洋画シーンだが、今年に入り復興へと向かう動きが出てきているのだ。
アフターコロナの深刻な洋画離れ
コロナ禍を経て、興行シーンは大きく変わった。動画配信サービスの普及で観客の映像コンテンツ視聴スタイルが変わり、映画ファン以外の一般層が映画館に足を向けることが極端に少なくなった。かつては50億円超えのヒット作が年間何本も生まれていたが、いまや10億〜20億円でヒットだと言われている。
一方、年間の興行収入は、一部のアニメ大作の大ヒットに支えられ、コロナ前と変わらぬ規模まで戻している。
興行市場はコロナ後に順調に回復しているように見えるが、実際は年間数本生まれる一般層を動かすイベント映画によってなんとか全体の数字を保っており、作品ごとのヒット規模は小さくなっているのだ。
とくに厳しいのが洋画だ。コロナ禍とその後のハリウッドのストライキの影響で作品供給が停滞した洋画は、劇場公開よりも自社プラットフォームでの配信を優先するアメリカのメジャー映画会社と日本の興行界との軋轢も重なり、シネコンの番組編成からすっかり消えた時期があった。そんな状況が、観客の“洋画離れ”を加速させたのだ。
洋画不況に直結したディズニーの不振
洋画を代表するディズニーの状況はどうだろうか。邦画と洋画のシェアがほぼ半々だった2010年代後半、ディズニーは100億円超えの大ヒットを毎年のように生み出し、50億円超えヒットは当たり前の洋画興行を牽引する存在だった。
歴代最高の年間興収を記録した2019年(2611.8億円)は、ディズニーは100億円超え3本(『アナと雪の女王2』『アラジン』『トイ・ストーリー4』)、50億円超え2本(『ライオン・キング』『アベンジャーズ/エンドゲーム』)と邦画を上回るヒット規模の作品を連発し、興行全体を大きく底上げしていた。
しかし、コロナ禍のディズニープラスへの配信シフトの試行錯誤を経て、状況は一変した。アフターコロナでは、期待されたシリーズ大作でも30億円台がやっと。かつての勢いを失ったディズニーのコロナ後の不振は、洋画不況そのものに直結していた。
ウォルト・ディズニー・ジャパンのゼネラルマネージャー佐藤英之氏は、その頃の状況をこう振り返る。
「コロナ禍の後も安定して劇場公開作品の供給を続けることで、ディズニー作品のファンベースはしっかり保ってきていました。ただ、国内の映画マーケット全体としては、いったん冷え切ってしまった影響は大きい。加えて、ハリウッドのストライキの影響で、業界各社でハリウッド作品の供給が細っていたのがこれまでの実情です」
ウォルト・ディズニー・ジャパンのゼネラルマネージャー佐藤英之氏(写真:筆者撮影)
一方、邦画はその間もどんどん作品を供給し続け、コロナ禍の作品不足時には、アニメ大作がシネコンのスクリーンを占拠した。
それ以降、アニメ大作をはじめ、スクリーン占拠が邦画大作のデフォルトの公開形式になることで、一般層の関心はイベント映画に集中するようになる。いつの間にか洋画は蚊帳の外になり、かつては大ヒットが当たり前だったディズニーでは、とくにその不振ぶりが際立った。
そうしたなか、ディズニーにとって実に5年ぶりの50億円台ヒットとなったのが、『インサイド・ヘッド2』(53億円超え)だ。
ディズニーの復活=洋画復興の狼煙に見えるそのヒットの背景について、佐藤氏は「作品のクオリティに尽きる」という。
『インサイド・ヘッド2』©2024 Disney. All Rights Reserved.
しかし、それだけでは大ヒットが生まれなくなったのがアフターコロナだ。「50億円到達のためには、現状のディズニーファンを超える新しい層に届かないと難しい」と市場を分析し、地方のファミリー層など子どもたちの開拓と掘り起こしに改めて取り組んでいた。
具体的には、同層への体験型のプロモーションを軸に置き、全国各地のショッピングモールで映画キャラクターのバルーンアート(11カ所)を子どもたちが作るワークショップを実施したり、迷路(5都市)やスタンプラリーといったアトラクション的なタッチポイントを増やした。
そのほかにもディズニーストアのグッズや、イクスピアリ(東京ディズニーリゾート)と連携した日本最速試写や施設内宣伝などにより、観客との関係性を深めることに徹底的に注力した。
こうした地道な取り組みは、映画宣伝の王道であり基本的なことではあるが、SNSやネットなどで情報があふれる時代に、リアルな体験こそ人の心を動かす大きな力があることを如実に示しているのではないだろうか。
とくに映画のようなエンターテインメントにおいて、特別な体験は作品への感情移入につながり、次の行動への大きなモチベーションになる。もちろんSNSなどによるマーケティング戦略は重要だ。それと体験型の施策を両輪とするのは、宣伝の原点回帰でもあるだろう。それが実際に成果につながった。
洋画が体験消費として再認された
こうしたディズニーの取り組みは、昨年の『リトル・マーメイド』(34億円)や『マイ・エレメント』(27億円)から積極的に行われていた。なかでも、特徴的な事例は『リトル・マーメイド』。地方の高校の吹奏楽部の演奏付き試写会などで、地元とのエンゲージメントを強めていた。
佐藤氏は「ディズニー作品は昨年から復調しはじめていました。作品ごとの興収はどんどん積み上がってきて、今年もその波が続いています」と言葉に力を込める。
洋画の雄が、時代の過渡期を乗り越えて、昨年から再び映画館に観客の足を向けさせている。今年はようやく興収というひとつの象徴的な形になって見えてきた。
それを現場の興行主も実感している。シネコンのイオンシネマを運営するイオンエンターテイメント映像本部コンテンツ編成部・部長の玉置修氏は、『インサイド・ヘッド2』の興行を「今夏のファミリー層のファーストチョイス映画であり、女児中心の予想から、男児にも同等にご来場いただきました。さらに夏休み終了後は、シニアを含む大人だけのご鑑賞も増えました。作品が高く評価されたとも感じています」とその好調ぶりを振り返る。
そして、この洋画復調の流れは一過性ではなく、この先も継続していくことを予測する。
「クオリティの高い洋画が、“コト”や“エモ”の消費・体験として再び認められた現象であり、多くの若い消費者に『洋画も面白い』という印象を与えました。これは一過性のブームではないと思います。本作が“映画館デビュー”であったお子様が多くいらっしゃったことも、この先の洋画復調に与えた功績は大きいのではないでしょうか」(玉置氏)
洋画興行全体は明るい話題ばかりではない
ただ、そうした明るい兆しがある一方、今年の邦洋の比率はこの夏までで8対2ほど。洋画興行全体としての市場規模は、アフターコロナのどん底からほとんど変わっていない。
著書『アメリカ映画に明日はあるか』で20年間の洋画興行を考察する映画ジャーナリストの大高宏雄氏は「洋画にとって、ディズニーの復調は心強いですが、まだまだの感じはあります」と“ディズニー復調”という言葉に対する物足りなさを指摘する。
「たしかに『インサイド・ヘッド2』はコロナ禍以降、同社初の50億円突破作品になりました。2024年正月の『ウィッシュ』(36億円)、シリーズ最高の『デッドプール&ウルヴァリン』(21億円)も入れると、この3本で優に100億円を超えています。ただ、2023年でも20億円以上が5本ありました。『まだまだ』の意味がそこにあります」(大高氏)
洋画シーンを牽引するディズニーだからこそ、今年の洋画へのいい流れのなかで、前年並み以上の成績が期待される。
同時に大高氏は、今年はこれまでの洋画不況と言われていた近年とは異なることにも言及する。
「洋画の話題作が多かった年だと思います。面白い作品、充実した作品が何本もあり、メディアが多く洋画を取り上げたことも重要です。興行は質的側面が最重要ですが、情報が飛び交うことが必須の条件です」と一定の評価をした。
一方、佐藤氏も今年のディズニー作品の話題性について「世の中のアップワード(話題性の高い流行語)のトレンドにうまく乗れている」と評価し、循環型の宣伝システムを機能させることによる、この先の長期的な成長に自信をにじませた。
この流れは、年末から来年へとどうつながっていき、本格的な洋画復興を迎えるのか。
ディズニーは、エミー賞最多受賞が日本でも大きな話題になったディズニープラスの『SHOGUN 将軍』を11月中旬に期間限定で劇場公開する。真田広之のプロデュース、主演によるアメリカのドラマである本作は、一般層の洋画鑑賞へのハードルを下げている。
また、年末には『モアナと伝説の海2』と『ライオン・キング:ムファサ』の大作シリーズが控えており、その宣伝施策には体験型のアトラクション付き鑑賞など興行社や商業施設と連動した郊外各地での観客の掘り起こしが進められている。その結果は、洋画興行のこの先の行方を占うものになるかもしれない。
『モアナと伝説の海2』12月6日(金)公開 ©2024 Disney. All Rights Reserved.
佐藤氏は「ハリウッドのストライキで後ろ倒しになっていたディズニーの大作シリーズを含めた大型作品が、来年は洋画メジャー各社から本格的に戻ってきます。そこから洋画市場はさらに勢いづいていくのではないでしょうか。われわれは当然、今年よりもさらに高みを目指していくつもりです」と前を見据える。
洋画がどこまで盛り返せるか
1990年代から2000年代初頭は、洋画シェアが6〜7割。そんな時代もあった。時代は移り変わるが、エンターテインメントの流行には周期がある。いずれ洋画シェアが盛り返す時代が再来するだろう。問題はそれがいつになり、どこまでシェアを盛り返せるか。いまの時勢を鑑みると、シェア半々までが洋画の天井になる社会になることも十分考えられる。ただ、7割まで戻す可能性もゼロではない。
大高氏は今後の洋画興行に関して「さまざまな手立てを考えていく必要があると思います。多義的な『洋画復興』戦略ですね。洋画の面白さを、どのように伝えていくか。それは一筋縄ではいきません。豊富な情報量と話題性をどう押し出していくか。もはや、洋画、映画といったエンターテインメントだけの話ではない気もしています。日本人の意識のありようにまでかかわる問題であるかもしれません」とその難しさを指摘する。
そんな状況だが、近年まったく波風の立たなかった洋画シーンに、揺り戻しの動きが今年見られたことは業界にとって明るい兆しになる。その芽をいかに育てていくことができるか。洋画業界全体が知恵を絞って取り組まなければならないだろう。まずはこの年末から来年の洋画興行でどう結果を出すかが注目される。
『ライオン・キング:ムファサ』12月20日(金)公開 ©2024 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
(武井 保之 : ライター)