2023年10月19日、フランスのパリで行われたパレスチナ自治政府のハマスを支持する市民たちのデモ(写真・2023 Bloomberg Finance LP)

世界は今や戦争の時代になったのだろか。ウクライナ戦争も終わらないうちに、イスラエルとガザでまた戦争が始まっている。2023年9月にも、アゼルバイジャンとアルメニアの緩衝地帯になっているナゴルノ=カラバフでも戦闘があった。

いずれも偶然に起こっている戦争ではない。それぞれの地域事情の違いはあるが、すべて共通した原因から起こっている。それはアメリカを中心とする西欧圏と、それに対抗する新勢力ロシアと中国との戦いであることだ。

アメリカと新勢力との戦い

アメリカを中心とする世界は18世紀から覇権をとった西欧圏であり、現在までの世界秩序を構築した勢力である。要するに世界の価値基準を作り上げているのは、西欧だということだ。

アメリカは1991年のソ連崩壊以後は、唯一の勢力として世界に君臨し、グローバル資本主義という武器によって世界秩序を完全に支配してきた。それは〈帝国〉とも呼ばれた。

世界秩序を決定づけるもの、それは経済においてはIMF(国際通貨基金)経済体制、軍事においてはNATO(北大西洋条約機構)体制、政治においては世界政治を牛耳るアメリカという〈帝国〉による単独覇権主義である。

他方は、ベルリンの壁崩壊後、IMF世界資本主義市場に組み込まれていった旧社会主義圏であり、そしてそれが30年以上の時を経て経済、政治、軍事において再び勢いをつけてきた勢力である。

この2つの体制が衝突しあう場所こそ、今、戦争を引き起こしている地域である。ロシアとEUとの間にある細長い南北の線が、まず第1の戦争火山の地溝帯だ。上からフィンランド、バルト3国、ベラルーシ、ウクライナ、そしてコーカサスのアルメニア、アゼルバイジャン、そしてバルカン半島のセルビア、コソボ、スルプスカ共和国(ボスニア・ヘルツェゴビナ構成国)を通り、トルコに抜け、イラク、シリア、レバノン、イスラエル、パレスチナに至るラインである。

この対立線は、コーカサスから西にイラン、アフガニスタン、パキスタン、インド、そして南シナ海の南沙諸島に至る第2地溝帯を形成している。この戦争火山の第2地溝帯は、南沙諸島から北に上り台湾海峡、南北朝鮮からサハリンへ抜けている。

日本は、環太平洋火山帯の真上にいるように、この東西対立の大地溝帯の真上に位置している。それはとても不幸なことである。

中東から北アフリカのエジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコへ至る地域と、ソマリアから南スーダン、西アフリカ地域に至るラインも、この一触即発の戦争火山帯に属している。もちろん、中南米とアメリカとの間にも地溝帯がある。

こうした危険地帯は、東西の対立が深まれば深まるほど、その圧力に押され、プレートが押され、爆発する可能性が増大する。ウクライナ戦争はロシアとウクライナのスラブ人同士の問題でもあったのだが、東西対立の狭間に立ったことで、世界の対立構造を照らし出す戦争として出現した。

ウクライナ戦争は、ウクライナ民族の独立を巡る問題から西側資本主義、すなわちNATOの拡大と、ロシアとの攻防という19世紀にあったクリミア戦争(1853〜1856年)の図式に戻ってしまったのだ。クリミア戦争はオスマントルコの衰退が引き起こした西欧対ロシアの対立だったが、今まさにそれと同じことが起きている。

19世紀のアジアで起きていた問題

中東問題もオスマントルコの衰退が引き起こした問題であり、イギリスとフランスの植民地化と中東の住民との間に生じた問題であるともいえる。

クリミア戦争により弱体化したロシアに対し、その後西欧の支援を受けたウクライナの独立運動が始まったが、中東地域では第1次世界大戦(1914〜1918年)以後、パレスチナに西欧によるユダヤ人入植が始まることによって、イスラム教徒との軋轢が生じた。

ウクライナ人もユダヤ人も、いわば西欧拡大のための捨て駒ともいえるのだが、西側の力によってロシア、イラン、中東を監視する役割を押しつけられたのだ。

西欧勢力の拡大は、19世紀のアジアの南と東でも起きていた問題である。イギリスとフランスは、その橋頭堡をインド、日本、中国につくり、インドと日本をロシアの南下の防波堤にする。それが西欧勢力からみた日本の開国であり、日本人がそれを明治維新として、近代化の糧としたかどうかという日本史における問題は、西欧から見れば、あくまで日本内部の主体的問題にすぎないのである。

こうして19世紀ロシアに対する包囲網として、日本も代理戦争のお先棒をかつがされ日清(1894〜1895年)、日露(1904〜1905年)、そして第1次、第2次世界大戦(1939〜1945年)までの長い戦争を経験せざるをえなくなる。それは日本から見れば、西欧からの自主的独立と欧米化の過程であった。

その意味では、ウクライナ戦争と同じ西欧対ロシアの代理戦争を、日本はすでに日露戦争で体験していたのである。

現在、このウクライナ戦争という代理戦争も、どうやら終局が見えてきたともいえる。2023年6月4日から始まったウクライナ軍の総攻撃はほぼ失敗となり、現在戦局はロシア側が圧倒的に有利な状況になっている。

2023年5月のロシア軍によるバフムート攻略は広島サミットのときであり、そのとき停戦と交渉のチャンスをロシア側はG7諸国に送っていたともいえるのだが、G7はウクライナの戦争継続を決め、その直後、ウクライナ軍の総攻撃が始まった。

ロシアはすでにウクライナ軍の弱体化により、オデッサ(オデーサ)とハリコフ(ハルキウ)を含むドニエプル(ドニプロ)川の左岸をロシアの領土にすることすら主張している。そのまま戦争を継続すればさらに多大なる損失を蒙るかもしれないウクライナは、今度は停戦を受ける覚悟をしなければならないのかもしれない。

現状打開の光明としてのガザ問題

しかしその条件は、ウクライナ領土の大幅縮小、NATOから独立した中立化、軍事力の大幅削減という煮え湯を飲まされるだろう。そして領土は大幅に縮小させられる可能性がある。

しかもポーランドやスロバキア、そしてハンガリー、ルーマニアといった国も、旧国土であったウクライナの西側を要求する可能性もないわけではない。いよいよゼレンスキー政権は、国家存亡の危機の中、停戦か戦争継続かの決断を迫られざるをえないといえる。

こうした中、ガザ地区のイスラエルへの攻撃が起きた。2023年7月末に西アフリカのニジェールで起こったクーデター(革命ともいえる)でフランス軍の撤退が始まり、9月にはアゼルバイジャンによるナゴルノ=カラバフの事実上の領土拡張が進んだこともあり、西側勢力は現状打開の光明をどこかに探していた。それがイスラエルのガザ問題でもあったともいえる。

ガザに対するイスラエルの経済制裁は長く続いており、そのこと自体が人権問題を含む大きな問題であった。イスラエルのネタニヤフ政権は、憲法改正(日本の憲法のような憲法ではないが)による宗教国家を目指そうとした。

イスラエルでは最高裁判所の権限が強いがその権限を弱め、政治にユダヤ教の律法を持ち込もうというのだ。憲法が宗教化すれば、ユダヤ教徒でないものは、それが理解できないため、国家の成員ではなくなる。

こうして2023年になってネタニヤフ政権は国内で反対勢力と対立し、イスラエルのあちこちでデモが繰り返されていた。近代国家は宗教国家ではない。その意味で、国家は宗教と関係のない憲法によって規定されている。

特定宗教の律法が憲法を規定するとなると、国家は宗教国家化する。イスラエルの国民すべてがユダヤ教を信奉する人々というわけではない。

ガザ地区は、当然国としての独立を認められていない。そのパレスチナの本体ともいうべきヨルダン川西岸地域の多くの地域も、イスラエルが支配している。

すでにロシアや中国といった136カ国がパレスチナ自治政府「パレスチナ国」を承認しているが、アメリカを中心とした西欧社会は認めていない。当然のことながら彼らの多くはイスラム教であり、ユダヤ教徒ではない。そうなると、ますます宗教化したイスラエル国家の弾圧が倍加する可能性がある。

ハマスの攻撃は既存秩序への挑戦か

今回のガザのイスラム武装組織ハマス(西側ではテロ組織と呼ばれるが、2007年以降この地域を実効支配している勢力である)によるイスラエルの攻撃は、こうした政治的、経済的抑圧状況が引き金になったともいえる。

イスラエルがガザを攻撃して占領し、イスラエルの正式の領土にしてしまえば国際世論は黙っていないであろう。もちろん、ハマスという「テロ組織」だけを取り除くという大義名分も、狭い地域に押し込められた200万人の市民をそこから切り離して救えない以上、無理がある。

ガザがイスラエル攻撃に出たのは、ウクライナの攻撃が失敗し、また北京では「一帯一路」の会議が行われた時期であった。中国とロシアを中心とした東側世界はもはや、西欧に比べすべての点で劣る世界ではなくなっている。

長い間世界を覆っていた国際秩序にもの申す勢力として次第に力をつけてきている。西側基準で世界を考えれば、中国やロシアのいっていることは、不当であるかのように見える。しかし、世界は着実に変わってきていることだけは忘れてはならない。

もちろん、おいそれと西欧が自らつくった価値基準を放棄し、東側の軍門に屈するなどということは考えられない。だから、相手の主張を理解するよりもそれを否定し、西欧型国際基準なるものを世界基準として押しつけ続けるだろう。

しかし、ドル体制であるIMF体制も揺らぎつつあるし、世界の警察官としてのアメリカ軍の力も減少しつつある。アメリカが手負いの虎になって第3次世界大戦に進むのか、それとも新しい世界秩序に地位を譲るのか、その成り行き次第では、先に述べた大地溝帯の戦争火山が爆発し、第3次世界大戦への引き金が引かれるかもしれない。

人類消滅時間は90秒と出ているが、これも西欧が勝手に決めている話で、むしろその鍵を握っているのはアメリカと西欧社会であることを再認識すべきだろう。

(的場 昭弘 : 哲学者、経済学者)