日本マクドナルドの値上げの成否から日本経済の行方が見えてきそうです(写真:ブルームバーグ)

2023年1月16日から日本マクドナルドがメニュー価格を改定します。昨年3月、9月に続き、過去1年で3度目の価格改定になります。そしてその改定後の価格表はなかなか衝撃的です。

約8割の品目が値上げとなった新しい価格表では、ハンバーガー1個が170円になります。1個59円だった時代を知っている私の周囲の人たちからはため息も聞こえてきました。

この値上げを「世界全体が値上げラッシュで小麦価格も電気代も何もかも上がる時代だからそれは仕方ないことだろう」と一言で片づけることもできるのですが、このマクドナルドの価格改定には非常に興味深い企業戦略と、時代の力の存在が感じられます。

今回の記事では過去の日本経済の流れ、そして2023年の日本経済がどうなるのかという未来予測にからめて、マクドナルドの価格改定の歴史とこれからを俯瞰していきたいと思います。

かつてはハンバーガーが59円の時代も

私の新卒時代、マクドナルドのハンバーガーは1個210円でした。1980年代後半のバブルの時代の話で、この時期が日本のハンバーガーの最高値でした。それから日本はデフレに突入し、2002年にはマクドナルドのハンバーガーは59円の史上最安値に。2005年に「100円マック」が始まったことでハンバーガーも100円になります。

その後、消費税が10%になったり、税込み表記が義務付けられたりといった変化はありましたが、長らくマクドナルドのハンバーガーの価格は110円をキープしてきました。

価格改定の歴史をマクドナルドのジェットコースターのような業績と重ね合わせると、2000年当時の日本マクドナルドの社長が、「これから時代はデフレに突入する」と宣言をして価格の大幅値下げに踏み切ったことがハンバーガー価格の変化の始まりです。

一時はデフレ時代の勝ち組ともてはやされたマクドナルドは2002年に赤字転落し、社長交代がおきます。そして2004年に社長に就任した原田泳幸氏は値下げ戦略を見直します。ただこのとき、メニュー全体としては価格を引き上げる一方で、100円マックというお手頃メニューを残すという形になりました。

日本マクドナルドは2014年から2015年にかけて品質面での不祥事が相次ぎ業績を大幅に落とします。背景にはリストラが進んだことで店舗オペレーションが回らなくなったことが原因だと当時報道されました。この時期がデフレ期の中で客単価が最も低くなった時期で、従業員を減らすことでつじつまを合わせようとして無理が生じたわけです。

その後、新経営体制の下でテコ入れされ、客単価もじりじりと回復する中で主に顧客数が戻ってきたことで業績は安定的に向上します。

低価格戦略は2019年まで続いていた

マクドナルドのIR資料からこの日本マクドナルドの業績回復の歴史を分析するグラフを作ってみました。

※外部配信先では図を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください


このグラフからわかることは、日本マクドナルドの低価格戦略は結局のところ、その後2019年まで続いていたことです。価格を示す客単価は2004年の原田新社長登場後も15年間にわたりデフレ状態が続いていました。

そして客単価のドラスティックな変化は2020年のコロナ禍で起きます。日本全体で飲食業態が苦境に陥り、客数は頭打ちになりましたが、日本マクドナルドはデリバリー客の単価向上が寄与する形で売上高が増加していきます。

マクドナルドの低価格戦略は2019年のコロナ禍を境に終わりを告げ、値上げ戦略への転換が起きたとともに、その値上げ戦略に日本マクドナルドは成功しているとグラフからは読み取ることができます。

今から10カ月前、2022年3月の値上げでそれまでの100円マック(税込110円)メニューのハンバーガー、チキンクリスプ、ソーセージマフィンが130円に値上げされ、昨年9月の再値上げでそれぞれ150円に、そして今回の値上げで170〜180円に値上げされることでデフレ時代を象徴する低価格メニューはマクドナルドの店頭から消え去ることになりそうです。

さてこの100円メニューの消滅はあくまで日本マクドナルドの目玉商品の価格が正常に戻ることを意味しています。一方、グローバル経済ではマクドナルドの看板メニューであるビッグマックの価格を比較することで世界経済の指標としてとらえることがあります。

なぜビッグマックが経済指標になるかというと、ビッグマックには小麦、牛肉、レタスといった原材料価格、調理に使われる電気やガスの価格、その国の人件費水準、そして一等地の不動産価格が織り込まれるので、一国の経済を象徴する経済指標にしやすいのです。

ビッグマックは昨年9月までは据え置きで390円という時代が長く続いてきました。それが9月、そして今回の2023年1月と段階的に値上がりして新価格は450円になります。この値上げがもし成功すれば、企業戦略としてはなかなかよい値上げ幅です。

というのも、390円から450円への値上げでトータルの値上げ幅は15%強になるからです。この値上げは直近の2022年11月の日本の企業物価指数の値上がり幅9.3%を5ポイント以上上回ります。

「賃上げ余力を確保できる」値上げに踏み切った

2023年の日本経済が成長するためには昨今のインフレを上回る賃上げが必要だとされています。

連合は2023年の春闘で「5%程度」の賃上げを求めています。経団連に加盟しているほどの大企業であればなんとかなるかもしれませんが、中小企業となるとなかなかそういうわけにはいきません。そして正社員ではない非正規労働者の場合は、それ以上に賃上げは厳しい状況になることが想像できます。

その中で、日本でも最大級の非正規労働者の雇用者である日本マクドナルドが賃上げ余力を確保できるレベルでの値上げに踏み切ったというのが今回のニュースの核心だと私は捉えています。この値上げの成否が2023年の日本経済を左右するかもしれません。

日本とは違い、大幅なインフレ経済に苦しんでいるのが欧米各国ですが、この年末年始、私も3年ぶりにアメリカを訪問してその価格上昇の洗礼を受けてきました。都市や場所による違いはありますが、例えばビッグマックは1個5.47ドル、日本円にすれば約720円と日本の1.6倍です。

一方で、これはカルフォルニア州の例ですがマクドナルドのアルバイトの最低時給は22ドルに設定されています。日本円にすると2900円という驚くべき水準の時給です。

ちなみにカルフォルニア州ではチップがもらえないファストフードの最低賃金は、チップがもらえる飲食店よりも高く設定されます。そしてここまで賃金が上がっているからこそ、大幅な値上げが起きていてもアメリカ経済はそれでもなんとなく好況を呈しているのです。

日本経済の発展には賃上げが不可欠

そのアメリカ経済も2023年はいよいよ失速してリセッション(景気後退)に突入しそうです。IMFの予測によれば2023年にいちばん経済がまともな発展をみせそうな先進国が日本だとされています。その予測どおりになるには日本で値上げが常態化するとともに、賃上げも常態化する状態を作っていかなければなりません。

そして企業が賃上げをするためにはどうしても原資が必要です。その観点で見て1月6日に発表された日本マクドナルドの価格改定表は「ちょうどいい値上げ幅」に私には見えます。そして今後発表される月次データでもし値上げにもかかわらず、客単価も売り上げも順調に増えることになれば、非正規労働者の賃上げ原資が確保できることになるわけです。

どうしてもこのご時世、値上げと聞くと反発する気分を抱えてしまう人が多いとは思いますが、私は日本経済のためにも今回のマクドナルドの値上げ戦略、なんとか応援したいものだと考えています。

(鈴木 貴博 : 経済評論家、百年コンサルティング代表)