2023年10月5日に発表された、ロードスターの大幅改良モデルに試乗した(筆者撮影)

オンライン発表から4カ月弱、待ちに待ったマツダ「ロードスター」大幅改良車の公道試乗会に参加することができた。試乗の第一印象は、「ヤバいクルマになった」である。

試乗会の流れは、リトラクタブルハードトップの「RF RS」とソフトトップの「S」、それぞれの新旧乗り比べ、ロードスター主査の齋藤茂樹氏を筆頭とするエンジニアやマーケティング関係者との意見交換、さらにソフトトップ「Sレザーパッケージ・Vセレクション」の試乗という流れであった。

今回は、ダイナミクス(クルマの動き)性能に絞って話をしていく。まず、「RF RS」から話を進めるが、新旧2台の差は極めて大きかった。

レーシングカーに例えるなら「タイムが出るマシン」

RFのエンジンは、ソフトトップの1.5リッターに対して2.0リッターとなり、RSグレード同士で比べると車重は1110kgと70kg重い。

旧型モデルでは、RSは17インチホイールを履くこともあり、乗り味はズッシリした印象。ハンドリングは、ハンドルの中立の状態でややフィーリングが軽くなるオンセンターフィールがあり、コーナーリング中はハンドルを両手でしっかりホールドして走る必要があった。

新型のRF RSに乗ってみると、そうしたハンドリングの雰囲気が、完全に解消されていて驚いた。


新色「エアログレーメタリック」をまとったロードスターRF RS(筆者撮影)

切った分だけしっかり曲がり、コーナーの中でもクルマの重さを感じず、コーナー後半からはグイグイと加速したくなる。また、エンジン音の雑味も消えていた。

クルマの動きの自由度が増し、思い通りに走れるようになったため、道が広くなったように感じるほど。エンジン、サスペンション、そしてタイヤが持つ本来のパフォーマンスを発揮している印象だ。「人馬一体」感が一気に上がり、結果的に疲れにくいクルマになったといえる。

レーシングカーに例えるならば、セッティングがドンピシャで「タイムが出るマシン」であり、「決勝での追越しがしやすく、安定したラップタイムが刻めるマシン」だと言えるだろう。素直な表現として「ヤバいクルマ」なのである。

まさか、RF RSに乗ってこんな気持ちになるとは、試乗前にはまったく予想していなかった。そのうえで、こう思った。

「マツダスピリットレーシング仕様の期待が高まるなぁ」と――。

マツダは東京オートサロン2024で、スーパー耐久シリーズで培った知見を生かし、ロードスターと「マツダ3」にマツダスピリットレーシングのブランディングの一環としたコンセプトモデルを出展した。


東京オートサロン2024に出品されたマツダスピリットレーシング仕様のロードスターとマツダ3(筆者撮影)

ロードスターは、ソフトトップだがエンジンは2.0リッター。マツダ幹部らによれば「量産を前提に鋭意開発中だが、社内ではどこまで(パフォーマンス系に)振るかを議論しているところ」と量産に向けた本気度を示している。

ロードスターは、RFを含めて、あくまでもライトウェイトオープンスポーツカーであり、ハイパフォーマンス仕様を望むユーザーは少ないと思う。

だが、ロードスターというクルマの「間口の広さ」や「さらなる進化の可能性」という意味で、RF RSやさらにその先のハイパフォーマンス仕様の存在は、ロードスター全体の進化にとって重要な意味があるものだ。

これまで長きにわたり、ロードスターの進化を肌感覚で捉えてきた者として、そう思う。


ソフトトップモデルに載る1.5リッターエンジン(筆者撮影)

次に、ソフトトップのSに乗った。ハンドリングと走り味は、全体として「引き締まった」印象だ。「キビキビ動く」とか「すっきり動く」といった単調な表現ではなく、あくまでも「引き締まった」である。

「人馬一体」感の進化としては、先に乗ったRF RSに比べると、正常進化という印象だ。改良前と比べて車重は増えたが、それが走りの中でネガティブ要因として感じるシーンは特になく、軽快な走りを見せた。繰り返すが、クルマが「引き締まった」のである。

なぜ、今「大幅改良」なのか?

ここで試乗をいったん終えて、マツダ関係者との意見交換の場面に話を移す。

齋藤主査は開口一番「(今回の大幅商品改良の)トリガーは、今年7月までに実施しなければならないサイバーセキュリティ法への対応だ」と指摘した。

サイバーセキュリティ法とは、国連欧州経済委員会の自動車基準調和世界フォーラム(通称WP29)の分科会で議論されてきた法基準だ。

これに対応するには、既存車は車載電子システムを抜本的に見直す必要があり、そのコストはフルモデルチェンジに相当する多額を要する。ポルシェは、SUVの「マカン」ガソリン車の生産中止を決めるに至ったほどだ。

ロードスターの場合、「CX-60用の最新電子プラットフォームをそのまま移植した」という。ただし、この最新電子プラットフォームだけで、車重は10kg増。


CX-60はマツダのラージ商品群第1弾として登場したSUV(筆者撮影)

「グラム戦略」と言われる、各部品の軽量化をグラム単位で追求してきたロードスターにとって大きなネガティブ要因である。

それでも、4代目ロードスター(ND)を「できるだけ長く売りたい」という、齋藤主査をはじめとしたマツダの思いから、サイバーセキュリティ法の壁を超えることを決断したのだ。そのうえで、以前から温めてきたさまざまな改良をこのタイミングで一気に実現させた。

齋藤主査は「大幅改良とはいっても、デザインが大きく変わっていないので『何が変わったのか』と思う人もいるかもしれない。一方、ロードスターをよく知っている人にとっては、『そこまでやっていたのか』と思ってもらえるはずだ」と、大幅改良に対する自信を示した。

「走り」の改良の中身

試乗で感じたダイナミクスの領域では、大きく2つ。電動パワーステアリングとLSD(リミテッド・スリップ・デフ)の大幅改良だ。

電動パワーステアリングでは、ND導入時点では量産品として広く普及していなかったステアリングギアシステムを新規採用し、フリクション(摩擦)を低減。さらに、モーター制御をマツダ内製化して、特にハンドルを戻す際の制御を緻密化した。


乗ってみると明らかにハンドリングが変わっていることがわかる(筆者撮影)

さらにステアリングトルクセンサーの容量を増やすことで、街中から速度が高い場合やGが強い場合まで一貫したアシストを実現している。

また、リアの駆動の差動制限力をコントロールするLSDは、「RX-8」などからNDを含めて約20年間採用してきた、構造がシンプルで軽量な「スーパーLSD」から「アシンメトリックLSD」に変わった(Sを除く)。

アシンメトリックLSDは、差動制限力を加速時と減速時で変える機構があるのが特徴だ。ロードスターの場合、コーナーでシフトダウンをともなう減速時に「リアの安定性をさらに高めたい」というエンジニアの思いがあった。柔軟なサスセッティングを生かしながら、LSDの改良でそれを実現したのだ。


アシンメトリックLSDとスーパーLSD(筆者撮影)

具体的には、トルクがかかる機構部品を分割して、噛み合う角度を加速時と減速時で変えた。結果的に、左右後輪にかかるトルクが、これまでは加速・減速時ともに1.8倍だったものが、加速時は1.8倍を維持しつつ減速時では2.3倍に引き上げられている。

また、初期トルクを差動制御力に伝えるバネを、巻バネから皿バネに変更したことで、LSD内でトルクが均一に伝わるようになった。その初期トルクも、従来の半分としたことで街中でもスムーズにLSDの効果がわかるようになっている。

なお、サスペンションは、ソフトトップとRFともに特に手を入れられていない。

エンジン音は「聴こえ方」が変わった

エンジンは高回転でさらに伸びやかとなり、出力は3kWアップした。またMT車では、アクセル操作に対する加速度変化をより明確化したことで、アクセルに対するクルマの動きに「キレ」や「メリハリ」が加わって、これがダイナミクスとうまく同期している。


エンジン制御の変更について説明するマツダの開発担当者(筆者撮影)

エンジンの音のドライバーに対する「聴こえ方」も変わっている。マツダが「インダクション・サウンド・エンハンサー」と呼ぶ機構だ。

吸気音に対して反応する機構の部品を、これまでのゴム製から樹脂のメッシュ板を2つ組み合わせたものに変更した。発生する周波数をコントロールすることで、音の「聴こえ方」が変化したのだ。

そのほか、最新電子プラットフォームの採用によって、ライト・ランプ類に変換機構が必要となったため、ヘッドライトやターンシグナル、ブレーキランプなどの灯火類がすべて刷新され、LEDとなった。

「LED化したい」と思う旧モデルユーザーもいるであろうが、電子プラットフォームが変わっているため、残念ながら既存車へのいわゆるレトロフィットはできない。

コネクティビティ関連では、マツダコネクトが最新仕様となり、8.8インチディスプレイをロードスター用に新たに設定した。当初はマツダ3用の移植も検討したというが、助手席のエアバッグ展開エリアとの関係など、さまざまな考慮の末、縁の少ないスマホのような形で新設となった。

マツダ・レーダー・クルーズ・コントロール(MRCC)も、ロードスターで初採用。最新のミリ波レーダーが、フロントグリルから多少オフセットしても差動するようになったことが、採用の大きな理由だ。

ただし、ヨーロッパ仕様車の場合、ナンバープレートが横長であるため、採用しようとするとフロントグリルやバンパーを新設する必要がある。そのため、MRCCは日本や北米などヨーロッパ以外での設定となる。

さらに「せっかくなのでメーターやバックミラーも変えた」(齋藤主査)という。


中央のミラーがフレームレスになっているのがわかるだろうか。内装の基本デザインは変わらない(筆者撮影)

メーターの文字盤を漆黒化し、針はシャープでスッキリとした形状となった。バックミラーはフレームレスで上下幅が小さくなり、さらに形状を逆台形としてシートデザインとの親和性を高めている。

デザイン面では、センターコンソールに表皮を巻いて上級に仕上げた。実質的には、以前量産した「キャラメルトップ」で採用した仕様の再登場である。こうした表皮巻きは、既存車でのレトロフィットが可能だ。

外装色では、エアログレーメタリックを採用。ホイールも新設した。16インチはスポーティな伸びやかさを強調してより大きく見えるようにし、17インチではよりエレガントな雰囲気を狙ったデザインとした。

軽井沢ミーティングでの「非公式」発言

齋藤主査は2023年4月、改良型の開発が完了し、マスターカーで社内試乗会を行った際、「いい仕事ができた。これはファンが喜んでくれるだろうな」という思いを抱いたという。


新型ロードスターの運転席に座る齋藤主査(筆者撮影)

その気持ちが同年5月末、ロードスター軽井沢ミーティングで抑えきれず「今年秋、大きな商品改良をする」と、非公式な発言をしてしまうことにもつながった。

軽量化を突き詰めた「990S」の販売が秋までに終わることもこの場で明かし、さらに齋藤主査自身が個人的に990Sをオーダーしたことも話した。そのため、軽井沢ミーティング後に990Sの販売数が一気に伸び、990Sを含めたロードスター全グレードが2023年6月末で売り切れてしまう事態となった。

改良型は10月(発売は2024年1月)に発表されたが、既存車をオーダー分の11月まで生産していたという。改良型のほうは、発表後の約4カ月で3000台超を受注。年間販売計画は7000台だから、その人気ぶりがうかがえる。

納車は2024年1月中旬頃から始まったばかりで、ほとんどのユーザーは一度も改良後のクルマを試乗したことがない状況だ。この受注台数は、ユーザーのマツダに対する期待と信頼の高さの証明である。

車両本体価格は全体として約25万円アップしたが、マツダコネクトやインテリアの改良などが、主な購入動機としてNDからの買い替えが多い。


現在の一番人気は上級仕様のSレザーパッケージ Vセレクション(筆者撮影)

販売構成比は、初期受注分では以前と大きくは変わらず、主流はソフトトップで、RFのほうがAT比率は高い。990Sがラインアップからいなくなったが、上級仕様の「Sレザーパッケージ Vセレクション」が人気で、全体の2割を占める状況だ。

史上最長のロードスターへ

マツダ関係者との意見交換の後、ソフトトップのSレザーパッケージ Vセレクションに乗って、技術やデザイン領域の大幅改良箇所を再確認しながら、ロードスターを楽しんだ。

本稿冒頭に「ヤバい」という表現を使ったが、筆者としての本意はロードスターとしての集大成という意味を多分に含んでいることをご理解いただきたい。

では、そのNDはいつまで続くのか。今回の大幅改良のトリガーが法規制であったように、次の電動化に対する法規制がNDから5代目(NE?)への転換を後押しするのだろうか。


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この点について、齋藤主査は「法規制もあるが、マツダとしての事業戦略を踏まえてのことになるだろう」と将来に目を向けた。

マツダは2022年10月、「中期経営計画のアップデートおよび2030年の経営方針」を発表している。電動化については、2022〜2024年をフェイズ1、2025〜2027年をフェイズ2、そして2028〜2030年をフェイズ3と位置づけたロードマップを発表しており、それを見る限りNDは、2020年代中は継続する可能性が十分にあるといえる。

仮にNDが2029年まで製造・販売されると、2015年登場から数えて14年というロードスター史上、最長の世代になる。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)