早朝からの長蛇の列ができるようになったため予約制となった警視庁府中運転免許試験場(写真/イメージマート)

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 外国で取得した運転免許証を日本の運転免許証に切替えることを指す「外免切替」という耳慣れない言葉が、ネットで話題になっている。国際免許へ切り替えるため、運転免許試験場に早朝から列をつくる外国人の様子をテレビの情報番組が特集したためだ。日本で一から運転免許を取得するよりも、外国で免許を取得して日本で切り替えた方が簡単で安上がりということは以前から言われていて、海外滞在時に運転免許を取得し帰国後に切り替えるライフハックが一部の日本人の間でも活用されていた。それが今、訪日外国人に利用されている。人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が、外国人と日本の運転免許をめぐる混乱と現実についてレポートする。

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「日本で運転する免許が欲しいから並んでいる。みんなそうだ。わざわざこのために中国から来た人もいる」

 10月早朝、東京都府中市にある府中運転免許試験場に人の列が出来ていた。もう秋だというのに朝から蒸し暑い。列のほとんどは聞く限り中国人。一応、早朝からの並びは禁止となっているが誰も守ってはいない。

「簡単に日本の免許にできる。こんなにお得なこと、しない中国人はいない」

 日本語学校に通ったことがあるとのことで流暢に日本語を話す中国人。しかし彼以外、他の中国人は日本語がうまく話せない人も多いようだ。それでも日本で運転できる免許に切り替えができるとのこと。

「彼は民泊だよ」

 初めて日本に来たという中国人の若者を紹介してもらう。日本語はまったくできないので通訳してもらう。民泊だろうがホテル滞在だろうがそこを住所(一時帰国滞在証明)にすれば観光ビザでも外免切替は可能だ。

「日本の免許は世界中で使える。中国の免許はどこも使えない。お得だ。日本は優しい」

 試験場でも日本語が話せなくても通訳できる者が同伴すれば受け付けてもらえる。試験は東京都なら24言語の外国語に対応している(対応言語数は都道府県による)。つまり、日本語なんか読み書きできなくとも日本で運転できるようになる。

 それがたとえ、日本の運転免許制度に合致していない国の免許であったとしても。

中国の免許は簡単というかいい加減

 なぜ中国人が殺到しているか――それは彼らの言う通り、中国(香港、マカオを除く中華人民共和国)の運転免許はほとんどの国で国際運転免許証を発給してもらえないからである。ここで彼らの言う「日本の免許」とはジュネーブ条約加盟国の発給する国際運転免許証であり、いわゆる外免切替のことである。

 都内、長く日本に住む旧知の中国人男性から話を聞く。

「取った時代や地域にもよるけど中国の免許は簡単というかいい加減なんです。だから運転できる国はほとんどありません」

 彼の言葉を補足すると、いい加減かどうかはともかく、日本で運転免許を取得した人はほとんどの国で国際免許を発給してもらえるが、中国運転免許を取得した人はほとんどの国で国際免許を発給してもらえない、ということである。

 運転免許の国際制度は非常に複雑で国家間協定や特例、その国でも地域によって扱いが違う(州によって違うアメリカなど)場合があるので細かい説明は措くが、簡単に言えば「ジュネーブ条約」と「ウィーン条約」の二つの国際条約によって成り立っている。

 まず日本は運転免許で「ジュネーブ条約」に加盟している。ジュネーブ条約加盟国は世界中のほとんどの国や地域である。中国でも香港やマカオで運転免許を取得した人はジュネーブ条約加盟地域なので問題なく日本で国際免許を発給して貰える。後述のウィーン条約加盟国でもジュネーブ条約と両方加盟している国もある(イギリス、韓国など)。

 いずれにせよ日本で運転免許を取得した人は「自分の免許が国際免許に切り替えられない」という経験をすることは少ないだろう。それほど世界の大半はこのジュネーブ条約に加盟している。

 いっぽう、中国運転免許で「ウィーン条約」のみ加盟している。ロシアなど欧州の一部、南米、アフリカといった国々で、日本人が運転するのはまあ、かなりレアなケースなのは事実だろう。ちなみにドイツやスイスもウィーン条約のみの加盟国だが、日本の運転免許証そのままに手続き(翻訳証明など)をすれば定められた期間内なら運転できる。そこは言い方が難しいが外交上の相互間協定なのでその国の「信用」によるところもある。

 日本人の多くは意識することもないが、何十時間もの実技教習や学科講習と各試験を経て取得する日本の運転免許証というのは非常に国際的に信頼のある、価値あるものなのだ。

 条約とそうした事情の直接的な関係はないにせよ、日本の運転免許取得は世界でも非常に厳しい試験であることは確か。正直、中国出身の彼の言う通り「簡単というかいい加減」な国は少なくない。

「だから中国の人たちからしたらびっくりするくらい、日本で国際免許に切り替えられるというのは『お得』なんです。だから殺到する。彼らの言う通り優しいというか、お人好しかもしれません」

 その「お人好し」の証拠に彼ら中国人たちが日本の免許試験場で受ける学科試験は10問中7問正解で合格、それも2択である。あくまで確認のための平易な質問で、まあ受からせるための試験、と言ってもいいだろう。

 私たちのイメージする試験、引っ掛けだらけの仮免学科試験50問中45問以上、本免学科試験95問100点満点中90点以上が求められる学科試験どころか、いわゆる原付免許の50点満点48問のみに比べてもびっくりするほど少ない。

 筆記と比べて実技はどうか。改めて運転免許試験場、合格した中国人に話を聞いた。

「簡単でした。車を操作できるかの確認みたいなものでした。これで自転車使わずに済む、嬉しい」

 彼は今年来たばかりの留学生、普段は自転車で移動だったが取得後は日本でドライブを楽しみたいそうだ。

 それにしても、国際免許への切り替えと日本国内で取得する正規の(便宜上使う)運転免許の違いはあるにせよ日本の道路を走ることは同じ、まして日本で教習所を経ない試験場のいわゆる「一発試験」は四輪も二輪も狭き門だ。このような教習所で大金を払って長時間の講習や授業を経た人、試験場の実技で何度も落ちながら取得した人からすれば納得できないのではないか。

 中国の旅行パンフレットには以前から免許切り替えツアー的なものもある。中国はコロナ禍以前から日本の手厚い国民健康保険制度を目的に来日して受診する「医療タダ乗りツアー」が問題になったが、それと同様に「商品」としてパッケージ化されている。

 中国人が得するから、という話ではない。中国運転免許は多くの国で認められにくく厳しい基準で審査されているのに、日本だけがこうした緩い審査でジュネーブ条約の国際免許への切り替え(外免切替)を認めると、どういうことになるか。

運転手として雇ってくれという中国人はいる

 埼玉西部の運送会社社長は「最近とくに増えた」としてこう明かす。

「運転手として雇ってくれという中国人はいる。あとはパキスタンとかクルドとか。うちは断っているが運転手の足りない運送会社やモグリは雇うだろうね。実際、運転手が足りないのは事実だから」

 パキスタンもジュネーブ条約に加盟していない。クルドは国を持たないためそのパキスタンも含めた周辺国ということになるがイラン、イラクも加盟していない。トルコやシリアで取得した場合はジュネーブ条約加盟国なので有効だ。もちろん日本に住み、日本の運転免許を正規に取得した人も問題ない。

 しかしそうした問題ばかりが理由ではない、とも語る。

「国際免許が切れていても平気で『運転できる』と来る。在留資格すらあやしいのも来る。そんな運転手を雇ったらうちが大変なことになる。差別しているつもりはない。こっちも仕事だし、人の命にかかわることだ」

 国際免許の期限は発給から1年以内か上陸1年以内のうちの短い期間で有効となる。それを過ぎると更新制度もないため「無免許」状態になる。全部がそうではないが、そうした事件(後述)がたびたび報じられている。任意保険の問題もある。2011年の名古屋市で起きたブラジル人男性による無免許ひき逃げ事故は出所後に事故加害者が母国へ帰ってしまい、遺族は泣き寝入り状態となってしまった(ブラジルはジュネーブ条約非加盟国)。

 日本は政府主導で商業ドライバー不足解決と海外旅行者のインバウンド需要喚起のため、外国人が日本で運転する際の運転免許の外免切替や取得手段を簡素化、多言語化などによって平易にしてきた。公道を外国人観光客のカートが走り回り、外国人の運転する貨物が増えたのもそうした政策によるものだが、それが「お人好し」と一部の国や地域の外国人から利用されている実態がある。10月には日本で有効でない免許を持つ外国人客に公道でカートを運転させたとして都内のレンタルカート業者が摘発された。

 別の都内運送会社役員は「それでも必要」と電話口でこう話す。

「ドライバーが本当に足りない。うちだけじゃない。これから少子化もあるし、ある程度は仕方ないとみな思っているはずだ。むしろ日本の免許制度が厳しすぎるように思う」

 立場によって受け取り方は様々だが中国人を中心とした運転免許の外免切替騒動。府中運転免許試験場ではあまりの朝からの行列に10月28日から予約制とすることを決めた。

 先の日本在住の中国人はこう話す。

「日本で国際免許の切り替えができれば世界の多くで運転できるようになる。中国人からすればこんな夢のような話はないし、例えばオーストラリアやドイツは中国人だと切り替えに厳しくて落ちるから簡単で信用ある日本で切り替えてから、とも聞く。その日本の運転免許の信用が落ちないか、そうなったら申し訳なく思います」

 外国人といっても様々なのは当然の話だが、この10月には埼玉県川口市で飲酒運転かつ時速100キロ以上で逆走した18歳の中国籍男性が衝突して事故相手の日本人が死亡した。川口市では9月にもトルコ国籍の同じく18歳が少年2人をひき逃げ(うち1人死亡)して逮捕されている。

 2015年に浜松市で中国籍の女性が信号無視で5人を死傷させた事故はこの10月に高裁が「統合失調症の症状が悪化」として逆転無罪とした。長い裁判だったが「たくさんの外国人が運転する国」となるならやるべきことはまだあるように思うし、日本人だって事故を起こしていると言ってもこれでは広く理解は得られないだろう。

 差別がどうこうではなくこの国の交通安全と運転免許制度の国際的な信用の問題、外国人の運転に関して日本に制度上の問題があるなら是正しなければそれこそ軋轢が増すばかりだ。お互いのためにもならないし、ドライバーも含めた働き手の不足を解消するつもりとするならそれは順序が違うのではないか。いよいよ「お人好し」では済まない問題になりつつあるように思う。

日野百草(ひの・ひゃくそう)/出版社勤務を経て、内外の社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。日本ペンクラブ広報委員会委員。