旧統一教会(世界平和統一家庭連合)本部

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 突如、総裁選不出馬会見を開いた岸田文雄首相。彼の政権が積み残した“宿題”は、何といっても「政治とカネ」、そして「旧統一教会(世界平和統一家庭連合)問題」であろう。折も折、教団を巡る政権の新たな恥部が発覚。はるかアフリカの地で、外務省が証拠隠滅の裏工作を行っていたのだ。【窪田順正/ノンフィクション・ライター】【週刊新潮取材班】

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【証拠写真】校舎入り口に世界平和女性連合のロゴが! 消去された後の画像と比較

 8月14日、自民党総裁選の不出馬を表明した岸田文雄首相は、この3年間を振り返って旧統一教会の問題について「国民を裏切ることがないよう、信念を持って臨んでまいりました」と胸を張った。ならば、問いたい。遠い異国の地で行ったこの「隠蔽(いんぺい)工作」もそのような信念に基づいたものなのか――。

旧統一教会(世界平和統一家庭連合)本部

 2023年4月、アフリカ・セネガルのブレーズ・ジャーニュ国際空港に、外務省国際協力局のある課長が降り立った。日本からおよそ33時間の長旅を経て課長が向かったのは、同国のダカール州ルフィスク県ティバワン・プル市にある、女性のための職業訓練校「JAMOO2」(「JAMOO」は現地のウォロフ語で“平和をもたらす”、「2」は2号校の意)だった。

 約100名の女性が洋裁、刺しゅう、レース編み、ビーズ飾りなどの技術を学んでいるこの「JAMOO2」は、6年ほど前に日本の「草の根・人間の安全保障無償資金協力」というODA(政府開発援助)によって建設された。在セネガル日本国大使館のホームページにも、18年7月25日の引渡式の様子とともに、地元のNGO団体に対して日本政府から「7万4639ユーロ(955万3792円)」が供与されたという情報が掲載されている。

 果たしてこの外務省課長は、援助先の視察のためにはるばるセネガルを訪れたのだろうか。そうではない。彼に与えられていたミッションは、この学校で開校時から用いられている“シンボル”を消し去ることだった。

全く別の学校へと衣替えさせるかのように……

 先ほど触れた引渡式の写真では校舎の入り口の横に横断幕が掲げられており、それを拡大すると「JAMOO」という学校名の横に、地球儀のような図に人が立っているデザインのロゴがある。これは校舎の外壁や看板、校舎内の至る所に掲げられ、生徒たちに支給される制服の胸元にもプリント、卒業証書にもデザインされていた。そんな「JAMOO2」のシンボルともいうべきロゴを一つ残らず抹消するよう、外務省課長は同校に命じたのである。

 それだけではない。あたかも「JAMOO2」を全く別の学校へと衣替えさせるかのように、電話番号、メールアドレス、さらにはセネガル政府に提出する登録情報まですべて変更するよう要求。さらに、ここで長年、生徒たちを指導していた教師の一人を「追放」するように要求したのだ。

「とにかく“痕跡”をすべて消さなければいけない」と要求

 いくらODAで建設費を援助したとはいえ、「JAMOO2」はセネガル市民の寄付やボランティアなどで運営されている。そんな他国の一民間組織に対して、なぜ日本の外務省は「越権行為」と言われてもおかしくない介入をしたのか。

 ODAを申請したNGO団体の代表で同校の校長を務める女性、ベロニク・ディオプ氏はこう証言する。

「日本政府の人は高圧的な態度で、『野党と世論をなだめるため、とにかく“痕跡”をすべて消さなければいけない』と要求してきました。この学校を失ってしまうかもしれないと恐怖を感じた私は従うしかありませんでした」

 では、この外務省課長は何を必死で隠蔽しようとしていたのか。日本から約1万4000キロも離れたアフリカ大陸西端の国に足を運んでまで消去しようとしたものとは一体何だったのか――。それは、旧統一教会の関連団体である世界平和女性連合(以下、女性連合)の痕跡だった。

国会での追及

 事の発端は22年11月の衆議院外務委員会に遡る。その場で、日本共産党の穀田恵二衆議院議員が「JAMOO2」について、女性連合が運営している施設であり、旧統一教会が布教活動などに利用しているのではないかと質問したのだ。

 同校が女性連合日本支部のホームページで紹介されていたこと(現在は削除)、ディオプ校長が現地の女性連合の副会長を務めていること、そして看板や外壁に描かれたロゴが女性連合のものだということを指摘して、そうした学校に「国民の血税(ODA)が使われたことは極めて重大な問題だ」と、政府の責任を追及したのである。

 これを受けて林芳正外務大臣(当時)は調査を約束、衆院予算委員会で同様の質問を受けた岸田首相も調査の実施を明言する。

 そしてその4カ月後の23年3月17日、衆院外務委員会で穀田議員が再びこの疑惑を追及したところ、林大臣は調査結果を回答。現地の大使館職員が「JAMOO2」に訪問して書類などすべてを確認したところ、ここは“独立したNGO団体”の学校であって、女性連合とは関係がない、と断言したのだ。

「まやかし」の調査結果

 この調査結果は「うそ」ではない。だが、「まやかし」だった。なぜなら、“独立したNGO団体”としてODAを申請するというスキームを持ちかけたのは、現地・セネガルの日本大使館の職員だったからである。セネガルの現場で何が起こっていたのか、順を追って説明する。

 そもそも「JAMOO」とは、女性連合日本支部が1995年に立ち上げた国際貢献プロジェクトの名称だ。女性連合の運営と寄付で、ダカール市に職業訓練校「JAMOO1」を開設、現地の女性に技術を教えて就職などに結び付けるという取り組みで、これまで1200人以上が卒業した。

 この職業訓練校の校長を務めていたのが、ディオプ氏だった。「JAMOO」プロジェクトはセネガル政府からも高く評価され、08年には国連経済社会理事会の「ミレニアム開発目標のベストプラクティス」にも認定されている。

 しかし、程なくして問題に直面する。生徒が増えたため校舎がかなり手狭になってきたのだ。さらに賃貸物件で運営していたのでたびたび転居を余儀なくされることがあったのだ。

 そんな時、かねて顔見知りだった在セネガル日本大使館職員から、ディオプ氏は日本のODAを使って新しい校舎を建設したらどうかと勧められる。国連やセネガル政府が評価する社会貢献ならば、日本の外務省としても申し分ないという。

なぜ面倒な手順を踏ませた?

 渡りに船ということで、さっそく申請をしようとしたディオプ氏だが、そこで大使館職員からこんな助言をされる。この申請は女性連合ではなく、ディオプ氏個人が市民団体を設立し、そこから申請をした方がいいのではないかというのだ。

 そう聞くと、「はなから日本政府が旧統一教会系にカネをストレートに渡すとマズいから、表向きは“旧統一教会色”を消すように隠蔽工作を指南したのではないか」と誤解する人もいるかもしれない。しかし、この時点ではそんな深い意味はなかった。

 大使館職員とディオプ氏がこの打ち合わせをしていた15年当時、日本で旧統一教会は全くと言っていいほど批判されておらず、そのため自民党議員たちも当たり前のように関連団体のイベントに出席していた。そんな時代に外務省だけが「教団との関係」に神経を尖らせるわけがない。あるいは、“ウブ”な外務省は女性連合が旧統一教会の関連団体であることを知らなかっただけかもしれない。

 それでは、なぜこのような面倒な手順を踏ませたのかというと「善意」である。

「大使館職員によれば、日本のODAは女性連合のような国際組織よりも、現地の市民団体などへの方が供与しやすい傾向があるそうです。長くセネガルの女性を支援してきた私たちを評価して、素直に応援してくれただけです」(ディオプ氏)

 こうして彼女が代表になって設立されたのが、女性平和団体「JAMOO」。女性連合の「JAMOO」プロジェクトに誇りを持っていた彼女は当たり前のようにNGO団体にもその名を付け、自身が運営する職業訓練校にも女性連合のロゴを使用していたというわけである。

なぜ隠蔽工作に踏み切った?

 では、女性連合日本支部は、なぜディオプ氏個人が設立した団体をホームページで紹介したのか。取材を申し込むとこのような回答がきた。

「JAMOOプロジェクトは1995年から女性連合が企画立案して行ってきたプロジェクトです。『JAMOO2』は自立した現地NGOが運営しており、われわれは運営を支援する立場にありました。NGOの代表者は、われわれがもともと運営する『JAMOO1』の校長でもあり、彼女から支援も依頼されたためです。そのため、開校当初の運営資金や、先生たちの給与は女性連合が支援しました。それらの資金は全国の女性連合会員からの支援によるものですので、ホームページに掲載していました」

 さて、このような複雑な背景を理解した上で、ここで新たな疑問が浮かぶ。

 あくまで申請書類上は「日本政府が金を出した先は女性連合ではない」というのは紛れもない事実である。ディオプ氏が民間の一女性の立場で立ち上げたNGO団体によって設立された学校だからだ。国会で共産党議員にいくら追及されたところで突っぱねればいい。たしかにディオプ氏の“属性”は女性連合だが、それはそれ、これはこれ。

 なにしろ、そういう形にすることを勧めたのは、他ならぬ日本の外務省なのである。少なくとも外務省は、国際協力局の課長をわざわざセネガルまで派遣し、「女性連合の痕跡をすべて消せ」などとディオプ氏を脅す必要もなかったはずだ。

 しかし、外務省は「隠蔽工作」に踏み切った。どうして、一見、無駄にも映る工作をしなければならなかったのだろうか。

「外交の岸田」が窮地に

 この謎を解く鍵は、23年3月29日の衆院外務委員会にある。先に触れた同年3月17日の政府回答に納得できない穀田議員は、外務省が「ずさんな調査」をしてお茶を濁すのは、このODAの承認をしたのが外務大臣時代の岸田首相だったからだと主張。「岸田さんに関わることについては黙っておこう」という忖度(そんたく)が働いて調査がねじ曲げられたのではないかというわけだ。そして、ODAの返還を要求すべきだとこれまで以上に政府を責め立てたのである。

 その翌日、共産党の機関紙「しんぶん赤旗」も「ODA 統一協会関連団体への供与 岸田外相(当時)が関与」(23年3月30日付)と報じた。

 つまり、外務省は調査結果を公表し、外形上、「JAMOO2」と旧統一教会が関係ないことを示せば鎮火できると思っていたところ、そうはならないどころか、攻撃の矛先が岸田首相へ向けられてしまったのだ。

 当時、G7広島サミットを1カ月後に控えていたタイミングで、外務省としては「外交の岸田」が窮地に陥る危険性のある火の粉はどうにかして払わなくてはいけない。とはいえ、「JAMOO2」は女性連合が直接的に運営しているわけではないので、穀田議員が主張するODAの返還請求などできるわけがない。

なんの非もないセネガル人を追い詰め……

 そうなると、やれることはひとつしかない。「JAMOO2」がこれ以上、共産党に国会で批判されないよう、女性連合の痕跡をすべて消し去ること。すなわち、「隠蔽」である。

 それが冒頭で述べたロゴの削除、電話番号や書類の変更、そして長年ここで女性たちを指導していた教師の「追放」だ。実はこの教師は現地の女性連合の会長を務める人物なのだ。

 これによって外務省は、“岸田首相攻撃”に動こうとする共産党に対して、こんなふうに「論破」ができる。

「確かに校長は信者のようですが、だからといって、彼女が運営する学校まで旧統一教会関連の施設だという動かぬ証拠でもあるんですか?」

 そんなものはあるわけがない。現地で課長がすべてもみ消したのだから。

 外務省がよその国の民間人に「圧力」をかけてまで、自らの体裁を、いや、岸田首相の立場を守るために、乱暴で稚拙な“つじつま合わせ”を行ったことは問題にされるべきであろう。

 突然、日本からやってきた外務省課長に「証拠隠滅」を指示されたディオプ氏は、そのショックと学校を失うかもしれないという恐怖から、しばらく体調を崩していたという。なんの非もないセネガル人をここまで追い詰めることが、日本の国際支援なのか。

「お答えを差し控えます」

 外務省に問い合わせたところ、「本件につきましては、大使館や本省出張を通じて、適切にフォローアップしていますが、その具体的態様については、お答えを差し控えます」と回答するのみだった。

 官僚が隠蔽工作に走るといえば、森友加計問題の財務省の公文書改ざんを思い出す。あの時は首相を守るための財務省幹部の答弁に合わせる形で、近畿財務局の課長らが公文書の改ざんを指示された。それによって結果的に自殺者まで出た。今回もやっていることの本質はそれほど変わらない。

 岸田首相からすれば旧統一教会への解散命令請求も、「国民を裏切ることがないよう、信念を持って臨んだ」ということなのだろう。ただ、今回のような「隠蔽体質」を知ればやはり「保身からのトカゲの尻尾切り」を疑ってしまう。自身にとっても、自民党にとっても都合の悪い事実を握るこの団体を消し去ることで「証拠隠滅」を図っているのではないのか。

 岸田首相は退任するが、この政権が裏で何をしてきたのかという検証は始まったばかりだ。

窪田順生(くぼたまさき)
ノンフィクション・ライター。1974年生まれ。雑誌や新聞の記者を経てフリーランスのノンフィクション・ライターに。事件や世相などを幅広く取材。『14階段―検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。その他に、『死体の経済学』『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』などの著書がある。

「週刊新潮」2024年8月29日号 掲載