人をひとりの個体として考えるならば、それぞれ人によって生息しやすい環境は異なるはずです(写真:ナオ/PIXTA)

学校では「がんばらない」を教えてくれませんでした。

弱音を吐かずにがんばる人は、「我慢強い」「がんばり屋さん」「忍耐力がある」と称賛されるのが一般的。そのため、すでに自分は限界を迎えていても、無意識に押さえこんでしまい、その結果、ある日突然、メンタルを病んでしまうこともあります。

精神科医の和田秀樹氏は、「つらいなら今すぐ逃げなさい」とメッセージを送ります。なぜなら、逃げることこそが無駄な勝負を避けるポジティブな戦略だからです。

和田氏の著書『逃げる勇気』を一部抜粋し、3回にわたってお届けします。

逃げることはポジティブな戦略

ほとんどの方は、「逃げる」という言葉自体にネガティブな印象しか持っていません。

逃げる人は、「落伍者」「負け犬」「弱虫」「根性なし」「卑怯者」「ずるい」「わがまま」「甘ったれ」「自分勝手」「努力が足りない」「我慢が足りない」「責任逃れ」……などと批判されます。

「もっと厳しい環境でも努力してがんばっている人がいるのに──」と言われることもあります。

いまの時代は、メンタルヘルス(心の健康)に何らかの問題を抱えている人や、打たれ弱く自己肯定感が低い落ちこみやすい人を「メンヘラ」「豆腐メンタル」と言ったりします。

自分でこれらの言葉を使うときは自虐的ですし、他者についても軽いノリで言う表現です。

でも、気がつくと、軽いノリでは済まされなくなることも少なくありません。

私がお伝えしたい「逃げること」の本来の意味は、次にあげた言葉に置き換えられます。

逃げるとは──

自分の適した環境(自分らしくいられる環境)に移動すること

逃げるとは──

自分の気持ちを整理する時間を持つこと

逃げるとは──

自分の身を相手から防御すること

逃げるとは──

相手に近づかないこと

逃げるとは──

命を守るために、相手と距離を置くこと

逃げるとは──

戦略を練り直すための勇気ある撤退をすること

つまり、いまの環境や状況があなたにフィットしていないだけなのです。

相手はあなたを攻撃してくるかもしれませんが、そんなときこそ戦わずに逃げることです。


生物はみなそれぞれ適した生息地があります。水のないところで魚は生きられません。魚を陸に上げたら、すぐに息絶えてしまいます。

人間も同じです。適した環境で生きていくことが重要です。

本来その人をひとりの個体として考えるならば、それぞれ人によって生息しやすい環境は異なるはずです。

ところが、人間は環境が自分にとってそんなにフィットしていなくても、我慢してそれなりにやっていけてしまうからやっかいなのです。

もしも「この環境はどうも合わない」と感じたら、その場で合う環境に移動することが重要です。

そうでなければ、魚のように息絶えてしまうのですから。

もしも、「生きづらさ」を感じているなら、命を守るためにいますぐ生きやすい環境に移動することです。

がんばらないのも勇気

逃げることは環境を変えることであって、とても勇気がいりますが、とてもポジティブな選択です。

「つらい場所から、勇気を出していますぐに逃げだしてください」

「がんばらないのも勇気です。ときにはがんばらない勇気も必要です」

これまで「逃げなさい」と背中を押してもらったことはありますか?

もしも、だれも押してくれなかったならば、私が押します。

逃げることは、とてもポジティブな選択なのです。

(和田 秀樹 : 精神科医)