スペースXが狙う「100万人火星移住」実現可能か?
ある「3つのもの」が現地で確保できれば、月・火星移住は実現できる?(写真:Maximusnd/PIXTA)
「小惑星探査」や「火星移住」などのニュースから、UFO、宇宙人の話題まで、私たちの好奇心を刺激する「宇宙」。だが、興味はあるものの「学ぶハードルが高い」と思う人も少なくない。
知らなくても困らない知識ではあるが、「ブラックホールの正体は何なのか」「宇宙人は存在するのか」など、現代科学でも未解決の「不思議」や「謎」は多く、知れば知るほど知的好奇心が膨らむ世界でもある。また、知見を得ることで視野が広がり、ものの見方が大きく変わることも大きな魅力だろう。
そんな宇宙の知識を誰でもわかるように「基本」を押さえながら、会話形式でやさしく解説したのが、井筒智彦氏の著書『東大宇宙博士が教える やわらか宇宙講座』だ。
その井筒氏が「スペースXが狙う『100万人火星移住』の実現可能性」について解説する。
なぜ移住候補は「月」「火星」なのか?
以前の記事「【衝撃事実】「巨大隕石の地球衝突」は必ず起こる」において、「巨大隕石の衝突を回避できないときは、月や火星に移住するしかない」という話をさせていただきました。
「月や火星への移住なんて、本当にそんなこと可能なの?」と思った人も多いでしょう。
それと同時に、「どうして月と火星だけが移住候補先なの?」という疑問もわいてきたのではないでしょうか。
今回は「人類の月・火星移住の可能性」について考えていきたいと思います。
結論からいうと、地球以外の天体への移住のカギは、「いかに必要な物資を現地調達できるか」です。この見通しが立てば、月や火星への移住は実現するでしょう。
月は地球から最も近い天体ですので、選ばれる理由は明白です。しかし惑星は火星以外にもあります。他の惑星ではダメなのでしょうか……。
地球から近い惑星に、金星もあります。では、なぜ金星は「移住候補地」からはずれてしまったのでしょうか。
じつは、金星は気圧が地球の90倍で、表面温度が470度もあります。
これは、水深900メートルに相当する圧力で、オーブンよりも高温の世界です。人間が降り立てば、たちまち肺がつぶれて丸焦げになってしまうでしょう。
金星は、人間が足を踏み入れられるような場所ではないのです。
月と火星の「人類には過酷すぎる環境」
では、月や火星は、いったいどんな環境なのでしょうか?
特徴をあげてみましょう。
【月の特徴】
・重力が弱い(地球の約6分の1)
・暑(熱)すぎたり、寒すぎたりする(マイナス170℃〜プラス120℃)
・空気がない
【火星の特徴】
・重力が弱い(地球の約3分の1)
・寒すぎる(マイナス150℃〜プラス20℃)
・空気が薄い(気圧は地球の1%未満。成分はほぼ二酸化炭素)
月は空気も水も食料もない過酷な環境なので、ウサギどころか、無防備な生命は生きることはできません。
一方、火星の大気はほぼ二酸化炭素で、気圧は地球の1%未満。
月や火星は、地球と比較するといいところがなく、住みにくそうですよね。金星と比べるとマシではあるものの、そう簡単に暮らせるような環境ではないのです。
空気がない、薄いことは、呼吸ができないだけではありません。空気は、紫外線や宇宙放射線から地表の生き物を守る「バリア」の役割を担っています。
「バリア機能」が働かないと、強烈な宇宙放射線や紫外線が地表にじゃんじゃん降り注いでしまうのです。
いい点があるとしたら、重力(物をひっぱる力)が地球より弱いところでしょうか。月面で物を落とすと、地球上よりもゆっくり落ちていきます。
ジャンプ力が、月だと6倍、火星だと3倍になるので、一般人でもバスケでダンクシュートができるようになるかもしれません。フィギュアスケートの選手なら、審査員が困るくらいの回転数のジャンプになるでしょう。
重力が弱いことによる実用的な利点は、月や火星からのほうがロケットを打ち上げやすいということです。
ロケットの重さのほとんどは重力を振り切るための推進剤(燃料と酸化剤)が占めているため、地球から打ち上げるよりも推進剤を大きく節約できるのです。
現在、宇宙開発の大きな柱として、「アポロ計画」以来の有人月面着陸を目指す「アルテミス計画」が進められています。
アポロ計画では、6回のミッションで合計12人が月面に降り立っています。
しかし、どのミッションも月に滞在したのはわずか数日間でした。数日では、「住んだ」とは言えないですよね。
そこで、NASAが提案する月面探査プログラム「アルテミス計画」において、月面に基地をつくり、人が持続的に活動する試みが始まりました。
現在活発になっている月探査の先には、史上初となる「人類による火星への着陸」という大きな目標があります。いわば、火星が「本番」で、月はそのための「練習台」とも言えます。
技術をレベルアップさせて、地球から最も近い天体である月で自由自在に何でもできるようにする。月探査で得られる新たな技術と知見をひっさげて、火星を目指すという作戦です。
月・火星移住に欠かせない「3つのもの」とは?
移住を現実的に考えるには、まず、月と火星がどんな環境なのかを知り、移住するために必要な条件を知る必要があります。
「移住のためにとくに重要なもの」は次の3つです。
【月・火星移住に必要なもの】
1 基地
2 酸素
3 水
まず、厳しい寒暖差や強烈な宇宙放射線から身を守るために「基地」は必須です。そして、基地の内部には、呼吸するための「酸素」を充填しておかなければなりません。さらに、人の体に欠かせないのが「水」ですよね。
他にも、食料や生活用品、燃料など必要なものはたくさんありますが、まずはシンプルに、生きるために最低限必要なもの、つまりこの3つを用意することが重要になります。
人類が地球以外の地で暮らすとき、「水」の存在は欠かせません。
水は一石二鳥どころか、三鳥にも四鳥にもなる重要な資源です。どのような役割があるのでしょうか。
【水の役割】
1 《そのまま》で、「飲み水」や「農業用水」になる
2 分解して得られる《酸素》は、「呼吸」や「ロケットの酸化剤」に使える
3 分解して得られる《水素》は、「ロケットの燃料」に使える
月や火星で暮らす場合、なるべくなら現地で自給自足したいですよね。水は人間の飲み水だけでなく、農業用水の役割も担います。
さらに、化学の視点で見ると、水は「H₂O」。分解すると、「酸素」と「水素」を得ることができます。
呼吸に必要な酸素は、水が十分にあれば手に入るということです。
酸素にはもう1つ重要な使い道があります。
その使い方とは、ロケットの酸化剤です。さらに、水素はロケットの燃料になります。
燃料と酸化剤があれば、ロケットは飛ぶ。
つまり、水があれば、地球に帰還するロケットを飛ばすことができるということです。
「いかに現地調達できるか」が移住のカギ
月・火星移住には「基地」「酸素」「水」が不可欠ですが、これらすべてを地球から運ぶのは、莫大なコストがかかるので現実的ではありません。
移住実現のためには、いかに必要な物資を現地調達できるかにかかっています。
まず、「基地」の場合、月や火星の砂から建築資材をつくる研究が行われています。
そして、「酸素」については、月の砂や火星の大気から調達することが検討されていて、すでにNASAが火星の大気中の二酸化炭素から酸素を取り出す実験を成功させています。
「CO₂」を分解して酸素を得るということですね。
では、肝心の「水」はどのように調達できるのでしょうか。
月の砂には水分が含まれていると期待されていましたが、いまのところ地球の砂漠以上にカラッカラに乾いていることがわかっています……。
火星には北極・南極に「水の氷」があるとわかっていますが、基地をつくるには寒すぎるため、人が利用しやすい形で大量の水が集中している場所がないか、いまこの瞬間にも探査機が探しまわっています。
基地をつくる技術開発、酸素をつくる工学実験、水を探す科学研究、現地調達に向けた取り組み……。こうした挑戦は世界中で続けられており、月・火星移住は現実味を帯びてくることになります。
「火星都市計画」実現に向けた問題点は…
いざ、火星に移住できるとなった場合、倫理的な側面からも考えるべきことがあります。
火星からすると地球人は外来種です。地球から持ち込まれた菌が、そこにいるかもしれない火星の生態系を壊さないようにする必要があります。
その対策のひとつとして、NASAやJAXAなどの宇宙機関では、火星に着陸する探査機を必ず滅菌処理することにしています。
さらに、人類が月や火星に移住し、そこで子どもが生まれるようになると、「重力が地球より弱い環境で無事に育つのか」という医学的な問題も出てきます。人類は「ホモ・サピエンス」とは別の新しい種に進化していくのかもしれません。
はたして、そうした子は、「地球人」でなく「月人」や「火星人」になるのでしょうか?
どうすべきかルールが必要になります。そのほかにも、「月や火星は誰が統治するのか」「どんなルールに従うべきなのか」といった政治的・法律的な問題も考えなくてはなりません。
本格的に月・火星移住を進めるには、技術的な問題だけでなく、多面的に解決すべき問題があるということです。
世界には、火星に都市をつくる計画を掲げている組織があります。
スペースX社は宇宙船「スターシップ」で火星に人を運び、将来的には100万人の火星都市をつくろうとしています。さらに、UAE(アラブ首長国連邦)は、2117年までに人口60万人の火星都市をつくるプロジェクトを進めています。
火星移住には課題がたくさんありますが、諦めない国や組織がある限り、いつかは実現するでしょう。
こうした話は、SFではなく、日に日にリアリティを増してきます。月や火星は、それほど身近な天体になってきているのです。
(井筒 智彦 : 宇宙博士、東京大学 博士号(理学))