日本企業の「付加価値ビジネス」は限界なのか
製造業が行ってきた「付加価値ビジネス」は日本経済の屋台骨だった(写真:cba/PIXTA)
日本経済の衰退が叫ばれて久しい。とりわけ、製造業の地盤沈下が進んでいる。製造業大国・日本が世界を席巻していたのは1980年代のことだ。
UNCTAD(国連貿易開発会議)によれば、日本の世界の貿易における輸出総額のシェアは、1985年には9.01%で世界3位だったものの、2022年には2.99%と5位まで低下している。
なぜ日本の製造業は衰退してしまったのか。その理由として、少子高齢化や海外戦略の失敗、労働生産性の低下などが挙げられるが、いずれも的確な答えになっているとは思えない。
そもそも、日本の製造業では、資源に乏しい日本特有のスタイルが確立されていた。素材を海外から輸入し、付加価値の高いものづくりによって利益を上げていた。いわば「付加価値ビジネス」とも呼ばれる産業構造になっていた。
その付加価値ビジネスが徐々に機能しなくなり、企業の稼ぐ力が衰退。日本の製造業が苦難に陥っている、と言ってよいだろう。モノやサービスがあふれている現代では、商品の付加価値が高くなければ価格競争で勝負するしかなくなる。そのため、日本は国内外で価格競争に陥りがちとなり、その結果、30年にわたるデフレ経済を強いられてきた。
なぜ、日本企業が稼ぎ出す付加価値は少なくなってしまったのか。そもそも企業の付加価値とは何なのか。日本の得意としてきた「付加価値ビジネス」について検証してみよう。
企業の付加価値とは何か
もともと企業の付加価値額の計算方法は、「加算法(日銀方式)」や「控除法(中小企業庁方式)」など数多くの計算方法があり、統一されていないのが現実だ。たとえば、経済産業省の「企業活動基本調査速報(2021年実績)」でも付加価値額が算出されている。同調査対象の企業(約3万3700社)の売り上げは702.5兆円、付加価値額は136.3兆円だった。同調査の付加価値額は次のような計算式で求められている。
●付加価値額=営業利益+給与総額+減価償却費+福利厚生費+動産・不動産賃借料+租税公課
企業会計上の「粗利益(売上総利益)」に似ている概念だが、商品やサービスの売り上げから仕入れなどに要した費用や人件費、諸経費などを差し引いたものと考えればいい。高い成長率を達成している企業の多くは、この付加価値額(粗利益)が成長とともに増えていくのが普通だ。
一方、中小企業庁の控除法は、売上高から経費を差し引いた金額を付加価値額として算出する。
●付加価値額=売上高−外部購入価値
これを言い換えれば、売上高を増やして経費をカットすれば企業の付加価値はアップすることになる。日産自動車を短期間で立て直したカルロス・ゴーン元CEOのような経費カットが、付加価値向上の切り札と思われてきた。
人件費がカットされて、給料の高い正規社員が減少し、非正規雇用者が急増。さらに売上高を増やすために、価格競争に参入する企業が主流を占めた。その結果、日本は海外の格安の労働力に頼ることになり、日本の製造業の多くは生産拠点を海外に移すことになる。
付加価値創造の切り札はイノベーション
日本は、商品開発や新しいサービスの開発で付加価値を高めるのではなく、海外の格安な労働力でモノを作って、より安い価格で商品を提供するほうを選択してしまった。ユニクロやダイソーが格安のビジネスモデルを展開し、日本企業の多くが価格競争への参加を強いられた。これが、デフレの原因のひとつと言ってもよいのかもしれない。付加価値をつけるか、価格で勝負するかが、ここ30年の選択の分かれ目だったというわけだ。
その点、ドイツやオランダなど欧州企業は、いたずらに価格競争に参加せずに、商品やサービスの付加価値を上げることで生き残ってきた。日本は、IT社会の到来やデジタル化といった「メガトレンド」に乗り遅れることが多かった。自動車産業も、ガソリン車からEV(電気自動車)にシフトしなければいけなかったのに、ハイブリットという技術でガソリン車に固執してしまったために、EVというメガトレンドに乗り遅れつつある。
要するに、付加価値を創造する最もオーソドックスな方法は、価格競争や目先の付加価値をつける変革ではなく、新しいイノベーションにいかに乗り遅れないか。「付加価値創造=イノベーションだ」と言っていいかもしれない。
日本の付加価値創造力のなさはデータに如実に表れている。日本生産性本部が発表した「労働生産性の国際比較」によると、日本の時間あたりの労働生産性(就業1時間あたりの付加価値)は49.9ドル(2021年OECD調べ、購買力平価換算)。85.0ドルの労働生産性があるアメリカの6割程度しかなく、OECD加盟国38カ国中、第27位となっている。
年間の労働生産性(就業者1人あたりの付加価値)でも、日本は8万1510ドル(818万円、2021年、同)しかなく、ポーランドやハンガリーといった東欧諸国と同程度。順位も1970年以降で最低の29位。従業員1人の付加価値を稼ぎ出す労働生産性が確実に低下していることを物語っている。
日本では最近になって働き方改革が注目されるようになったが、労働時間に制限を設け、少ない労働時間で高い生産性を生み出すシステム作りをしなければならない。例えばドイツでは、平日の労働時間を理由のいかんにかかわらず最長でも10時間までに制限している。OECDの中では、最も少ない労働時間だ。
ドイツに大きく遅れた日本の製造業
ドイツは、日本の製造業を語るときによく比較される対象国のひとつだ。現在日本はGDP世界3位だが、4位のドイツとの距離は急激に縮んできている。このままでは、追い抜かれてしまう可能性が高い。
なぜ日本はドイツに抜かれようとしているのか。日本は大企業に比べて中小企業の生産性が低く、日本全体の地盤沈下に拍車をかけている。一方、ドイツでは従業員が500人以下の中小企業が国際競争力をつけて世界で活躍している。
日本の製造業が衰退しつつある中で、ドイツはいまも製造業大国の地位を確保している。冒頭で示した世界の輸出シェアでも、ドイツは6.6%(2022年)程度を維持している。中国の台頭(同14.4%)が著しく、シェア自体は下げたものの欧州共同体(EU)の中心的な地位はゆるぎない。
ドイツは長年、「独り勝ち」という指摘をされてきた。かつて日本は、ドイツに比べて人口や企業数、GDPのいずれも約1.5倍程度だった時代があった。しかし、現在のドイツは、年間労働時間が日本の3分の2しかないのに賃金は日本の1.5倍もある。
この理由を、日本と異なり価格競争に関心を示さなかったからだと指摘する人は多い。家電やカメラ、時計、スマホなどの製造から撤退。日本のように既存製品の生産に執着せず、韓国や中国といった新興勢力と価格競争もしていない。その分、ITなどデジタル化を進め、医療機器やバイオテクノロジーなど付加価値の高い製品開発に集中的に投資してきたのだ。
企業の付加価値はどうすれば上がるか
一口に企業の付加価値を上げると言っても、いわゆる特効薬はない。とはいえ、日本の場合「労働生産性が低い」「雇用の流動性が低い」「中小企業が多い」「新商品や新市場を開拓するパワー不足」「デジタル化の遅れ」といった課題はわかってきている。
そんな中、企業への刺激となりうる取り組みも出てきた。東京証券取引所が上場企業に対して「PBR(株価純資産倍率)改善」を要請したのだ。PBRは純資産に対する時価総額の大きさを示す指標。投資家が事業遂行のために企業に委託している資金を「純資産額=投下資本」と考えれば、株式時価総額から純資産額を差し引いた額は付加価値とも言える。つまり、PBRが高ければ、それだけ付加価値を生んでいるというわけだ。
東証が重い腰をあげたことで、海外投資家は即座に反応した。4月には2兆2300億円(東証プライム市場)の海外投資家による買い越しがあり、5月19日の日経平均株価は3万808円とバブル後高値を更新している。
こうした動きを受けて、上場企業を中心にPBRの向上を意識した経営スタイルが確立されていくはずだ。PBR向上のためには、人件費のカットや生産効率の向上といった部分に加えて、新商品の開発や新市場の開拓、イノベーションへの取り組みが必要になってくる。
日本では政府による数多くの補助金制度がある。たとえば、政府によるデジタル投資支援策ひとつをとっても、経済産業省・中小企業基盤整備機構、中小企業庁、日本政策金融公庫、厚生労働省といった省庁が複数の補助金制度を用意して、お金をばらまいている。
企業のイノベーションを生み出すためには、単に補助金をばらまくだけでは不十分だろう。本当に企業の付加価値を上げるための制度作りを、省庁をまたいで展開すべきだ。
(岩崎 博充 : 経済ジャーナリスト)