新ローマ法王で世界の何が変わる？ - BLOGOS編集部
※この記事は2013年04月24日にBLOGOSで公開されたものです
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今回のテーマは「ローマ法王って何!? いまさら聞けない宗教のキホン」
前ローマ法王ベネディクト16世の退位に伴い行われた新ローマ法王選出のための法王選挙会議（コンクラーベ）。存命中の退位はおよそ719年振りという極めて異例の事態で、世界中が注目を集める中、後継者として選出されたのがアルゼンチン・ブエノスアイレス大司教である、ベルゴリオ枢機卿ことフランシスコ新ローマ法王でした。キリスト教徒の少ない日本でも大きく報道されましたが、“ローマ法王ってなにする人!?”というのが正直なところ。そこで今回はゲストに作家で宗教学者の島田裕巳さんを迎え、ローマ法王とは何をしている人なのか？カトリックとプロテスタントの違いとは？そもそもキリスト教って？など、今さら聞けない宗教のキホンをたっぷり伺いました。
【出演】
司会：大谷広太（BLOGOS編集長）
アナウンサー：佐々野宏美
コメンテーター：須田慎一郎（ジャーナリスト）
ゲスト：島田裕巳（宗教学者・作家）
初詣も宗教行為の１つ
この日の放送のテーマが「宗教」ということで、番組冒頭から「アナタは神を信じていますか？」というアンケートを実施。その結果「信じている＝39.6％」「信じていない＝60.4％」と、番組をご覧の６割以上の方が、神の存在を信じていないという結果に。一方でこんなニュースもありました。
佐々野：研究者で作る「宗教と社会」学会などのメンバーが、去年４月から６月にかけて、全国30の大学生・4094人を対象にアンケートを実施。このうち「宗教にどの程度関心があるか」という質問では、「現在、信仰をもっている」と答えた学生は全体の16.1％と、前年より4.2ポイント増え、これまでの調査で最も高くなりました。
また「信仰はもっていないが、宗教に関心はある」という学生は37.7％で、「信仰をもっている」という答えと合わせると、53.8％と過半数を超えました。宗教への考え方について、「どんなに科学が発達しても、宗教は人間に必要だ」という考えに、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と肯定的に考える学生は、合わせて59.9％でした。
一方で「一般的に宗教は、危ないというイメージがある」という考えに「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と、否定的に考える学生は、合わせて59.4％でした。
宗教を巡る問題に関する質問で「カルト教団」への対策については、「ぜひやるべき」という答えと、反対に「何のことか分からない」という答えがともに18.1％という結果が出ていますが、編集長はこれについてどう思いますか？
大谷：世界史で習った知識はみなさん基本的にお持ちだと思います。ただ、欧米では文学やクラシック音楽、経済活動などのベースに宗教の知識や考え方があって、それを知ることで、より深く理解できるという部分はあると思うんですよね。
日本の場合は、お正月に神社へ行き、大体の人がお葬式はお寺でする。葬式仏教という言葉もあって、節目節目で宗教と関わりがあるんですが、生活の中にそれ以上入り込んでいる部分がありません。さきほどのアンケート結果では、「科学が発達しても宗教は人間に必要だ」と肯定的に考える人が約60％。困った時によって立つものとしての宗教という形だと思うんですが、宗教とは何なのか？信仰とは何なのか？という基準が難しい部分があるので、今日はそこを島田先生に伺いたいと思います。
須田：各家庭には仏間、仏壇、神棚があったりするし、あるいは、神様を信じていなくても、お守りを持っている人はたくさんいると思うんですよね。困った時に手を合わせる人もいる。これは宗教行為とは呼ばないですか？
島田：宗教行為です。初詣自体は、神社仏閣に行きますよね。神社仏閣に行って「さよなら」と言って帰ってくるわけじゃなくて、そこで何らかの礼拝をするわけだから、これは宗教行為です。初詣に行く人は大体8000万人いるわけで、そうなると1億2000数万人の日本人のうちの8000万ぐらいの人達は“信仰が深い”と解釈することだってできます。
大谷：先ほどのアンケート対象の大学生は、大体20年ぐらい前に生まれた子たち。80年代とか90年代には、新興宗教や超常現象ブーム、そしてオウム真理教事件もありました。そういうものがちょっと下火になってきた中で生まれ育った子が現在の大学生世代です。その流れの中で、今再び宗教への関心が高まっているのはおもしろいなと思います。
島田：高まっているというより、日本の場合は5300年以上に渡って、特に仏教が入ってきたから持続的に宗教に対する関心が高いと考えたほうが、僕はいいと思います。
最初に「アナタは神を信じますか？」というアンケートをしましたけど、日本人に「神を信じますか？」と聞くと、結果は大体低いです。アメリカなら80～90％ぐらいが「神を信じる」となるでしょうし、大体の国は70％でも低いぐらいで、中には90％以上が信じている国もある。
ただ、外国で信仰されている神と、日本人が信仰する神は、そもそも性格が違うので、一律に比較できないところがあります。日本人はそう質問をされると、“自分はどこかの宗教に入っているか”で判断してしまいます。それで、入っていない人が多いので「信じていない」と答える人が多いわけです。
存命中の退位は異例の出来事
佐々野：ローマ法王関連のニュースが報道され、Twitterでも「バチカン」や「コンクラーベ」という言葉が流れていましたが、この辺りを今一度ご説明いただけますか？
島田：「カトリック」「プロテスタント」「東方教会」という３つのキリスト教の流れのうち、ローマ法王は「カトリック」のトップになります。カトリックはグローバルな組織で、あらゆる領域を探しても、どこにも匹敵するものが存在しないぐらい巨大。国も民族も超えた組織のトップが変わるということが、非常に影響力の大きい話しとわかると思います。
しかも、法王は「神の代理人」と考えられていて、法王になった時点で人間の領域から神の方向に一歩踏み出す。“法王は間違いを犯さない”という「法王無謬説」がありますが、これは人間を超えた存在だから過ちを犯さないということなんです。原則は亡くなるまで続けることになっていて、健康に問題があったり、衰えたとしても、今までは最後までやるという形を取ってきたわけですよ。
佐々野：今回、前ローマ法王が存命の間に変わるというのは、かなり衝撃的なんですよね？
島田：今までの歴史の中で２回しかないですからね。実質初めてと考えたほうがいいくらいの衝撃的な出来事と受け取られているのではないでしょうか。
須田：歴史的に見ると、宗教のトップであると同時に、西ヨーロッパの世界で言えば権威の裏付けになっていましたよね。王様が王である理由、皇帝が皇帝である際に、ローマ法王が「この人がそうなんだよ」と権威の裏付けをしてきた。相当の影響力を持っているんですよね。
島田：ヨーロッパもですが、最近は今回の法王の出身地である中南米のほうがカトリックの勢力が強い。どの国にもカトリックがあり、もちろん中国にもありますが、価値観に影響するので、その在り方を巡って、中国政府とバチカンとの間に対立がある。非常に複雑な様相を呈しています。
政治・経済・科学にも影響を与える法王
佐々野：ニュースで「ホーリー・シー」という言葉を初めて耳にしたんですが、これはなんでしょう？
島田：「法王の座」という意味です。法王はカトリックの中で象徴的な意味合いを持ち、世界の組織をまとめあげる上で欠かすことができない存在。例えるなら、日本の“天皇”にあたる存在が、カトリックの世界では法王。日本の憲法上、天皇は日本国の象徴と捉えていますが、法王はカトリックの象徴と捉えると、わかりやすくなるかなと。
須田：イエス・キリストの弟子の末裔という位置づけですよね？
島田：そうですね。法王の発言は、カトリックの公式的な見解になる。だから、信者全体に影響を与えます。これが政治だとか経済だとか科学の領域になっても法王の発言は大きく、それを無視することが、どの分野でも、どこの国でも、どこの民族でもできないんです。
大谷：最近はバイオテクノロジーの進化や、考え方の多様化によって、人工妊娠中絶やヒトクローンのように、難しい問題が出てきた。前ローマ法王が引退を決断された背景に、それらへの対応が難しくなってきたことがあったのでしょうか？
島田：経営学をやっているドラッカーが、「企業が発達してくる前に世界にあった組織は、カトリックの教会と軍隊だけ」という言い方をしていますが、古代に根ざしているぐらい組織として古い。だから、とても“現代的”とは言えないような組織構造を持っています。
まず、「王は絶対的な存在」という考え方自体が、今の民主主義の世界で、一般的には受け入れられないですよね。例えば“生命倫理”が問題になってくるのは、バチカンという組織があるからなんです。バチカンが生命の始まりをどう捉えるかに、科学者もみんな規制されちゃうわけですね。
日本でも“生命倫理”と言われてはいるけれど、日本人はそういう事情がよくわからないので、なぜこれほど厳格にならなければいけないのか、そういう領域をやっている日本の科学者はみんな疑問に感じています。ピンとこないわけですよ。それが、欧米ではピンときて、そこを犯してしまったら、自分たちの研究はできないという規制が働くわけですよね。
須田：人や物の“命”は神が創ったものだから、進化論を否定するわけですよね。ガリレオ・ガリレイの天動説・地動説じゃないけれど、科学に対して“神”が、対立概念として出てくるんですよね？
島田：対立概念なんだけど、ヨーロッパ人達は、基本的にキリスト教の価値観を受け入れています。非常におもしろい例で、イタリアには“悪魔祓い”があり、悪魔や悪霊が憑いているといって、資格をもった神父がそれを払うわけです。「エクソシスト」という映画がありましたが、そういう資格を持った人が今でもいるんですね。
大抵は悪魔憑きではなく精神病だと認定されますが、その認定する役割を担っているのが精神科医で、“これは科学・医学では説明できない”と言った時に、「悪魔が憑いている」と決める。つまり精神科医は悪魔が存在すると信じているんですよ。
大谷：そういう前提がないと、役割分担ができないと？
島田：そうなんですよ！日本では、科学と宗教が対立していると考えられていますけど、実はそうではないんです。それから、これはキリスト教だけでなく、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という一神教に共通することですが、“利子”を禁止することが、歴史上の大きな事柄としてありました。そういう考え方がある限り、今のような金融資本主義が生まれてくるわけがないので、今のような形にするまでに色々な動きがあったんです。今、イスラム金融というものがありますけど、それは利子を取らない金融のシステムなんです。
須田：金融のデリバティブを駆使して、濡れ手に粟で稼ぐようなやり方に対し、グリード＝強欲という言葉が出てきましたが、これも宗教的な概念ですよね？７つの禁止された行為行動に、このグリードが入っている。
一方、キリスト教の発想の中では、金貸しは下賎な仕事だと追いやられてきた歴史的経緯もある。「我々キリスト教徒はそんな汚い仕事はやらない」と、本音と建前を使い分けてきた経緯もあるんだろうと思います。
島田：キリスト教の中では、キリスト教徒から利子を取ってはいけない。ユダヤ教の中では、ユダヤ教徒という仲間から利子を取ってはいけない。だけど、そこの壁を超えて、ユダヤ人はキリスト教徒から利子をとっていい。キリスト教徒はユダヤ人から利子を取っていい。だけど、圧倒的な人数の比で、ユダヤ人のほうが少数派。ですから、結果的に金融の世界でユダヤ人が大きい力を持った背景には、そういうことがあるんですよ。
コンクラーベの舞台裏
佐々野：新しいローマ法王を決める“コンクラーベ”でも、私たちからするとびっくりするような決まり事があったわけですが、この仕組みをあらためて教えて下さい！
島田：世界から枢機卿が集まってきます。その人達は、恐らく今まで会ったことがないんです。いくらカトリックが世界組織だといっても、みんなが一堂に会する機会はないわけですよ。コンクラーベで初めてそれぞれの人達が見解を述べて、その中から候補者を段々絞っていって、何回も投票することで、よりよい人を選ぶんですね。今回は、本命がいないと言われていましたけれども、結局、前回２位の方が当選したわけですから、僕は本命だったんじゃないかなと思います。
須田：枢機卿たちは、普段連絡を取り合う友達みたいな関係ではないんですか？
島田：修道会やイエズス会の単位で知っているとか、たまたま同じ地域にいたかですね。カトリックの神父さん達は世界中に散っていって、それぞれの地域で活動しているわけだから、それが一緒に何かをやる機会がないってことはないと思います。
須田：そもそも、枢機卿はどういう役職なんですか？
島田：それぞれの国のカトリックのトップです。
大谷：支部長的な役割ということですか？
島田：そうですね。バチカンを本部と考えれば、その支部長的な役割になります。
大谷：コンクラーベは、ラテン語で“鍵のかかる部屋”。言ってみれば、密室というわけですよね。
島田：そうですね。みんなを閉じ込めちゃって、決まるまでは出さないというやり方です。
大谷：民主主義や多数決という考え方は西洋から生まれたにも関わらず、コンクラーベは密室で決まるというのは、ちょっとおもしろいですね。
島田：日本だとどこか全員一致という原則がある。みんなでお互いに妥協しながら、そこに行かないと結局しこりが残っちゃってうまくいかないと。カトリックでも、それぞれの人達に納得してもらわないとなかなか物事が進まないわけです。そういう意味では民主主義的でないというより、むしろ、そっちのほうが有効な民主主義なんだと思います。
須田：くだらない質問ですが、コンクラーベってシスティーナ礼拝堂の中で鍵を閉めて行われるわけですよね。食事をしたり、トイレにいったり、風呂に入ったりはしないんですか？
島田：しますよ。あの中で、すべて完結させるんです。
須田：そういう場所があるんですね！あの人数がどうやって風呂に入るのか気になります。
島田：僕も見たことがないので、そこの実情はよくわかりません（笑）。前に『天使と悪魔』（2009年公開のアメリカ映画。原作はダン・ブラウンの大ヒット小説『天使と悪魔』）という映画がありましたけど、ああいうのは、カトリックに対してかなり悪意を持って作られています。映画の中では、枢機卿たちがタバコを吸ったり、ひどい状態。映画界にはユダヤ人が多いので、反感があると思うんですけど、決してあんな風ではないと思いますね。
ローマ法王の仕事って？
佐々野：実際にコンクラーベで選ばれたローマ法王は、何をするんでしょうか？
島田：バチカンを訪れる人に挨拶をする。あと、カトリック教会の“見解”を出すことが重要な役割で、それによって現実の問題が動いていくと。
今回行われるかどうかわからないんですが、カトリックは“公会議”を開いて、教義を変えていきます。絶えずイノベーションをやっている組織で、最初から決まっているものがずっと受け継がれてきたわけではないんです。1960年代の頭に開かれた“第２バチカン公会議”で、カトリックの世界は大きく変わりました。例えば、それまでラテン語で行われていたミサを、各国の言葉でやるようになった。それから、修道会の在り方の大きな変化として、それまで修道士は実質、修道院の中に閉じ込められていて、外に出て活動することがほとんどなかったのが、外に出て活動できるようになりました。
現代の在り方にあったものにするために、非常に大きな役割を果たした第２バチカン公会議からもう50年経っているので、法王の新しい役割があるとしたら、第３バチカン公会議を開き、今矛盾として起こっていることを整理して、あらためていくことが必要なんじゃないかと思いますね。
大谷：古い体質でありながら、今の世の中に即す柔軟性も持ち合わせているわけですね。
島田：変えないものと、変えたくても反対があって変えられないものと。一番の問題は、世界中で起こっている聖職者の性的虐待。これだけ取り上げたら、カトリックなんてカルト集団じゃないですか？日本でもし、そういう団体があったとしたら、団体自体が批判だけじゃなく、規制されたりもするわけですよね。それぐらいのことが今のカトリックの世界で起こっていて、大きな矛盾です。世界の宗教組織の中で、厳格に独身制を保っているのはカトリック教会だけ。他の宗教にはそういう在り方はありません。日本でも“お坊さんは独身であるべき”と言っていますけど、厳密に独身制を保っていたとしたら、カトリックと同じような事が起こると僕は思いますね。
ある意味そういう在り方が、今の時代にそぐわない面があるんじゃないですか。だけど、カトリックの独身制を変えたり、否定することが本当にできるのかというと相当難しいですね。
前ローマ法王が辞めた本当の理由
須田：最近、教会離れが非常に問題となっていて、宗教的に優しくなっていこうという傾向があり、それに対する批判や対立で、内部がかなりガタついていたと伺っているんですけが。
島田：これだけの世界組織だから、世界中のカトリック信者が全員納得するような方向を打ち出すことはほとんど不可能に近いです。だけど、今の状況では、ヨーロッパでキリスト教の力が段々失われていると。
もう１つ、新法王の出身地である中南米では、カトリックに代わって、プロテスタントの福音派が勢力を拡大しているんですよ。このプロテスタントの福音派は、日本でいう新興宗教のようなプロテスタントの宗派で、彼らは病気治しとか現世利益の実現を強く訴えています。
カトリックはプロテスタントの福音派に脅かされている。前法王が法王になった時、最初に訪れた国がブラジルだったのは、ブラジルでプロテスタントの福音派が勢力を強めているので、その引き締めをしなくてはいけない……という理由があったからなんです。ヨーロッパと中南米で、性格が違う信者離れ、宗教離れ、教会離れが、かなり大きな問題になっているというのはあります。
須田：前ローマ法王の辞め方はかなりイレギュラーでしたが、なんでこういうことになったのでしょうか？どういう風に分析されていますか？
島田：人間の寿命が延びて、法王もかなり高齢まで生きるようになったんですよね。前々法王はかなり高齢までやっていたので、実際の活動が相当制限されるような状況になっていました。恐らく今回辞めた法王の場合は、１つにあまり人気が無かったという理由。それから、学者という面があったので、学者的な判断で、85歳という年齡で自分がやるよりも、新しい人に変わってもらったほうがいいという大胆な決断を下したんじゃないかと思います。
須田：その直前に、法王の側近が内部告発をするという前代未聞の動きがありましたよね。あのあたりは何か関連しているんですか？
島田：関連していると思いますよ。そうなってくると、自分ではもう収拾がつかないというのはあったと思いますね。そこを見ても、カトリックが今、相当深刻な危機に直面しているのは間違いないと思いますね。
カトリックとプロテスタントの違いは？
大谷：カトリックとプロテスタントの違いはなんなのでしょうか？
島田：教会というとみんな１つに考えてしまいますが、カトリックの教会とプロテスタントの教会、その他、日本ではロシア正教のニコライ堂などがあります。基本は３つですが、簡単にするために、カトリックとプロテスタントで分けると、一番の違いは“独身制”です。
神父と呼ばれるカトリックの聖職者は独身。一方、牧師と呼ばれるプロテスタントの聖職者は独身制を守っていない一般の俗人なので、結婚もすれば家庭生活も営みます。
大谷：なぜそういう違いが？
島田：プロテスタントの発生は、ルターやカルヴァンが現れて宗教改革を行ったわけですが、当時はカトリックの組織の在り方が、そういう人達の眼から見ると、腐敗堕落しているように映った部分があった。それから近代化する上で、宗教と世俗の領域を切り離さなきゃいけないという大きな圧力がかかっていたのではないかと。
イスラム教がなかなか近代化しなかったのは、宗教の領域と世俗の領域が一体化していたことが、すごく大きな意義を持っていた。だから、大きな圧力として近代化のために宗教と世俗の領域を分ける中で、カトリック教会の在り方が、そういう人達にとって大きな問題となった。そこでルターは教会を批判して、自らは修道女と結婚して妻帯することを選ぶわけです。そこでキリスト教の在り方が大きな変化を遂げました。
大谷：2000年ぐらいの歴史で、同じキリスト教でも、カトリックとプロテスタントに分化したように、世の中の状況に合わせて適用するために色々別れていったわけですね。
島田：そうです。東西の教会が別れて、カトリックと東方教会に別れたとか、そこにイスラムが介在してきて十字軍が起こったとか、色々あるわけですから非常に複雑です。
佐々野：ローマ法王はカトリックですが、プロテスタントにも同じようにトップがいるんですか？
島田：プロテスタントは、その中にルター派、福音派、長老派など、色々な派閥があるんです。またややこしいのは、英国国教会というのがあって、これはカトリックとプロテスタントの中間形態みたいな要素がある上に、国家と教会が一体化している。だから、イギリスでは、実は女王が英国国教会のトップなんです。国によって状況が違うわけですね。
須田：それだけ様々なグループがあるキリスト教ですが、グループ同士の仲はいいんですか？
島田：良い悪いよりも、カトリックは１つの組織になっていますが、プロテスタントはそれぞれの宗派で別れていて、それを統一するようなものはありません。東方教会も、ギリシャ正教、ロシア正教、グルジア正教会と民族で分かれているので、全体をまとめるローマ法王みたいな存在はいないんです。
今さら聞けない“イスラム教”のキホン
佐々野：先ほど、イスラム教の話も出ましたが、イスラム教について教えてください。
島田：ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、基本的に“神様”が共通です。というのも、キリスト教は、ユダヤ教の改革運動として始まったもの。イエス・キリストとその弟子たちはみんなユダヤ人で、ユダヤ教徒でした。だけどそこに「イエス・キリストは救世主である」「最後の審判が迫っている」という独特の教義が作られることによって、ユダヤ教から独立した。さらに“パウロ”という人が、ユダヤ人以外にイエス・キリストのことを伝えまわり、この動きによって、キリスト教は民族の枠を超えて世界宗教化していきます。
その中で、ユダヤ教とキリスト教の影響を受けつつ、アラブの地域に新しい動きとして生まれたのが一神教のイスラム教。イスラム教は、ムハンマドという人が、イエス・キリストでいう開祖だと、なんとなく考えられています。イエス・キリストの場合は、途中から「神」と「人」、両方の性格を持っていると公会議で決まりましたが、ムハンマド（※マホメットとも呼ばれる）は、最後の預言者と呼ばれていて、あくまで人間であって、神ではない。そこが違って、イスラム教の中身は、実はユダヤ教にものすごく似ています。
佐々野：イスラム教には、キリストの像や仏像のような偶像崇拝といった感覚はないんですか？
島田：偶像崇拝は、基本的に一神教では否定されています。原点にもなりますけど、旧約聖書のモーセが十戒を授かった話は、神がモーセに対して「自分以外の神を信仰してはならないし、そういう偶像を作って信仰をしてはならない」と言うところから始まるんです。だから、ユダヤ教では、偶像崇拝は違憲。キリスト教も実はそれを受け継いんだんだけど、偶像崇拝に対して段々寛容になっていったんですね。
一方、イスラム教は今でも偶像崇拝は徹底して禁じられていて、神の姿を描くことはもちろん、ムハンマドの姿ですら描かない。ムハンマドの絵というのがあるんですけど、のっぺらぼう状態で、顔は描かれていません。ムハンマドの生涯を描いた『ザ・メッセージ』という映画にも、ムハンマドは一切出てこないんです。
佐々野：イスラム教といえばもう１つ、テロ行為をする“イスラム原理主義”。こちらも気になるところですけど……。
島田：例えば、ニュースで「パキスタンのイスラム武装勢力」と言うのを、我々は「あぁ、そうなんだ」と思いますが、考えてみるとパキスタン人のほとんどがイスラム教徒で、パキスタン人＝イスラムなんです。だから、パキスタンの人達はみんなイスラム○○になりますね。僕は武装勢力に“イスラム”という言葉をつけること自体が、大きな問題をはらんでいると思います。イスラム教は、武力的で暴力的な宗教であると、その言葉自体が作り上げています。
須田：その前段として、キリスト教とイスラム教、あるいは、ユダヤ教とキリスト教は同根なのに、なぜ血で血を洗う争いを始めなければいけなかったのでしょうか？
島田：僕は十字軍が一番大きいと思います。最初に攻めたのはキリスト教側です。また、エルサレムという場所が、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の３つの聖地であることが大きな問題です。
当時はイスラム教の方が文化的にも栄え、高度な文明を誇っていました。それに比べると、ヨーロッパは遅れていて、それに対する反撃みたいな形で、エルサレムを奪回するために十字軍を送ったわけですよ。だけど、イスラム側からすれば「なんでいきなり十字軍が攻めてくるの？」となるわけで、そこで色々防戦をして、英雄が生まれたりしたんですね。
十字軍の中には略奪目的でエルサレムへ向かった人達もいましたから、イスラム圏とキリスト圏の大きな対立は、十字軍のような動きの中で起こってきたと。だけど、よく見ておかなければいけないのは、ずっと対立してきたわけじゃなくて、むしろ共存していた時代のほうが遥かに長いし、地域的に考えても共存している例の方が多いということですね。
原理主義の元祖はアメリカだった
須田：スペインのイベリア半島にイスラム教の国が成立し、レコンキスタ（※718年から1492年までに行われたキリスト教国によるイベリア半島の再征服活動の総称）・失地回復といって、これを追い出す動きもありましたよね。
島田：コロンブスがアメリカを発見した1492年まで、イベリア半島はムスリム（※アラビア語で、イスラム教の意味）勢力にありますよね。小説『ドン・キホーテ』に、ムーア人としてイスラム教徒が出てきますが、イベリア半島には今でもイスラム色が残っているし、影響が大きい。だから決して、ずっと対立してきたわけじゃなく、教義によって対立してきたわけでもない。だけど、欧米の植民地主義のような、それぞれの政治経済が変化することが今日の状況を生み出しているんでしょうね。
大谷：十字軍の歴史に始まり、パレスチナ、イスラエル、ヨルダンのように、ずっと紛争が起きている地域があります。キリスト教に慈愛の精神のようなものがありますけど、なぜ宗教同士の対立で、血を流すことが許されるのでしょうか？
島田：そこは貧困の問題です。貧困だけでは説明できないようなところがありますが、そもそも原理主義がどこから始まったかといえば、イスラムではなく、アメリカのキリスト教の中から生まれてきたものなんです。アメリカの中西部に保守的な福音派がいて、その人達は聖書にとても忠実。だから、人工妊娠中絶はまかり通らないし、学校で進化論を教えてはならない。そういう考えのもと、産婦人科医を殺害したり、学校で進化論を教えてはいけないと裁判に訴えたり……。そういうことをやっている勢力の人達のことを“原理主義”と呼んだのが最初ですよ。
このキリスト教の聖書に絶対的に中立であろうとする人達を“原理主義”と呼んだことがイスラムにも転化され、「イスラム原理主義」となるんですよ。だけど、イスラム原理主義とキリスト教原理主義では、少し性格が違うんじゃないかと思うんですよね。
イスラームという言葉を使う理由は、“イスラム教”は宗教を指しますが、“イスラーム”というと、単に宗教だけじゃなくて、世俗の世界もイスラームの法によって律するという考え方が強いので、宗教として捉えてしまうと難しい面があります。
須田：“原理主義”という考え方は、宗教に対して忠実ですよね。
島田：正確には、“意図的に忠実”だということですよね。
須田：聖書に書かれたことは実際に起こったことであるし、現実なんだからそれを守る、実行する。イエス・キリストが水の上を歩いたのも「事実」と信じるわけですよね。その辺と現実主義のギャップを、彼らは感じないんですかね？
島田：キリスト教が生まれた時には、『最後の審判』の部分をアピールしました。旧約聖書はユダヤ教と共通する部分が大きいですが、新約聖書は、イエス・キリスト以降の物語だから、全くユダヤ教と関係ない。
その新約聖書の最後に『ヨハネの黙示録』があって、『最後の審判』を強調しているわけです。「キリストが十字架に架けられ、亡くなり、復活した。その時には、最後の審判の時がもう近づいている。イエス・キリストを殺してしまうような世の中だから、いつそれが起こってもおかしくない」と。
最後の審判が起こること前提で善悪が区別され、天国と地獄に分けられるので、最後の審判が起こってみないと、今の日常生活は意味をなさない。ところが現実には、最後の審判はその時以来、来ていないから、キリスト教はある意味で宙ぶらりんになっていて、現実と社会の価値を意味づけることが本来できない宗教なんです。それがイスラム教との決定的な違いだと思います。
新法王の名前に隠されたメッセージとは
佐々野：番組をご覧のユーザの方からも、質問が届いております。
大谷：東京都の男性から。「プロテスタントや政教の人達は、ローマ法王が変わったことについてどう思っていますか？」
島田：あまり関心がないと思います。ただ今回は、東方教会のコンスタンティノープル大司教が就任式に初めて出かけています。昔は、カトリックと東方教会は１つの組織だったんですが、それが東西に分裂してから、そういう機会が初めて訪れたということで、上層部には「元々同じなんだから、反目しているんじゃなくて、協力し合おう」という動きが出てきていると思いますね。
大谷：仏教もそれぞれの宗派の偉い人同士が会ったりしていますけど……。
島田：この前、高野山と比叡山天台宗の人が、それこそ宗派が誕生してから初めて会うということがありました。今の世界の宗教界全体の流れとして、宗教協力が大きなスローガンになっているので、その動きでローマ法王が変わることに関心を持つ人はいると思います。だけど、一般の人たちが、それをどの程度認識しているのかどうかですよね。基本的な構造は共通しているけど、歴史的な経緯や、国や民族の事情によって別れてしまっている。
それからナチによるホロコーストみたいなことが起こり、ユダヤとキリスト教徒の関係は、より複雑になった。なおかつ戦後にイスラエルという国が出来たことで、ユダヤ教とイスラームの対立が起こり、そのユダヤ国家を支持する勢力が、キリスト教国であるという難しさが出ていると思います。
大谷：続いての質問も東京都の男性から。「ローマ法王の給料っていくらですか？」というかなり素朴な質問ですが、いかがでしょうか？
島田：給料をもらっても使うところがないから、そんなにもらってないんじゃないですかね。
須田：１つ誤解があって、バチカン銀行なる銀行はないんですよ。銀行といえば、銀行かもしれないけど、これは教会の中の財務部ですから、銀行としての機能は持っていません。
島田：注目すべき点に、今回の法王が「フランシスコ１世」を名乗っていることがあります。聖フランシスコという“フランシスコ会”の修道会を作った人がいて、この人が強調したのが「清貧」。『ブラザー・サン・シスター・ムーン』という1972年の映画がありますが、聖フランシスコは当時、ヒッピーの原型みたいに捉えられていた。だからその中では、フランシスコはまず軍隊に行って戦争の悲惨さを知り、財産家だったにも関わらず家を捨てて、出家して修道士になる。
また、小鳥と話ができるということが長く伝えられていて、このフランシスコの在り方を評価する人達がキリスト教の中にずっといる。今回の法王はその名前を持ってきた。法王自体はイエズス会ですが、あえて“フランシスコ”という名前を持ってきたのは、今のカトリックの教会が、フランシスコの精神に戻るべきだという強烈なメッセージもあるんです。
そういう方向でしか物事を解決することができない。“グリード（※強欲）”という話もありましたが、それに対する強烈な批判でもあると考えたほうがいいんじゃないですかね。
大谷：次の質問は福岡県の男性から。「日本では宗教のことを口に出すと嫌われます。それはなぜでしょうか？」まぁ、嫌われるかどうかは分からないですけど、日常の中であまり宗教に関する話はしないですよね。
島田：戦後の社会の中で創価学会のような新宗教が台頭し、そういう教団が一時熱心に布教活動をやっていた。その強烈な印象が宗教に対するイメージを相当悪くしていると思います。
オウム真理教の事件も起こったし、色々なカルト教団の問題も起こりましたが、僕は創価学会の与えた影響が大きいんじゃないかと。日常的にそういう人達に接して、彼らが政治にも進出したから、そういう意味で宗教に対する否定的な考え方が生まれた。
だから、宗教を語ると問題が起こるんじゃないかとか、どこに信者がいるかわからないとか、そういう物に対する警戒感のようなものが働いているんじゃないかと思うんですよね。
須田：加えて、戦前の国家神道がありますよね。第二次世界大戦後、終戦を迎えて、戦前に対する反省点から、国家神道に対する強烈な反発がでてきました。そういったことも宗教に対して、影響を与えたのかなと。
島田：戦後、強調されたのは、政教分離という考え方です。果たして、ここまで政教分離をしなければいけないのか？ 例えば、アメリカだったら大統領の就任式で聖書に手を置く。でも、日本でもし総理大臣がそういうことをしたら、政教一致だという批判が当然でてきますよね。そういう政教分離を徹底しなければならないという考え方があまりにも強すぎた部分があるかもしれませんね。
須田：大臣になって靖国神社を参拝すると批判されちゃうのは、どこか違和感がありますよね。
島田：それは、日本の中でというよりは、韓国や中国からですからね。
ローマ法王には誰でも会える
須田：１つくだらない質問です。日本はローマやイタリアに観光に行くのが好きですが、もし、バチカンに行ったら、ローマ法王に会えるんですか？
島田：会えますよ。毎週一度、出てくるはずです。だから、みんなバチカンに来るんです。宗教の教祖・開祖達は、信者に自分の身を晒さなければ、信仰を集めることができませんからね。
佐々野：最後に島田さんに伺います。ローマ法王が新しくなって、世界は変わるのでしょうか？
島田：世界そのものは変わらないかもしれないけど、フランシスコという名前が「“清く貧しく”を強調するような名前であることが、今のグローバリズムの中での世界の経済や、政治の在り方に対する直接的な批判になっている」と考えてみると、その影響力は意外と大きいんじゃないですか。そこを無視することは、ヨーロッパなどではできないと思います。
どういう風に受け止めているのか、現時点ではわからないですけれど、日本の報道と、向こうでの考え方はかなり違います。恐らくフランシスコという人がもう一度見直されると思います。そうすると、そのフランシスコの生き方と、現代の金融資本主義の中での生き方との対比みたいなものが生まれ、かなり大きな影響があると思いますね。
須田：今日ご説明いただいたことは、キリスト教徒だったら、なんとなくわかっているものなんですか？
島田：多分そうだと思います。イタリア人なんかはまさにそう。今の新しい法王もアルゼンチン出身とはいえ、イタリア人移民の子供ですから。やっぱりイタリアが、カトリックを、バチカンを抱えている中心ですから、そこで、どういう風にみんなが受け取るかの影響力は大きいと思います。
佐々野：それでは須田さん、今日の感想を。
須田：私もフランシスコみたいになりたい。
佐々野：ごめんなさい（笑）よくわからないんですけど（笑）
須田：清く貧しく生きたい（笑）
佐々野：今月はそういうまとめでよろしいですか？
須田：はい、すいません（笑）
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番組で大谷編集長が話していたように、多くの日本人は宗教の話をタブー視し、避ける傾向にある。私自身もその1人で、家に宗教団体の勧誘らしき人が訪れても、ほぼ毎回居留守を使ってしまう。しかし、これほどまで宗教の話題を避ける理由の1つに、それぞれの宗教についての知識が全くないということがあると思う。
知らないということは、探究心が生まれると同時に恐怖心も生まれる。日本では宗教について、自ら学ばないと知る機会はないし、当然、学校でも教えてはくれない。テレビで報道される新興宗教のイメージから、宗教＝恐いというように脳内で変換してしまう。しかし、今回の放送で、実は宗教というものが、政治・経済に大きく影響していることがわかった。宗教を信仰するかどうかは別として、世界の動きをよく知るためにも、宗教というものを理解しておいて損はないと思う。タブーとされていることも、きちんと理解すれば、実はそれほど恐いものではなかったりするものである。
