2022年4月からパワハラ防止措置の義務化が大企業だけでなく、中小企業にも適用され1年が経った。

普段、職場上司の指示・指導方法に抱く不満。

それが果たしてハラスメントに当たるのかどうかの判断は難しい。

第7回は、セクハラ案件を取り上げる。

会社のデスクに置いていた、あるものとは一体?

取材・文/風間文子

前回は:会社の休憩室で、ある食べ物を食べていた29歳男性。突然、女性社員に叫ばれ、戦慄の事態に!




リノベーション会社に転職した井上正嗣(30歳)の場合


「Masa, ce design manque d'élégance!」
(マサ、このデザインにはエレガントさが足りない!)

井上正嗣(30歳)は仕事の手を止め、かつてのフランス人上司に当たり前のように怒鳴られていた頃を思い出していた。

井上は父親の仕事の都合で高校から海外で過ごし、大学卒業後には超高層ビルやハイブランドショップの内装を手がける世界有数のインテリアメーカーに営業職として現地入社した。

その職場では厳しいフランス人上司に鍛えられ、気の利いたプレゼン方法や1度や2度断られても諦めない営業力だけでなく、求められる以上のモノを提案する向上心もチャレンジ精神も培われた気がする。

やがて部下もつくようになり、海外での生活は充実した日々だった。

一方プライベートでは、現地で出会った同じ日本人である智佳(29歳)と結婚し、子どもにも恵まれた。その智佳に、子どもは日本で育てたいと相談されたのが2年前のことだ。

そして井上は家族と帰国することを決意し、現在の職場となる、家族向け住宅のリノベーションを手がける会社に転職した。

この会社を選んだのは他業種ではあるものの、それまでの外資系企業での経験を買われ、最初からプロダクトマネージャー候補として採用してもらえる条件に惹かれたからだ。

また、家族向けの住宅をリノベーションするというのも夢があり、やってみると面白い。

不思議と、かつてのフランス人上司に教わってきたことも生かせた。顧客が持つニーズの先を想像する提案が評価され、次々と契約につながっていくことにやりがいを感じていた。

ただひとつ、この転職先の問題を挙げるとするならば、それは給料面だろうか。

会社の業績は急成長しているものの規模を拡大している最中で、井上に提示された金額は以前とは比べ物にならない。なんとか結果を出して早く昇進したい。目下、井上の目標はそこにあった。

「智佳と娘の直美のためにも、もっと頑張らないとな…」

井上は自分のデスクに立てかけていた、妻と3歳になる娘が写った家族写真を見つめながら、やる気を出した。




そして彼が声をかけたのが、デスクの並びに座る森本純子(37歳)だ。

「森本さん。先日お願いした、顧客へのヒアリング内容のまとめはできていますか?それを基にデザイナーと打ち合わせをしましょう」

彼女は井上と同じ営業部に所属し、彼とバディを組む女性だ。

しかし他部署の女性社員と談笑しており、いっこうに井上の声に反応する様子はない。

井上の声が聞こえていないわけではないはずなのだが…。


海外のオフィスでは当たり前のモノが日本ではNGに!?


「ねえ、森本さん?お話し中に申し訳ないんですが、この前頼んだ件…」

井上がそばまで近寄って声をかけると、ようやく彼女は振り向いた。

「なに、なにか用?」
「あ、いえ、…先日お願いした、ヒアリングのまとめをいただきたいんですが?」
「ああ、ごめん。それなら、まだできてないよ」
「え、まだって…」

井上は森本にお願いする際に期日を設けており、その期日は昨日のはずだ。それなのに、彼女は口では謝るものの、その表情に悪びれる様子はない。

井上は内心、そんな森本にうんざりしていた。

森本は古くからこの会社にいる社員で、彼女とバディを組むのだとわかった時には業務に限らず業界のことも深く学べると期待したものだが…。

いざ組んでみてわかったのは、彼女は上司の指示がないと行動しないタイプの人間だということ。おまけに、こうして期日を守ることもできない。

にもかかわらず、こちらが何かアイデアを出すと『そんなことやっても意味ないんじゃない?』と否定ばかり。

井上はそれでも先輩社員ということで森本に気を使ってきたが、さすがに今日は我慢ならなかった。

「あの、先輩に対して失礼な言い方ですが、今は仕事中です。自分のすべきことに責任を持つべきだし、それなりのスピード感を持ってやってもらわないと周囲にも迷惑です」

井上はそう言って、自分のデスクに戻ろうとした。すると、彼の背中を森本の声が掴んだ。




「井上君さぁ、前から言おうと思ってたんだけど、会社で家族写真を飾るのってセクハラじゃない?」

井上は最初、森本が何を言わんとしているのか理解できなかった。

「…家族写真?」
「そう、貴方のデスクに置いてある家族の写真。それを見ていると、不快なのよね」

井上は、それでも意味がわからなかった。

「あの、家族写真のどこがセクハラになるんでしょうか?」

それに対して森本はこう言うのだった。

「世の中には結婚したくてもできない人がいるでしょう。子宝に恵まれなくて苦しんでいる人もいる。ウチの会社にもそういう人がいるかもしれないでしょう。

そういう人が貴方のデスクにある写真を見たらどう感じるか、分かんないの?そんなことも考えないで自分だけ満足して写真を飾るのは、セクハラよ」

井上は言いがかりだと反論したが、森本は引かなかった。

やがて険悪なムードを察した女性社員が止めに入り、さらには部長が仲裁に入ったおかげで大事には至らなかったが、その日、森本は井上と一切口をきこうとはしなかった。

それから数日後のことだ。井上は、仲裁に入った部長に別室に呼び出された。

井上がセクハラをしたと、相談窓口に通報が入ったのだった。

「内部通報したのって、森本さんですよね?家族写真を職場に置くことがセクハラだって訴えられるなんて、ありえないですよ」

井上は訴えに納得できずに食い下がったが無駄だった。

「…申し訳ないが、誰が訴えたのかは私の口からは言えない。

そして、内部通報があった以上は会社として対応しなければいけない。この後、君は人事部のハラスメント担当者の要請に応じるように」

思ってもみない展開に、井上の頭の中は真っ白になっていく。

このケースがセクハラに認定されるか否か、貴方ならどう判断するだろうか。


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監修:株式会社インプレッション・ラーニング
代表取締役 藤山 晴久

全国の上場企業の役員から新入社員を対象とした企業内研修や講演会のプランニング、講師を務める。「ハラスメントに振り回されない部下指導法」 「苦手なあの人をクリアする方法」などテーマは多岐にわたる。