村上絢氏はモルガン・スタンレー証券での勤務を経て投資家に転身(写真左、本人提供)。福島啓修氏(写真右、編集部撮影)はオリックスで幅広く投資業務に携わった後、2013年に投資会社のレノに入社。現在はレノとシティインデックスイレブンスの社長を兼務する

石油元売り大手のコスモエネルギーホールディングスがアクティビスト(もの言う株主)から株主提案を受けている。提案を行ったのは、旧村上ファンド系の投資会社「シティインデックスイレブンス」。村上世彰氏の長女である村上(野村)絢氏などの保有分を合わせるとシティ陣営は、コスモ株の約20%を持つ。シティ代表の福島啓修氏、そして村上絢氏に株主提案の狙いを聞いた。 


──​コスモとの対話がなぜ対立へと変わったのでしょうか。

福島 2022年の11月25日だったと思うが、そこからボタンの掛け違いが始まった。その場で村上世彰が言いたかったのは、「10年後、20年後のコスモのあるべき姿、石油業界のあるべき姿をきっちり議論できる社外取締役を入れるべきだ」ということだった。そのために村上の人脈から「これという人を何人か推薦してもいい」という話をいちばん伝えたかった。

当時コスモ社長だった桐山浩・現会長が時間がないとのことで、その日の議論の場は朝食会。食事をしながらサッカーのワールドカップからコスモの企業価値までと話題が飛び交った。その中で強く言ったり、弱く言ったり、笑いながら言ったりしたことが、誤解を生むもとになったと思う。

──コスモの公表資料にある「やるのなら血みどろになっちゃいます。短期的な買収防衛策をやられたら僕はもちろん全員の首を切りにいきます」という世彰氏の発言。穏やかではない内容です。

村上 それは「会社側の出す取締役候補の選任議案に賛成できないかもしれないよ」ということを言っている。父は感情が高ぶるときがあるが、これら切り取られた発言には前後の文脈がある。

とはいえ、父は反省していた。「僕はもう議論の場に出ないほうがいいのかな」と。がんばって伝えたい、伝えたいという気持ちが先走っているだけなのだが。

「MOM決議」は経営陣の自己保身

──6月22日のコスモの定時株主総会に向けて、山田茂社長の取締役再任に反対するよう、ほかの株主に呼びかけています。そこまでする理由は。

村上 いちばんの理由は、経営陣の保身のための不当な買収防衛策の発動について、「MOM決議」(買収者および経営陣を除いた株主の意思を確認すること)という不適切な方法で承認を得ようとしていることにある。

MOM決議が許容されうるのは「事案の特殊事情も踏まえて、非常に例外的かつ限定的な場合に限られる」。経済産業省が立ち上げた「公正な買収の在り方に関する研究会」の指針原案にはそう書かれている。そして特殊事情として示されているのは、「買収手法の強圧性、適法性、株主意思確認の時間的余裕」などだ。

私たちは、2022年4月の株式取得以降、コスモに何度も説明をしてきた。しかも買収防衛策をコスモが今年1月に導入して以降、1株も株式を取得しておらず、約半年間、株式を購入していない。株式をさらに追加取得するかどうかも現時点では決めていない。

つまり、強圧性や株主意思確認の時間的制約は存在しない。そのような中で、MOM決議を強行することはあってはならない。

事業会社や銀行などとの「持ち合い株」を除かずに、MOM決議をしようとしていることにも問題がある。

コスモにおける広義の持ち合い比率は議決権で約22%。MOM決議で、これらの広義の持ち合い株主は、経営陣に有利な議決権行使をする可能性が高い。公正な決議とはならず、経営陣の自己保身に使われることは明らかだ。

再エネ事業とコスモ自体の評価に差

──社外取締役1人の選任を株主提案しました。再生可能エネルギー事業のコスモエコパワーのスピンオフ(分離)上場について、真摯な議論を促すためというのが理由です。その真意は?

村上 再エネ事業とコスモ自体のバリュエーション(価値)にはあまりにも開きがある。そこが大きなポイント。

PER(株価収益率)でいうと、成長性が見込まれる再エネ企業は、一般的に25倍以上の評価がつけられている。一方、コスモのPERは3〜6倍で推移している。コスモが現在の市場評価から抜け出せないのであれば、再エネ事業にいくら投資して利益を出しても、株価向上にはつながらない。

そういう状況で、再エネ事業を100%子会社としてコスモの中にとどめておくべきなのか、それとも分離して株式上場させるのか。また最終的にコスモはPBR(株価純資産倍率)1倍以上を目指せるのか。そうした議論が取締役会であってしかるべき。

ところが取締役会での議論が株主からすると見えない。そこで私たちが候補とする社外取締役1名を入れて議論してもらい、結果として何がいちばんいいのか、株主に開示してもらう。こうしたプロセスを経てほしいと思うので、株主提案を行っている。

──コスモは「再エネ事業をバリューチェーン全体で成長させていくことこそが企業価値最大化につながる」とし、スピンオフに否定的です。

福島 カーボンニュートラルへと向かう時代の中で石油事業とは違う事業へ生まれ変わるための最大のフックが再エネというのは、山田社長の言うとおり。それはよく理解している。

しかし、経営者の視点ではなく、もう一歩上の株主の目線で考えると、スピンオフさせてPER25倍で評価されたほうがはるかにいい。外部資本などの力を借りて再エネの事業規模を拡大していけば、トータルでの企業価値は向上する。

理論的にはスピンオフで再エネ事業が20%の持ち分会社になっても、利益規模が5倍になればコスモが取り込める利益は今と同じ。大きな視野に立つと、山田さんの言っていることがすべてではない。こういうことをひざをつき合わせて議論したいとの要望を出したが、書面のやりとりでと言われた。それで議論が深まらずに終わった。

──成長期待のある再エネ事業をスピンオフ上場させたら、コスモに対する市場評価はむしろ下がりませんか。

福島 石油事業については現在、過剰なディスカウントが働いていると考えている。原因は今後生じるであろう製油所統廃合コストを市場が不安視しているから。製油所統廃合のシナリオやコストを株主にも理解や試算ができるよう開示することで、不安感は払拭される。

村上 製油所を統合して縮小均衡になっていく中で最適な資本の額も変わる。これまでのように自己資本を過剰に積み増す必要がなくなる。そうなればROE(自己資本利益率)は上がっていく。

福島 厳しい言い方をすれば、再エネを切り離した後の会社は非上場会社になるか、よそと統合されるとか。遠くない将来に日本の石油精製業は大幅な縮小を迫られることを考えると、どうあがいても今のままではいられない状況だと思う。

短期的利益のみを求めていない

──業界再編を促すことも狙っているのですか。

村上
 業界再編が必要との考えは変わっていない。だが私たちが「こうすべきだ」と声高らかに言うだけでは、業界再編は実現しない。それよりもコスモに投資したのは、アブダビ政府系ファンドが保有していたコスモ株約20%を市場で売り出したことが大きかった(2021〜22年3月で売却)。


以前は常務として村上氏らと対話してきたコスモHDの山田茂社長。6月22日の定時株主総会を前に村上氏らから取締役としては不適任と断じられた(撮影:梅谷秀司)

ファンドが株を市場で売り出すかもしれないとのニュースが最初に流れたとき、まだ1株も持っていなかったが、名前を名乗らずにコスモのIR担当に電話した。

「市場で売り出されたら株価が暴落するので、自分たちで買ったほうがいい」と訴えた。しかし、コスモの経営陣はそういうことをせず、株価は暴落した。

今もそうだがコスモは業績がよく、自己資本もどんどん増えていた。売り出しをさせて株価を暴落させる必要はなかった。この経営者たちは資本政策のことを何も考えていないと感じた。そこで、株主価値を上げることを経営陣に考えてもらうべきだと思って投資を始めた。

──​短期的利益より中長期的な成長を図る経営をしていくと、山田社長は話しています。「時間軸」が違うのだと。

福島 論点が大きくずれている。コスモのように利益をしっかり出しているような会社は、短期も中期も長期もちゃんと株価を意識した経営をしなければいけない。われわれは短期的利益だけを求めているとよく責められるが、求めているのは短期・中期・長期の「全部」。

短期でも中長期でもPBR1倍を超えるようなバリュエーションにしていかないと、山田社長は経営者として失格なんです。その辺の意識も食い違っている。

村上 私たちの提案をまだ理解していない。再エネ事業を100%子会社のままでやることだけが方法ではないはず。いろんな方法を模索して、いちばん価値の上がる方法で中長期的に価値を上げてほしいと訴えている。時間軸の問題ではない。

(緒方 欽一 : 東洋経済 記者)
(森 創一郎 : 東洋経済 記者)