「太陽」の周囲には100万℃以上もある高温の大気「コロナ(太陽コロナ)」があります。しかし、太陽の表面温度 (※1) はずっと低温の5500℃です。どうしてコロナの温度がこれほど高いのかは大きな謎であり、「コロナ加熱問題」と呼ばれてきました。


※1…太陽を含めた恒星の “表面” は、通常は不透明な部分の最表層部のことを指します。 これは「光球」と呼ばれ、視覚的な表面と一致します。


北海道大学の石川健三氏と北海道科学大学の飛田豊氏の研究チームは、「電弱ホール効果」と呼ばれる現象を通じて、コロナ加熱のカギは素粒子「ニュートリノ」が崩壊して「光子」になることではないかとする理論を発表しました。


【▲ 図: 2023年4月20日にオーストラリアのエクスマウスで観測された皆既日食。黒い太陽の影の周りに見られる白い環がコロナ(Credit: Mantarays Ningaloo, Australia/MIT-NASA Eclipse Expedition)】


■コロナ加熱問題 ― なぜコロナはこれほど高温なのか?

地球から見て太陽が月に完全に隠される「皆既日食」中には、黒い影のような月の周りに白い光の環を観察することができます。これはラテン語で冠を意味する “corona” にちなみ「コロナ」と名付けられています。


コロナの正体は太陽の外側を覆うプラズマ化した薄い大気であり、その温度は100万℃以上にも達します。しかし、太陽の表面温度は5500℃であるため、コロナは表面と比べて実に200倍も高温であることになります。炎がその温度以上に空気を加熱することがないのと同じように、コロナの高温は太陽放射だけでは説明ができず、熱以外の手段でエネルギーが伝えられていることを示しています。


しかし、その伝達手段が大きな謎に包まれているために、これまでコロナの加熱はうまく説明できていませんでした。長年有力視されている説には「波動説」 (※2) と「磁気リコネクション説」 (※3) の2つがあるものの、どちらも観測された現象だけではコロナの温度上昇を十分に説明できないという問題がありました。


※2…波動説: プラズマ内では音波に似た波が発生し、エネルギーを伝えることが知られています。太陽は巨大なプラズマの塊であるため、光球内部のエネルギーが波を通じてコロナへと伝達しているのではないか、と予測しているのが波動説です。波の発生は観測されていますが、波のエネルギーをコロナの加熱に変換する機構が謎のままであり、また温度上昇の一部しか説明できないという問題があります。


※3…磁気リコネクション説 : 太陽の磁場は太陽自身の活動によって、局所的に激しく捻じ曲げられる箇所があります。この捻じれが限界に達すると、捻じれが解消された別の磁場の配置に変換されると同時にエネルギーが解放されます。このエネルギーがコロナの高温の原因ではないか、と予測しているのが磁気リコネクション説です。磁場の捻じれの解消は小規模な太陽フレア (ナノフレア) を伴うので観測で証明可能ですが、今のところコロナを加熱するには到底足りないフレアしか観測されておらず、やはり温度上昇の一部しか説明できないという問題があります。


■ニュートリノと光子の新たな相互作用「電弱ホール効果」を提唱

北海道大学の石川氏と飛田氏の研究チームは、「電弱ホール効果」と呼ばれる現象を通じて、重いタイプの「ニュートリノ」が軽いタイプのニュートリノと「光子」に崩壊される過程がコロナを加熱する原動力となっているのではないかとする理論を発表しました。


ニュートリノとは、宇宙を形作る基本要素である「素粒子」の1グループです。ニュートリノは3種類に分かれていて (※4) 、お互いにわずかながら質量が異なる関係にあります。太陽の中心部では水素の核融合反応に伴って大量のニュートリノ(太陽ニュートリノ)が放出されていることが知られています。


※4…電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類。ニュートリノの質量がゼロではなく、お互いに異なる質量の値を持つことは証明されていますが、それぞれのタイプが具体的にどれくらいの質量を持つのかは判明していません。


光子とは、肉眼で見える可視光線も含めた「電磁波」を粒子と考えた場合に対応する素粒子であり、電気と磁気を統合した力である「電磁相互作用」を伝える粒子 (ゲージ粒子) です。大雑把に言えば、私たちが物質を見たり物質に触れたりできるのは、電磁相互作用によって原子同士が相互作用をしているためです。


しかし、ニュートリノは電磁相互作用をしないため、通常は光子と相互作用をすることがありません。ただし、「弱い相互作用」という力でのみ、他の物質と相互作用する性質があります (※5) 。


※5…ニュートリノは他に重力相互作用もしますが、素粒子レベルの世界ではあまりにも弱い力なので無視されます。


弱い相互作用は、太陽の中心部で発生する核融合反応や、ニュートリノが他の物質と相互作用する時などに働く力です。弱い相互作用が伝わる距離は、原子の約1万分の1の大きさしかない原子核の内部に収まるほど短いことから、ほとんどのニュートリノは原子と出会っても、そこに何もないかのように素通りしてしまいます。


核融合反応が起きている太陽の中心核は極めて高密度ですが、そこで発生したニュートリノはほとんど何の抵抗も受けずに通過できると考えられることから、物質の密度が極めて希薄なコロナではなおさら素通りすると考えられます (※6) 。あまりにも他の物質と衝突することがないため、ニュートリノは物理学者の間で “幽霊粒子” と称されるほどです。このため、コロナ加熱問題において、ニュートリノの存在はこれまで無視されてきました。


※6…太陽の中心核に対するコロナの密度は750京分の1以下しかありません。


しかし、電磁相互作用と弱い相互作用は、条件次第では区別できない同じ性質の力になることが知られており、これを考慮した場合には話が変わってきます。電磁相互作用と弱い相互作用を統一した力は「電弱相互作用」と呼ばれており、1964年に理論が提唱されて以来、電弱相互作用で予言された素粒子の存在も実験的に確かめられています。前述の通りニュートリノは電磁相互作用をしませんが、電弱相互作用は電磁相互作用と弱い相互作用の性質を併せ持つため、ニュートリノと光子との直接的な相互作用が発生します。


通常、電弱相互作用が現れるのは恒星の中心部でも実現しない約1000兆℃という超高温環境での話ですが (※7) 、実際にはそれより低い温度でも低い確率で電弱相互作用が現れ、重いタイプのニュートリノが軽いタイプのニュートリノと光子に分解する「光遷移」と呼ばれる現象が発生すると考えられます。


※7…このような環境は誕生直後の宇宙と高エネルギーな粒子同士の衝突で一瞬生み出される以外は存在しないと考えられています。


ただし、電弱相互作用を考慮した上でも、これまではコロナ加熱問題とニュートリノの関わりは考えられてきませんでした。光遷移で生じた光子はコロナにエネルギーを与えることになるため、ニュートリノがコロナを加熱するというのは理論的にはあり得ますが、光遷移が発生する確率は極めて低いと考えられます。また、ニュートリノが光遷移する現象の実験的な観測にも成功していないため、ニュートリノの光遷移もコロナ加熱問題では無視されてきたのです。


しかし石川氏と飛田氏は、「電弱ホール効果」と呼ばれる現象が、ニュートリノの光遷移の確率を大幅に高めるのではないかとする理論を提唱しました。これは電磁相互作用での「量子ホール効果」という現象を電弱相互作用に拡大したものです。量子ホール効果の詳細はこの記事のレベルを超えてしまいますが、簡単に言えば、強い磁場の下で電子が運動した時に発生する現象のことを指します。より詳細な内容は注釈に記述しますが (※8) 、この内容はほとんど覚える必要はありません。


※8…試料に流れている電流 (電子の運動方向と逆向き) に対して垂直な方向に磁場をかけると、電流、磁場、そしてローレンツ力 (電子が磁場を受けて発生する力) がそれぞれ垂直になります。ローレンツ力は電子を試料の片側に寄らせて電荷を蓄積するため、やがて発生するクーロン力と釣り合い、磁場や電流と垂直方向に電圧が発生します。これは「ホール電圧」と呼ばれます。ホール電圧と電流との大きさの比率は「ホール抵抗率」と呼ばれ、磁場の強さに比例することが知られています。この説明全体が「(古典的) ホール効果」と呼ばれます。量子ホール効果とは、このホール効果を量子力学の下で解いたものであり、ホール抵抗率が強い磁場の下では特定の値 (フォン・クリッツィング定数) の整数倍にしかならない (量子化する) 現象のことを指します。


今回の電弱ホール効果を考える上で重要なのは「電弱相互作用が電磁相互作用と弱い相互作用を統一した物であるのなら、電磁相互作用で発生する現象が電弱相互作用で起きていてもおかしくない」と考える点です。電子の運動や磁場は電磁相互作用で説明できる現象であるため、電弱相互作用に考えを拡大すれば、弱い相互作用を受けるニュートリノもまた量子ホール効果と似たような相互作用が発生すると考えられます。


■電弱ホール効果はコロナ加熱問題を解決するか?

石川氏と飛田氏は、強い磁場の下にある環境下で電弱相互作用の理論を解くことで、量子ホール効果と同じ形式の相互作用が現れることを理論的に証明しました。簡単に言えば、電弱相互作用の理論をある形式で解いた場合、電磁相互作用での量子ホール効果と同じ形の式が現れるという意味になります。この式で関与する素粒子はニュートリノと光子であるため、ニュートリノと光子の相互作用、つまり重いタイプのニュートリノが軽いタイプのニュートリノと光子に崩壊するという現象が発生します。


コロナ内部の物質密度そのものは低いものの、極めて強い磁場がかかっており、電子の密度は高い傾向にあります。今回の研究で石川氏と飛田氏が示した、電弱相互作用における電弱ホール効果が起きやすいと理論的に示されている環境は、典型的なコロナ内部の磁場および電子密度の値と一致します。


一方、太陽の他の場所ではこの条件が満たされることはないため、電弱ホール効果によって太陽本体が加熱されるようなことはありません。従って、太陽の表面温度とコロナの温度に大きな差が生じていることとも矛盾しません。


電弱ホール効果によってニュートリノが光子に崩壊する場合、崩壊して生じた光子がコロナのプラズマにエネルギーを与えることで、コロナは加熱されます。今回示された電弱ホール効果によって、ニュートリノが光子に崩壊する確率は10の40乗倍(1正倍=1兆×1兆×1兆×1万倍)に上がるため、従来無視されてきたニュートリノとコロナとの関わりが見直される可能性があります。もしも電弱ホール効果の理論が正しければ、超新星爆発 (※9) に並ぶニュートリノが積極的に関わる数少ない天文物理現象の1つに挙げられることになります。


※9…超新星爆発で放出される膨大なエネルギーは、恒星の中心核の崩壊で発生したニュートリノの1%程度が物質と衝突することで発生すると考えられています。しかし、超新星爆発の直前に発生する他の現象 (崩壊する物質と中心核との衝突による衝撃波や、衝突による “跳ね返り” ) も考慮しなければならず、どの現象がどの程度の割合で関与しているのか、詳細はよくわかっていません。


電弱ホール効果は今のところ提唱されたばかりであり、理論が正しいかどうかは第三者による検証が必要となります。電弱ホール効果の直接観測は極めて難しく、当面は不可能であると考えられます。また、仮に電弱ホール効果の理論が正しいとしても、コロナの加熱へどの程度の割合で関与しているのかについての検証も必要となります。このため、現時点ではコロナ加熱問題は解決したとは言えません。


一方、電弱ホール効果を通じて生じる光子やニュートリノの性質は理論的に決定できるため、観測によって理論と合致する光子やニュートリノを検出することは可能です。電弱ホール効果の実在や、それによってコロナ加熱問題が解決するのかは、当面の間は光学とニュートリノの両面で太陽観測を行い、詳細なデータを得られるかどうかにかかってくるでしょう。


 


Source


Kenzo Ishikawa & Yutaka Tobita. “Topological interaction of neutrino with photon in a magnetic field - Electroweak Hall effect”. (Physics Open)北海道大学 & 北海道科学大学. “ニュートリノと光の相互作用"電弱ホール効果"をはじめて解明〜ニュートリノは太陽内部や地球を素通りするが、太陽コロナは素通りしない〜” (北海道大学)

文/彩恵りり