日本でいちばん売れているドレッシングはキユーピーの「深煎りごまドレッシング」だ。2000年に発売し、2002年から現在に至るまで21年間不動の首位となっている。いつ、どのようにして生まれたのか。ライターの圓岡志麻さんがキユーピーに聞いた――。

■日本で最も売れているドレッシング

現在、日本でドレッシングを製造するメーカーは400社以上あるとされ、数多の商品が世に出ている。そこで20年以上、首位を守っているのが、キユーピー「深煎りごまドレッシング」だ。

画像提供=キユーピー
現在販売されている「深煎りごまドレッシング」 - 画像提供=キユーピー

2000年に誕生し、その2年後にはドレッシング市場で売り上げトップに立った。以降、現在まで21年間、先頭を走り続けている。絶対王者「ごまドレ」はどのように誕生したのか。その背景には、日本に「ドレッシング」という市場をつくったキユーピーが味わった、苦難の歴史がある。

「1989年の衝撃は今でも忘れられないですよ」

そう話すのは、キユーピー研究開発本部の山本英彦・上席研究員だ。

「調査会社による購買調査ランキングでは、1988年の1位は弊社の『中華ドレッシング』、2位も弊社の『サウザンアイランドドレッシング』と、キユーピーの商品が1位から5位を独占している状態だったんです。それが翌年に1位をうばわれ、数年で5位まで一気にひっくり返されてしまった」(山本さん)

■「ノンオイル青じそ」で市場が激変した

日本におけるドレッシング市場を構築したのはキユーピーだ。1958年に日本初のドレッシングとなる「フレンチドレッシング(赤)」を発売。以後、さまざまな商品を展開し、ドレッシングのトップメーカーとして不動の地位にあった。

だが、1989年に理研ビタミンから「ノンオイルスーパードレッシング 青じそ」が発売される。

食用植物油脂を使用しないノンオイルの「青じそ」は当時、消費者の間で高まっていた健康意識の高まりに乗じ爆発的にヒット。1年間で25億円を売り上げ(日経流通新聞 1990年1月24日)、以後13年間ドレッシング市場のトップに君臨する。

「1位を奪われ、『まずい』と思っているうちに、わずか数年で売り上げベスト5からキユーピーの商品がすべて消えてしまった」(山本さん)

■約1500回の試作を重ねた

ここからキユーピー社員、とくに商品開発部の苦闘が始まる。

「われわれ開発担当には、社内のあちこちから『なぜうちでヒット商品が出せないのか』という突き上げがありました。現場はもう混乱状態でしたね」(山本さん)

まず取り掛かったのは「青じそ風味」のノンオイルタイプの検討だった。試作の回数は約1500回にも上ったが、どれも納得いくものではなかった。

「これを続けて将来があるのだろうか、と不安を抱きつつ、それでもサンプルを作り続けるんですから、まさに絶望的な戦い。ゴールが見えない状態が続きました」

撮影=プレジデントオンライン編集部撮影
暗黒時代の苦労について語る山本上席研究員 - 撮影=プレジデントオンライン編集部撮影

■ごま油を使わないで、ごまの風味を出したい

そんな「暗黒時代」での悪戦苦闘が、大ヒット商品「ごまドレ」の発明につながる。

当時、ごまと醤油を使った家庭用のノンオイルドレッシング『和風ごま』には、深煎りにしたごまが使われていたのだ。

「ごま油を使わないでごまの風味をどうにか出せないかと思ったときに、深く煎ることで他にはない特徴が出たのです。コーヒー豆と同じでごまも焙煎すると香りが強化されます」

『和風ごま』はそこまでヒットしなかったというが、「キユーピーらしい独自路線のごまドレッシングをつくろう」という開発の流れが生まれつつあったなかで、山本さんは「この商品で、その後の深煎りごまドレッシングの核となる重要な要素が生まれていたのです」と話す。

ごまに関して、キユーピーにはノウハウが大量に蓄積されていた。ごま油を使ったタイプからノンオイルまで、これまでに何種類も商品化してきていたからだ。かつてのナンバーワン商品「中華ドレッシング」もごま油を使った商品である。

ごまは日本人に馴染みがある定番のフレーバーだ。さらに、焙煎ごまという発想は新しいし、キユーピーらしい。ただ、ごまは煎れば煎るほど香りが立つ反面、アクセントが強すぎる。どうバランスをとるべきか。

■「スターバックスラテ」

解決策は、意外なところから生まれた。

山本さんは無類のコーヒー好きだ。自宅リビングには国産の焙煎機とイタリア製のエスプレッソマシーンが鎮座し、毎日お気に入りの豆を挽いて味わいを楽しんでいる。休日の楽しみは都内近郊の有名喫茶店に顔を出すことだ。

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(写真左)山本さんご自慢の焙煎機、(写真右)ラテを作るのはお手の物 - 画像提供=キユーピー

ちょうど山本さんが焙煎ごまの使用法で悩んでいる頃は、アメリカ発のコーヒーチェーン・スターバックスが日本に上陸し、徐々に店舗を広げていた時期と重なる。山本さんもスタバに行き、看板商品である「スターバックスラテ」を味わった。

「深煎りの豆を使った強いアクセントのあるエスプレッソでも、たっぷりのミルクをあわせてカフェラテにすればコクとキレが両立できる。ならば深煎りのごまも、ノンオイルではなくドロッとした乳化タイプで使用すれば面白いかもしれない」

通常、乳化タイプのドレッシングは口あたりがマイルドになるものの、味がぼやけてしまう。しかし苦みを感じるぐらい焙煎したごまなら、それがアクセントになり、全体をキリっと引き締めてくれると考えたのだ。

マヨネーズの製造でトップシェアを誇るキユーピーである。乳化技術は折り紙付きだ。

■出来上がった試作品の味は…

製造ラインが止まる夜の9時ごろ、山本さんが勤務する研究所の横にある工場に出向くようになった。知り合いの職員に頼んで試作品のテストを始めたのだ。

「コーヒー豆と同じくごまも焙煎後の鮮度、挽いた後の鮮度がポイントです。焙煎したてのごまの風味を新鮮なまま取り込み、香りを引き出すような製法がうちの工場でできないかと考えました」

どんなに良いアイデアでも、既存の施設でできなければ商品化は難しい。幸いにして、工場には使えそうな設備がそろっていた。さらに工場の職員たちは山本さんの試作に協力的だった。

試行錯誤を重ね、考案した独自製法が確立したのが1999年夏のことだった。

出来上がったテスト品を、協力してくれた工場の職員に試食してもらうと、「いままでで一番うまい。これはウチを代表する商品になり得るぞ」と答えた。

『深煎りごまドレッシング』が誕生した瞬間だった。

■一口で社内の空気を変えた

山本さんら研究員が新商品を生み出そうと試行錯誤していたころ、営業サイドもヒット商品を出せず悩んでいた。

試作品が生まれて2カ月後、山本さんの同期で商品企画の担当者が研究所を訪ねてきた。

「なにかいい商品はないかな……」

山本さんの上司が何の気なしに試作品の「ごまドレ」を差し出した。口にした瞬間、顔色が変わった。

「これ、今日の会議で出していいですか⁉」

直後の会議で、あっという間に家庭用商品としての開発が決定した。一口食べて伝わる突出した個性は、すぐに社内の空気を「これならいける!」と一変させた。

「これでナンバーワンを取り戻そう」。社内のベクトルが一気にそろっていった。

■21年間ドレッシング市場で不動の王者に

2000年2月、「深煎りごまドレッシング」は開発決定から異例のスピードで市場に出た。

当時の反響はキユーピー社内では伝説となっているという。

「先輩から聞いた話ですが、まず棚に並べたら一瞬でなくなったそうです。これは過去のどの商品と比較してもそのスピードが圧倒的に速かったと。ある社員には、店頭で『こんなにおいしいのは初めて』とか、『孫が野菜を初めて食べてくれた』と、お客さまから直接声をかけられたそうです。そんなことなんてまずないですから社内は騒然としたそうです」(家庭用本部 調味料部 ドレッシングチームの林孝昌さん)

勢いそのままに発売から2年後には購買調査においてドレッシング部門で1位を奪取した。

画像提供=キユーピー
販売当初の「ごまドレ」 - 画像提供=キユーピー

「深煎りごまドレッシングの発売当初は、キユーピードレッシングのシェア率は35%前後でしたが、2年以降の市場シェアは40%を超えるまで伸びました。」(山本さん)

そこから21年間、「深煎りごまドレッシング」はドレッシング市場で不動の王者となっている。

現在の年間の売上本数が約7300万本(180ml換算 2022年1月1日〜12月31日)で、単純計算で1日20万本も売れている計算だ。

「ごまドレ」はキユーピー社内において、マヨネーズと肩を並べる看板商品となったのだ。

■海外でもそのままの味で通用する

それにしてもなぜこれほどまでに長く売れ続けるのだろうか。

ドレッシングは個人の嗜好性が強く影響し、使い続けることで飽きが出るものだ。

「お客さまの意見を調べていると、『飽きない』、『一度他の商品を食べたけど、結局はまたいつものこのドレッシングに戻った』という声をいただきます」(林氏)

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ごまドレが持つポテンシャルを語る林さん - 画像提供=キユーピー

興味深いのは、中国、東南アジア、アメリカなど海外でもそのままの味で「おいしい」と受け入れられていることだ。現地の嗜好に合わせて味を変える必要がないのだという。

最近では、サラダのみならず、豚や魚、麺料理や豆腐の味付けや、鍋のツケダレなど、いろいろと相性がいいことが知られている。

性別、年齢、地域、料理に関係なく広く対応するため、「家庭に1本あると便利」と考える消費者は多いのだろう。

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600mlと大容量の「ごまドレ」も人気だという - 画像提供=キユーピー

■「回り道はムダではない」

ドレッシング界の絶対王者となっている「ごまドレ」。その生みの親である山本さんは現状をどう見ているのか。

「たくさんの回り道をして、私だけでなく、開発に関わるメンバー全員がさまざまな試行錯誤を繰り返しましたが、どの経験もムダではないんです。やはりそうした悪戦苦闘の日々から、目を見張るような新しい商品のアイデアが生まれるのだと思います。

現在『ごまドレ』が多くのお客さまに好評なことは大変うれしいです。ただ、われわれは、ユニークさを大切にし、今後も他社に追従されるような商品を生み出し続けていくんだというポリシーを常に持っていることが大切だと思います」

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圓岡 志麻(まるおか・しま)
フリーライター
東京都立大学人文学部史学科卒業後、トラック・物流の専門誌の業界出版社勤務を経てフリーに。健康・ビジネス関連を両輪に幅広く執筆する中でも、飲食に関わる業界動向・企業戦略の分野で経験を蓄積。保護猫2匹と暮らすことから、保護猫活動にも関心を抱いている。
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(フリーライター 圓岡 志麻)