テスラのイベント「We, Robot」で公開されたサイバーキャブとロボバン(写真:Tesla)

2027年、ハンドルもペダルもない完全自動運転のロボタクシー(呼称「サイバーキャブ」)が、街中を走り回っている様子が当たり前となっているのだろうか……。

テスラのCEO、イーロン・マスク氏の完全自動運転に対する発言を時系列で振り返ってみたい。

2016年 「2年後(2018年)、自動運転車を実現する」と発言2017年 「今年(2017年)の11月か12月には“間違いなく”、自動運転車が実現し、ドライバーは車内で移動中に昼寝ができるようになる」と発言2018年 「来年(2019年)、完全自動運転が実現すると確信しており、人が運転するよりもはるかに安全になる」と発言2019年 「年末(2019年)までに完全自動運転機能が完成する」「1年後(2020年)には100万台以上のロボットタクシーが路上を走っている」と発言


We, Robotイベントの告知画像(写真:Tesla)

最後の発言から5年後の2024年10月11日(日本時間)、マスク氏はテスラのイベント「We, Robot」を開催し、無人タクシー「サイバーキャブ」を発表した。

ハンドルもペダルもない2人乗りのEV

カリフォルニア州バーバンクにあるワーナー・ブラザースの撮影所で開催されたこのイベントで、マスク氏はサイバーキャブを2026年か、2027年に一般顧客に販売し、価格は「3万ドル以下」とアナウンスした。


同氏が経営するSpaceXの宇宙服を着た人物と登場したイーロン・マスク氏(写真:Tesla, X)

シルバーに輝いて見えるサイバーキャブにはハンドルもペダルもなく、完全自動運転による走行が可能という。フロントおよびリア外観は、テスラの電気ピックアップトラックであるサイバートラックのイメージに近い。しかし、丸みある形状は、むしろテスラの主力車種であるModel 3をクーペスタイルにしたようなデザインだ。


ロボタクシー / サイバーキャブはバタフライ式のドアを採用(写真:Tesla)

クーペボディのクルマだと、車内は狭いし荷物もそんなに積めないのではと思うかもしれない。しかし、サイバーキャブのトランクルームは車両後端からほぼ座席の真後ろまであり、リアのハッチを開ければ、軽トラックほどはあるかと思われる収納スペースが現れる。


収納スペースは容量かなりある(写真:Tesla)

イベントで紹介された動画では、移動中に車内のモニターでサッカー中継を観戦したり、ビデオ会議をしたり、勉強したり、居眠りする様子が紹介された。


イーロン・マスク氏を乗せて走るロボタクシー / サイバーキャブ(写真:Tesla, X)

「3万ドル以下」という価格が本当に実現したら、サイバーキャブは間違いなく売れるだろう。現在、テスラが販売している電気自動車で最も安価なModel 3でさえ約4万ドルからだ。アメリカでこの価格帯で購入できる量産EVは日産リーフぐらいではなかろうか。

技術的な詳細は語られず

イベントの主役であるサイバーキャブだが、その主要諸元など技術的なことは、ほとんど説明されなかった。電気自動車を買おうと思う人なら誰もが気にするはずの、満充電状態からの走行可能距離すら触れられることはなかった。

サイバーキャブは完全自動運転なので、自動車を運転することよりも、その移動時間をほかのことに活用したいと考える人々がターゲットになる。顧客は自分で運転しないのだから、このクルマの馬力がどれぐらいか、充電当たり何km走るのかといったことは重要ではない。一方で、マスク氏はサイバーキャブの運用コストが推定で「1マイル当たり0.2ドル」と述べた。確かに購入前にしか気にしないクルマの仕様よりも、購入後にかかるコストのほうが顧客にとってより有益な情報かもしれない。


ハンドルがない座席(写真:Tesla)

クルマの仕様についてはあまり語らなかったマスク氏だが、1つだけ、これまでにない新機能がこの電気自動車に搭載されることを明らかにしている。それは誘導式の充電機能が装備されるということだ。いわば、スマートフォンで普及しているワイヤレス充電の電気自動車版だ。この機能があれば、買い物から帰宅した際、荷物を家に運び込んだ後で、充電プラグを挿しにガレージに戻る必要がなくなる。


サイバーキャブで買い物に出かける様子(写真:Tesla, X)

テスラは以前、サイバートラック用のワイヤレス充電機能を開発していると伝えられていたため、それがサイバーキャブ向けに用意されたとしても意外ではないが、サイバートラック用は後付けのオプション装備になると考えられていた。

ちなみにテスラは2015年に、あくまでスタディケースとして触手型自動充電プラグを公開していた。それに比べれば、ワイヤレス充電ははるかにスマートで実用的と思われる。

本来はModel 2だった?

振り返れば2006年、マスク氏はテスラの「マスタープラン」として、まず高級モデルを生産・販売し、その利益を低価格帯のファミリーカーの開発資金に充当するという計画を説明していた。そして、2012年に「Model S」、2015年に「Model X」、2017年に「Model 3」、2020年に「Model Y」を市場に投入してきた。


左からModel S、Model 3、Model X、Model Y(写真:Tesla)

テスラが次に発売する車種は(2017年にサプライズ発表されてから音沙汰のないTesla Roadsterを除けば)、Model 3の下のクラスに位置するModel 2が予定されていた。Model 2では、ついに一般消費者が気軽に買える、1台当たり約2万5000ドルからの価格帯を予定し、2025年後半にテキサスの工場で生産を開始すると言われていた。

ところが今年になり、テスラは中国市場で現地EVメーカーとの競争が激化し、売り上げが落ち込んでしまった。これまで維持してきた全電気自動車(BEV)の世界販売台数1位の座も中国BYDに脅かされ、かつての華々しさが霞みつつあるようにも見えた。BYDは、すでに中国で1万ドル前後で売られる電気自動車「シーガル」を含む複数の低価格車を販売している(アメリカは9月、中国製EVへの制裁関税を100%に引き上げたが、それでもシーガルはModel 2が目標とする2万5000ドルより安い)。

そんな矢先の4月、業績報告の場でマスク氏は、2025年に量産を開始するとされていたModel 2の計画を中止した。そして長らく構想を語ってきたという「ロボタクシー」に関するイベントを8月に発表し「テスラが自動運転フリートを運営することになる」と述べた(その後、8月の発表は10月に延期された)。


長らく構想を練ってお披露目となったロボタクシー / サイバーキャブ(写真:Tesla)

こうした流れと、今回発表されたロボタクシー(サイバーキャブ)の姿を見ると、もともとはModel 2だった車体からハンドルとペダルを取り払い、完全自動運転専用EVとして付加価値を高めようとしたのが、サイバーキャブなのではないかとも考えられる。

テスラの完全自動運転はいつ普及するのか

今年の春より、テスラはオプションとして販売している自動運転機能ソフトウェア「FSD」にアップデートを提供し、これまで名称に添えていた「ベータ版」という言葉を「監視付き」に変更している。

監視付きとは要するに、ドライバーが常に周囲に注意を払い、必要とあらば運転を引き継ぐために「監視」している必要があることを示している。アップデートによって、FSDの機能はさらに安全になったが、それでもまだ乗員の「監視なし」で、自動的に目的地へ到着できるには至っていない。


自動運転専用の車内(写真:Tesla)

だが、マスク氏はこのイベントで、サイバーキャブが発売される前に、既存のModel 3とModel Yが「監視なし」の完全自動運転機能を備えるようになり、2025年にテキサス州とカリフォルニア州でそれが利用可能になると述べた。

長年にわたりテスラの技術動向をチェックしてきた人なら、おそらく「本当にそんなことが可能だろうか?」と思ったことだろう。本人も認めるように、イーロン・マスク氏のスケジュールに関する発言は大抵が楽観的であることは言うまでもない。

一般の公道上でハンドルやペダルのない「監視なし」の完全自動運転を行うには、規制当局による承認が必要となり、そのエリアも限定される。マスク氏の言うようにカリフォルニア州とテキサス州で2025年までにその承認が得られたとしても、テスラの監視なし自動運転車が走行できるのは、当面は限られたエリア内だけになると予想される。


サイバーキャブが街中を当たり前のように走り回る日は来るのか(写真:Tesla, X)

また、マスク氏が数年前にロボタクシーの話をし始めた当初に語っていた「テスラの自動運転車が、仕事などで使われない時間に配車アプリを通じ自動的に走行し、本来の意味のロボタクシーとして利用させることで、所有者に副収入をもたらす」という話も、今回のイベントでは一切語られなかった。

ちなみに、一部メディアは今回のイベントの前に、テスラが会場となるワーナー・ブラザースの撮影所内でジオマップデータの取得作業を行っていると報じていた。それが本当なら、テスラはこのイベントで、ハンドルのない完全自動運転車を走らせるために、そのクルマが備える能力だけでなく、GPSなどと連動する詳細な道路データを使用している可能性がある。

また、イベントで走行したサイバーキャブは遠隔から監視され、発進と停止を操作するスタッフがいたようだと指摘するメディアもある。

サプライズで登場した「ロボバン」

今回の「We, Robot」イベントで最も人々を驚かせたのは、実はサイバーキャブではなく、イベント後半に登場した「ロボバン」だった。


発表イベント後半に出てきたテスラのロボバン(写真:Tesla, X)

6月にテスラがThe Boring Companyのトンネル内を走る12人乗りのバスのような車両を製造しているとの噂も出回っていた。

今回のイベントで、その車両がどのようなものになるのか、人々の前に提示された。会場に現れたロボバンは20人が乗れると説明された(座席は14席だが、立って乗る人も足せば20人ぐらいになりそうだ)。


ロボバンのラゲッジスペース(写真:Tesla)

通常のバンなら運転席があるべきところと、車体後端部はラゲッジスペースになっており、空港のシャトルバス的な使い方には最適だろう。マスク氏はロボバンはロボタクシーよりもさらに低コストになり、1マイル当たり0.05〜0.1ドル程度になると述べた。


ロボバンの客席。通常のバスと大きく印象は変わらない(写真:Tesla, X)

ただ、ロボバンに関してはまだコンセプトカーの域を出ていないように感じる。外観からもわかるとおり、この車両は路面とのクリアランスが非常に少なく、少しの段差で底を擦りそうだ。このままの状態で一般公道を走ることはないだろう。

マスク氏は、ロボバンがいつ発売されるのかは明らかにしていない。


パッと見は路面電車のようなロボバン(写真:Tesla)

投資家の反応は…

今回のイベントは、全体的に“ふんわりとした話”に終始したという印象は否めない。特にサイバーキャブの登場時期については、イーロン・マスク氏本人も自信なさげに見えた。


イベントで語るイーロン・マスク氏(写真:Tesla, X)

夢のような機能を備えているにも関わらず、そのワクワクが身近にあるという雰囲気が、あまり感じ取れなかったのだ。

SUV全盛のご時世に、2人乗りクーペスタイルのクルマが出てきたせいかもしれないし、その走る様子に目新しいところがほとんどなかったからかもしれない。もしかすると、いまの時点で人々が求めているのは、より現実的な2万5000ドルのModel 2だったかもしれない。

大手調査会社フォレスター・リサーチのアナリスト、ポール・ミラー氏は、テスラがイベントで述べた期間内に「3万ドル以下でこの新車を提供することは、極めて困難だろう」との見解を示した。そして「最終的にその価格に近づけることは可能かもしれないものの、外部からの補助金を獲得するか、テスラが車両1台ごとに損失を出す覚悟でなければ、向こう10年の間にその価格に近いものを発売するというのは現実的ではない」と述べている。

投資家にとっても、このイベントは期待したほどではなかったようだ。テスラの株価は金曜日に9%近く下落して取引を終えた。これは年初来で12%、過去12カ月間で17%の下落となる。

(タニグチ ムネノリ : ウェブライター)