「電話がこわい」という傾向は年々強くなっています(写真:viola/PIXTA)

こんにちは。「メンタルアップマネージャⓇ」の大野萌子です。

「電話が苦手で会社に行きたくない」「電話の着信音が鳴ると動悸が激しくなる」。近年、若手社員からの悲鳴にも似た声が、相談現場で聞かれるようになりました。今や「オワコン」とも言われている電話ですが、必要性を感じる場面もあり、ツールとしての関わり方を模索している人も多いと思います。なぜ電話が怖いのかについて、拙著『電話恐怖症』から、一部抜粋・再構成してお伝えします。 

「電話」が退職の理由

実際に現場で、入社後1年未満で会社をやめる社員の理由に「電話」があげられるようになったのは2015年ごろのことです。 

ある会社では、「新人は電話に出る」「3回コール以内に出る」という暗黙の了解がありました。現在は、これを強要すると、ハラスメントになってしまう可能性もありますが、古い体質の会社だとまだ社内風土として、残っているところもあるのではないでしょうか。

該当新人社員は、家に固定電話がなく、受話器を取って応答する電話機に慣れていなかったそうです。上司は「電話くらい出られるだろう」と軽く考えていたのですが、その方にとって固定電話機は初めて使う未知の機械でした。

出たことがないから、受話器を取るのがこわい。携帯電話でしか話したことがないので、職場のような人前で、固定電話を使って話す行為にためらいを感じてしまう。しかし、新人は電話に出なければいけません。「おい、鳴ってるぞ」と上司から言われ、受話器を取って、しどろもどろで話していると、「電話くらいちゃんと出られるようにしろよ」とまた叱責されます。

そのうち電話に出るのがこわくなり、会社に向かおうとすると、お腹が痛くなったり、電車の中で激しく動悸がしたりするようになったそうです。結局、出社できなくなり、相談に来たケースです。固定電話を使ったことがない若い社員に多い事例といえましょう。

また似たような例で、在宅勤務にもかかわらず、「電話に出るのがこわくて退職した」という例もありました。コロナ禍で、在宅ワークに切り替わったときのことです。上司からかかってきた電話にすぐ出られず、「何してたんだよ。業務中なのに出ないってどういうことだよ」と叱責されたことがきっかけになりました。

おそらく、上司は部下の姿が見えないことで、疑心暗鬼になっていたのでしょうが、在宅勤務中でも、トイレに行くことはあるでしょう。何かのタイミングで電話に出られないこともあります。

私自身もコロナ禍のときは、自宅で電話相談の仕事をしていましたが、会社からの事務連絡の電話に出なかったことで、激怒されたことがありました。 

電話相談では、相談者は声を頼りに話を進めるために「音」にひじょうに敏感です。よって、スマホの着信音等にも気を遣い、消音モードにしていたために気づくのが遅れたのですが、説明すらできない状況でした。

私の場合、その仕事はあくまでもたくさんある仕事の一部であったにもかかわらずダメージを受けたので、会社から社用携帯を持たされ、24時間つながっている場合、そうした状況にプレッシャーを感じるのもうなずけます。おそらく、それがきっかけになり電話恐怖症につながってしまうこともあります。

2015年ごろから顕著になってきたこと

「電話がこわい」という傾向は年々強くなっています。最近では、電話応対をしている最中に泣き出してしまう例も出始め、電話恐怖症は若者の間で定着しつつあるのではないかと感じます。

もうひとつ、同時期から顕著になってきた傾向があります。 

それは、自分の意思を伝えられない人が増えてきたということです。私が以前から新人研修で必ず聞く質問があります。

それは「もしランチセットで食後にコーヒーを頼んだのに、紅茶が来てしまったとき、あなたはどうしますか?」というものです。

2015年以前ですと、「店員さんに言って、注文通りのコーヒーに替えてもらう」という人が7〜8割でした。しかし最近では、「替えてもらう」のは5割弱。つまり半数以上の人は「黙ってそのまま紅茶を飲む」というのです。

コーヒーが飲みたかったのに紅茶が出てきたとき、なぜ「替えてください」というひと言が言えないのでしょうか。

その理由について聞いてみると、以前は「面倒くさい」とか「まあいいやと思うから」という答えが多かったのですが、最近は「何と言えばいいかわからないから」「どう思われるか心配」「言うタイミングがつかめない」などの回答が多くを占めるようになりました。

つまり人とどうかかわるのか、コミュニケーションの問題が浮上してきているのです。もし日本人が近年コミュニケーション下手になってきているとしたら、電話で話すのがこわくなるのは当たり前といえるでしょう。電話恐怖症は日本人のコミュニケーション力の低下と密接に関係しているのです。

アメリカでは約8割の若者が電話に不安感

電話恐怖症の問題は日本だけではありません。イギリスの大手電話応対サービス会社Face For Businessが2019年に公開した記事によると、オフィス勤務の従業員のうち62%が、電話に出る前に不安を感じると答えています。

不安の内容は「質問にどう対処すればいいかわからない不安」が33%、「電話でフリーズすることへの不安」が15%、「相手が否定的に考えるかもしれない」が9%などです。

またこの調査では、ミレニアル世代(1981年〜1996年生まれ)がもっとも電話不安が高く、76%が電話の着信音を聞いたとき、不安になると答えています。同じ質問を団塊世代(1947年〜1949年生まれ)に聞くと40%ですから、電話に不安を感じるのは、若い世代では団塊世代の倍近くになることがわかります。 

また2023年にBBC Science Focusで公開された記事によると、22歳から37歳を対象にしたアメリカの調査では、約8割が電話で話すことに不安を感じています。

興味深いことにZ世代(1990年代半ば〜2010年代初めごろの生まれ)になると、電話を無視する傾向が強くなります。そのためこの世代を「ミュート世代」と呼ぶこともあるそうです。

同様に、韓国の研究団体エンブレインが2022年に行った調査では、電話をかける前に精神的なプレッシャーを感じている人は、20代がもっとも高く43.6%、ついで30代36.4%、40代は29.2%、50代はわずか19.6%でした。 韓国のイム・ミョンホ心理学教授は、若者たちの間で、電話恐怖症として知られる電話不安がますます強まっていると語っています。


(画像:『電話恐怖症』より)

このように電話恐怖症が社会問題化しているのは、日本だけでなく、世界各国共通の問題のようです。インターネットを中心にしたコミュニケーションの変化が、電話恐怖症という現象につながっているのかもしれません。

「電話恐怖症」とは何か

「電話恐怖症(テレフォビア)」という正式な病名はまだありません。病名ではなく、状態とか傾向と理解していただければいいでしょう。


ではその状態はどういうものかというと、電話に出ることやかけることに嫌悪感や不安感があり、心身に症状があらわれるものをいいます。

身体症状としては、手に汗をかいたり、動悸や息切れが激しくなったり、吐き気がする、口が乾く、震えが出るなどがあります。心理的な症状では、不安になったり、焦り、恐怖心がつのったりするといったことがあげられます。

それが病的であるかどうかは、社会生活がスムーズに行えるかどうかで判断します。

それこそ会社をやめなければならないとか、家から出られないほどのものだと、病的な部類に入ると思います。

先のBBC Science Focusの記事では、アメリカで何らかの社交不安を抱える人が1500万人くらいいるともあったように、電話恐怖症も社交不安のひとつでしょう。

電話恐怖症も含めて、病的な社交不安を持つ人は他人からネガティブな評価を受けたり、批判されたりするのを極度におそれる特徴があります。

そのため、人と対面したときに緊張してうまく話せなくなり、その失敗がまた起きるのではないかと不安になります。するとまだ不安が起きる前から、原因となる対人関係や社会的な場面を回避するようになるのです。この図式を電話恐怖症に当てはめるとこうなります。

電話をかけたり受けたりしたときに、緊張し、不安になる
 ↓
うまくいかない応対が相手にどう思われるか
また、周りからどう評価されるかを気にする
 ↓ 
自己嫌悪におちいる。場合によっては周りから指摘を受ける
 ↓ 
また同じことが起きるのではないかという予期不安が起きる
 ↓ 
電話をかけたり、受けたりする場面から逃げようとする

このように、電話恐怖症の後ろには、人からどう見えるかを気にする社交的な不安があります。

よって、単なる電話というツール自体の苦手意識だけではないということがおわかりになると思います。この不安を払拭していくことが、社会生活を行ううえでのコミュニケーション、ひいては電話応答のスキルアップにつながっていきます。


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(大野 萌子 : 日本メンタルアップ支援機構 代表理事)