「自社醸造」びっくりドンキーの本気ビールが凄い
実は超本格派な、びっくりドンキーのビール。その深いこだわりや、開発に至るヒストリーを取材しました(筆者撮影)
「このメニュー、そこまで有名ではないけど自分は好きだなあ」「定番や看板ではないかもしれないけど、好きな人は結構多いと思うんだよな……」――外食チェーンに足を運ぶと、そう思ってしまうメニューが少なからずあります。店側はどんな思いで開発し、提供しているのでしょうか。
人気外食チェーン店のすごさを「いぶし銀メニュー」から見る連載。今回はハンバーグレストラン・びっくりドンキーの「ドンキーハウスビール」を取り上げます。
飲食チェーンには「代名詞」「定番」というべきメニュー以外にも、知られざる企業努力・工夫を凝らされたものが数多く存在します。本連載では、そうした各チェーンで定番に隠れがちながら、根強い人気のある“いぶし銀”のようなメニューを紹介していきます。
原料にこだわった自社醸造のビール
今回のテーマは、びっくりドンキーの「ドンキーハウスビール〈樽生〉(以下、ドンキーハウスビール)」です。
びっくりドンキーといえば、ハンバーグとご飯、サラダがワンプレートにまとまったディッシュメニューが代名詞。
ハンバーグレストランのびっくりドンキー。ハンバーグだけでなくその内外装なども人気です(筆者撮影)
一方で、大きなイカにオリジナルの和風ソースをかけて焼き上げた「イカの箱舟」や素揚げしたブロッコリーをオーブンで仕上げた「ブロッコリーの箱舟」といった箱舟メニューを中心に、おつまみも充実しています。
おつまみだけでなく、ビールに注力しているのもびっくりドンキーの特徴です。実は、びっくりドンキーで提供しているビールは自社醸造。そのドンキーハウスビールについて、SNSでは「びっくりドンキーに行ったらビールを飲まなきゃいけない」「日本のよくあるビールと一線を画している」といった声が上がっています。
ドンキーハウスビールの商品ページを見てみると、何やら原材料の麦芽とアロマホップにはドイツ産を使用しており、炭酸ガスの注入を一切行わず「ドイツの伝統的な製法で製造しました」とのこと。果たしてどのような味なのでしょうか。実際に飲んできました。
つまみにもハンバーグにも負けない本格派ビール
びっくりドンキーは、ユニークな外装や内装も特徴の一つです。筆者が訪れた店舗はお昼前にもかかわらず、店内はにぎわっていました。席も比較的広々としており、訪問した店舗では無料のWi-Fiやコンセントも利用できました。特にWi-Fiは面倒な設定などがなく簡単に始められ、ありがたいですね。
山小屋のようなデザインの店舗(田無店)を訪問(筆者撮影)
まず注文したのはドンキーハウスビールとイカの箱舟、期間限定のクロケット。さっそく提供されたドンキーハウスビールは中サイズなのにかなり大きく驚きました。一般的な居酒屋の大ジョッキほどあるのではないかと思わせる存在感です。
こちらがドンキーハウスビールの中サイズ。税込み800円でした(筆者撮影)
水のグラスを横に並べて比較するとこんな感じ。「中サイズ」に見えない大きさです(筆者撮影)
表面はつるんとしたジョッキではなく、切子で装飾されており「Otaru Brauerei」と書かれたロゴも気分を盛り立てます。
一口飲むと、まず感じたのはコク。「ガツンとくる」というよりはまろやかな中でしっかりとビールらしい風味が味覚を刺激し、これはつまみが進むビールだと感じました。
たっぷりとソースがかかって味も濃い目なイカの箱舟と合わせても、しっかりとそれに対抗する味わいをドンキーハウスビールは持っています。揚げ物であるクロケットとの相性も抜群、そこまでお酒に詳しくない筆者も「うまい」と感じるビールです。
何とも豪快な「イカの箱舟」(筆者撮影)
そうこう“前菜”を楽しんでいるうちに、メインとして頼んだ黒デミバーグディッシュが到着しました。肉・デミグラスソースとの相性は、いうまでもありません。
「ハンバーグだけ」「ソースをしっかり絡ませたハンバーグ」の、いずれも抜群に引き立て、それでいて自身の主張もしっかりとあるビールです。
黒デミバーグディッシュ。黒い照り返しが食欲を誘います(筆者撮影)
創業時はハンバーガーがメインだった
ここであらためて、びっくりドンキーの紹介です。びっくりドンキーの前身は1968年に岩手県盛岡市でオープンした「べる」というお店で、ハンバーガーをメインに扱っていました。
その後、主力メニューをハンバーグへ転換し1973年にハンバーグ・サラダ・ライスを木の皿に盛り付けた料理の提供を開始し、現在のディッシュメニューにつながっています。
その後、全国各地へ直営・フランチャイズの双方で店舗網を拡大し、1月31日時点で店舗数は343店舗を展開します。
びっくりドンキーを運営するアレフの河村征人さん(営業企画室)によると、一番人気はチーズバーグディッシュで、不動の地位を築いているとのこと。2位以降は時期によって変動があるものの、やはりディッシュメニューは安定した人気を誇り、びっくりドンキーを訪れる人の6割以上は注文しているそうです。
チーズバーグディッシュはディッシュメニューの中でも不動の人気を誇ります(出所:びっくりドンキーのプレスリリース)
ハンバーグに対するこだわりにも並々ならぬものがあります。肉の温度を日々チェックしながらより良い提供方法を模索したり、仕入れ先とのやり取りを改善したり。公にはしていない裏で、愚直にブラッシュアップを続けていると河村さんは話します。
ハンバーグの枠を保ちながら、従来はリーチしきれていなかった客層の開拓にも熱心に取り組んでいます。例えば、2020年4月に発売した「いろどりセット」はその一つ。ハンバーグに彩り豊かな野菜を添え、みそ汁とソフトクリームも楽しめるセットメニューとして人気を博し、全体のうち5〜6%の人が注文しているそうです。
ビアパブ併設の醸造所を1995年にオープン
そんなびっくりドンキーが自社醸造のビールを提供開始したのは、今から四半世紀さかのぼり1999年のこと。4月に直営店で、7月にはフランチャイズ店で「ドンキーオーガニックビール」を発売しました。
もともとびっくりドンキーを運営するアレフでは、1995年に北海道・小樽で「小樽ビール」ブランドとしてビアパブ併設の醸造所をオープン。醸造所の設計・運営に当たっては、ビールの本場ともいえるドイツで5代も続く醸造所の名門から、ビール作りに関する難関国家資格「ブラウエンジニア」を保有する醸造技術者を迎え入れました。
ちなみに現在、小樽ビールブランドとしてビールを1000キロリットルほど製造(2022年度)。そのうち7〜8割はびっくりドンキーなどグループ内の店舗で提供し、残りを醸造所近辺のホテルや飲食店、そして一般消費者に販売しています。
ビアパブ「小樽倉庫No.1」の内観と醸造釜(提供:アレフ)
ハンバーグレストランでありながら本格的にビールへ乗り出したのは、創業者である庄司昭夫さんがドイツに行ったことがきっかけです。ドイツには多くの醸造所があり、それぞれで異なる味のビールを作っていたことに感銘を受けたといいます。
1995年に醸造所の運営を始めた後、今度は代名詞であるハンバーグに合うビールを作りたいと考え、従来と比較して生産能力が10倍ほどの醸造所を1999年にオープンし、びっくりドンキーでの提供にこぎつけました。
小樽ビール銭函醸造所の貯酒タンク(提供:アレフ)
四半世紀変わらぬ味は本場・ドイツ流
びっくりドンキーでビールを提供し始めてから四半世紀がたちますが、意外にも当時の味や製法から変化を加えていないそうです。ただ、2010〜2020年には、一部店舗でピルスナー・ヴァイス・ドンケルの3種類を販売している時期もありました。以降は1種類に専念する形で、現在のドンキーハウスビールのみを販売しています。
当初に思い描いていたのは「飲みやすく、飽きがこない味」。その味わいを目指し、特にこだわっているのが製法です。1516年に制定され、今でもドイツで有効な法律に「ビール純粋令」というものがあります。ビールは麦芽とホップ、そして水と酵母のみを原料とすることを定めており、ドイツビールの品質とブランディングを支えてきました。ドンキーハウスビールでは、このビール純粋令にのっとって4つの原材料しか使っていません。
まず、ビールの原料となる麦芽とアロマホップはドイツから輸入した有機栽培のものを使用。炭酸ガスは注入していません。
水は小樽のものを使用しています。アレフが北海道に拠点を持つからこそ、醸造所の場所として小樽に目を付けたと思いきや、意外にもそうではないようで。幅広いビールを作ることができる、ビール用の水選びをしていて、ミネラルバランスの優れた水が偶然にも小樽の水だったそうです。
このように、ビールの原材料の調達から醸造までを自社グループ内で完結している例は、なかなか珍しいといえるでしょう。その後、ドンキーオーガニックビールは現在のドンキーハウスビールへと2022年に名前を変えました。
改名の仕掛け人である河村さんは「オーガニックという言葉が、お客様を限定してしまっていると感じていました」と話します。改名の際は社長と話し合いを行ったといい、びっくりドンキーのビールにかける情熱がうかがえます。ちなみに改名後は注文数が10%ほど増加するなど、昨今のクラフトビールブームをうまく捉えられているようです。
ノンアルも本格派!まだありそうなびっくりポイント
ちょっと気になるのが、店舗立地とアルコール商品との相性の悪さです。びっくりドンキーはロードサイドに多く出店しているイメージがあり、クルマで来店する人は当然アルコールを飲めません。売れ行きに影響はないのでしょうか。
河村さんによると、ドンキーハウスビールは1店舗当たり、1日10杯ほどが注文されているとのこと。特によく売れるのは駅が近い店舗で、池袋のサンシャイン通り店がオープンした際には全店舗の中で「ぶっちぎり」(河村さん)の売れ行きだったそうです。
ちなみに、びっくりドンキーではノンアルコール商品の「ドンキーフリー」も提供しています。もともと低アルコールのビールテイスト飲料を2004年から販売していましたが、2011年に0.00%のノンアルコール商品としてドンキーフリーのピルスナーを発売。
翌年にはスタウトも発売し、現在はレギュラー商品として2商品をラインアップしています。どちらもドンキーハウスビールと同じ醸造所で作っており、確かに味も本格的でした。
写真左:2011年から販売しているドンキーフリー(ピルスナー)/写真右:2012年に発売したドンキーフリー(スタウト)(提供:アレフ)
びっくりドンキーと聞くとその内外装やハンバーグをイメージしがちですが、ビールにも非常にこだわっていることが今回の取材でわかり驚かされました。
余談ですが、食事した際に注文用のタブレットをポチポチしていると、ディッシュメニューの木皿を販売していることを発見。それだけでなく、何と売り切れていてびっくりしました。まだまだ探せば、隠れたびっくりポイントが眠っていそうです。
(鬼頭 勇大 : フリーライター・編集者)