コロナが生んだ唯一の功名!? ジャンルとして確立された“ロックダウン映画”が名作すぎた

コロナ禍の映画界は大きな打撃を受けたが、新たに“ロックダウン映画”とも呼ぶべきジャンルが形成された。しかもそれがすこぶる面白い。コロナ禍前の日常が戻りはじめた今こそ、エンタメとして堪能できる名作を紹介する。

ロックダウン下のLAだからこそ撮影できた『ソングバード』

『ソングバード』で描かれた静寂のロサンゼルス
Everett Collection/アフロ

かつてトム・クルーズ主演の『バニラ・スカイ』(2001)では、世界中で最も人通りの激しいタイムズ・スクエアで無人のシーンが撮影された。撮影の大変さをニューヨークのフィルム・コミッションへ取材すると、休日の早朝にNY市警の協力で道路を封鎖した上で、撮影エリア内の商店など一店一店に対してドアの開け閉めをしないよう協力を要請、ようやく完全に無人となっている状態を作り出せたという。

だが、ロックダウン下にあったロサンゼルスでは、“ひとっこひとりいない静寂の大都市”というSF映画的なシーンが、いとも簡単に撮影できたという。その映画とは、過去に大規模なアクション映画の数々を手掛けてきたプロデューサー、マイケル・ベイの製作、アダム・メイソンが脚本・監督を務めた『ソングバード』(2020)だ。

物語の舞台は、COVID-19がより強力なウイルスへと変異して、ロックダウンが4年間も続いている設定のLA。ごく少数の免疫保持者だけが証明書代わりの黄色いリストバンドをはめ、デリバリーに東奔西走しているが、常にドローンで監視されている。発症者はQゾーン(Quick Death Zone)と呼ばれる隔離エリアへ強制的に移送され、二度と戻ってくることはない。

こうしたSF的設定の中、金持ちは贅沢な生活を維持するために個人情報データベースにアクセスして偽の免疫保持者を登録。黄色いブレスレッドを偽造し、それを売りさばいて利益を得ている。

ニコを演じたのは『リバーデイル』シリーズで知られるK・J・アパ
Everett Collection/アフロ

配達人である主人公ニコは、配達先の部屋番号を間違えたことで知り合ったサラとの関係をスマホの画面越しに深めていく。ところがサラと同居する祖母が発症したことで彼女はQゾーン送りの危機にさらされ、ニコは彼女を守るため、デリバリーの得意先である金持ちに頼んで偽造リストバンドを入手しようとする……。

まさにコロナ禍だからこそ生まれたロックダウン映画。強い制約下にある暮らしが、映画的アイデアを生み出したことを示している。

パンデミックを予言したかのようなブラジル映画『ピンク・クラウド』

ピンクの雲によって部屋の中に閉じ込められた主人公のジョヴァナ(ヘナタ・ジ・レリス)
Everett Collection/アフロ

『ソングバード』のアイデアは、実際にロックダウン下の生活を否応なく経験させられたことで生まれたもの。一方でブラジル映画『ピンク・クラウド』(2020)の場合は、パンデミック前の2017年に脚本が書かれ、2019年に撮影された映画という点でまさしく予言的作品だ。

物語は、突如として世界中に発生した10秒で人を死に至らしめるピンクの雲により、緊急事態宣言下で家から一歩も出られなくなった世界を描いている。

主人公であるジョヴァナとヤーゴは、ほとんど見ず知らずの他人。一夜限りの関係のつもりで朝を迎えたところだった。ところが図らずも、その先の人生を共に過ごしていく以外の選択肢がなくなってしまう。

やがて妊娠・出産を決意したジョヴァナは、オンライン助産婦の助けを借りてヤーゴとの間の長男リノを出産。リノは家の中という狭い世界しか知らずに成長し、ヤーゴとともにその環境に適応していくものの、ジョヴァナは仮想現実世界へ逃避していく。

“致死率100%のピンク色の雲”という象徴的な設定は、かつて黒澤明が『夢』(1990)の「赤富士」のエピソードで描いた、危険を可視化するために放射能に着色した新技術(プルトニウム239は赤、ストロンチウム90は黄、セシウム137は紫)を思い出させる。

が、何よりも考えさせるのは、いきなりのロックダウンによって、たまたまそのときに誰とどこにいたかによって、その後の人生が規定されていくリアリティ、そして恐ろしさだった。

デリバリー生活がもたらす新たなナラティブの在り方

左からリンダ(アン・ハサウェイ)、パクストン(キウェテル・イジョフォー)
Capital Pictures/amanaimages

日本でも自粛生活でオンライン・ショッピングの需要が高まり、宅配業者は受取人との接触を避けるために受領印を求めなくなった。デリバリー・ビジネスが一躍脚光を浴びているのは『ソングバード』や『ピンク・クラウド』の世界だけでなく現実でも同様だが、アイデアは作品によってまちまちだ。

『ソングバード』では、各住戸に設置されている紫外線消毒装置を通して、配達人が運んできた品物を受け取るシステム。『ピンク・クラウド』では、ドローンが運んできた生活物資が、窓の外に取り付けられた密閉式の受け取り用ボックスに落とされる仕組みだった。

どちらも近未来の設定だったが、ロンドンを舞台にした『ロックダウン』(2021)は、新型コロナウイルスによるリアルなロックダウン下が舞台。ヒロインであるリンダ(アン・ハサウェイ)のパートナー、パクストンはデリバリー・トラックの運転手という設定だ。

リンダはグローバル・アパレル企業のヨーロッパCEOという立場の勝ち組。一方でパクストンは、過去の傷害事件によって配達の仕事についている。ロックダウン下で同居を続けてはいるが、離婚寸前の状態だ。

リンダが臨時閉店中の老舗高級百貨店ハロッズから300万ポンドのダイヤモンドを移送させることになり、それをパクストンに依頼することで物語は一変。ふたりに“ある計画”が生まれ、その実行を通じて情熱的な関係が甦っていく内容だ。こうした物語の紡ぎ方(ナラティブ)は、設定がある種の強い制約の中にあるからこそ生まれたものだろう。

ロックダウン下だからこその恋愛のあり方とは?

人と人とのリアルな接触が限られたコロナ禍では、映画の中で描かれる恋愛の在り方も様変わりした。『ソングバード』では、ニコとサラは互いに恋愛感情を高めていくが、ふたりのやりとりはスマホの画面越しのみで行われ、免疫保持者と非保持者は外気に晒される中で触れ合うことはできない。

『ピンク・クラウド』のカップルは互いに知り合ったばかりだが、それでもやがて倦怠期が訪れて、家庭内別居となる。ヤーゴは性的欲求の処理をオンライン風俗システムに頼るようになり、それを隣室で聞いていて腹を立てたジョヴァナは、ヤーゴの絶頂の直前に通信を遮断する。

男と女が出会い、恋に落ち、結ばれる。そんな当たり前の恋愛は、ロックダウンという非日常の制約の中でこそ、よりドラマティックに描かれたとも言える。

そもそも、密閉空間に閉じ込められた人々がいかにしてサバイブするか、というシチュエーションは、昔からパニック映画でさんざん描かれてきた。しかし、実際にロックダウンを経験した世界中の映画作家たちが、強い制約の中で様々なストーリーを描いたのは、非常にスリリングなことだった。

ロックダウン映画”という新ジャンルは、世界を一変させたコロナ禍が生んだ、唯一の功名だったのかもしれない。

文/谷川建司