3月29日、サンフランシスコのイベントで大きな笑いをみせたFRBのパウエル議長(写真:ブルームバーグ)

アメリカの株式市場は3月も最高値更新が続いた。代表的な指標であるS&P500種指数の年初来から3月末までの上昇率は約10%に達した。

「大幅利下げ期待後退」でも米国株が堅調なワケ

前回のコラム「金利再上昇でも米国株が最高値を更新する理由」(3月4日配信)では「米国株は短期的な調整はあっても底堅い値動きが続きうる」と述べたが、今のところ調整らしい調整もなく、昨年10月末以降上昇相場が続いている。

同国経済についても、加熱も失速もしない安定成長が続いている。企業業績の見通しは緩やかな修正にとどまっているので、年初来からの株高の多くは、バリュエーション(企業価値評価)の高まりで説明できる。12カ月先のS&P500種指数の予想PER(株価収益率)は3月下旬時点で21倍台と、コロナ禍後に株価が急騰していた2021年の水準まで上昇している。

ここまで米国株のバリュエーションを高めた要因はいくつか挙げられる。まずは、株価の押し下げ要因になりかねないインフレへの懸念が大きな材料になっていない。年初から消費者物価などインフレ指標の上振れが続いたが、それがバリュエーション調整をもたらすには至っていない。

実際には、インフレが従来予想よりも上振れていることによって、年初時点に想定されたFRB(連邦準備制度理事会)の大幅な利下げ期待はかなり後退している。ただ株式市場は、利下げ開始が数カ月遅れても、「FRBがいずれ始めるのであれば問題ない」と認識しているのだろう。むしろFRBが利下げに前のめりにならずに、落ち着いた振る舞いを示すFRBに対する信認が、年初来のバリュエーションを高める要因になっている。

5会合連続で据え置きが決定された3月18〜19日のFOMC(連邦公開市場委員会)の記者会見で、ジェローム・パウエル議長は引き続き利下げを始める時期を特定する言質を与えなかった。1月分のインフレ指標の上振れについても強い警戒感を示さず、「昨年後半にみられた低インフレとあわせてみて、インフレが落ち着きつつある」との判断を強調、利下げ開始が遠のいているとの認識を示さなかった。

さらに、パウエル議長は「労働市場が強いままであっても、それが利下げの障害にはならない可能性」を示唆した。

株式市場のFRBへの信認はそう簡単には崩れない

2023年は経済成長が2%を超える高い伸びが続いたにもかかわらず、インフレ沈静化が順調に進んだことは、パズル(謎)であった。その理由として、労働供給拡大によって短期的に潜在成長率が高まった可能性をパウエル議長も指摘していたが、仮説の領域を出なかったとみられる。

その後、議会予算局(CBO)から2023年から移民の数が伸びていた可能性が示された。この分析などを踏まえて「移民による労働力増加が続いており、経済成長が上振れてもインフレが抑制される状況が長引く可能性が高まっている」とのFRBの認識が強まったとみられる。

労働供給の拡大が経済成長をサポートしつつ、需給ひっ迫が和らぐのであれば、高い経済成長とインフレ抑制が続きうる。これは極めて理想的な状況であり、永遠に続くのは無理である。だが、パウエル議長や他の幹部が当面こうした状況が続きうると認識していることは、FRBの利下げ開始判断を後押しする、無視できない要因だろう。

これらを踏まえると、過熱・失速もしない経済状況が続く中で、FRBへの株式市場の信認が、崩れるシナリオは想定しづらい。また「アメリカの株式市場はバブルに近づいている」との見方も散見される中で、FRBが株高に警戒的になって不思議ではないものの、現状は株高への警戒感をあからさまにするFRB高官はほとんどみられない。経済インフレ環境が、米国株市場を押し下げる要因になる可能性は当面低い。

一方、ファンダメンタルズ(経済・インフレ・金融政策)の要因以外に、米国株高を牽引しているのは、生成AIなど技術革新への期待であり、実際関連企業の株価が大きく上昇している。技術革新に伴い、企業の利益成長が将来的に非連続的に増えるとの期待から、昨年末からPERの上昇を伴う形で、米国株全体の企業価値評価が押し上げられている。

今、株式市場では「新技術への期待が株高を引き起こした1990年代後半のIT株ブームに近いことが起きているのではないか」と意識されている。

現在起きている技術革新が、1990年代後半と同様、広範囲に経済成長に影響するかという問いに対して、筆者は現時点では根拠ある分析を示せない。

現在はITバブル初期の局面に近い?

ただ、当時の米国株市場を思い出すと、新技術への期待が金融市場にユーフォリア(陶酔感)を広げ、一部の企業については通常働く企業価値評価が機能せずに過大になり、株式市場全体が上昇することは起こりうる。
これは筆者の感覚にすぎないのだが、現在はITバブルの初期局面(1997年頃)に近く、新技術への期待が今後もさらなる企業価値評価の上昇をもたらしても不思議ではない。

一方、アメリカの企業は足元ではキャッシュを多く保有、投資の伸びは緩やかなままであり、1990年代後半と比べると企業の投資姿勢はかなり慎重なままだ。この観点から、当時のような設備投資拡大が起きる兆しは限定的なので、新たな技術革新による投資拡大が起きて、経済全体の成長まで高める可能性は高くないようにみえる。

このため、前述したユーフォリアを伴う1990年代後半のITブーム時のような、株式市場の企業価値評価の上昇が今後起きるかについて、筆者は懐疑的である。現在の予想PERは21倍台まで高まっているが、AIなどの新技術や半導体需要拡大への期待だけで、さらなるPER上昇を期待するのは難しいのではないか。

ただし、この想定は、今後のアメリカ企業の投資支出行動によって変わりうる。メインシナリオではないが、これまで慎重だった同国企業の投資姿勢が何らかの要因で積極化して、企業の設備投資が増えて、1990年代後半同様、経済全体の成長を高めるシナリオも決して無視できない。もし、このシナリオが意識された場合は、米国株市場は年初(1〜3月)のペースでの上昇が年末まで続き、2023年を超える株高となりうる。

筆者は、このサプライズシナリオが起きるかどうかを考えるうえで、同国企業の投資行動を示す耐久財受注などの大幅な回復が示されるか否かに注目している。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(村上 尚己 : エコノミスト)