(※写真はイメージです/PIXTA)

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母子家庭で育ち、お金に苦労してきた50代の独身女性。関係の悪い母親とは疎遠ですが、ずっと生活費の援助を続けていました。ところが、母が亡くなったことで、意外な事実が判明し…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに、生前対策について解説します。

奨学金で大学進学、就職後は仕送りを…

今回の相談者は、50代の会社員の山田さんです。先日亡くなった70代の母親の相続と、それに伴う整理の相談に乗ってほしいと、筆者の事務所を訪れました。

山田さんはひとりっ子で、両親は山田さんが中学生のときに離婚。山田さんは母親に引き取られ、都内から、母親の郷里に近い地方都市へと引っ越しました。その後、母親は再婚することもなく、シングルマザーとしてずっと山田さんを育ててくれました。

「母は専門学校を卒業後、父と結婚して専業主婦になりました。離婚してからは、知り合いのツテで入社した会社に、事務員として勤務していました」

山田さんの母親は、自分の親族と折り合いが悪かったようで、山田さんは祖父母にも母親のきょうだいにも会ったことがありません。

「母は自分の価値観を押し付けるところがあり、それがとてもイヤでした」

山田さんの母親は、自分にも他人にも厳格で、ひとり娘の山田さんにもそれを求めたということです。

「勉強でも、日常生活でも、私が少しでも手を抜いたと思えば激しく追及して叱責され、はしゃいだり、大声で笑ったりすることは、母が最も嫌うことでした。〈女の子なのにみっともない〉のだそうです」

学生時代、友人と楽しむこともできなかった山田さんは、母親から逃れるように上京し、就職。以降、母親のところにはほとんど帰っていません。

「奨学金を借りて大学に行き、生活費のほとんどはアルバイトで賄いました。あっという間の4年間で、友人と楽しんだ記憶もありません」

その後、山田さんは一般企業に就職しますが、母親からは「育ててもらった恩返しをするように」と仕送り要請があり、節約生活が続きます。

「社会人になってからは、そうれはもう必死で働きました。いまはお給料も上がり、少しは楽になったのですが…」

金曜日の夜に届いた「母危篤」の連絡

数カ月前の金曜日の夜、山田さんが自宅マンションに帰ったタイミングで、携帯電話に知らない番号から着信がありました。電話に出ると、病院の関係者だといいます。

「母親が出先で倒れ、病院に搬送されたというのです。すでに重篤な状態だということでした。急いで向かいましたが、その間に容体が悪化し、亡くなりました」

山田さんはその後、亡き母親を火葬し、母親が亡くなるまで住んでいたアパートの整理に着手しようとしましたが、なかなか作業が進まないうえ、資産の整理も行う必要があることから、筆者の事務所がサポートすることになりました。

筆者のところに依頼があったとき、山田さんはある程度まで自力で調べており、メインバンクの残高証明も取得していました。そこから調査を進めると、母親は10年以上前に自身の親族から資産を相続したようで、収益不動産のほか、母親名義の2,000万円以上の預貯金も保有していました。

筆者の提携先の税理士や司法書士の尽力もあり、調査は粛々と進みました。

クローゼットの奥から出てきた、小さな箱とメッセージカード

ところが、筆者のもとに山田さんから「話したいことがある」と連絡があり、急遽事務所に来ていただくことになりました。

「クローゼットの奥から、こんなものが出てきたのです」

山田さんが母親の衣類を廃棄するため、ポリ袋に詰めていたところ、積み重なった衣類の下から小さな段ボール箱が出てきました。箱を開けると、その中に小さなカギのついた木製の小物入れがありました。

「箱のカギは、母のドレッサーの引き出しにありました」

山田さんが箱の中を確認すると、山田さんの名前が記載された普通預金の通帳で、2,000万円もの残高があるといいます。いわゆる「名義預金」でした。

通帳の下には、色あせた花模様のメッセージカードがあり、母親の筆跡で「由美子さんへ 母より」と、山田さんの名前が書かれていました。

通帳の記録を確認すると、山田さんが中学生のころから定期的に入金があり、山田さんが18歳のときには、すでに500万円以上にもなっていました。おそらく山田さんの父親からの養育費も含まれていると思われました。その後も、母親の別の口座から定期的な入金があり、一度も引き出された形跡はありませんでした。

「…本当にばかみたい。こんなお金があったなら、私、奨学金で苦労しなくてよかったのに。そうでなくても、母が自分の生活費に充ててくれていれば、私が30年近く、毎月送金する必要もなかったじゃないですか…」

そういうと山田さんは、メッセージカードを投げるようにして打ち合わせテーブルに置きました。

「私、高校生のときのバイト代は、全額母に渡していたんです。私がいるせいで、母が大変だと思っていましたから。お金がなくても、やりたい勉強ができなくても、仕方ないと思っていました。お金がなさ過ぎて、好きな人とのお付き合いをあきらめたこともあります」

それだけいうと、山田さんは黙ってうつむきました。

「若い時代の自由や可能性を奪わないでほしかった…」

通帳の合計金額は、山田さんの収入では説明がつかず、亡き母親の遺産以外の説明ができません。また、収益不動産と母親名義の預貯金を合計すると、相続税の申告が必要になります。万一名義預金を申告せずにいて税務調査が入れば、修正申告が必要になり、過少申告課税が加算されてしまいます。

修正申告の大半が現金・預金の申告漏れであり、その中でも名義預金は目をつけられやすいといえます。

「本当に私のことを思うなら、学生時代、必要なお金を出してほしかった。そうでなくても、私から強制的にお金を取り上げて、若い時代の自由や可能性を奪うようなまねはしないでほしかった…」

山田さんは唇をかみました。

なぜ娘の人生に必要なタイミングでお金を出さなかったのか、母親自身の生活が賄える収入がありながら、娘に毎月の送金を強制したのか、いまとなっては山田さんの母親の胸の内はわかりません。しかし、相続の場で、複雑な思いを経験される遺族の方は少なくありません。

その後、相続税の申告手続きは無事に終了し、山田さんは普段の生活へと戻っていきました。

想定外の資産が承継されたことで、山田さんの将来は、従来よりも選択肢の多いものとなるでしょう。今後の山田さんの人生が、より明るく充実したものになるよう祈ってやみません。

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。