「『性』に関する社会的な議論を増やしていきたい」- 「セックスと障害者」著者・坂爪真吾氏インタビュー - BLOGOS編集部
※この記事は2016年05月16日にBLOGOSで公開されたものです
今年3月に起きた乙武洋匡氏の不倫騒動をめぐっては、同氏の参院選出馬や倫理的な問題に加えて、「障がい者の性」という観点からも議論が巻き起こった。
「障がい者」と「性」は共にデリケートなテーマであるため、これまでメディア上でも多く語られてこなかったが、その実態はどのようなものなのだろうか。男性の重度身体障がい者を対象に射精介助サービスを行う一般社団法人ホワイトハンズの代表を務め、「セックスと障害者」を上梓したばかりの坂爪真吾氏に話を聞いた。(取材・執筆:永田 正行【BLOGOS編集部】)
『性』だけが必要以上にアングラ化された現状に違和感
大学時代にゼミで性風俗産業についての研究をしていた坂爪氏は、渋谷の円山町や新宿の歌舞伎町で、実際に風俗で働く女性や利用者、経営者にインタビューをしていたという。こうした活動の中で痛感したのは、性風俗に代表される「性」に関する産業の多くが、社会の表舞台に出ることができないものである、ということだった。
「『性』というのは、人間の基本的な欲求で、食事や睡眠とほぼ同列のものです。にも関わらず、『性』だけが必要以上にアングラ化されて、一般の人が安心して、日常生活の中で利用できる制度やサービスがほぼない状態になっている。
過剰に商業化された『性』の世界で行われていることを、社会的に意義のある形にすることができれば、多くの人が助かったり、救われるのではないか、とずっと考えていました」。
介護や福祉の授業も履修していた坂爪氏は、この領域に、まだ顕在化していないニーズがあるのではないかと考えた。そして、2008年に重度の男性身体障がい者(手足を動かすことができず、自力での自慰行為が不可能)を対象に、訪問介護の枠組みで射精介助を行うホワイトハンズの活動をスタートさせる。
障がい者も健常者も性に関する悩みの質はそれほど変わらない
「障がい者」と「性」は、どちらもメディアにとって非常にセンシティブなテーマだ。障がい者には「純粋無垢な天使」「可哀想な人」といったステレオタイプなイメージもつきまとう。そのため、彼らが「性的な欲求を持っている」という当たり前の事実すら語られづらい現状がある。だが、「障がい者が抱えている性への欲求や悩みは健常者とそれほど違いはない」と坂爪氏は語る。
「健常者と大きくギャップがあるわけではなく、みんな同じように、悩んだり、モヤモヤしているのです。
例えば、40代の重度の身体障がいの方の事例ですが、その方は結婚していて、お子さんもいるのですが、セックスレスで悩んでいる。そこで奥さんの留守中に内緒で、スタッフを呼んで介助してもらうというケースがあるのです。夫婦間のセックスレスというのは、ある意味、どんな夫婦にも起こる話です。そういう意味では、健常者と『全然変わらないな』と思いました」。
ただ、こうしたホワイトハンズの活動も、すべての方面からスムーズに受け入れられたわけではない。
「施設で暮らしている方から、利用したいという依頼が来るのですが、スタッフが行ってみると、職員に断られてしまうというケースがありました。『うちの利用者には、そういうニーズはないから』と、勝手に職員の方が利用者を代弁して、門前払いしてしまう。これは完全にダメだろうと思うんです。当事者の意志が一番重要であって、周りが勝手に本人の性を代弁することはできません。同じように『母親と同居をしているから、うちには呼べない』ということは、今までたくさんありましたね」。
それでも現在と活動を開始した当初を比較すると、社会問題とのひとつとして認知され語られやすくなってきた実感があるという。
「ホワイトハンズの活動が継続していることもふまえて、メディアの中でも、それほど“タブー”でもなくなってきているように感じています。
先日の乙武さんの不倫についても、『障がい者だから…』というよりも、人間として批判されていました。障がいのある人が、普通に不倫して、普通にバッシングされる。ある意味で健全な社会なのかなと思いました」。
「感情的なモヤモヤ」を超えるために必要なもの
障がい者の性の問題に対するフォローが必要なことは理解できたとしても、「性」というテーマを「ケア」という文脈で語ることについて、違和感を覚える人も多いだろう。こうした“モヤモヤした気持ち”をどのように超えていけばよいのだろうか。
「『性をケアと言っていいのか』という問題は、確かにあると思いますね。自慰行為ができないつらさというのは、当事者になってみて、やっと分かるという部分もあるでしょう。なので、そうした“モヤモヤ”は、実践の中で超えていくしかない。
例えば、介護保険も当初は、『介護は家族がやるもの。他人に任せるのは恥ずかしい』という意識が根強くありました。しかし、介護保険制度が出来てから、15年以上経って、そうした意見も弱まってきていると思います。ですから、制度が整備されて、それを多くの人が利用するようになれば、感情的な“モヤモヤ”感も薄れてくるのではないでしょうか」。
実際に、行政もこうした社会課題の存在は認識しているという。
「厚労省の方たちと話しているとわかるのですが、彼らは障がい者にも当然性欲があって、そこに対するケアが必要だということは認識しています。しかし、こうした課題に、どのようにアプローチすればいいのかという政策レベルに落とすことは出来ていない。だからこそ、我々が解決策を実践して、制度的に提案していきたいのです。
これまでのホワイトハンズの活動を通して、問題を認知してもらうだけではなく、『問題に対してしっかりとソリューションを出していけば、大丈夫』ということをある程度示すことができたと思っています」。
「性」を単体で語らないことが重要
「障がい者と性」という、センシティブなテーマを扱う上で、坂爪氏は「性」を単体で打ち出さないように注意を払っているという。
「『性』という言葉を単体で出すと、理解されなかったり、バッシングを受けるケースが多いので、必ず何かと組み合わせることを意識しています。例えば、射精介助にしても、介護という枠組みと合わせて提示する。そうすることで、全員じゃなくても介護業界関係者の何割かには、我々の活動を介護的な理念と制度の中で、理解していただけると思います。
もちろん100%ではありませんが、風俗の話に関しても、社会福祉やソーシャルワークなど既存の支援の枠組みと組み合わせて提示することで、理解しやすくなる部分がある。このように、「性」という問題を出来るだけ単体で提示せず、様々な文脈とセットにする。すでに多くの人が知っている世界と関連付けて話すということは意識しています。
障がい者の数は、愛知県の人口と同程度
平成25年度「障害者白書」によれば、身体・知的・精神に何らかの障がいがある人は、約741万人で愛知県の人口とほぼ同じ数だという。ニュースの中だけの遠い世界の存在では決してない。
「先程指摘された『純粋無垢な天使』といったステレオタイプなイメージを突き崩すために、最も有効なのは、障がいのある人がどんどん社会に出て行って、働いたり、地域で暮らしていくことでしょう。
障がいのある人と関わる機会、接する場面を増やしていくことで、彼らもまったく同じ人間で、同じように悩んだり、考えたりしているということが、肌感覚で理解できるようになる。今回の本の中でも指摘しているのですが、性的な問題と社会的な問題は繋がっているのです。なので、障がいのある人の社会進出が進んでいけば、それに伴って性の問題も徐々に解決していくのではないでしょうか」。
「性」というテーマは、「エロ」「性欲」といった文脈と結びつきやすく、なかなか社会的な文脈で語られることはない。「だからこそ…」と坂爪氏は語る。
「確かに、『エロ』と『性』を切り離して語るのは困難ですが、我々のような活動が必要なことであることは間違いない。
私がこれまで扱ってきた「不倫」「風俗」「障がい者の性」「男子の性」といったテーマは、割り切れない世界に一定の割り切りを見い出すというような部分がある。そういう意味では、みんながモヤモヤしているところに、とりあえず100点満点ではないけれど、50~60点の答えを出そうといったスタンスで取り組んでいます。
どうしても、性の世界の話は二元論や感情論でも語られがちなのですが、何かしらの社会性のある議論を少しでも増やしていければと思っています」。
プロフィール
坂爪真吾(さかつめ しんご)1981年新潟市生まれ。東京大学文学部卒。 大卒業後、「性産業の社会化」をテーマに起業。
2008年、ホワイトハンズを設立。年齢や性別、障害や病気の有無に関わらず、全ての人が、生涯にわたって、「性に関する尊厳と自立」を守ることのできる社会の実現を目指して、日夜奮闘中。二児の父。
著書に「男子の貞操(ちくま新書 1067)」「はじめての不倫学 「社会問題」として考える (光文社新書)」など。
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