マッチング・アプリに依存してしまう人たちがいる。フリージャーナリストの速水由紀子さんは「私が出会った27歳の女性は、『医者と結婚して港区白金のタワマンに住む』という目的のため、2年前からマッチング・アプリで婚活をしている。だが、まだ理想の男性とは出会えていない」という――。(第2回)

※本稿は、速水由紀子『マッチング・アプリ症候群』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

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■「年収1500万円以上」を条件にアプリを始めたが…

住宅メーカーの営業部で働くサエコさん(29歳)は去年5月、3つの大手アプリに同時登録した。とにかく早く結婚して会社を辞めたい。その一心でマッチングした年収800万円以上の男性にはほぼ全員会ってみたという。

サエコさんの会社は売り上げのノルマが厳しいだけでなく、残業も多いし休みも少ない上に上司との人間関係が複雑でストレスフルだ。

「上司の派閥間の冷戦に巻き込まれることが多くてどんどん精神的に疲れて。とにかく辞めるか転職するかしたかった」

サエコさんは杉並区で両親、妹と実家住まいだが、結婚をうるさく勧め過干渉する母との関係もうまくいかず実家を早く出たい。だが、今の給料では会社に通える場所にまともな部屋を借りることもできないし、シーズンごとに欲しい服も買えない。

早く結婚して専業主婦になりたい。美容や服、コスメなどのインスタグラマーもやっているためそのコストは切り詰められないし、子供はどうしてもインターナショナル・スクールに入れたいので、夫の年収は1500万円以上必要だという。

「大学の同級生がアプリ婚活で結婚したと聞いて、自分にも合っているかも、とリサーチして3社を選び登録してみた」

1500万円フィルターにかけると50代以上の経営者や役員ばかり。そこで手が届きそうな1200万にしてみたのだが、それでも結婚相手としての範囲内の年齢となると普通の会社員はほとんどいない。

■早く結婚したいのに、アプリから抜け出せない

「最初のマッチングは個人で株の投資をやってる人。新宿のパークハイアットのレストランで5万円のコースとシャンパンを御馳走してくれて……。ネットの株売買ならどこに住んでいてもできるから将来はシンガポールかドバイに住みたいと言ってた。イメージとしてはミニ与沢翼」

年収は魅力的だがサエコさんは東京を離れる気持ちはない。それに個人投資家はいつ転落して全財産を失うかもわからないから、怖いという。だが、2度、3度と会ううちに、彼の連れて行ってくれるあちこちの超一流レストランにすっかり味をしめてしまった。

「別にタワマンに住みたいとか別荘が欲しいとかじゃないけど。彼が連れて行ってくれる店は好きだし港区女子の気持ちがわかる。贅沢を楽しむ時間があると、会社で嫌なことがあっても忘れられるし」

その彼と月に3、4回は食事に行きながら、他のマッチング相手ともランダムに会う日々にすっかり慣れてしまった。でも、一つ気になることがある。彼はいまだにアプリから退会していない。自分以外にも会っている人がいてキープにされているのかも、と薄々感じている。

早く専業主婦になりたい、実家を出たいという目的からどんどん遠ざかるのに、アプリの海からは抜け出せない矛盾が膨らむ。

■一流高級レストランで食事するマッチングカップルたち

今、都内の一流ホテルの高級レストランは、サエコさんたちのようなマッチングカップル客がどんどん増えているという。

港区で高級ワインバーを営む経営者のFさんは、「自分もアプリに登録して何度か会ったことがあるので、アプリのマッチング客はすぐにわかる」という。和やかだがどこか緊張感があって恋人にしては言葉遣いがぎこちないし、おたがいにかなり気を使っている。そして必ず男性のほうが代金を払うという。

写真=iStock.com/weareadventurers
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「マッチングのカップルさんはワインも料理も高級なものを注文されるので、お店にとってはかなり収益率のいい客。男性は勝負をかけていることもあって、相手にいいところを見せようと必死だから、キャビアとシャンパンのスペシャルメニューもよく出る」

その中の何パーセントが結婚にたどりつくかは謎だが、少なくともマッチング依存が傾いた日本経済を回す一助になっていることは確かだ。

■職業は医者だけに絞り、居住地は高級住宅がメイン

医者と結婚して港区白金のタワマンに住む。27歳の会社員ケイコさんはそんなミッションを果たすために2年前、アプリに入会した。

父は金融系の企業を経営していて母は専業主婦。開業医の娘だった母からは、物心ついた時から医者と結婚しなさいと言われ続けてきた。家が裕福で成人しても両親から月々20万円の生活費をもらっているケイコさんは、生活の心配がまったくない。週末は着付けやネイル、バレエを習い、29歳になるまでに結婚しようと考えていた。

「会社勤めは好きになれないので結婚して子育てが終わったら、趣味のネイルを勉強してネイルの店をやりたい。逆算すると27歳で出産するとちょうどいい。出会いのチャンスが少ないので試しにアプリに登録してみた。母に賛成されない結婚は難しいので、相手を医者だけに絞っている。でも結局決めきれなくて」

アプリでは医者に「いいね!」が200、300近くつくことも珍しくないし、競争率はかなり高い。しかしケイコさんは若い上に芸能事務所にも何度かスカウトされたぐらい容姿端麗で、8割の確率でマッチングできたという。そこからはランキング制で淘汰(とうた)していった。

年収が2000万円以上、住所が港区か渋谷区、世田谷区、内科医、出身大学……。条件をクリアした相手とはレストランで会い、性格や将来性を見極める。

「3人ぐらいに絞りたいので、今度のお誕生日を覚えていてくれて、ちゃんとお店を予約して祝ってくれた人を残す。いくら医者でも家事と子育てだけやってくれればいい、みたいな人では一緒にいるのが苦痛だし。それにネイルサロンにも賛成してくれる人がいいので、余裕のある10歳ぐらい年上の方がいいかも」

■2年経っても理想通りの男性とは出会えなかった

アプリのコミュニティではコンサバな年下好きの嗜癖コミュが目立つ。

「男性が10歳以上年上でもOKな人」「年上男性と年下女性の組み合わせが好きな人」「ついてきてくれるタイプが好き」……。特に医者や弁護士、経営者など社会的地位が高いとみなされる職業の人々は、「自慢できる10歳以上年下の美人妻がいい」というトロフィーワイフ信仰が根強い。だからケイコさんのような富裕層狙いは、最初にフィルターで候補を数人に絞るほうが、結婚には早道だ。

白金住まい、ネイル店を出すことなどへの理解は付き合ってから確認すればいい。すでにアプリ登録から2年が経過した。ケイコさんは自分がマッチング依存症の泥沼にはまっている自覚はないが、いつの間にか朝起きた時と寝る前にアプリチェックするのがルーティンになってしまったという。

「何人かと付き合ったが、理想通りの人はまだいない。30歳になったら条件を緩和すべきか、今から悩んでいる」

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■セレブ婚を目指してアプリを始めた38歳の男性

結婚で人生ごとセレブ地区に引っ越したいのは男性も同じだ。web系のCM制作会社で働く38歳のヒデさんがアプリに登録したのは1年前。ブラックな会社を辞めたい、父の説教がうざったいので自宅を出たい、という切羽詰まったフラストレーションから脱する手段として、部屋をシェアできる相手を探し始めたという。

「家を出て同棲か結婚をするのが目標。年上の女性なら会社を辞めてもしばらくは食わしてもらえる。どうせなら横浜あたりに住みたい。55歳ぐらいになったらおしゃれなバーとか2人でやるのが夢」

経済的に余裕がある大人な年上女性と付き合って、横浜の海に近いおしゃれなエリアに(彼女の部屋に転がり込んで)引っ越したい。7人目のマッチング相手は、そんな都合がよすぎるセレブ願望を抱いてアプリに入会したペット男子系のヒデさんだ。私はセレブでも横浜市民でもないし、まったく理想とかけ離れているのだが。

とりあえず居候可能(かもしれない)な部屋に住み、職場や家のグチを説教せずに聞いてくれそうなところが気に入ったのだろう。ヒデさんはいつも自分のことで手一杯で、こちらの気持ちを汲むような余裕はなかった。

会社で仕事をうまく回せず怒られると、カフェで話していても上司の愚痴ばかりこぼす。父親と喧嘩すると、真夜中に延々とLINEをしてくる。精神的には中学生と大差ない。

■コミュ力が低く、可愛げもない

私は彼の自活偏差値を測るために、質問をしてみる。

「掃除洗濯は誰がやってるの?」
「母親」
「食事は誰が作ってるの?」
「母親。作るっていってもスーパーの出来合いの惣菜が多くて。まあ、手抜きだよね」

手抜きだろうがなんだろうが、3食掃除洗濯付きでママに面倒を見てもらってるわけで、愚痴るぐらいなら自分で作れと言いたい。万一、一緒に住んだら、そのママ役を押し付けられる可能性は大だ。そしてそれ以上の懸念材料が、ヒデさんの横浜セレブ願望だ。

彼の父は90年代半ばまで横浜の繁華街で高級料亭を経営しており、業績も良かった。ヒデさんは溺愛されて贅沢に育ったが、バブル崩壊後、経営難になって閉店してしまった。父はスーパーで働き母は保険の営業に駆け回って生計を立てたという。

速水由紀子『マッチング・アプリ症候群』(朝日新書)

ヒデさんの中には横浜の一等地にあった父の店のキラキラした記憶が強く残っていて、いつかワインバーをオープンしてその頃の栄華を取り戻したいという願望がある。横浜港の海が見えるマンションに住み、高級ワインバーの経営をする。とてもすてきな夢だが、億単位の経済力と経営力が必須条件だ。年上女の稼ぎなんかに頼る時点で、到底、無理。

そのうえ、食事は奢りが当たり前でお礼さえ言わない。せめてその分、年下の可愛げがあればまだ許せるのだが、ヒデさんの場合は自分が何を考えているのか、何をしたいのか、伝えるコミュ能力が低くて、一つ一つが傲慢(ごうまん)に見えてしまい、フラストレーションが蓄積する。ペット系男子としてのスキルが低すぎだ。マッチングから3カ月後、基本的なコミュができないヒデさんへの苛立ちが頂点に達して、結局、別れを告げた。

横浜の人にはなれなかった。

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速水 由紀子(はやみ・ゆきこ)
フリージャーナリスト
大学卒業後、新聞社記者を経てフリージャーナリストとなる。『AERA』他紙誌での取材・執筆活動等で活躍。女性や若者の意識、家族、セクシャリティ、少年少女犯罪などをテーマとする。映像世界にも造詣が深い。著書に『あなたはもう幻想の女しか抱けない』(筑摩書房)、『家族卒業』(朝日文庫)、『働く私に究極の花道はあるか?』(小学館)、『「つながり」という危ない快楽 格差のドアが閉じていく』(筑摩書房)、共著に『サイファ覚醒せよ! 世界の新解読バイブル』(ちくま文庫)などがある。
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(フリージャーナリスト 速水 由紀子)