コメット・イズ・カミングが語る、破壊的即興のルーツとカオスから生み出す秩序
新世代UKジャズの「キング」とも称されるサックス奏者、シャバカ・ハッチングス(Shabaka Hutchings)を擁するコメット・イズ・カミング(The Comet Is Coming)は、エレクトロニックでパンキッシュ、時にフリージャズを思わせる破壊的な即興演奏とコズミックな浮遊感でもって、世界中のフェスで成功を収めてきた。
「パンク・バンドしか出ないフェスでも客席を盛り上げてきた」とはメンバーの弁。2019年のフジロックでも、深夜のレッドマーキーで観客を大いに踊らせ、ライブ・バンドとしての凄まじい実力を見せつけていた。そんな彼らの初となる単独公演が、12月1日〜2日に東京・渋谷WWW、3日に大阪・LIVEHOUSE ANIMAで開催される(詳細はこちら)。
ついにキングが僕らの目の前に現れる。シャバカ曰く「オーディエンスを巻き込んで常に予想の上を行く」コメット・イズ・カミングの、バキバキの演奏のまま全力で突っ走るパフォーマンスを見逃す手はないだろう。
シャバカはサンズ・オブ・ケメット(今年6月に活動休止)、シャバカ&ジ・アンセスターズなど、それぞれキャラクターの異なるプロジェクトを並走させているが、コメット・イズ・カミングではリーダーではなく、”いちサックス奏者”としての役割を全うしてきた。また、他のプロジェクトではアフロフューチャリズムを含むアフリカン・ディアスポラ由来のコンセプトや表現が目立つが、終末論を思わせるバンド名のコメット・イズ・カミング(彗星が落ちてくる)では、別のベクトルでのSF的な世界観が表現されている。
その舵を取ってきたのは、シンセサイザー奏者/エンジニアのダナログ(Danalogue)、ドラマーのベータマックス(Betamax)の2人。彼らはサッカー96(Soccer96)というユニットでも活動しており、そこではダブステップやドラムンベース、LAビートミュージック〜Brainfeederの影響に加えて、ポストパンクやサイケロックなどUKらしいロックの成分も織り交ぜながら、ディストピア(暗黒世界)、アントロポセン(人新世)、トランスヒューマニズム(超人間主義)といったテーマを追求している。
そこにシャバカが加わり、UKフリージャズの系譜にも連なるサックス奏者がハードに吹きまくることで、パワフルな化学反応が起きたのがコメット・イズ・カミングだ。彼はここで「キング・シャバカ」を自ら名乗り、ステージの真ん中で自信を漲らせながら、サックス奏者としてのポテンシャルを全力で開放している。
しかも、このあとのインタビューでも語られている通り、コメット・イズ・カミングは徹底したポストプロダクションによって、独自のレコーディング芸術を追求してきたバンドでもある。ダナログとベータマックスは、いかにしてUKジャズ屈指のグループを作り上げたのか。2人からその謎を聞き出すことで、プロジェクトの全貌がようやく見えてきた。
―今年9月に発表された通算3作目のニューアルバム『Hyper-Dimensional Expansion Beam』のタイトルには、どんな意味が込められていますか?
ダナログ:音楽には心や精神、脳を別の場所にテレポートさせる力がある。音楽をかけるとすぐに感じるものが変わるよね。それをビームに例えてみようと思ったんだ。より集中させて、さらに音楽の強度と衝撃を一段と高めるって意味で「超次元拡張ビーム」と名付けた。僕らはリスナーを強烈で直感的な空間へとテレポートさせようとしているんだ。
―インスピレーションになったものはありますか?
ベータマックス:少なくとも出発点としては、直感的な表現にとどめて、あまり多くの概念的な情報を混ぜないようにした。外界の影響を制限して、自分たちに何が起こるか、そしてどんな相互作用が生まれるかを見ることができた。僕らは「自分たち自身から生み出されたもの」によってこのアルバムを完成させたかったんだ。だから、事前にあまり話さずに白紙の状態で臨んだ。
ダナログ:僕らは大型ハドロン衝突型加速器のようなもの。粒子の代わりに素晴らしいサックス奏者と才能のあるドラマー、宇宙的なサウンドのシンセをハドロン衝突型加速器の周りに飛ばして、それらが衝突した時に、バンドの音が生まれるんだよ。
―これまでのアルバムにも『Channel The Spirits』(2016年)、『Trust In The Lifeforce Of The Deep Mystery』(2019年)と非常に興味深いタイトルが付いています。これらのネーミングには何か傾向みたいなものがあるんですか?
ダナログ:マーベルの映画シリーズみたいに大きなプロットがあるけど、それはまだ明かせないかな。
―マジですか(笑)。
ダナログ:そうそう。曲名とアルバムタイトルを見れば、いくつかの線をたどることができるんだよ。例えば、最初にリリースしたEPのタイトルは『Prophecy』(2015年)で、『Channel The Spirits』の1曲目も「Prophecy」だ。あと、『Channel〜』の最後の曲は「End of Earth」で、「Trust In The Lifeforce〜」の1曲目は「Because the End Is Really the Beginning」から始まる。だから、つながりがあるのはわかるはず。まだあまり秘密は明かすわけにはいかないけど、すでにヒントはいくつもあるよね。
左から『Channel The Spirits』(2016年)、『Trust In The Lifeforce Of The Deep Mystery』(2019年)
―アベンジャーが現れて、全貌が明かされる予定は決まっているんですか?
ダナログ:少しずつそこに近づいているのは確かだけど、その時にならないとわからないね。これからもっといろいろ楽しみが出てくる。
ベータマックス:全ての辻褄が合うように最終的にまとまるのが構想ではあるけど、同時に、僕たちもみんなと同じようにそれが明かされるのを目撃しているんだ。何もかもが未知数なんだよ。僕ら自身にとってもこれは探検のようなものだから。
ダナログ:バンドの曲作りにおける手法として、カオスから秩序を生み出すような部分がある。自然発生的もしくは即興で作ることが大きな部分を占めているんだ。スタジオで演奏した要素を全て集めて、アルバムに収録された「曲」になるまでじっくり抽出していく。だから、たった4分の曲でも、30分とか1時間とか続いた即興演奏から生まれている。僕たちがやっているのは、君たちがアルバムタイトルを見て考えたことと同じで、パターンを見つけて、カオスの中から幾何学的な形と秩序を捻り出そうとしているんだ。それこそが普遍的な創造性の力だと思ってる。
―そのアルバム・タイトルは制作のどのタイミングでつけるんですか?
ベータマックス:普通は最後に決めるかな。この音楽を他の誰かにどう説明したらいいか、ということを考える。いろんな人からいつも「どんな音楽なんですか?」って聞かれるから(笑)。今回、僕たちは自分たちのサウンドを直接的に表すよりも「超次元的拡張ビーム」に例えた。このサウンドをみんなにそう思って聴いてもらいたいってこと。この音楽には聴き手を別の次元に誘う機能があって、それは(タイトルや曲名といった)言葉と直感的に共鳴している。
即興演奏とポストプロダクションに対する美学
―さっき事前に話し合ったりせず、直感的にレコーディングすると話してましたが、完全に白紙の状態からスタートするわけですよね。実際、どうやって始めるんですか?
ダナログ:僕はスタジオに向かう車の中で、実はとても緊張していて「何を演奏しようか」「このセッションにどうアプローチしようか」と思案していた。そして、いろいろ考えた。でも、ひとたび演奏し始めると、なぜかすべてが辻褄が合い始めるんだ。それはライブでも同じ。最初の音を鳴らした瞬間、感覚にスイッチが入るんだ。そして、僕らがやるべきことはとにかくお互いの音を聞くことに尽きる。それは会話や集合意識のようなもの。自分の思考を減らせば減らすほど、より良いサウンドになるんだ。
ベータマックス:何かをコントロールしようとすればするほど、音が毒されてしまうんだよね。だから、未知のものを受け入れないといけないし、それに従うしかないんだ。誰かが何かを持ち込んできたら、イエスと言うしかなくて、それをサポートして、一緒に旅に出る。僕らは録音のボタンを押した瞬間、最初の音と同時に動き出す。誰かが出した最初の音を聞けば、その音が確信を持って作られたもので、真の芸術的主張である限り、次の音でそれに応えなければいけない。自分の行くべき道は自ずと見えてくるんだ。
―なるほど。
ベータマックス:もう一つ言えることは、TR-808のドラムマシンを持っていて、それを使うこともある。誰かがそれを鳴らして、ロボットのようなハートビート(心臓の鼓動)を作るんだ。そして、それに反応することで、構造を形成することができるし、その構造の上に乗っかることができる。これはよく使うもうひとつのアプローチ。ドラムマシンを使うと、一種のトランス状態のようなものが少しずつ染み込んでくるんだ。
―いきなり即興演奏を録音するとしたら、ポストプロダクションに必要な素材となる演奏をどのように作るのでしょうか? 十分素材が揃ったってわかるものですか?
ダナログ:これこそが創造の神秘だよ。そのコンセプトやアイデアのあらゆる組み合わせをプレイし尽くしたように感じたとき、誰かが新しいアイデアを得てそっちを追求したくなったら別のものへと移っていくんだ。例えば、僕は演奏中もずっと「第3セクションを作りたい」「コーダやアウトロを作りたい」「サビのためのいいコードを作らなきゃ」とか、そういうことを常に頭の中で組み立てていて、それを実行している。
あとは演奏中にも「後から編集ツールを使ってアレンジできる」って考えがベースにあるんだ。ベータマックスと僕は、ポストプロダクションによって、かなり劇的に楽曲に手を加えていく。映画を撮るのと同じように、撮影を全て終えてから、今度は構成とフィーリングと流れを持たせるために編集作業をしなきゃいけない。だから、あるパートをサンプリングする時もあるし、あるセクションを丸ごと動かして、もともと一緒じゃなかったものを繋げたりもする。だから、録音ではどんなに間違いを犯しても関係ないんだ。2分間うまく演奏できなかったとしても全く問題ないよ。通常のスタジオ・セッションなら、もしミスをしたら、すべてをストップして、もう一度やり直す羽目になる。でも、僕たちのこのやり方なら、ひたすら演奏し続けて、その中の5分間ミスをしても関係ない。いい部分だけを抜き出せばいいからね。僕らは恐怖や不安を感じることなく、リラックスした状態でいろいろなことを試すことができているんだ。
―通常、その即興演奏を録音する期間はどれくらいですか。
ベータマックス:今回はReal World Studios(※)でレコーディングを3日半やって、9時間分を録音した。とりあえず何でもかんでも「イエス」と言って、常に前に進めることを心がけている。僕はこれを「ポジティブな創造性」と考えていて、すべてに「イエス」と言って、「レッツ・ゴー、ゴーゴー」という気持ちで臨む。
その時、自分のエネルギーレベルを管理する必要はある。長時間集中して、クリエイティブな作業を続けるのは疲れるから。だから、休憩もたくさんとって、自分達を酷使しないようにしている。スタジオは水車小屋の上に作られていて、スタジオのドアのすぐ外には滝のような水が流れていて、「ザアアア」ってとても大きなホワイトノイズが発生してる。自分の仕事を終えて外に出ると、まるで浄化されるような、アンチ・サウンドのような状態になれる。そうやって、たくさんの素材ができた。
今度はそれを聴き返すんだけど、すべての可能性を理解しようとすると、長い時間がかかってしまう。まず、半年間は全く聴かないで放置しておいて、その後、数日かけて全部聞き直したら、このアルバムは様々な方向に進む可能性があることがわかってきた。多様な要素があったからね。そして今度は、出来の悪いものを切り捨てなきゃいけない。お気に入りを選んで、それを加工していく。もとの姿とあまり変わらない姿になるものもあれば、まるでリミックスみたいなプロダクションの旅に出ることもある。ここではすべてにイエスと言うのではなく、むしろ積極的にノーと言うんだ。大きな石の塊があって、それを削って、彫刻を作るみたいな感覚だね。
※ピーター・ガブリエルが1989年に設立。2022年リリース作ではハリー・スタイルズのほか、ジャズ系ではポルティコ・カルテットやビンカー&モーゼス、ロック系ではThe 1975やフォールズなどが録音。
Real World Studios公式ホームページより引用
―ちなみに、その「6カ月聞かない期間」というのは意図的なもの?
ダナログ:意図的だね。自分がしたことを忘れてしまうというのも、プロセスの一環なんだ。これはチャールズ・ブコウスキーもやっていたことで、10年前くらいから僕も実践している。ブコウスキーは自分の作品を書いた後、それを引き出しにしまって3カ月間鍵をかける。で、それを読み返すと、まるで別の作家が書いたように感じられる。つまり、自分の作品を別の視点から読んでいるわけだ。同じことを音楽でやると、作ったことを思い出せないものがたくさんあって、凄くエキサイティングに聴くことができる。でも、その6か月間にはスナップト・アンクルズ(ロンドン拠点のポストパンクバンド)のミックスを手がけたり、サッカー96の『Dopamine』(2021年)も作っていた。コメット・イズ・カミングのアルバムは他の仕事がないときに、頭を空っぽにした状態で作り始めたい気持ちもあった。100%フォーカスして取り組めるようにね。結果的に、4カ月くらいぶっ通しで作業しちゃったよ。
―いつもTotal Refreshment Centreで録音しているのに、今回Real World Studiosを使ったのはなぜですか?
ダナログ:その前年、サラティ・コルワル(Sarathy Korwar:インド育ちロンドン拠点のタブラ奏者)とレコーディングするためにReal World Studiosへ行ったんだ。彼は最近、The Leaf Labelから新しいアルバム『KALAK』をリリースした。そこにシンセで参加したんだ。その時にあのスタジオが大好きになった。雰囲気も置いてある機材も最高だ。今まで見たこともないような大きなミキシングデスク、たくさんのアウトボード機器、そしてずっといつか録音したいと思っていた2インチのテープマシンもあった。24トラックのStuderの2インチテープマシンだよ!
その後、突然ロックダウンになって、1年ちょっと隔離された生活が続いた。自分たちの意思に反してロンドンに閉じ込められていたわけだから、ロンドンでレコーディングするという発想には抵抗があった。せっかく移動できるようになったんだから、ロンドンを離れたほうがよりエキサイティングな気分になるし、しばらく木々を見ていないから田舎に行こうってことになった。(ウィルトシャー州ボックスにある)Real Worldでは寝る事も出来るし、シェフが美味しい料理を作ってくれるんだ。
ただ必須条件として、Total Refreshment Centreのヘッド・エンジニアであるクリスチャン・クレイグ・ロビンソンを連れて行きたかった。彼は僕らの音楽のほとんどに携わってくれているからね。彼がいてくれることで、自分達のサウンドを貫くことができる一方で、大きなスタジオでサウンドを進化させるチャンスでもあった。やや広めのスタジオで、ドラムの音もマイクで余裕を持って拾える。だから地理的な理由、ロンドンから出たいという気持ちもあったし、単純に新しいこと、エキサイティングなことに挑戦したいという気持ちもあった。
それに今回は、大きなステージで多くの人々を前に演奏することを念頭に、巨大なワイドスクリーン・サウンドを作りたかったんだと思う。僕としてはただ、大きなスタジオに行くだけで、すべてが大きく感じられた。だから、大きな空間で、外向きに息を吐き出すことができるかどうか試してみようと思ったんだ。
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コメット・イズ・カミング、Real World Studiosでの制作風景
―今、名前が出ましたが、エンジニアのクリスチャン・クレイグ・ロビンソンは、Capitol K名義でトラックメイカーとしても活動しています。彼の貢献はかなり大きいですよね。
ベータマックス:彼はReal Worldに来てとても喜んでいたよ。あのスタジオは、彼が喜ぶ機材でいっぱいだった。彼はスタジオ入りすると真っ先に、あれを使おう、これを使おうと機材を集めだした。Real Worldのエンジニアたちは、「こんなの誰も使ったことがない」と言っていたよ(笑)。スタジオに行くと、古い機材が入った大きなラックがあってね。夢のような、古いものだよ。彼はそれを全部使うと言ったんだ。初日はまずいろいろなものを試して、サウンドを構築するために使った。それからレコーディングして、聴き返してみると、クリスチャンの意図がすぐにわかった。クリスチャンはReal Worldのポテンシャルを最大限に引き出したんだ。
―先ほど2インチテープの話もありましたが、コメット・イズ・カミングはずっとテープ・レコーディングにこだわっていますよね。
ダナログ:よく調べてるね(笑)。
―録音するとき、テープはずっと回しっぱなしなんですか?
ダナログ:とてもいい質問だね。その質問には答えの秘密がある。テープは永遠に回し続けられるものではなくて、決まった長さがある。つまり、テープには限界がある。だから、テープを回し始めるた瞬間から、自分たちが奏でる毎秒が、回転しているこの機械に降り注ぐことを強く意識せざるを得ない。テープ自体がもう1人のバンドのメンバーのようなものなんだよ。例えば、テープの残りが5分になったら、クリスチャンがヘッドフォン越しに「あと5分しかないよ」と話しかけてくる。「ここで止める? それとも最後の5分でやり切る?」と聞かれると、「いやいや、この5分で何かやらなきゃ」という気持ちになる。そうなると彗星が降ってきて(Comet is Coming)地球最後の瞬間であるかのように、とても緊張感のある演奏ができるものなんだ。「やばい、もう5分しかない。何が伝えられるだろう?」ってね。
面白いことに、テープには魔法のような不思議さがあってね。マイクをうまく配置して、うまく演奏してテープに録音した場合、聞き返すとそれだけでアルバムのように聴こえる。だから、テープが好きなんだ。
あと、これはルパート・シェルドレイク(超心理学者)が言ってたんだけど、過去に人々が行なったのと同じようなプロセス、たとえば、何かの儀式や人々が何百年も行ってきた巡礼のようなものを行なうと、共鳴にアクセスすることができると僕は信じているんだ。彼はこれを形態共鳴(morphic resonance)と呼んだ。過去に人々が行ったのと同じプロセスを体現することができるってこと。僕の好きなアルバムの多くは60年代や70年代のものなんだけど、彼らは基本テープに録音していた。だから、テープに録音するということは、僕の好きなアーティストと同じ方法論やプロセスを再現していることになる。だから形態共鳴を通じて、同じような意識にアクセスできる可能性がある。そしてテープは30分しかない。30分集中して演奏したら、休憩をして、また30分演奏する。70年代も同じようにティータイムを挟んでいたと思う。お茶を飲んで、また音楽を作る。コンピューターだと無限に録り続けられるから、何時間も追いかけ続けることになる。休憩を挟んで、脳を休ませることも必要なんだ。
―テープ・レコーディングを使っている作品で、特に好きなものは?
ベータマックス:60年代、70年代のものなら何でも。ジミ・ヘンドリックス、ビートルズ、全部そう。カンタベリープログレのソフト・マシーンとか、ジェントル・ジャイアントとかも好き。イエスもね。
テープマシンについて、もうひとつコメントしておきたい。僕としては、音を出して、その音が磁化されて、それがこうやって回転しているのを見るのが好きなんだ。自分の音楽がいきなり回転し、巻き戻されたりする渦中にあるのは、なんだか凄くエキサイティングで、子供の頃を思い出す。機械の美しさとか、精密な動きとかね。無制限に回りつづける無機質なコンピューターはロマンティックでない感じがするんだよね。ダン、好きなテープを使うプロデューサーは誰?
ダナログ:パッと思い浮かんだのは、アメリカのビッチン・バハス(Bitchin Bajas)。彼らのカセットにはよく、使っているテープマシンが書いてあるんだ。彼らがサン・ラ楽曲を録音した新作テープ『Switched On Ra』がとても良くてね。そこに、使った機材としてOtari MX 5050で録音したと書いてあった。これはクリスチャンがTotal Refreshment Centreに置いているのと同じものだよ。
―ミックスに関してはどうですか?
ダナログ:普通は、自分の音楽を他の人に送ると、その人がミックスして、とてもプロフェッショナルな音にしてくれる。でも何年も前に、僕とマックスは自分たちでやる方がずっといいということに気づいた。技術的にはプロフェッショナルな輝きを持っていなくても、より多くの個性と人格を出すことができて、本格的なスタジオではなかなかやらせてもらえないようなクレイジーなことを試すことができる。例えば、ミックス全部をフランジャーに通してみるとか、全部をスペースエコーに通してみるとか、ワクワクするような実験的なことをたくさんやるんだ。だから、僕らのレコードを聴いたとき、コメット・イズ・カミングの音だとすぐにわかるようになった。それは最初から最後まで自分たちでコントロールしているからなんだ。その後、LAにいるダディ・ケヴがマスタリングをやってくれる。ダディ・ケヴは僕にとって、世界最高のマスタリング・エンジニアだ。
フジロックの記憶、シャバカが「キング」である理由
―2019年、フジロックでのライブでは観客もみんな踊ってましたが、自分たちの音楽でダンスさせるというのは意識して取り組んでいることですか?
ベータマックス:そうだね。踊れる音楽だってことは間違いない。僕たちは人々を踊らせること、人が体を動したくなるエネルギーを生み出すことに誇りを持っている。
フジロックの話をすると、地元の仲間から「日本のお客さんはおとなしいから」って話を散々聞かされたんだ。少し静かかもしれないけど、それが普通だから気にしないでって。たしかに、「日本で演奏してきて、お客さんが大人しかったけど楽しかった」ってインタビュー記事は昔からよく見かけた。でも、いざフジロックに行ったら、僕らが今まで演奏したなかで一番盛り上がったライブになって信じられなかったんだ。みんな声を出して踊っていた。曲がまだ終わっていないのに、僕たちが何かを演奏すると、それに対して歓声が起こる。何千人ものオーディエンスが叫んでいるのが聞こえるんだ。本当にびっくりしたけど、同時に、日本の観客の傾向が変化してきたことを反映しているんだと思った。
―フジロックが特別なだけかもしれません(笑)。
ベータマックス:ははは、そうなんだね。 僕ももちろん踊れるバンドが好きだし、そういうエネルギーが好き。でも、何か心に響くものもほしい。そして、コメット・イズ・カミングの場合、その両方の方向性を持っていると思う。僕たちが目指しているのは、身体を解放するのと同時に心も解放することなんだ。
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2019年、フジロックでのパフォーマンス映像
―先日エズラ・コレクティヴにインタビューをしたとき、UKジャズにはダンス・ミュージックの要素がかなり入っていて、自分たちもそういう音楽に囲まれながら育ってきたと話していました。お二人はどうですか?
ダナログ: 10代の頃は、ドラムンベースがあった。誰かの兄が持っているカセットテープのパックをもらって、サウンドの推進力に感化されたのは覚えている。それに当時はダンス・ミュージックがチャートにランクインしていた。UKガラージの曲やアンダーワールドの「Born Slippy」が1位を獲ったりしていたからね。僕が中学校に上がった頃に「Born Slippy」がヒットして、ドッカンドッカンってラジオから聞こえてくるんだ。
ただその後、僕はクラブ・カルチャーから遠ざかった。レコードコレクションを聴いたり、演奏やレコーディングに思いきりハマっていったからね。でも、少し後になって、西海岸から流れてくるビートが大好きになった。Brainfeederのサムアイアム、ガスランプ・キラー、フライング・ロータス、サンダーキャット、モノポリーとか、西海岸のミュージシャンはみんな好きだったよ。クラブっぽいんだけど、聴いていて頭を使うし、サイケデリックで、第三の目を突き刺すような感じがする。あと、電子機材を使って非常にオーガニックなサウンドを作っているよね。ロボットのようでありながら、機材が有機体のように動いている。初めて聴いたとき、とてもエキサイティングだと思ったよ。
ベータマックス:初めて買ったレコードはオービタル。つまりテクノを聴いていたんだ。ドラムンベースの前にはジャングルも聞いていた。学校でもラジオやウォークマンでジャングルを聴いていたのを覚えているよ。エレクトロニック・ミュージックはトランス状態と呼ばれる精神状態や多幸感を生み出す。僕らが音楽の中で作り出そうとしているのは、まさにそういうものだと思うんだよね。
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2019年、フジロックでのパフォーマンス映像
―最後に、お2人から見たシャバカ・ハッチングスの魅力について聞かせてください。
ダナログ:シャバカと初めて一緒に演奏したとき、彼がどんな状況でも自在に演奏できることがよくわかったよ。彼はとても直感的な耳を持っていて、その時々に合った演奏ができる。技術的に優れたサックス奏者もいるけど、シャバカは他の奏者とは違う独自の個性を持っていて、曲を良い音にするために適切なタイミングで適切なものを演奏できる。例えば、ニューアルバムに収録されている「PYRAMIDS」。彼ならではの、この曲にはこれしかないというサックスだ。あのパートを思いつくのにどれくらい時間がかかったか? たったの1秒だ。僕たちの場合、サックスはほとんどオーバーダブをやらない。彼は象徴的なメロディラインをその場で全て思いつくだけじゃなくて、僕とマックスの演奏スタイルとも非常に相性がいいんだ。
ベータマックス:彼の演奏には説得力がある。演奏だけじゃない。彼と話していると、何でも納得してしまうから気をつけないといけない(笑)。彼がサックスを手にしたときは、彼が演奏している音楽が今起こり得る最高のものだと信じてしまうくらいだ。その要因は、彼の確信に満ちた演奏の仕方だと思う。「演奏において重要なのは信念」だというのは、僕自身も彼から学んだことだ。このバンドを結成する前から彼のプレイを見てきたけど、それがいつも彼を際立たせていた。そう、彼が演奏する音は疑う余地がなく、ただただ正しいものを演奏しているんだと信じ込ませるものがあるんだ。
コメット・イズ・カミング来日公演
2022年12月1日(木)東京・渋谷WWW
2022年12月2日(金)東京・渋谷WWW
2022年12月3日(土)大阪・LIVEHOUSE ANIMA
OPEN 18:00 START 19:00
スタンディング 前売り:¥7,500
詳細:https://smash-jpn.com/live/?id=3745
コメット・イズ・カミング
『Hyper-Dimensional Expansion Beam』
発売中
「パンク・バンドしか出ないフェスでも客席を盛り上げてきた」とはメンバーの弁。2019年のフジロックでも、深夜のレッドマーキーで観客を大いに踊らせ、ライブ・バンドとしての凄まじい実力を見せつけていた。そんな彼らの初となる単独公演が、12月1日〜2日に東京・渋谷WWW、3日に大阪・LIVEHOUSE ANIMAで開催される(詳細はこちら)。
シャバカはサンズ・オブ・ケメット(今年6月に活動休止)、シャバカ&ジ・アンセスターズなど、それぞれキャラクターの異なるプロジェクトを並走させているが、コメット・イズ・カミングではリーダーではなく、”いちサックス奏者”としての役割を全うしてきた。また、他のプロジェクトではアフロフューチャリズムを含むアフリカン・ディアスポラ由来のコンセプトや表現が目立つが、終末論を思わせるバンド名のコメット・イズ・カミング(彗星が落ちてくる)では、別のベクトルでのSF的な世界観が表現されている。
その舵を取ってきたのは、シンセサイザー奏者/エンジニアのダナログ(Danalogue)、ドラマーのベータマックス(Betamax)の2人。彼らはサッカー96(Soccer96)というユニットでも活動しており、そこではダブステップやドラムンベース、LAビートミュージック〜Brainfeederの影響に加えて、ポストパンクやサイケロックなどUKらしいロックの成分も織り交ぜながら、ディストピア(暗黒世界)、アントロポセン(人新世)、トランスヒューマニズム(超人間主義)といったテーマを追求している。
そこにシャバカが加わり、UKフリージャズの系譜にも連なるサックス奏者がハードに吹きまくることで、パワフルな化学反応が起きたのがコメット・イズ・カミングだ。彼はここで「キング・シャバカ」を自ら名乗り、ステージの真ん中で自信を漲らせながら、サックス奏者としてのポテンシャルを全力で開放している。
しかも、このあとのインタビューでも語られている通り、コメット・イズ・カミングは徹底したポストプロダクションによって、独自のレコーディング芸術を追求してきたバンドでもある。ダナログとベータマックスは、いかにしてUKジャズ屈指のグループを作り上げたのか。2人からその謎を聞き出すことで、プロジェクトの全貌がようやく見えてきた。
―今年9月に発表された通算3作目のニューアルバム『Hyper-Dimensional Expansion Beam』のタイトルには、どんな意味が込められていますか?
ダナログ:音楽には心や精神、脳を別の場所にテレポートさせる力がある。音楽をかけるとすぐに感じるものが変わるよね。それをビームに例えてみようと思ったんだ。より集中させて、さらに音楽の強度と衝撃を一段と高めるって意味で「超次元拡張ビーム」と名付けた。僕らはリスナーを強烈で直感的な空間へとテレポートさせようとしているんだ。
―インスピレーションになったものはありますか?
ベータマックス:少なくとも出発点としては、直感的な表現にとどめて、あまり多くの概念的な情報を混ぜないようにした。外界の影響を制限して、自分たちに何が起こるか、そしてどんな相互作用が生まれるかを見ることができた。僕らは「自分たち自身から生み出されたもの」によってこのアルバムを完成させたかったんだ。だから、事前にあまり話さずに白紙の状態で臨んだ。
ダナログ:僕らは大型ハドロン衝突型加速器のようなもの。粒子の代わりに素晴らしいサックス奏者と才能のあるドラマー、宇宙的なサウンドのシンセをハドロン衝突型加速器の周りに飛ばして、それらが衝突した時に、バンドの音が生まれるんだよ。
―これまでのアルバムにも『Channel The Spirits』(2016年)、『Trust In The Lifeforce Of The Deep Mystery』(2019年)と非常に興味深いタイトルが付いています。これらのネーミングには何か傾向みたいなものがあるんですか?
ダナログ:マーベルの映画シリーズみたいに大きなプロットがあるけど、それはまだ明かせないかな。
―マジですか(笑)。
ダナログ:そうそう。曲名とアルバムタイトルを見れば、いくつかの線をたどることができるんだよ。例えば、最初にリリースしたEPのタイトルは『Prophecy』(2015年)で、『Channel The Spirits』の1曲目も「Prophecy」だ。あと、『Channel〜』の最後の曲は「End of Earth」で、「Trust In The Lifeforce〜」の1曲目は「Because the End Is Really the Beginning」から始まる。だから、つながりがあるのはわかるはず。まだあまり秘密は明かすわけにはいかないけど、すでにヒントはいくつもあるよね。
左から『Channel The Spirits』(2016年)、『Trust In The Lifeforce Of The Deep Mystery』(2019年)
―アベンジャーが現れて、全貌が明かされる予定は決まっているんですか?
ダナログ:少しずつそこに近づいているのは確かだけど、その時にならないとわからないね。これからもっといろいろ楽しみが出てくる。
ベータマックス:全ての辻褄が合うように最終的にまとまるのが構想ではあるけど、同時に、僕たちもみんなと同じようにそれが明かされるのを目撃しているんだ。何もかもが未知数なんだよ。僕ら自身にとってもこれは探検のようなものだから。
ダナログ:バンドの曲作りにおける手法として、カオスから秩序を生み出すような部分がある。自然発生的もしくは即興で作ることが大きな部分を占めているんだ。スタジオで演奏した要素を全て集めて、アルバムに収録された「曲」になるまでじっくり抽出していく。だから、たった4分の曲でも、30分とか1時間とか続いた即興演奏から生まれている。僕たちがやっているのは、君たちがアルバムタイトルを見て考えたことと同じで、パターンを見つけて、カオスの中から幾何学的な形と秩序を捻り出そうとしているんだ。それこそが普遍的な創造性の力だと思ってる。
―そのアルバム・タイトルは制作のどのタイミングでつけるんですか?
ベータマックス:普通は最後に決めるかな。この音楽を他の誰かにどう説明したらいいか、ということを考える。いろんな人からいつも「どんな音楽なんですか?」って聞かれるから(笑)。今回、僕たちは自分たちのサウンドを直接的に表すよりも「超次元的拡張ビーム」に例えた。このサウンドをみんなにそう思って聴いてもらいたいってこと。この音楽には聴き手を別の次元に誘う機能があって、それは(タイトルや曲名といった)言葉と直感的に共鳴している。
即興演奏とポストプロダクションに対する美学
―さっき事前に話し合ったりせず、直感的にレコーディングすると話してましたが、完全に白紙の状態からスタートするわけですよね。実際、どうやって始めるんですか?
ダナログ:僕はスタジオに向かう車の中で、実はとても緊張していて「何を演奏しようか」「このセッションにどうアプローチしようか」と思案していた。そして、いろいろ考えた。でも、ひとたび演奏し始めると、なぜかすべてが辻褄が合い始めるんだ。それはライブでも同じ。最初の音を鳴らした瞬間、感覚にスイッチが入るんだ。そして、僕らがやるべきことはとにかくお互いの音を聞くことに尽きる。それは会話や集合意識のようなもの。自分の思考を減らせば減らすほど、より良いサウンドになるんだ。
ベータマックス:何かをコントロールしようとすればするほど、音が毒されてしまうんだよね。だから、未知のものを受け入れないといけないし、それに従うしかないんだ。誰かが何かを持ち込んできたら、イエスと言うしかなくて、それをサポートして、一緒に旅に出る。僕らは録音のボタンを押した瞬間、最初の音と同時に動き出す。誰かが出した最初の音を聞けば、その音が確信を持って作られたもので、真の芸術的主張である限り、次の音でそれに応えなければいけない。自分の行くべき道は自ずと見えてくるんだ。
―なるほど。
ベータマックス:もう一つ言えることは、TR-808のドラムマシンを持っていて、それを使うこともある。誰かがそれを鳴らして、ロボットのようなハートビート(心臓の鼓動)を作るんだ。そして、それに反応することで、構造を形成することができるし、その構造の上に乗っかることができる。これはよく使うもうひとつのアプローチ。ドラムマシンを使うと、一種のトランス状態のようなものが少しずつ染み込んでくるんだ。
―いきなり即興演奏を録音するとしたら、ポストプロダクションに必要な素材となる演奏をどのように作るのでしょうか? 十分素材が揃ったってわかるものですか?
ダナログ:これこそが創造の神秘だよ。そのコンセプトやアイデアのあらゆる組み合わせをプレイし尽くしたように感じたとき、誰かが新しいアイデアを得てそっちを追求したくなったら別のものへと移っていくんだ。例えば、僕は演奏中もずっと「第3セクションを作りたい」「コーダやアウトロを作りたい」「サビのためのいいコードを作らなきゃ」とか、そういうことを常に頭の中で組み立てていて、それを実行している。
あとは演奏中にも「後から編集ツールを使ってアレンジできる」って考えがベースにあるんだ。ベータマックスと僕は、ポストプロダクションによって、かなり劇的に楽曲に手を加えていく。映画を撮るのと同じように、撮影を全て終えてから、今度は構成とフィーリングと流れを持たせるために編集作業をしなきゃいけない。だから、あるパートをサンプリングする時もあるし、あるセクションを丸ごと動かして、もともと一緒じゃなかったものを繋げたりもする。だから、録音ではどんなに間違いを犯しても関係ないんだ。2分間うまく演奏できなかったとしても全く問題ないよ。通常のスタジオ・セッションなら、もしミスをしたら、すべてをストップして、もう一度やり直す羽目になる。でも、僕たちのこのやり方なら、ひたすら演奏し続けて、その中の5分間ミスをしても関係ない。いい部分だけを抜き出せばいいからね。僕らは恐怖や不安を感じることなく、リラックスした状態でいろいろなことを試すことができているんだ。
―通常、その即興演奏を録音する期間はどれくらいですか。
ベータマックス:今回はReal World Studios(※)でレコーディングを3日半やって、9時間分を録音した。とりあえず何でもかんでも「イエス」と言って、常に前に進めることを心がけている。僕はこれを「ポジティブな創造性」と考えていて、すべてに「イエス」と言って、「レッツ・ゴー、ゴーゴー」という気持ちで臨む。
その時、自分のエネルギーレベルを管理する必要はある。長時間集中して、クリエイティブな作業を続けるのは疲れるから。だから、休憩もたくさんとって、自分達を酷使しないようにしている。スタジオは水車小屋の上に作られていて、スタジオのドアのすぐ外には滝のような水が流れていて、「ザアアア」ってとても大きなホワイトノイズが発生してる。自分の仕事を終えて外に出ると、まるで浄化されるような、アンチ・サウンドのような状態になれる。そうやって、たくさんの素材ができた。
今度はそれを聴き返すんだけど、すべての可能性を理解しようとすると、長い時間がかかってしまう。まず、半年間は全く聴かないで放置しておいて、その後、数日かけて全部聞き直したら、このアルバムは様々な方向に進む可能性があることがわかってきた。多様な要素があったからね。そして今度は、出来の悪いものを切り捨てなきゃいけない。お気に入りを選んで、それを加工していく。もとの姿とあまり変わらない姿になるものもあれば、まるでリミックスみたいなプロダクションの旅に出ることもある。ここではすべてにイエスと言うのではなく、むしろ積極的にノーと言うんだ。大きな石の塊があって、それを削って、彫刻を作るみたいな感覚だね。
※ピーター・ガブリエルが1989年に設立。2022年リリース作ではハリー・スタイルズのほか、ジャズ系ではポルティコ・カルテットやビンカー&モーゼス、ロック系ではThe 1975やフォールズなどが録音。
Real World Studios公式ホームページより引用
―ちなみに、その「6カ月聞かない期間」というのは意図的なもの?
ダナログ:意図的だね。自分がしたことを忘れてしまうというのも、プロセスの一環なんだ。これはチャールズ・ブコウスキーもやっていたことで、10年前くらいから僕も実践している。ブコウスキーは自分の作品を書いた後、それを引き出しにしまって3カ月間鍵をかける。で、それを読み返すと、まるで別の作家が書いたように感じられる。つまり、自分の作品を別の視点から読んでいるわけだ。同じことを音楽でやると、作ったことを思い出せないものがたくさんあって、凄くエキサイティングに聴くことができる。でも、その6か月間にはスナップト・アンクルズ(ロンドン拠点のポストパンクバンド)のミックスを手がけたり、サッカー96の『Dopamine』(2021年)も作っていた。コメット・イズ・カミングのアルバムは他の仕事がないときに、頭を空っぽにした状態で作り始めたい気持ちもあった。100%フォーカスして取り組めるようにね。結果的に、4カ月くらいぶっ通しで作業しちゃったよ。
―いつもTotal Refreshment Centreで録音しているのに、今回Real World Studiosを使ったのはなぜですか?
ダナログ:その前年、サラティ・コルワル(Sarathy Korwar:インド育ちロンドン拠点のタブラ奏者)とレコーディングするためにReal World Studiosへ行ったんだ。彼は最近、The Leaf Labelから新しいアルバム『KALAK』をリリースした。そこにシンセで参加したんだ。その時にあのスタジオが大好きになった。雰囲気も置いてある機材も最高だ。今まで見たこともないような大きなミキシングデスク、たくさんのアウトボード機器、そしてずっといつか録音したいと思っていた2インチのテープマシンもあった。24トラックのStuderの2インチテープマシンだよ!
その後、突然ロックダウンになって、1年ちょっと隔離された生活が続いた。自分たちの意思に反してロンドンに閉じ込められていたわけだから、ロンドンでレコーディングするという発想には抵抗があった。せっかく移動できるようになったんだから、ロンドンを離れたほうがよりエキサイティングな気分になるし、しばらく木々を見ていないから田舎に行こうってことになった。(ウィルトシャー州ボックスにある)Real Worldでは寝る事も出来るし、シェフが美味しい料理を作ってくれるんだ。
ただ必須条件として、Total Refreshment Centreのヘッド・エンジニアであるクリスチャン・クレイグ・ロビンソンを連れて行きたかった。彼は僕らの音楽のほとんどに携わってくれているからね。彼がいてくれることで、自分達のサウンドを貫くことができる一方で、大きなスタジオでサウンドを進化させるチャンスでもあった。やや広めのスタジオで、ドラムの音もマイクで余裕を持って拾える。だから地理的な理由、ロンドンから出たいという気持ちもあったし、単純に新しいこと、エキサイティングなことに挑戦したいという気持ちもあった。
それに今回は、大きなステージで多くの人々を前に演奏することを念頭に、巨大なワイドスクリーン・サウンドを作りたかったんだと思う。僕としてはただ、大きなスタジオに行くだけで、すべてが大きく感じられた。だから、大きな空間で、外向きに息を吐き出すことができるかどうか試してみようと思ったんだ。
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コメット・イズ・カミング、Real World Studiosでの制作風景
―今、名前が出ましたが、エンジニアのクリスチャン・クレイグ・ロビンソンは、Capitol K名義でトラックメイカーとしても活動しています。彼の貢献はかなり大きいですよね。
ベータマックス:彼はReal Worldに来てとても喜んでいたよ。あのスタジオは、彼が喜ぶ機材でいっぱいだった。彼はスタジオ入りすると真っ先に、あれを使おう、これを使おうと機材を集めだした。Real Worldのエンジニアたちは、「こんなの誰も使ったことがない」と言っていたよ(笑)。スタジオに行くと、古い機材が入った大きなラックがあってね。夢のような、古いものだよ。彼はそれを全部使うと言ったんだ。初日はまずいろいろなものを試して、サウンドを構築するために使った。それからレコーディングして、聴き返してみると、クリスチャンの意図がすぐにわかった。クリスチャンはReal Worldのポテンシャルを最大限に引き出したんだ。
―先ほど2インチテープの話もありましたが、コメット・イズ・カミングはずっとテープ・レコーディングにこだわっていますよね。
ダナログ:よく調べてるね(笑)。
―録音するとき、テープはずっと回しっぱなしなんですか?
ダナログ:とてもいい質問だね。その質問には答えの秘密がある。テープは永遠に回し続けられるものではなくて、決まった長さがある。つまり、テープには限界がある。だから、テープを回し始めるた瞬間から、自分たちが奏でる毎秒が、回転しているこの機械に降り注ぐことを強く意識せざるを得ない。テープ自体がもう1人のバンドのメンバーのようなものなんだよ。例えば、テープの残りが5分になったら、クリスチャンがヘッドフォン越しに「あと5分しかないよ」と話しかけてくる。「ここで止める? それとも最後の5分でやり切る?」と聞かれると、「いやいや、この5分で何かやらなきゃ」という気持ちになる。そうなると彗星が降ってきて(Comet is Coming)地球最後の瞬間であるかのように、とても緊張感のある演奏ができるものなんだ。「やばい、もう5分しかない。何が伝えられるだろう?」ってね。
面白いことに、テープには魔法のような不思議さがあってね。マイクをうまく配置して、うまく演奏してテープに録音した場合、聞き返すとそれだけでアルバムのように聴こえる。だから、テープが好きなんだ。
あと、これはルパート・シェルドレイク(超心理学者)が言ってたんだけど、過去に人々が行なったのと同じようなプロセス、たとえば、何かの儀式や人々が何百年も行ってきた巡礼のようなものを行なうと、共鳴にアクセスすることができると僕は信じているんだ。彼はこれを形態共鳴(morphic resonance)と呼んだ。過去に人々が行ったのと同じプロセスを体現することができるってこと。僕の好きなアルバムの多くは60年代や70年代のものなんだけど、彼らは基本テープに録音していた。だから、テープに録音するということは、僕の好きなアーティストと同じ方法論やプロセスを再現していることになる。だから形態共鳴を通じて、同じような意識にアクセスできる可能性がある。そしてテープは30分しかない。30分集中して演奏したら、休憩をして、また30分演奏する。70年代も同じようにティータイムを挟んでいたと思う。お茶を飲んで、また音楽を作る。コンピューターだと無限に録り続けられるから、何時間も追いかけ続けることになる。休憩を挟んで、脳を休ませることも必要なんだ。
―テープ・レコーディングを使っている作品で、特に好きなものは?
ベータマックス:60年代、70年代のものなら何でも。ジミ・ヘンドリックス、ビートルズ、全部そう。カンタベリープログレのソフト・マシーンとか、ジェントル・ジャイアントとかも好き。イエスもね。
テープマシンについて、もうひとつコメントしておきたい。僕としては、音を出して、その音が磁化されて、それがこうやって回転しているのを見るのが好きなんだ。自分の音楽がいきなり回転し、巻き戻されたりする渦中にあるのは、なんだか凄くエキサイティングで、子供の頃を思い出す。機械の美しさとか、精密な動きとかね。無制限に回りつづける無機質なコンピューターはロマンティックでない感じがするんだよね。ダン、好きなテープを使うプロデューサーは誰?
ダナログ:パッと思い浮かんだのは、アメリカのビッチン・バハス(Bitchin Bajas)。彼らのカセットにはよく、使っているテープマシンが書いてあるんだ。彼らがサン・ラ楽曲を録音した新作テープ『Switched On Ra』がとても良くてね。そこに、使った機材としてOtari MX 5050で録音したと書いてあった。これはクリスチャンがTotal Refreshment Centreに置いているのと同じものだよ。
―ミックスに関してはどうですか?
ダナログ:普通は、自分の音楽を他の人に送ると、その人がミックスして、とてもプロフェッショナルな音にしてくれる。でも何年も前に、僕とマックスは自分たちでやる方がずっといいということに気づいた。技術的にはプロフェッショナルな輝きを持っていなくても、より多くの個性と人格を出すことができて、本格的なスタジオではなかなかやらせてもらえないようなクレイジーなことを試すことができる。例えば、ミックス全部をフランジャーに通してみるとか、全部をスペースエコーに通してみるとか、ワクワクするような実験的なことをたくさんやるんだ。だから、僕らのレコードを聴いたとき、コメット・イズ・カミングの音だとすぐにわかるようになった。それは最初から最後まで自分たちでコントロールしているからなんだ。その後、LAにいるダディ・ケヴがマスタリングをやってくれる。ダディ・ケヴは僕にとって、世界最高のマスタリング・エンジニアだ。
フジロックの記憶、シャバカが「キング」である理由
―2019年、フジロックでのライブでは観客もみんな踊ってましたが、自分たちの音楽でダンスさせるというのは意識して取り組んでいることですか?
ベータマックス:そうだね。踊れる音楽だってことは間違いない。僕たちは人々を踊らせること、人が体を動したくなるエネルギーを生み出すことに誇りを持っている。
フジロックの話をすると、地元の仲間から「日本のお客さんはおとなしいから」って話を散々聞かされたんだ。少し静かかもしれないけど、それが普通だから気にしないでって。たしかに、「日本で演奏してきて、お客さんが大人しかったけど楽しかった」ってインタビュー記事は昔からよく見かけた。でも、いざフジロックに行ったら、僕らが今まで演奏したなかで一番盛り上がったライブになって信じられなかったんだ。みんな声を出して踊っていた。曲がまだ終わっていないのに、僕たちが何かを演奏すると、それに対して歓声が起こる。何千人ものオーディエンスが叫んでいるのが聞こえるんだ。本当にびっくりしたけど、同時に、日本の観客の傾向が変化してきたことを反映しているんだと思った。
―フジロックが特別なだけかもしれません(笑)。
ベータマックス:ははは、そうなんだね。 僕ももちろん踊れるバンドが好きだし、そういうエネルギーが好き。でも、何か心に響くものもほしい。そして、コメット・イズ・カミングの場合、その両方の方向性を持っていると思う。僕たちが目指しているのは、身体を解放するのと同時に心も解放することなんだ。
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2019年、フジロックでのパフォーマンス映像
―先日エズラ・コレクティヴにインタビューをしたとき、UKジャズにはダンス・ミュージックの要素がかなり入っていて、自分たちもそういう音楽に囲まれながら育ってきたと話していました。お二人はどうですか?
ダナログ: 10代の頃は、ドラムンベースがあった。誰かの兄が持っているカセットテープのパックをもらって、サウンドの推進力に感化されたのは覚えている。それに当時はダンス・ミュージックがチャートにランクインしていた。UKガラージの曲やアンダーワールドの「Born Slippy」が1位を獲ったりしていたからね。僕が中学校に上がった頃に「Born Slippy」がヒットして、ドッカンドッカンってラジオから聞こえてくるんだ。
ただその後、僕はクラブ・カルチャーから遠ざかった。レコードコレクションを聴いたり、演奏やレコーディングに思いきりハマっていったからね。でも、少し後になって、西海岸から流れてくるビートが大好きになった。Brainfeederのサムアイアム、ガスランプ・キラー、フライング・ロータス、サンダーキャット、モノポリーとか、西海岸のミュージシャンはみんな好きだったよ。クラブっぽいんだけど、聴いていて頭を使うし、サイケデリックで、第三の目を突き刺すような感じがする。あと、電子機材を使って非常にオーガニックなサウンドを作っているよね。ロボットのようでありながら、機材が有機体のように動いている。初めて聴いたとき、とてもエキサイティングだと思ったよ。
ベータマックス:初めて買ったレコードはオービタル。つまりテクノを聴いていたんだ。ドラムンベースの前にはジャングルも聞いていた。学校でもラジオやウォークマンでジャングルを聴いていたのを覚えているよ。エレクトロニック・ミュージックはトランス状態と呼ばれる精神状態や多幸感を生み出す。僕らが音楽の中で作り出そうとしているのは、まさにそういうものだと思うんだよね。
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2019年、フジロックでのパフォーマンス映像
―最後に、お2人から見たシャバカ・ハッチングスの魅力について聞かせてください。
ダナログ:シャバカと初めて一緒に演奏したとき、彼がどんな状況でも自在に演奏できることがよくわかったよ。彼はとても直感的な耳を持っていて、その時々に合った演奏ができる。技術的に優れたサックス奏者もいるけど、シャバカは他の奏者とは違う独自の個性を持っていて、曲を良い音にするために適切なタイミングで適切なものを演奏できる。例えば、ニューアルバムに収録されている「PYRAMIDS」。彼ならではの、この曲にはこれしかないというサックスだ。あのパートを思いつくのにどれくらい時間がかかったか? たったの1秒だ。僕たちの場合、サックスはほとんどオーバーダブをやらない。彼は象徴的なメロディラインをその場で全て思いつくだけじゃなくて、僕とマックスの演奏スタイルとも非常に相性がいいんだ。
ベータマックス:彼の演奏には説得力がある。演奏だけじゃない。彼と話していると、何でも納得してしまうから気をつけないといけない(笑)。彼がサックスを手にしたときは、彼が演奏している音楽が今起こり得る最高のものだと信じてしまうくらいだ。その要因は、彼の確信に満ちた演奏の仕方だと思う。「演奏において重要なのは信念」だというのは、僕自身も彼から学んだことだ。このバンドを結成する前から彼のプレイを見てきたけど、それがいつも彼を際立たせていた。そう、彼が演奏する音は疑う余地がなく、ただただ正しいものを演奏しているんだと信じ込ませるものがあるんだ。
コメット・イズ・カミング来日公演
2022年12月1日(木)東京・渋谷WWW
2022年12月2日(金)東京・渋谷WWW
2022年12月3日(土)大阪・LIVEHOUSE ANIMA
OPEN 18:00 START 19:00
スタンディング 前売り:¥7,500
詳細:https://smash-jpn.com/live/?id=3745
コメット・イズ・カミング
『Hyper-Dimensional Expansion Beam』
発売中