〈防衛大・上級生パワハラの実態〉「敬礼汚ねえよ」「叫びながら10回敬礼しろ」娘を退校に追い込まれた父親が怒りの激白-2か月放置された末に「パワハラはなかった」

防衛大学校の等松春夫教授が発表した論考を受けて防大のありかたについて世間ではさまざまな議論を呼んでいる。大学の体制が問われる中、集英社オンラインでは学内でのパワーハラスメントに悩んで防大を退校した娘を持つ家族に取材した。

防衛大学校で教鞭をとる等松春夫教授による論考『危機に瀕する防衛大学校の教育』において指摘された「法治よりも人治」の歪みは、「五分五分」【1】の退校者のうち、適格者(であったであろう者)たちまでを今も苦しめている。

防衛大学校の卒業式 写真:UPI/アフロ

「見かけのシステムとしては存在していても、実質的に機能していないのなら、その仕組みは存在しないも同然です。だから防大は、学生舎のパワーハラスメント(以下、パワハラ)を根絶できないのでしょう」

そう語るのは、娘が防大を退校した矢島さん(仮名/男性)【2】だ。

「一番大変だといわれる1学年を乗り切り、2学年としてカッター競技会【3】も無事に終えたので、夏休みに顔を見るのを楽しみにしていました」

ところが娘は、夏季休暇の前に実家に戻ってきた。全身に蕁麻疹を発症し、過呼吸で倒れるなどしたためだ。

「娘とのLINEのやりとりで、居室の上級生から受けるパワハラに悩んでいることは知っていましたが、こんなにボロボロになっているとは思いもしませんでした」

〈敬礼汚ねえよ 訓練必携のこの文章読め もっとハキハキ読め 詰まるな 最初から読み直せ 五指を揃えるって書いてんだろ 五指を揃えるって叫びながら10回敬礼しろ(…)何もできないくせに上級生ぶるな はい、帰って下さいって言われて部屋から出された〉

(娘と矢島さんの間で交わされたLINEの一部)

「こんなの、部隊でやったら即懲戒だ」

驚いた矢島さんが、娘に防大進学を勧めた友人(幹部自衛官【4】)に相談すると、友人も仰天していたという。

女性自衛官による行進

「LINEを見せたら『こんなの、部隊でやったら即懲戒だ』と激怒して、自分の部隊の法務官に話を聞いてくれました。数日後、彼から電話があり『法務官も、パワハラの可能性が極めて高いと言っている。防大に調査を求めるべきだ』と助言されました」

矢島さんは、娘の指導官に電話をかけて「娘が居室でパワハラ被害を受けた可能性があるので調査を求めたい。通報窓口はどこか」と尋ねた。すると指導官は、通報窓口として防大・社会連携推進室を挙げたという。

だが、社会連携推進室とは単なる防大の広報部門である【5】

「社会連携推進室に連絡して尋ねると、『ここでできるのは、服務部署にメールを転送することだけです』と。それなら服務部署に直接連絡したいと言っても、『できない』の一点張りだったので、詳細を記したメールを送りました」

その後、社会連携推進室の事務職員から「服務部署に取り次いだ」という連絡があっただけで、当該の部署からはいっさい連絡ないまま、1か月が過ぎた。

事態が変わらないことを悟った矢島さんの娘は、その間に防大退校を決めたという。さらに1か月が過ぎた。業を煮やした矢島さんは、防大ではなく、防衛省のパワハラホットラインに連絡し、ことの次第を訴えた。

2か月間放置された案件がたった2日で……

すると驚くべきことに、防衛省のパワハラホットラインに連絡した2日後には、防大総務課・人事第2係の名で「ハラスメント相談調査を開始する」旨のメールが、矢島さんのもとに届いたのである。

防衛省のホームページではハラスメント防止の一環として相談窓口が掲載されている

「じゃあ、いったいあの2か月は何だったのか。私があのまま防大にだけ連絡していたら、事態はいっさい動かなかったでしょう。調べる気なんかなかったに違いありません。それが、本省の窓口に相談したら、たった2日で『やります』なんて、ふざけるのもいい加減にしろと言いたい。学生が退校した原因をきちんと調べないから、学生舎の状況が改善されない。だから、退校者も減らないんです」【6】

人治の歪みと、ガバナンスの不在をこれほど強烈に示す一例はあるまい。

改めて断るまでもなく、編集部は、すべての退校者が「パワハラによって失われた幹部自衛官の適格者」であるとは考えていない。当然ながら、みずからの言動に問題を抱えていた者もいるだろう。

しかし、それらを見分けて適格者を守り、不適格者に改善のチャンスを与える。それでもなお基準に届かない場合にスクリーニングするのは――学生同士でやらせるなど論外だろう――防大当局が担うべき責任ではなかろうか。

【1】既出の記事で証言した任官辞退者・本田さんの評。防大で増加傾向にある退校者のうち、半分は「退校もやむを得ない不適格者」だが、残りの半分(と任官辞退者の多く)は適格者のはずだが、防大および防衛省・自衛隊側の問題によって身を引く形になっている、との指摘。

【2】匿名での情報提供が条件とされたため、個人特定につながる情報を一部変更した。記事中では匿名だが、当事者の同意を得て、防大には実名を記載した質問状を送った。

【3】艦船に積み込まれる全長約9mのボートであるカッターを12名の漕手により順位を競う団体競技

【4】防大OBではなく、部内選抜でキャリアを積んだ幹部自衛官。

【5】〈貴校における「パワハラの相談窓口」は「社会連携推進室」で間違いないでしょうか〉という編集部の質問に対して、防大は下記のように回答した。

〈社会連携推進室は、防衛大学校に関する部外からの問い合わせの窓口としての業務を行っており、本件については、学生家族からの連絡であったことを踏まえ、まず社会連携推進室で内容を聞き取っています〉

【6】当時、防大から矢島さんに届いたメールには、下記の文言が書かれていた。

〈本日、防衛省パワハラホットライン担当より、相談への対応として調査を行ってよいとの回答をいただけました。これを受けて、ハラスメント相談調査として、今後事実調査を行ってまいります〉

そこで編集部は、防大に対して以下の質問を投げかけた。

〈貴校は、学生舎において発生したパワハラ事案を調査する際、いかなる事案であっても、防衛省・本省(パワハラホットライン)に調査の許可を求めるのでしょうか〉

防大は、この質問に対して〈パワハラ事案の調査にあたり、防衛大学校が本省に許可を求めることはありません〉と回答した。
矢島さんは、防大と防衛省に対して同じ内容のパワハラ調査を依頼している。この防大の回答が事実なら、防大は相談から2か月かかっても調査を開始するどころか矢島さんにメールの1本さえ送らず、防衛省は相談から2日後には迅速に調査を命じた、というのが「事実」である。

矢島さんがパワハラ調査を依頼してから約1年後、防大は「パワハラはなかった」と結論付けた。編集部は、そのパワハラの調査にあたって〈居室が同じだった学生や指導官への聞き取りをおこなったのは、どなたでしょうか(…)貴校の職員(あるいは関係者)か、「この調査のために依頼をした第3者」であるか〉と質問した。

防大は〈調査については、防衛大学校において実施しております〉と回答した。先だって、8月18日に公表された特別防衛監察の結果について、防衛省・防衛監察本部は下記のように分析している。

〈ハラスメント被害について、適正な相談対応が行われていないとする申出の6割以上が相談員・相談窓口に相談しておらず、相談先を知らなかったといった事例を除いたその多くが、相談員・相談窓口の適正な対応や相談後に生じる状況に懸念を抱き、敢えて相談員等に相談しなかったと訴えている実情があり、ハラスメント相談制度が本来の役割を十全に果たしているか懸念される状況があることを確認した〉
(『特別防衛監察の結果について(概要)』)

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