地球環境問題に配慮したパリ2024大会。“持続可能性”をレガシーに

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来年8月28日に開幕するパリパラリンピックまであと1年を切り、大会開催の準備が急ピッチで進んでいる。日本ではあまり知られていないが、パリ大会では地球温暖化や海洋プラスチックごみ問題など、環境問題に配慮した大会運営を目指している。そのリハーサルも兼ねて、今年7月に開催された「パリ2023世界パラ陸上競技選手権大会」では、これまでの国際スポーツ大会ではあまり見たことのない取り組みが数多く実践されていた。世界パラ陸上競技選手権で垣間見えた、新時代のスポーツイベントの形をレポートする。

給水はマイボトルで

「飲用水は、このボトルに入れて飲んでね」

こう言われて大会の運営スタッフから手渡されたのは、「PARIS'23」と印刷されたボトル。リサイクルされた材料から作られたもので、報道関係者だけではなく、選手や大会スタッフにも配布された。

というのも、今大会ではペットボトル飲料の販売は禁止されているからだ。競技場には、ペットボトルを捨てるごみ箱がない代わりに14の無料給水ポイントが設置され、水が必要なときはいつでも、誰でも給水できる仕組みになっていた。

ハンバーガーやホットドックを販売する店では、リサイクル用のボトルが置いてある。自分のボトルを持っていない観客は、大きさによって異なる1〜2ユーロ程度のボトルをレンタルして飲み物を購入する。使用後は、店に返却するとお金が戻ってくる。グッズショップで購入することも可能だ。

シャルレティスタジアムの各所に設けられた給水ポイント。ボトルを持っていれば無料で飲料水を補充できる
photo by Takao Ochi

こういった取り組みが始まったのは、パリ市のアンヌ・イダルゴ市長のリーダーシップが影響している。イダルゴ市長はフランスの大統領選にも出馬したことのある政治家で、環境問題に熱心であることで知られている。2014年に市長に就任してからは、パリ市内の車道を減らして歩道や自転車道を拡充するなど、パリ市の環境政策をリードしてきた。

今年5月には、パリ大会を「使い捨てプラスチックを使用しない、初のメジャーイベントにする」と宣言し、環境問題に配慮した持続可能な国際大会にすることを目指している。足並みをそろえるように、オリンピック・パラリンピックの主要スポンサーであるコカ・コーラ社も、大会期間中は再利用可能なボトルと200以上のソーダファウンテン(清涼飲料水を供給する機械)を提供することを表明した。

プラスチック製品の再利用にこだわるのは、近年、プラスチックの廃棄物が世界的に問題となっているからだ。再利用されずに廃棄されたプラスチック容器が海に漂流し、それを誤って飲み込んだ海洋生物が死ぬなど、生態系に悪影響を与えている。また、廃棄されたプラスチックが細かく砕けて5ミリ以下になったマイクロプラスチック(微細プラごみ)を魚が餌と間違えて食べ、それを人間が食べることで人体に取り込まれていることも指摘されている。

経済協力開発機構(OECD)の報告書によると、2019年の世界のプラスチックごみの発生量は3億5300万トンで、2000年の1億5600万トンの2倍以上に増えた。ペットボトル禁止もプラごみ減少対策の一環だが、報道関係者からは「お金を出してジュースを買って、飲み終わった後にペットボトルを捨てる場所を探すより手軽だし、エコでいいよね」と好評だった。

東京2020パラリンピック閉会式の旗引き継ぎ式でパラリンピック旗を振るイダルゴ市長
photo by Takashi Okui

スタジアムグルメも環境に配慮

競技場で観客向けに提供される食べ物にも、こだわりがあった。提供される料理のすべてで牛肉の使用が禁止。サンドイッチやホットドックに使われる肉の代わりには、野菜を味付けしたものが使われている。とはいっても、ここは美食の都・パリである。味に妥協はない。ソーセージの代わりにニンジンが使用されたサンドイッチは、肉の味そのもの。もちろん、食べ物の包装も脱プラスチックだ。来年のパリ大会期間中に合計1300万食の食料を提供する準備を進めていて、そこでもリサイクル可能な食器などを使用する。

牛肉の使用を減らすことには理由がある。国連食糧農業機関(FAO)の報告書では、人為的に排出されている温室効果ガスの14.5%は家畜から発生していると指摘している。また、家畜のエサには大量の穀物が必要だ。肉の消費量を減らすことは現代の世界が抱える課題となっていて、パリ大会は脱肉食に舵を切った。

二酸化炭素の排出量を減らす取り組み

これらの取り組みは、最終的にはごみの発生量を少なくすることを目的としている。そこで難問となるのが、競技場で発生する大量の生ごみだ。対策として、競技場では生ごみは専用のごみ箱に集められ、そこには生ごみ処理材が投入されていた。

先進的な取り組みに思えるが、もっと驚いたことはフランスでは2024年から生ごみの堆肥化が義務づけられるのだという。堆肥化された生ごみは肥料として使用されるほか、バイオガスに変換して公共交通機関の動力源となる。これらの取り組みによって、パリ大会では二酸化炭素の排出量を2012年のロンドン大会、2016年のリオ大会の半分にすることを目指している。なお、東京大会は無観客で開催されたため、比較対象外となっている。

パリ市庁舎には五輪と共にパラリンピックのシンボルが掲げられている(2023年7月撮影)
photo by X-1

パリ大会が次世代に引き継ぐもの

パリに限らず、オリンピック・パラリンピックを開催する都市は、大会後の「レガシー(次世代に引き継ぐもの)」を重要視している。そこで、パリ2024大会組織委員会でレガシーを担当するカンタン・ヴィレムスさんに「素晴らしい取り組みですね」と話すと、「決して『素晴らしい』わけではありませんよ」と断ったうえで、こう話した。

「これらの取り組みは、基本的なものです。なぜなら、私たちはパーフェクトではないからです。例えば、飛行機が出す二酸化炭素は私たちにはどうすることもできません。それでも、私たちは、私たちができる最大のことを実践していきたいと考えています」

できることから一つずつ改善していき、持続可能なオリンピック・パラリンピックを実現していく。そのメッセージが伝わってくる大会だった。また、ヴィレムスさんが「私たちは2024年のパリ大会だけのために活動しているわけではありません」と語っていたのも印象的だった。

競技場では、今の世界が抱える環境問題について、子どもたちにもわかりやすいよう図やグラフをふんだんに使用したパネルが掲示され、そのうえで大会運営の取り組みが説明されていた。ごみを減らす取り組みをしながら、その理由をちゃんと子どもたちに説明する。環境問題対策の実践と教育の場としてパリ大会は位置づけられている。

「自分たちができる最大のことを実践する」とヴィレムスさん。パリ大会は競技だけでなく、環境問題対策を通じてレガシーを伝える
photo by Takao Ochi

選手、スタッフ、観客、そして世界中で大会を観戦する人々にとって、新しい時代のスポーツイベントはどうあるべきか。環境に配慮した持続可能な国際大会を目指す2024年のパリ大会は、その“見本市”になるだろう。

editing by TEAM A
supervised by KANPARA PRESS
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