さまざまなオノマトペを駆使して、食べもののおいしさを表現する日本人。オノマトペと食の流行の関連性について紹介します(写真:PicStyle/PIXTA)

オムライスは、「ふわトロ」、たこ焼きは「外はパリッと中はトロッと」、綿菓子は「ほあほあ」──。日本人は、さまざまなオノマトペを駆使して、食べもののおいしさを表現する。日本語はとくに食のオノマトペのバリエーションが豊かだというが、オノマトペと食の流行には関連性があるのだろうか。

アダルト表現から食表現になった「もちもち」

マーケティング会社のビー・エム・エフティー(B.M.FT)は2003年から毎年、インターネット調査による「おいしいを感じる言葉」を実施しており(2023年は全国の15〜69歳の男女1800人を対象に432語について「おいしい」「食べたい」と感じるか感じないかヒアリング)、それによると、2008年以降は「もちもち」がつねに上位3位以内をキープするようになった。

同社相談役の大橋正房氏は、「『もちもち』が増えたときは、『アダルトビデオの言葉みたいだ』と言われたんです。『もちもち』と『濃厚』は性的なイメージの言葉だったからで、濃厚はせいぜいラーメンで男性が使うぐらいでした」と話す。

「ところが、次第に食を表すようになり、10年ぐらい前からグーグルが食と性を切り分けるようになります。今は『濃厚』で画像検索をすると食べものの画像が、『濃厚な』で検索すると性的な画像が出るようになっています」

食のオノマトペとして「もちもち」が認知されたきっかけは、2003年にミスタードーナツのポン・デ・リングが登場したこと。当時はベーグルもブームだったので、2007年までは「もちもち」と表現する食べものはこの2つが主だったが、2008年にはパンにも使われ始め、やがてよく使われる表現が「もっちり」に移る。

「食のオノマトペはもともと反復が中心ですが、最近は『サクサク』より『サクッと』と言うなど、重ねない表現が増えました。また、外中感覚と言うのですが、『カリッとジューシー』『外はパリッと』といった、外と中の食感が異なる表現がよく使われるようにもなっています」と大橋氏は話す。

表面の砂糖をバーナーでキャラメリゼしたクレームブリュレ、真ん中にチョコバーを入れて最中をパリパリさせたアイス最中など、多彩な食感を楽しめる食べ物が増えてきたことも、複雑な表現に影響しているようだ。「ふわトロ」も、中が半熟のオムレツをかぶせるオムライスが一般化するにつれ、よく使われるようになった。

近年は「サクサク」「パリッと」などが人気上昇

近年人気が上昇したオノマトペは、「サクサク」「サクッと」「パリッと」「ザクザク」など、硬めの食べ物に使われる表現。大橋氏は「5年ほど前にアーモンドなどをまぶしたクロッカンシューが人気になるなど、噛むことの喜びが復権しているようです。一方、台湾かき氷やメルティーキッスなどのくちどけのよい食べ物も人気です」と話す。


一方で、「歯ごたえのある」「歯ざわりのよい」があまり使われなくなったので、説明的な表現より直感的に伝わるオノマトペが好まれるようになったのだろう。社会がスピードを増したからだろうか、それともSNSで文字より画像が人気など、より感覚的な表現が好まれる時代になったからだろうか。

大橋氏は「『もちもち』は以前、男性は使わなかった言葉です。オノマトペは女子どもの言葉、と思われていたからでしょう。それが国語の教科書で使われるようになり、SNSが発達しておいしさを伝えようとする文化が発達し、男性も抵抗なく使うようになりました」とも指摘する。ただ、「ここ5年は成熟した印象がある」と大橋氏は話す。日本人のグルメ化は、安定期に入ったのだろうか。

調査の結果を見ると、男女で大きな違いはないが、どちらかと言えば女性はより柔らかさを好み、男性は歯ごたえを求める傾向がある。女性に人気が高いオノマトペは「もちもち」「ふわとろ」「ほくほく」「とろける」「もっちり」などで、男性は「ジューシー」「サクサク」「シャキシャキ」といった言葉が上位にある。


食の表現の幅が増えている

新しいオノマトペとして「ふあふあ」「ほわほわ」が登場し、表現の幅が増えたのが「フルフル」「ブリブリ」といった弾力系、「バキバキ」など硬さを表す表現、と指摘するのは農研機構の食品研究部門で、食品の品質評価を行う研究者、早川文代氏だ。

早川氏は、食感を表すオノマトペの消費者認知度調査を、2004年と2018年に行っている。2004年は首都圏および京阪神地区に住み、消費者勉強会などに参加する3533人に、質問紙で行った。

2018年は調査会社に依頼し、インターネットで首都圏および京阪神に住む18歳以上の日本人男女1600人を対象にした。どちらも同じ445語について、「食表現であると思うか」など同じ質問を行っている。

「素材感を表す『ゴロゴロ』『ゴロッと』も、カレーや果物などで使う表現として認知度が上がりました。速水もこみちさんのレシピでも、『ゴロゴロ野菜の〇〇』といった料理名が出てきます」(早川氏)

「ベタベタ」「ベトベト」「べっとり」とした、付着した感覚を表す言葉は、好まれなくなったせいか認知度が下がった。「スカスカ」「カスカス」といった劣化した食べものの表現も認知度が減った。

「私の推測ですが、劣化したものは食べ物じゃない、と思われるようになったのかもしれません」と早川氏。また、同氏も大橋氏と同様、SNSの影響はあると考えている。

農林省食糧研究所(現農研機構)食品研究部門の吉川誠次氏らが1968年に行った調査など、過去の調査の結果も踏まえ、早川氏は「柔らかさなど心地よい食感の表現は詳細化して「ほわほわ」「ふあふあ」といった新しい語が増える一方、そうではない表現は減る、というのが大きな流れです」と分析する。

日本語には、食のオノマトペが多い

日本語に食のオノマトペが多いのは本当で、「調査方法がそれぞれ異なり、正確な数を割り出せない分野」と前置きしつつ、早川氏は「フィンランド語で71語、フランス語で227語、ドイツ語で105語など、日本語の445語と大きな差があるのは確かです。それはオノマトペが日本語に多いからだと思います」と話す。

「サクサク」を「さっくり」「サクッと」など、少しずつ言い換えることも、食のオノマトペの数を増やす。細かく言い換えていくのは、それだけ食感を伝えたい、という欲求が日本人には強いのかもしれない。

このように、食のオノマトペの流行から、日本人のグルメ化がいかに進んだかがわかる。早川氏の調査で、まずいイメージのある「カスカス」「ベタベタ」を食の言葉と認識しない人が増え、フワフワのバリエーションが増えた。

そして、B・M・FTの調査で、ザクザクとくちどけのよさの両方が好まれる傾向や、2つ以上の食感を楽しめる外中感覚の表現が増えている。双方に共通する近年の傾向は、より多彩で繊細な表現が増えたことだ。

表現の多様化=食の複雑化?

それはもちろん、多彩な食感を楽しめるように、食べ物がより複雑に作られるようになったことが原因だろう。コンビニスイーツでも、ザクザク、フワフワ、トロリといったいくつもの食感が含まれた食品がめずらしくない。

だからこそ、その反動として、ドーナツやハンバーグといったシンプルな食べ物が流行するのかもしれない。しかしドーナツもハンバーグも、トッピングで複雑さをプラスはしている。

大橋氏がこの5年は成熟している、と言ったことが気になる。早川氏の2度目の調査は5年前なので、令和時代の食のオノマトペについては不明だ。

グルメブームが始まったのは、1970年代の終わり頃。1980〜1990年代にはさまざまな外国料理がはやり、21世紀になると漫画やドラマなどで食に重点を置く作品が急増した。

テレビではほぼ1日中、どこかのチャンネルで食の情報を伝える。SNSでも料理の写真や動画を投稿する人は多い。食の情報に取り囲まれ、食がより高度に進化する毎日に、私たちはそろそろ疲れてきたのかもしれない。

(阿古 真理 : 作家・生活史研究家)