中国で連日報道「小林製薬」処理水に次ぐ火種か
2024年3月29日に開かれた小林製薬の会見時の、小林章浩社長(撮影:ヒラオカスタジオ)
小林製薬の「 紅麹(べにこうじ) 」成分入りサプリメントを摂取した人に健康被害が確認された問題は、台湾に飛び火し、中国でも連日報道されている。
小林製薬の製品は2010年代半ばに中国で「神薬」として大人気となり、突出した知名度を持つからだ。今のところ中国の消費者は冷静だが、もし国内で健康被害が報告されれば、10年かけて中国をドル箱市場に育ててきた小林製薬にとって大きな打撃となる。
中国では連日報道される
「問題の商品を買った消費者は直ちに服用を中止し、小林製薬(中国)に連絡をするように」
中国消費者協会は2024年3月29日、消費者に注意を呼びかける声明を発表。動画でも注意喚起している。
台湾では、小林製薬から輸入した紅麹原料を使って現地メーカーが製造販売したサプリメントを摂取した消費者が体調不良を訴えているが、同協会によると中国本土では、小林製薬の紅麹を使った製品は越境ECの販路を除いて販売されていないという。
中国消費者協会は、動画でも使用を控えるよう呼びかけている(写真:同協会公式Weiboより引用)
中国では健康被害の訴えも出ていないが、知名度の高い日本メーカーが起こした問題とあって、国営通信社の新華社や国営テレビは連日動向を報じている。
小林製薬が「インバウンド銘柄」として脚光を浴びたのは、円安と中国人の消費力向上を背景に「爆買い」が注目され始めていた2014年10月。中国のメディアがリストアップした「日本に行ったら絶対に買うべき12の神薬」で「アンメルツヨコヨコ」や「熱さまシート」など、同社の製品が5つを占めたのがきっかけだ。
当時、中国人旅行者はツアーで日本を訪れ、SNSや友人の口コミを元に、限られた時間で特定のブランドを指名買いするスタイルが主流だった。「神薬」を求めて旅行者がドラッグストアに押し寄せるようになると、小林製薬はインバウンドを照準に据えた製品を強化していった。
気管支炎やせきの症状を改善するとうたう小林製薬の漢方薬「清肺湯ダスモック」は、販売時は日本の喫煙者をメインターゲットにしていたが、PM2.5など大気汚染対策として中国人がまとめ買いしているとわかると、インバウンド向けへの生産増強に動いた。
中国人にとっての神薬は、小林製薬にとって神風だった。
2016年3月期決算発表資料には、「12の神薬」の文言とともにインバウンド・中国市場戦略が初めて登場した。インバウンド需要はその後順調に拡大し、売れ筋も医薬品から日用品に広がっていった。
12の神薬(写真:小林製薬の2016年3月期決算発表資料より引用)
小林製薬が中国の月収6000元(約12万円)以上の20〜39歳を対象に実施した調査では、小林製薬の名前を「よく知っている」「聞いたことがある」との回答が84%に達した。
2018年12月期は、インバウンド市場が「想定以上に好調」だったほか、2015年から強化していた中国市場での店頭、EC販売が前期比50%前後伸びた。
転売ヤー規制とコロナ禍で爆買い失速
爆買いの神風はその後、中国の規制と新型コロナウイルスの拡大によって消失した。
中国政府は2019年1月、免税で購入した商品を中国向けに転売する代理購入業者(転売ヤー)を取り締まるため、電子商務法(EC法)を施行。転売目的で商品を大量に購入していた個人バイヤーの減少で、小林製薬のインバウンド需要は縮小し、翌2020年以降のコロナ禍で蒸発した。
だが、小林製薬はインバウンド客のリピート買いを照準に、2010年代後半から中国の実店舗やECでの販売強化を続けており、取り組みの成果が徐々に現れ始めた。
2022年からは、中国でアンメルツヨコヨコを本格的に販売し始めた。コロナ禍で熱さまシートがヒットしたことなどもあり、2023年12月期は海外市場売上高422億円の25%に相当する105億円が中国市場によるものだった。
ちなみに2023年12月期の決算で、日本市場の中国からのインバウンド需要は低調なままだったが、香港は中国からのインバウンド需要が急拡大し、売上高が28.5%増(為替要因除く)と大きく伸びた。
今回の紅麹による健康被害は中国のSNSでもトレンド入りし、台湾で健康被害が報告されたことで引き続き注目されているが、「我がこと」感は薄い。
コロナ禍で日本に来て小林製薬の商品を買い求める人が減っている一方で、小林製薬の得意とする(処方箋を必要としない)OTC医薬品は薬事規制のため、主力製品の多くを中国で展開できていない。
2013年3月期まで100億円に満たなかった小林製薬の海外売上高は2023年12月期で400億円を超え、同社は2025年に533億円以上に増やす目標を掲げる。中国の売上高は2022年の102億円から2025年に171億円以上に引き上げることを目指している。
売り上げは拡大基調を続けているものの、「神薬」ともてはやされた頃に比べればブームは落ち着き、ヘルスケアブランドというイメージも薄まっている。
買い控えが下火になる中で、勃発した問題
ただ、中国本土では現時点で健康被害の訴えは報告されていないが、いつ出てきてもおかしくないのも確かだ。
爆買いブームで中国のインバウンド需要を取り込み成長したブランドは、中国の風評に経営が左右されやすい。資生堂は東京電力の処理水放出の影響で中国市場の販売が急減し、2023年12月期の業績に響いた。
処理水放出による日本ブランドの買い控えが徐々に下火となる中で投下された小林製薬の不祥事は、同社はもちろんのこと、中国や台湾でヘルスケア製品を展開するほかの日本企業にとっても新たな逆風になりかねない。
(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)