『罪人たちの暗号 上』(カミラ・レックバリ ヘンリック・フェキセウス)


『罪人たちの暗号 下』(カミラ・レックバリ ヘンリック・フェキセウス)

 本書はスウェーデン・ミステリーの女王と呼ばれるベストセラー作家カミラ・レックバリと、やはりスウェーデンの有名メンタリストであるヘンリック・フェキセウスの共著、Kult(2022)の全訳です。女性刑事ミーナ・ダビリと、男性メンタリスト、ヴィンセント・ヴァルデルのコンビを主人公としたミステリー・シリーズの第二作にあたります。

 前作『魔術師の匣(はこ)』(文春文庫上下)では奇術の有名なトリックになぞらえた連続殺人に挑み、命がけの捜査の末に意外な犯人を暴いたコンビが、今回相手どるのは連続小児誘拐殺人という卑劣きわまりない犯罪です――ストックホルムの公園で園外保育中の幼稚園児が、白昼堂々、何者かに連れ去られる事件が発生、捜査はストックホルム警察の敏腕刑事ユーリア率いる特捜班に委ねられた。一年前に起きた未解決の少女誘拐殺人事件を思わせる点があることから、同事件を担当したアーダム・ブローム刑事が助っ人として特捜班に加わる。一年前の事件では誘拐から遺体の発見まで三日。今回もそれを前提として、犯人を特定し、被害者を救出しなくてはならない……。

 特捜班のメンバーであるミーナと、達人メンタリストとしてメディアでも活躍するヴィンセントが出会ったのは、『魔術師の匣』で描かれた連続殺人事件。奇術に造詣の深いアドバイザーとしてヴィンセントが捜査に協力、ミーナとともに事件を解決に導きました。生死のかかった危機を助け合って乗り越えたふたりは、お互いに惹かれあうようになったものの、ヴィンセントには妻子がいることもあって、事件解決とともに連絡を絶っていました。それから二年。連続児童誘拐殺人の捜査が暗礁に乗り上げたとき、この窮地を突破する最後の手段として、ミーナはヴィンセントに協力を要請します。

 もともとこのふたりには、ある種の共通点がありました。自分でもコントロールのできない生きづらさを抱えていることです。ミーナは度を超えた潔癖症で、本書冒頭の彼女の登場シーンでも、見知らぬひとが呼吸を荒くして汗をかくトレーニングジムでの彼女のルーティーンをみることができます。しかも思ったことは口に出してしまい、空気を読まない。そんな彼女がストレスを感じずに一緒に行動できるヴィンセントのほうも、「秩序」に過剰にこだわってしまう性格の偏りを抱えています。楽屋に用意されている水のボトルが奇数だと落ち着かない。

 ことあるごとに「数字」を数えてしまい、そこに秩序を見出そうとする。彼にとって、世界は気を抜いていられる場所ではないのです。

 そんなふたりが、それぞれの「偏り」を活かす場を与えられ、それによって事件を解決に導く――それが本シリーズの魅力のひとつです。また、人気シリーズ「エリカ&パトリック事件簿」(集英社文庫、『氷姫』『魔女』ほか)がそうであるように、ロマンス要素もレックバリ作品の読みどころで、本シリーズでのミーナとヴィンセントのくっつきそうでくっつかない関係は、ともすれば陰惨になりかねない卑劣な犯罪の物語に明るい要素をつけ加えてくれます。

 前作『魔術師の匣』について、書評家の北上次郎氏は「刑事たちの私生活が必要以上の分量で描かれる」ので「普通に考えれば、構成に難がある」としつつも、「小説は断じてストーリーではないと思うのはこんなときだ。(略)小説は無駄と寄り道があるから面白いのだ。そのことを久々に教えてくれる小説であった。ようするに、特捜班の連中が愛しいのだ。これに尽きる」と高く評価しています(小説推理二〇二二年十一月号)。

 こうした美点は本書にも受け継がれています。作中時間で二年が経過し、いずれもキャラの立った特捜班の面々は、それぞれに私生活の変化を迎えています。有能な班長ユーリアは産休明けで、つい自身の幼子と誘拐された子供たちを重ねてしまうほか、大事件の捜査を指揮する

 かたわらワンオペで育児をすることに疲弊して、夫への不満を募らせています。一方、前作では三つ子が生まれたばかりで寝不足で半死半生だったペーデルは、すっかり親バカとなって、誰かれ構わず、歌番組にあわせて歌って踊る三つ子の動画を無理やり見せようとします。鬼刑事クリステルは前作でひきとった犬のボッセを捜査会議にまで連れてくるありさま。悪名高い好色漢ルーベンはカウンセリングにかかっています。

 彼らの生活の進展とともに、それぞれが何か「秘密」を抱えていたことも本書で明かされてゆきます。ルーベンは幸福そうな母娘にこっそり接近しようとしており、クリステルもあるレストランの給仕長と何か因縁があるらしいことが描かれます。しかし、最大の「秘密」は前作でも登場していたミーナの娘ナタリーをめぐるものでしょう。前作では、ナタリーがミーナの顔も素性も知らないということが示されていましたが、本作で、なぜミーナがナタリーのもとを離れなければならなかったのか、父親は誰か、といった事情が語られます。さらにはミーナの母親も登場、孫であるナタリーを自己啓発団体を自称するカルト村に誘います。本書の原題 前作『魔術師の匣』について、書評家の北上次郎氏は「刑事たちの私生活が必要以上の分量がKult(英題はCult)なのは、連続誘拐殺人の捜査と並行して、ミーナの母と娘をまきこむカルト村の謎がもうひとつの大きなストーリーとなっているためです。

 さきほどご紹介した『魔術師の匣』評で、北上次郎氏が苦笑まじりに「物語には直接の関係がない」と記していた登場人物の私的エピソードも、本作では物語のテーマと有機的に結びつけられています。そのテーマとは、「親子関係」です。

 ヴィンセントと子供たちの挿話は前作でもフォーカスされていましたが、ユーリアとペーデルは幼い子の育児中、アーダムには母親との、ルーベンにも彼なりの、親子の問題が立ちはだかります。ミーナは母として娘との、そして娘として母との、難しい関係に取り組まなければなりません。そして今回の事件の原因もまた、その問題に直結してゆきます。

 果たして“ミステリーの女王”レックバリと、“達人メンタリスト”フェキセウスがどのような役割分担で執筆しているのかはわかりませんが、本作もまた、レックバリらしい「キャラもの」の楽しさが横溢した、サスペンスフルな作品になっています。

 さてこのミーナ&ヴィンセント・シリーズですが、当初から三部作構想であるといわれていました。『魔術師の匣(原題Box)』、『罪人たちの暗号(原題Kult)』につづく完結編は、すでに原稿が完成しています。Mirageと題された第三作では、衝撃的な結末が待ち受けているとも言われています。こちらも文春文庫での刊行を予定しています。