AI時代「日本の本当の強み」超意外な"ここ"にある
プロデューサーであるつんく♂さんと起業家である孫泰蔵さん、異なる2人のプロフェッショナルによる対談、第6回(撮影:尾形文繁)
音楽家、プロデューサーのつんく♂さん、連続起業家としてさまざまな事業を手がける孫泰蔵さんの対談。
2023年、つんく♂さんが『凡人が天才に勝つ方法 自分の中の「眠れる才能」を見つけ、劇的に伸ばす45の黄金ルール』、孫泰蔵さんが『冒険の書 AI時代のアンラーニング』をそれぞれ刊行。お互いの著書を読み、仕事論からAI時代の話まで、深い話は尽きることなく盛り上がりました。
今回は、AIが生活に及ぼす影響やAI時代の日本のあり方について、対話の中でお互いの思考を深めていきます。第6回最終回。
*この対談の1回目:「仕事で成功するのはプロか天才か?」意外な結論
*この対談の2回目:AI時代「子どもが不登校でも"問題"ない」本当の訳
*この対談の3回目:日本の会社員が「世界中から嫌われる」納得の理由
*この対談の4回目:「気を遣いすぎる」のは、日本人の長所か欠点か?
*この対談の5回目:AIで「本当に"働かなくていい時代"」がやって来る
評価する、感動するのは「生身の人間」
つんく♂:AIが進展していくと、農業や畜産業はどうなるでしょうか?
孫:農作物も、ロボットやAIがどんどん勝手につくるようになると思います。
つんく♂:農産物や肉もAIでつくれるなら、もちろん音楽だってつくれちゃいますよね。AIによって簡単にプロ並みのものができてしまうんでしょうか?
孫:AIがいくらすごい曲をつくっても、評価する側は人間です。
たとえばロボットがサッカーの試合で2回転半のオーバーヘッドシュートをしても「ロボットすげえ!」と思うかもしれないけど、そこまで熱くなれたり、感動できたりしないと思うんです。
同じ生身の人間だから、「メッシってすげえ。ここで3人抜きするんだ!」と感動する。
超人のようなサッカーロボットや作曲ロボットも出てくるでしょうが、感動する側はいつまでたっても人間なんです。
AIを恐れず、AIを利用して作品性を高める
孫:だから、クリエイターはAIを恐れる必要はなく、「便利な機能」としてどんどん利用して、作品性を高めていけばいいと思うんです。
音楽でいえば、昔のアナログ時代は、いいスネアやいいバスドラの音がなかなか録れなくて、ちょっとした音づくりに3日とかかかっていた。でも、今はプロツールズですぐにつくれるのが当たり前になっている。それと同じだと思います。
つんく♂:たしかにそうですね。
孫:無駄をなくして本当にクリエイティブな部分に時間を使えるようになるから、クリエイターやサイエンティストにとって、AIは本当にいいことしかないと思います。
逆をいえば、AIに取って代わられる仕事をしているような、中途半端なクリエイターやサイエンティスト、ビジネスマンは困るでしょうね。
だから、つんく♂さんがまさにご著書に書いていたように、AI時代って、プロを極めていかないと通用しないと思います。
つんく♂1992年に「シャ乱Q」でメジャーデビューしミリオンセラーを記録。その後は「モーニング娘。」をプロデュースし大ヒット。代表曲『LOVEマシーン』は176万枚以上のセールスを記録。国民的エンターテインメントプロデューサーとして幅広く活躍中(撮影:尾形文繁)
AI時代に、英語ができなきゃダメですか?
つんく♂:AIが発達していく社会で、ますますボーダレスにもなっていくでしょうか。そうなると、これからは英語ができなきゃダメですか?
たとえば、僕はハワイに住んでいるけど、自分の頭の中で考えるのは日本語で、英語は何となくやりとりできるくらい。孫さんはどうですか?
孫:英語はビジネスのコミュニケーションもできるし、1時間ぐらいの講演だったらできると思います。ただ、言語はAIにまったく影響を受けないから、英語ができなきゃダメとか、日本語が廃れていくということはないでしょうね。
つんく♂:それは英語や日本語に限らず?
孫:翻訳や通訳の精度がこれからも、ものすごく上がっていくでしょうから、訳せないほどマイナーな言語でないかぎり問題ないと思います。
誰でも物怖じせずに他国の人と話ができるような世界に、ますます進んでいくと思います。
「訳せない」部分に「日本の強み」がある
孫:そういえば、僕は自分の英語力や翻訳ツールの精度が上がるほど、むしろ「日本的な考え方」や「うまく翻訳できない表現」に気づくようになってきたんです。
これは訳せないし、いくら言葉で説明してもたぶんピンとこないだろうなという感覚がたくさんある。それに気づいたときに、日本人の感性って本当にすごいと気づいて、ますます日本語や日本のコミュニケーションが好きになりました。
つんく♂:食べ物もそうですよね。和食にしか出せない「そうそう、このうま味!」っていう感覚、ありますよね。
孫:海外にいると、このうま味を理解できる日本に生まれてよかったって、ますます感じますよね。
僕は日本って、AI時代にこそ、ものすごい可能性がある国だと思うんですよ。世界の人たちはまだ、この日本にしかない感覚を知らないんですから。
日本のよさを理解してくれる感受性の高い人たちも増えていくと思います。その結果、日本的なものの考え方や日本的な料理や音楽など、日本文化を好きになる人が増えていくだろうなと感じています。
つんく♂:国や土地の文化って、おもしろいですよね。東京と大阪でも全然違うし。
孫:そうそう。全然違いますよね。たとえば大阪の文化は、関東や東北から見るとちょっと暑苦しく感じるし(笑)。大阪と韓国はちょっと似ていたりもするんだけど、僕はちょっとそこまで暑苦しくできないんですよ。
つんく♂:ノリの違いですね。孫さんのマインドはきっと、九州マインドですね。ちょっとシャイなんですね。
孫:そうそう。九州の人たちってシャイなんです。よくご存じで(笑)。
つんく♂:孫さんがおっしゃるように、日本人にしかない感覚、世界に広めたいですよね。
孫:たとえば「もったいない」という言葉。やっぱりあの感覚はうまく説明できないんですよ。でも、わかってくれた人たちはみんな「すばらしいね!」と言ってくれる。世界中の人に「もったいない」という感覚が広まれば、それだけでものすごく環境負荷が減るような気がします。
つんく♂:日本にはもともとSDGs的な感覚がありますよね。
孫:そうそう。日本人からすると「今ごろわざわざ何言っとんのや」という感じもありますよね。
孫泰蔵日本の連続起業家、ベンチャー投資家。大学在学中から一貫してインターネットビジネスに従事。その後2009年に「アジア版シリコンバレーと言えるようなスタートアップ生態系をつくる」という大志を掲げ、ベンチャー投資活動やスタートアップの成長支援事業を開始。そして2013年、単なる出資に留まらない総合的なスタートアップ支援に加え、未来に直面する世界の大きな課題を解決するための有志によるコミュニティMistletoeを設立。社会に大きなインパクトを与えるスタートアップを育てることをミッションとしている(撮影:尾形文繁)
「ありがとう」にある2方向への尊い気持ち
日本語の「ありがとう」もそうです。外国人に「ArigatoはThank Youっていう意味だろう」って言われたら、僕はこう話すんです。
ありがとうは「有り難し」であって、直訳すると「It's never happened」とか「It's like a miracle」みたいに、奇跡のような、めったに起こらないことがあったというニュアンスがある。
相手に感謝するだけじゃなく、天に向かって「こんな奇跡のようなことが起きていいんでしょうか?」という2方向への気持ちがあるんだと。
そういう話をすると、みんな「おお! 深い」と日本人や日本語をリスペクトしてくれます。
つんく♂:AIで医療も変わって、みんなますます長生きするようになるかもしれませんよね。
孫:そうですよね。フィジカルに年をとらなくなる時代もそれほど遠くないですよ。
つんく♂:本当ですか?
健康寿命を延ばして「やり直せる社会」に
孫:「老化はなぜ起こるのか」という研究が進んでいるので、老化のしくみも解明されつつある。それを改善する薬や治療が一般になっていくのも時間の問題です。
つんく♂:今より長生きできるんでしょうか。それとも健康寿命を延ばして、コロリと死ねるみたいな?
孫:まさにおっしゃる通り、80歳、90歳まで元気でいて、突然コロリと死ぬのが理想だよねということで、ライフサイエンス系の研究者たちはそれを目指しています。実際、自然界にそういう生き物がいるんですって。
細胞を調べてみてもまったく老化しないのに、コロリと死ぬのが同じ種でもいて、亡くなっても細胞は若々しいんですって。
つんく♂:いつまでも若くいられるということは、いつまでもやりたいことができるわけですよね。
孫:「人生は何度でもやり直しがきくよ」という社会になればいいと思います。
「今〇〇しないと将来取り返しがつかないことになる」という考え方じゃなく、「本当にやりたいこと」「やりたかったけどあきらめたことをやる」ほうが、ちょっとは幸福度が上がる気がするんですよね。
つんく♂:でも、AIがいろいろなことを解決しちゃう未来がきたら、好きなことって見つかるんでしょうか?
孫:深い質問ですね。そもそも好きなことって何だろうっていう。
一人ひとりがやりたいことをやればいい
つんく♂:僕はできないことやくやしいこと、ハンデがあるからこそ、「なにくそ」というガッツが生まれて、その結果、好きなことや、やりたいことが見つかる可能性があるかもしれない、とも思います。
孫:そうですね。でも、逆に好きなことなどなくて、ぐうたらしているのが幸せという人生もあるかもしれません。それはそれでいいんじゃないかとも思うんです。
といっても、僕自身はそんな人間じゃないから、ぐうたらするのはまっぴらごめんですが(笑)。
つんく♂:僕もです(笑)。そういう意味では、AIによってみんなが「本当に自分の好きなこと」をやれる時代がくるともいえるのかもしれませんね。
*この対談の1回目:「仕事で成功するのはプロか天才か?」意外な結論
*この対談の2回目:AI時代「子どもが不登校でも"問題"ない」本当の訳
*この対談の3回目:日本の会社員が「世界中から嫌われる」納得の理由
*この対談の4回目:「気を遣いすぎる」のは、日本人の長所か欠点か?
*この対談の5回目:AIで「本当に"働かなくていい時代"」がやって来る
対談場所:Rinne.bar/リンネバー
お酒を飲みながら、カジュアルにものづくりが楽しめる大人のためのエンタメスポット。廃材など、ゴミになってしまうはずだった素材をアップサイクル作品に蘇らせる日本発のバー。
(つんく♂ : 総合エンターテインメントプロデューサー)
(孫 泰蔵 : Mistletoe Founder)