観光道路でヒグマと遭遇(画像提供:内田雄紀氏)

 車を運転中、もしも道路上でクマに遭遇したら、ドライバーであるアナタはどんな行動をとるだろうか。クラクションを鳴らして追い払う? 「車の中にいれば安全だろう」と、接近して見物する? 残念ながら、どちらも不適切な行動と言わざるを得ない。

 ここ数年、日本各所でクマの目撃事例が頻発している。クマの生息地域である山間部はもちろん、市街地など人間の生活圏に出没する “アーバンベア” による人的被害も増え、看過できない社会問題となっている。

 なかでも最近、報告が相次いでいるのが、車を走行中にクマと遭遇し、接触事故となるケースだ。

「4月に北海道の根室近郊で、山菜取りの男性2人が乗った軽自動車が子連れの母グマに遭遇。母グマから体当たりされ、車体が破損する映像が拡散され、話題を呼びました。また6月には、栃木県の日光と那須塩原の山道で、連続してクマとの衝突事故が発生しています」(週刊誌記者)

 山好きのバイブルで知られる登山専門誌『山と溪谷』などを刊行する「山と溪谷社」という出版社がある。その社員が遭遇したのも、まさに車を運転中のことだった。同社「いきもの部」は、6月4日、Xにこんな投稿をした。

《弊社には最近、道東支社があるのですが(笑)、そこの社員から業務報告が来ました。車をバックして逃げたそうです。まじで怖いな。夏前にこのぶるんぶるんの感じって、いったい何食べているだろう?》

 SNSで公開された動画は、北海道・道東に広がる雄大な原生林を貫く林道で、一頭の肉付きのいいヒグマがのしのし歩いている様子を車から撮影したもの。当初はキョロキョロしていたヒグマだが、視界に入る車が気にさわったのだろうか、徐々に車に詰め寄り、緊迫感あふれるシーンで短い動画は終わっている。

 動画の撮影者で、同社法人営業部に所属する内田雄紀氏に、ヒグマと遭遇した際の一部始終を聞いた。

「あれは6月1日の13時頃でした。知床五湖フィールドハウスという施設から知床自然センターをつなぐ『道道93号知床公園線』という道路があり、その途上でのことです。

 舗装路の左右は原生林なんですが、木々がぽっかり開けているところがあり、その林の奥から大きなヒグマが歩いて道路に出てきました。

 こちらは車をいったん停めて待機していたんですけど、ヒグマがしばらく道路にいたので、車中から急いでスマホで撮影したのが投稿した動画です。

 距離は30mくらいで、けっこう近かったと思います。急に向こうが走って近寄ってきたので、慌てて車をバックさせました。ちょうど私の後ろに観光バスが停まっていたんですが、同じように停車していました。

 クマに遭遇したら、車を停めて後退するというのがルール。なるべくクラクションは鳴らさず、絶対外に出てはいけないと言われています。

 もし向かってきたら、ゆっくりバックして、様子を見るしかない。そうしたら、なんとか右の森のほうに逃げていったので、ホッとしました」

 映像を見る限り、内田氏が遭遇した個体はかなりの大きさに見える。

「たぶん200〜300kgはありそう。冬眠に入る前のよく太ったサイズ感ですね。私は自然動物の専門家ではないのであくまで予想ですけど、若い雄の成獣だと思います。走り方は元気なクマのそれだったので……。

 ただ、クマって今の時期、餌がなくて痩せた個体が多いんですよ。私は昨年10月に北海道に移住し、道東の弟子屈というところに住んでいるんですけど、実はクマに遭遇するのはこれでもう3回め。過去2回は近所の道路と自宅の庭で目撃したんですが、2頭とも今回の個体ほど丸々とはしていませんでした」

 時期的に冬眠明けで、お腹がすいているはずのクマにしては「タプタプ」と肉を蓄えている理由について、内田氏はこう推測する。

「あのクマが丸々としている理由について、私なりに考えてみたんですけど、もしかしたら鹿を食べているのかもしれませんね。いま、鹿の駆除を盛んにやっていて。

 ハンターが鹿を撃ち、一発で即死させれば持って帰って解体するのですが、どうしても追いきれない場合がある。逃げた鹿は結局衰弱して死んでしまうので、そうした鹿の死体を活動期のクマが食べている可能性はあります」

 今回、内田氏がクマに遭遇した場所は、国立公園内の観光道路だ。それだけに、今後また同じクマが出没する危険があると、内田氏は指摘する。

「あの道路は、一般のハイカーも普通に歩いているんですよ。私が遭遇したときは車しかいなかったけれど、非常に危険な状況だったかなと。知床自然センターを目指してガイド付きで歩いている方もいるので、そういう方が遭遇しないといいんですが……。

 あと、あそこは観光道路なので、外国人観光客とかが野生動物にエサをあげちゃうケースもいまだにあるんです。そういうのを期待して、クマが寄ってきたのもあったかもしれないですね。バスが近くにいたので、バス=餌をくれるという刷り込みがあったのかもしれません」

 最近は「ウィズベアーズ」という考え方も無視できないほど、クマのフィールドと人間の境界が曖昧になっている。運転中にクマに遭遇することがあったら、くれぐれも冷静な行動をとるように心がけてほしい。