『おっさんずラブ』『ビリオン×スクール』瑠東東一郎監督、元カンテレ重松圭一氏とのタッグで作品に注ぐ「ありったけの情熱」
●映像制作集団「g」に7月から所属
かつて日本のエンタメ、こと映画は世界の最先端にあった。黒澤明監督の『七人の侍』はハリウッドで『荒野の七人』としてリメイク。『隠し砦の三悪人』が『スター・ウォーズ』に多大な影響を与えたのも、知る人ぞ知るところだろう。テレビドラマもバブル期から00年代にかけて、木村拓哉主演ドラマを中心に黄金期を迎えたが、昨今は韓流ドラマに押されがち。映画『私をスキーに連れてって』などを手掛けたホイチョイ・プロダクションズの馬場康夫監督に筆者が話を聞いた時には、「ドラマ界も“失われた30年”となってしまった」という厳しい言葉も飛び出した。
だが、昨今も決してヒットドラマがなかったわけではない。社会的ブームを引き起こした『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)がその一つだ。この演出を担当した瑠東東一郎監督は、大ヒットの理由を「面白いものを純度高く、そしてありったけの熱量を込めて作ったから」ではないかと振り返る。
そんな瑠東監督が7月、元カンテレプロデューサーの重松圭一氏が設立した映像制作集団「g」に所属した。「もっとクリエイターがやりたいことをやらないと」と訴える重松氏が目指す、日本のエンタメ復興は起こり得るのか。現在放送中で瑠東監督が演出を務める山田涼介主演のドラマ『ビリオン×スクール』(フジテレビ系、毎週金曜21:00〜)の裏話を聞きながら考える。
瑠東東一郎監督=『ビリオン×スクール』の撮影現場にて (C)フジテレビ
○『おっさんずラブ』の成功体験「熱量を共有できた」
「『おっさんずラブ』で心がけたのは“ウソはつけない”というところです。いわゆる男性が女性を、女性が男性を好きになるパターンは長年描かれてきたのでなじみがありますが、男性同士の恋愛を描くとなれば、前例もなじみも少ないので、マイノリティ的状況を世間に納得させるだけの強烈な“熱量”がいる。これを貴島彩理プロデューサー、脚本の徳尾浩司さん、主演の田中圭さんらチームで共有し、“ウソ”にならない“熱量”を皆で帯びて作り出した。その“恋愛”を奥の奥まで掘り下げて“人間愛”に近い状態まで持っていった。ありがたいことに視聴者に喜んでいただけたことで、“日本も捨てたものじゃないな”と感じられました」(瑠東監督、以下同)
つまり『おっさんずラブ』は、非常に恵まれた環境で制作することができた。そう、制作チームがきちんと熱量を共有して送り届けることができれば、今だって視聴者の心にしっかり刺さるのだ。
だが、そんな幸福な現場はそうそうない。筆者が各所で聞く話だが、例えば芸能事務所の誰かが「こうしたほうがいい」というのは通るが、いち監督の意見は説得、却下されたりする。
そこには明らかなパワーバランスが存在し、クリエイターのパワーは弱く、いわば上層部の“大人の事情”で現場が回されている。半ば“仕方ない”という諦めの声が多くの現場でささやかれている。ドラマだけではなく、映画もアニメも、やれ予算が、やれ時間が……と、クリエイティブとは関係ない場所で回されてしまっているとの愚痴を聞いてきた。
○香港で感じた日本映像界の“遺伝子”
ただ、昔からそうだったわけではない。瑠東監督の話を聞きながら筆者もほぼ確信に至ったことがある。
「『おっさんずラブ』が幸福だったことのもう一つに、劇場版を香港で撮影したのですが、現地のスタッフが非常に優秀だったのです。例えば急に思い浮かんだアイデアをこうしたいと告げると、やはり段取りがありますので“難しい、無理です”と言われても仕方がない。これは当然です。ところが当時の香港の現地スタッフは“じゃあどうするか考えましょう”と前向きになってくれた。これには驚きました。そして聞けば、そのNOと言わず前向きにアイデアを出していくのは、過去に日本の映画業界の方から学んだというのです」
かつて筆者は国内外で活躍するアクション監督や殺陣師・スタントコーディネーターたちの団体「ジャパンアクションギルド」の理事でスタントマンの多加野詩子氏(映画『ビー・バップ・ハイスクール』、ドラマ『あぶない刑事』など)にこんな話を聞いたことがある。昭和30年代、GHQによるチャンバラ映画禁止が解かれ、日本のアクション映画は隆盛を極めた。それに目をつけたのが香港のゴールデン・ハーベスト。同社は日活のスタッフをスカウトし、ブルース・リー映画などを制作。香港映画の基礎を作った、と。
決して今の日本のエンタメ界に優れたところがないと言っているのではない。ただ史実として、かつての日本映画界はその“熱量”で燃えていて、それが香港では今も受け継がれている。香港で可能であるなら、現代日本でもできるはず。その遺伝子は残っているはず――そんな期待を瑠東監督の言葉から感じた。
●クリエイターの地位が上がりづらい原因とは
現在も優れたクリエイターは日本に数多く存在するが、前述の課題が生まれた理由を、瑠東監督が所属した映像制作集団「g」の設立者・重松圭一氏(『僕の生きる道』『SMAP×SMAP』など)はこう分析する。
「海外ではいい作品を作ったらそれだけ高額なお金や権利を要求するのは当たり前。ですが日本には、ある特殊な文化がある。それは“謙虚さ”です。実際、日本の優秀な監督、スタッフさん、誰にお話を伺ってもすごく謙虚なんです。すごい作品を創られているのに“いやそんなことないですよ”と謙そんする。これはエンタメ業界に限らないことでしょう。もしかしたらこの謙虚という“美徳”がある意味でゆがみとなり、クリエイターの地位が上がりづらい原因になったのかもしれません」(重松氏)
重松氏はこの状況を危惧し、「g」を作り、クリエイターの権利や地位を守ろうとしている。日本人の美徳である謙虚で現場の熱量が減らないよう、「g」が盾となり交渉しようというわけだ。
「特に瑠東監督はクリエイティブにのめり込み過ぎる部分がある。その貴重な熱量を生かすために『g』に入ってもらい、面倒事は僕たちが担当。俯瞰(ふかん)して瑠東監督の苦手部分のかじ取りをやらせてもらっています」(重松氏)
こうしたクリエイターとかじ取り役のタッグで想起されるのは、スタジオジブリの宮崎駿監督と鈴木敏夫プロデューサーの関係だ。この2人に当てはめるのは多少強引ではあるが、クリエイターの情熱を守り、ある種コントロールする人がいることで、数々の名作が生まれたといういい例でもある。瑠東監督が持つ情熱や熱量、それが今後どのように花開くのか、期待せざるを得ない。
○視聴者をバカにすると絶対にしっぺ返しを食らう
そんな瑠東監督が現在取り組んでいるのが、『ビリオン×スクール』。日本を代表する財閥系グループのCEOの主人公・加賀美零(山田涼介)が身分を隠して高校の教師となり、生徒と共に成長する姿を描いたオリジナルストーリーだ。この作品にかける熱量を、瑠東監督はこう語る。
「僕は視聴者をバカにすると絶対にしっぺ返しを食らうと思うんです。例えば昨今の若者は結果が分かりやすいものが好きだから、とか、F3・F4層はこういうものが好きだからとか、妙に分析されていますが、いや、そんなことはない。くくること自体がおこがましい。それよりも、主人公がきちんと描かれているか、その人の言葉としてしっかり届けられるか。登場人物の気持ちは、心情は。
『おっさんずラブ』もそうでしたが、そこをちゃんと押さえて、僕らが感じる熱と面白さを乗せて作れば、若者だろうが古くからの年配のテレビっ子であろうが、絶対観てくれると思ってて。つまり視聴者に合わせるという消極的な考えではいけない。僕たちが面白いと確信できるものを、“観て笑ってほしい”、“心が動いてほしい”、“喜んでほしい”と。きちんと熱量を持って届ければ観てもらえるはずだと」(瑠東監督、以下同)
人はそれぞれ問題や悩みを抱えている。それを「僕たちが解決できるとは思ってない」という瑠東監督。それでも、「問題自体は取り除けないが、観てくださる方の心をちょっと押してあげることはできるのではないか。そんな作品になっているかどうかを僕は大事にしています」と熱く語る。
(左から)奥野壮、水沢林太郎、瑠東東一郎監督=『ビリオン×スクール』の撮影現場にて (C)フジテレビ
主演の山田については、「まず人間として魅力的な人。努力を積み重ねて今があることがはっきりと分かり、それが背中から見える。それでいて誰にでも優しく接し、その吸引力で現場全体を巻き込んでいく力には舌を巻きます」と解説。瑠東監督の情熱と山田の強い重力のマリアージュが、今後作品にどのような化学反応を起こしていくのかが楽しみだ。
「本作は学園ものではありますが、普遍的に社会が透過できる作りにしています。そして今後ですが、さまざまなジャンルに挑戦しつつ、人の心が前を向くような作品を創っていきたいですし、そこに僕の情熱をありったけ注ぎ込んでいきたいです」
かつて栄華を誇った日本映像界の情熱の遺伝子は、香港にだけではなく、瑠東監督の中にも脈々と息づいているようだ。
かつて日本のエンタメ、こと映画は世界の最先端にあった。黒澤明監督の『七人の侍』はハリウッドで『荒野の七人』としてリメイク。『隠し砦の三悪人』が『スター・ウォーズ』に多大な影響を与えたのも、知る人ぞ知るところだろう。テレビドラマもバブル期から00年代にかけて、木村拓哉主演ドラマを中心に黄金期を迎えたが、昨今は韓流ドラマに押されがち。映画『私をスキーに連れてって』などを手掛けたホイチョイ・プロダクションズの馬場康夫監督に筆者が話を聞いた時には、「ドラマ界も“失われた30年”となってしまった」という厳しい言葉も飛び出した。
そんな瑠東監督が7月、元カンテレプロデューサーの重松圭一氏が設立した映像制作集団「g」に所属した。「もっとクリエイターがやりたいことをやらないと」と訴える重松氏が目指す、日本のエンタメ復興は起こり得るのか。現在放送中で瑠東監督が演出を務める山田涼介主演のドラマ『ビリオン×スクール』(フジテレビ系、毎週金曜21:00〜)の裏話を聞きながら考える。
瑠東東一郎監督=『ビリオン×スクール』の撮影現場にて (C)フジテレビ
○『おっさんずラブ』の成功体験「熱量を共有できた」
「『おっさんずラブ』で心がけたのは“ウソはつけない”というところです。いわゆる男性が女性を、女性が男性を好きになるパターンは長年描かれてきたのでなじみがありますが、男性同士の恋愛を描くとなれば、前例もなじみも少ないので、マイノリティ的状況を世間に納得させるだけの強烈な“熱量”がいる。これを貴島彩理プロデューサー、脚本の徳尾浩司さん、主演の田中圭さんらチームで共有し、“ウソ”にならない“熱量”を皆で帯びて作り出した。その“恋愛”を奥の奥まで掘り下げて“人間愛”に近い状態まで持っていった。ありがたいことに視聴者に喜んでいただけたことで、“日本も捨てたものじゃないな”と感じられました」(瑠東監督、以下同)
つまり『おっさんずラブ』は、非常に恵まれた環境で制作することができた。そう、制作チームがきちんと熱量を共有して送り届けることができれば、今だって視聴者の心にしっかり刺さるのだ。
だが、そんな幸福な現場はそうそうない。筆者が各所で聞く話だが、例えば芸能事務所の誰かが「こうしたほうがいい」というのは通るが、いち監督の意見は説得、却下されたりする。
そこには明らかなパワーバランスが存在し、クリエイターのパワーは弱く、いわば上層部の“大人の事情”で現場が回されている。半ば“仕方ない”という諦めの声が多くの現場でささやかれている。ドラマだけではなく、映画もアニメも、やれ予算が、やれ時間が……と、クリエイティブとは関係ない場所で回されてしまっているとの愚痴を聞いてきた。
○香港で感じた日本映像界の“遺伝子”
ただ、昔からそうだったわけではない。瑠東監督の話を聞きながら筆者もほぼ確信に至ったことがある。
「『おっさんずラブ』が幸福だったことのもう一つに、劇場版を香港で撮影したのですが、現地のスタッフが非常に優秀だったのです。例えば急に思い浮かんだアイデアをこうしたいと告げると、やはり段取りがありますので“難しい、無理です”と言われても仕方がない。これは当然です。ところが当時の香港の現地スタッフは“じゃあどうするか考えましょう”と前向きになってくれた。これには驚きました。そして聞けば、そのNOと言わず前向きにアイデアを出していくのは、過去に日本の映画業界の方から学んだというのです」
かつて筆者は国内外で活躍するアクション監督や殺陣師・スタントコーディネーターたちの団体「ジャパンアクションギルド」の理事でスタントマンの多加野詩子氏(映画『ビー・バップ・ハイスクール』、ドラマ『あぶない刑事』など)にこんな話を聞いたことがある。昭和30年代、GHQによるチャンバラ映画禁止が解かれ、日本のアクション映画は隆盛を極めた。それに目をつけたのが香港のゴールデン・ハーベスト。同社は日活のスタッフをスカウトし、ブルース・リー映画などを制作。香港映画の基礎を作った、と。
決して今の日本のエンタメ界に優れたところがないと言っているのではない。ただ史実として、かつての日本映画界はその“熱量”で燃えていて、それが香港では今も受け継がれている。香港で可能であるなら、現代日本でもできるはず。その遺伝子は残っているはず――そんな期待を瑠東監督の言葉から感じた。
●クリエイターの地位が上がりづらい原因とは
現在も優れたクリエイターは日本に数多く存在するが、前述の課題が生まれた理由を、瑠東監督が所属した映像制作集団「g」の設立者・重松圭一氏(『僕の生きる道』『SMAP×SMAP』など)はこう分析する。
「海外ではいい作品を作ったらそれだけ高額なお金や権利を要求するのは当たり前。ですが日本には、ある特殊な文化がある。それは“謙虚さ”です。実際、日本の優秀な監督、スタッフさん、誰にお話を伺ってもすごく謙虚なんです。すごい作品を創られているのに“いやそんなことないですよ”と謙そんする。これはエンタメ業界に限らないことでしょう。もしかしたらこの謙虚という“美徳”がある意味でゆがみとなり、クリエイターの地位が上がりづらい原因になったのかもしれません」(重松氏)
重松氏はこの状況を危惧し、「g」を作り、クリエイターの権利や地位を守ろうとしている。日本人の美徳である謙虚で現場の熱量が減らないよう、「g」が盾となり交渉しようというわけだ。
「特に瑠東監督はクリエイティブにのめり込み過ぎる部分がある。その貴重な熱量を生かすために『g』に入ってもらい、面倒事は僕たちが担当。俯瞰(ふかん)して瑠東監督の苦手部分のかじ取りをやらせてもらっています」(重松氏)
こうしたクリエイターとかじ取り役のタッグで想起されるのは、スタジオジブリの宮崎駿監督と鈴木敏夫プロデューサーの関係だ。この2人に当てはめるのは多少強引ではあるが、クリエイターの情熱を守り、ある種コントロールする人がいることで、数々の名作が生まれたといういい例でもある。瑠東監督が持つ情熱や熱量、それが今後どのように花開くのか、期待せざるを得ない。
○視聴者をバカにすると絶対にしっぺ返しを食らう
そんな瑠東監督が現在取り組んでいるのが、『ビリオン×スクール』。日本を代表する財閥系グループのCEOの主人公・加賀美零(山田涼介)が身分を隠して高校の教師となり、生徒と共に成長する姿を描いたオリジナルストーリーだ。この作品にかける熱量を、瑠東監督はこう語る。
「僕は視聴者をバカにすると絶対にしっぺ返しを食らうと思うんです。例えば昨今の若者は結果が分かりやすいものが好きだから、とか、F3・F4層はこういうものが好きだからとか、妙に分析されていますが、いや、そんなことはない。くくること自体がおこがましい。それよりも、主人公がきちんと描かれているか、その人の言葉としてしっかり届けられるか。登場人物の気持ちは、心情は。
『おっさんずラブ』もそうでしたが、そこをちゃんと押さえて、僕らが感じる熱と面白さを乗せて作れば、若者だろうが古くからの年配のテレビっ子であろうが、絶対観てくれると思ってて。つまり視聴者に合わせるという消極的な考えではいけない。僕たちが面白いと確信できるものを、“観て笑ってほしい”、“心が動いてほしい”、“喜んでほしい”と。きちんと熱量を持って届ければ観てもらえるはずだと」(瑠東監督、以下同)
人はそれぞれ問題や悩みを抱えている。それを「僕たちが解決できるとは思ってない」という瑠東監督。それでも、「問題自体は取り除けないが、観てくださる方の心をちょっと押してあげることはできるのではないか。そんな作品になっているかどうかを僕は大事にしています」と熱く語る。
(左から)奥野壮、水沢林太郎、瑠東東一郎監督=『ビリオン×スクール』の撮影現場にて (C)フジテレビ
主演の山田については、「まず人間として魅力的な人。努力を積み重ねて今があることがはっきりと分かり、それが背中から見える。それでいて誰にでも優しく接し、その吸引力で現場全体を巻き込んでいく力には舌を巻きます」と解説。瑠東監督の情熱と山田の強い重力のマリアージュが、今後作品にどのような化学反応を起こしていくのかが楽しみだ。
「本作は学園ものではありますが、普遍的に社会が透過できる作りにしています。そして今後ですが、さまざまなジャンルに挑戦しつつ、人の心が前を向くような作品を創っていきたいですし、そこに僕の情熱をありったけ注ぎ込んでいきたいです」
かつて栄華を誇った日本映像界の情熱の遺伝子は、香港にだけではなく、瑠東監督の中にも脈々と息づいているようだ。