「YOLU(ヨル)」が爆速で売れている。発売から約1年で*累計販売数1000万個を突破した、睡眠中の髪ダメージに着目したナイトケアビューティーブランドだ。累計1億6000万本を売り上げている「BOTANIST(ボタニスト)」(同社)の再来と言われ、2023年のドラッグストア市場では売り上げ1位を獲得。*「YOLU」全カテゴリーの累計販売数(2021年8月〜2022年9月30日)日本でもっとも売れたヘアケアブランドということになる。爆発的ヒットを生み出した背景には、メーカーであるI-ne(アイエヌイー)のセオリーがあった。企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていくDIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」。今回は、I-neのビューティーケア事業本部の本部長に就任した大菅研登氏に「夜間美容市場」を生み出した戦略を聞いた。

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2つのマーケティング戦略

DIGIDAY編集部(以下、DD):ヘアケア市場において「YOLU」が話題を席巻していますね。ヒットの要因をどのように分析されていますか?大菅研登(以下、大菅):まず、マーケティング戦略でいうと2点あります。ひとつは当たり前なのですがプランニングの基本原則を守ること。2つめは「トレードマーケティング」です。プランニングでは誰に、何を、どう伝えるかに加えて、「誰が」伝えるかも重要です。「YOLU」は社内のアイデアコンテストから生まれた商品で、開発当初からブランドパーパスが明確でした。多忙で睡眠不足の女性が「寝ているあいだにキレイをつくる」というコンセプトは多くの共感を呼び、「YOLU」が提唱する「夜間美容」は瞬く間に支持をいただきました。「誰に=忙しい女性」「何を=夜間美容」という部分はクリアしていたので、注力したのは「誰が」「どのように」の部分です。当社ではイノベーター理論をベースとした、独自の美容マーケティング理論を採用しています。トレンドを生む「イノベーター(美容開拓層)」いわゆるアーリーアダプターと、トレンドを掴み、拡げる「美容フォロワー層」にトライアルしてもらう仕組みをつくり、各SNSでUGCも続々と生まれました。DD:確かに、SNSで「YOLU」に関する投稿をよく見かけました。大菅:「○○のドラッグストアで売っている」「成分が優秀で即買いした」「バラエティショップで見つけた」といったものが広く拡散され、ブランド認知からオフラインでのリマインド効果、購買に大きく寄与したと思います。

大菅 研登/株式会社Iーne ビューティーケア事業本部 本部長。2017年I-neに入社。営業部のマネージャーを務めたあと、営業戦略部にてトレードマーケターとして「BOTANIST」「YOLU」の流通戦略を立案・実行し、オフライン流通の売上最大化に導いた。2024年ビューティーケア事業本部 本部長に就任し、ブランディング、マーケティングなどを含む8部門を統括。プライベートでは大阪にある「天ぷらとワイン」のお店で昼飲みにハマっている。「終わりのない感じが好きだ」と昼飲みに対するコメントを残している。

DD:2つめのトレードマーケティングとは、どのような取り組みだったのでしょうか。大菅:一般的なマーケティングは生活者視点でどう設計するかというものですが、トレードマーケティングはバイヤー視点の流通戦略。競合がひしめくなか、KPIは配荷の最大化と、店頭をどう占有するかという点です。客数を伸ばしたい、若年層を獲得したいといった小売店の悩みを解決する提案がより効果的で、OMOが非常に重要。当社でリーチできるデジタル基盤の顧客数は3400万人を超えていますが、このデジタルの客基盤を起点にオフラインでの流通量最大化につなげていくイメージです。一般的なブランディングの考え方にメンタルアベイラビリティ(ブランドを想起させる力)とフィジカルアベイラビリティ(商品が手に入りやすい状態)がありますが、「YOLU」のトレードマーケティングで重視するフィジカルアベイラビリティはオフラインを最大化するため流通の選定とインフルエンサーを使ったプロモーションの仕掛け。先ほどご紹介した「○○で売っている」というのもひとつです。そして需要予測などのデータ分析を細かく行ったことで流通戦略が成功したと言えます。

成功の秘訣は独自の「IPTOSモデル」

DD:「BOTANIST」の誕生以降、ヘアケア市場の構造が高価格帯主流に変化したように思います。ある意味、「YOLU」はレッドオーシャンでの戦いだったのではないでしょうか。大菅:確かに、ドラッグストアで1500円前後の高価格帯シャンプーがメインで売れるようになったのは、生活者のニーズが変わったからとも言えます。家族で使うシャンプーから、自分だけのシャンプーですね。「BOTANIST」以降、そういったコンセプトの商品は増えました。だからこそ、新ブランドのローンチには絶妙なコンセプトメイキングが重要になります。I-neには「アート」「クラフト」「サイエンス」というマーケティング哲学があります。アートは感性。つまり企業文化に基づく意思決定。サイエンスは数字に基づいた分析や改善。クラフトは質の高いものづくりです。「YOLU」は「半歩先のコンセプト=夜間美容」がヒットにつながりました。夜間美容に決定したことこそがアートにあたります。DD:夜間美容以外にはどのような候補があったのですか?大菅:健康な髪を保つ「高濃度ビタミンシャンプー」、絹のような仕上がりを目指す「シルキーシャンプー」と「夜間美容」の3つに絞られました。そこで生活者に購入意向調査を実施したところ、夜間美容は2位でした。尖り過ぎたコンセプトはイノベーターだけで終わってしまうことがよくあります。「美容フォロワー層」までもっていくには、半歩先のトレンドを読むことが重要。その絶妙なバランスを経営層やブランドチームが判断できるというところがアートなのです。DD:こうして生まれたコンセプトを、どのように実際に売れるブランドへと昇華させるのでしょうか?大菅:ヒットへと導くのは、当社独自のブランドマネジメントシステム「IPTOS(イプトス)モデル」です。商品企画から販売拡大までを「Idea(着想)」「Plan(企画)」「Test(検証)」「Online/Offline(ECローンチ/一部小売)」「Scale(本格展開)」の5段階で捉え、各フェーズごとにKPIを設定し、ブランド育成・管理を仕組み化したものになります。特にPlan段階では独自の数理モデルを用いて目標シェアやパッケージデザイン、配荷店舗数、プロモーションなどのプランを検証しています。このモデルはPOS売上とKPIの相関から設計した門外不出の「KPIツリー」をつくり、消費財市場を数学を使って再現したもので、「BOTANIST」をはじめ、これまでローンチした全ブランドの数字を何パターンも入力し、磨き上げてきました。数理モデルから導き出す売上予測の精度は94.6%と、相当なものです。

凡事徹底こそが1を100にする

大菅:IPTOSモデルと中心としたブランドマネジメントは一見当たり前のことですが、やりきるのは結構難しいのではないでしょうか。ですが、I-neはそれができるのが強みであり、結果として「YOLU」を日本一にすることができました。DD:I-neがそれを実現できるのはなぜでしょう?大菅:企業カルチャーでしょうか。当社には行動指針として7つのクレドがあります。そのうちのひとつが「凡事徹底」、つまり当たり前のことをしっかりやりきるということです。「IPTOS」ができたタイミングは、組織崩壊の危機でもありました。ルールがないなかで走り続けてきたことで数字が踊り場を迎えてしまい、北極星のように全員が必ず戻れる場所、ルールを作ったという背景があります。これらのカルチャーを全員が理解し、行動指針としているので「IPTOS」を完遂できていると思います。DD:チームに期待することや、ご自身で大事にしていることは何でしょうか。大菅:チームには常にトレンドセッターであってほしい。そして常に数字の振り返りを行い、検証してほしい。私が入社して、最初に着手したところはそこでした。私が大事にしているのは好奇心と共感性です。今は時代の流れが速いので常に好奇心を持ち続けなければならないし、人は何に不満を抱いていて、どんなときに嬉しいのか、共感性も重要です。そこを理解した上で価値提供をすることが求められていると思うので、好奇心と共感性は常に意識しています。実は、私は一度、マーケターとして挫折したことがあります。前職ではプロダクトマネージャーとしてひとりで商品開発、代理店商談、美容部員の教育などを行っていましたが、ゼロイチ(0→1)など苦手な部分も多くありました。一方、I-neは、ブランドチーム制。各セクションに裁量権があり、ブランドをつくり上げる楽しみがあります。Mission、Vision、Valueが浸透しているので、お互い高め合いながら仕事をできるのが魅力です。一方で、イチヒャク(1→100)が得意なので、ワンチームで当社の数字をさらにスケールしていきたいです。インタビュー・文/島田ゆかり企画・構成/坂本凪沙(DIGIDAY JAPAN)写真/三浦晃一