※この記事は2011年08月19日にBLOGOSで公開されたものです

　暴れ川として知られる天竜川を下る、急流下りの船が転覆して死者が出る事故があった。(*1)


　天竜川の急流下りは、私も子供の頃に家族で楽しんだ覚えがある。実家を探せば記念の写真もあるはずだ。

　なにぶん昔のことなので、ハッキリとは覚えてないが、大きいとは言えない船が、飛沫を上げながら岩のギリギリを進んでいく雰囲気は、なんとなく覚えている。

　急流下りはなんといってもそのスリルが売りであるが、そうした危険のある乗り物で、救命胴衣の着用が徹底されていなかったというのは、さすがに危機管理が欠如していたと言われてもしかたがないだろう。

　法的には12歳未満にしか着用義務が無いにせよ、通常、旅客を載せた小型船舶は、わざわざ川の中の岩に近づいたりしない。もっと流れが緩い場所が基準の着用義務だと考えれば、大人であってもライフジャケットを着てもらうくらいの安全の徹底はあるべきだった。

　もちろん、原色で派手なライフジャケットは風情を損ねることは否めない。それでも転落時に浮くことにより体力の消耗を防いだり、派手な色で発見されやすくなるという重要な用途がある。


　しかし、ライフジャケットについては不徹底という問題があったとしても、一方でこうしたスリルを求める観光資源に対して「絶対安全であれ」とは思わない。

　もし、急流下り自体を「絶対に船が転覆しない、安全なものにしよう」と考えれば、水の流れの緩いところだけを運行する。もしくは、危険なところは通っても、ルートはレールで固定してしまう急流下り風味を味わうかのいずれかしか無いだろう。つまり、制御しやすい自然のみを相手にするか、完全に人工物にしてしまうかのいずれかだ。

　もちろん、そのどちらもが急流下りの魅力を、大きく損ないかねない。山の景色を楽しみながら、急な流れを船頭さんが右へ左へねじ伏せていく。巧みに岩を避けながら船が進んでいくスリルは、急流下りならではのものだ。それは決して山中を行く観光列車や、ドライブでは味わえない体験である。

　決して事故が付きものであるとは思わないが、事故の可能性まで含めてが「急流下り」という観光資源の魅力なのではないかと思う。


　観光での事故といえば、日本時間で15日午前に、日本人の女子学生がナイアガラの滝から転落するという事故があった。(*2)

　女子学生は記念写真を撮るために柵にまたがった際に、誤って足を滑らせたという。周辺では、記念撮影や、水面をよく見るために柵を乗り越える人は少なくないという。

　にもかかわらず、柵が高くないままなのは、柵の設置が景観を損ねることや、安全は自分の責任で守って当然という考え方があるからだろう。

　私はナイアガラの滝には行ったことはないが、それでも自分がナイアガラの滝に行ったとして、何を求めるかを考えれば、それは自然の強さやスケールの大きさ、そして滝という自然そのものに対する「畏怖」だと思う。

　それは天竜川を流れる水の力強さを、急流下りを通して知るように、滝の水を覗き込んだりしてスリルを感じることこそが、ナイアガラという観光資源の魅力なのではないかと考える。


　これらの事件に対して、メディアは「もっと安全にできないのか」「事故がないようにするべきではないか」と主張するだろう。

　しかし私は、危険な場所を通らないようなライン下りになって欲しくないし、ナイアガラの滝の上流を、大きな柵で囲って欲しくはない。スリルという、あまり日常では味わえない感覚がベネフィットであるならば、そのために危険性のリスクを大きくとらずに、小さく見積もるような考え方もアリではないかと思うのだ。


　最近は「若者の旅行離れ」ということが言われる。

　私などは「単なる金の若者離れだろう」と批判するし、金があれば旅行くらい行くとは思うのだが、旅行離れの理由の１つには、旅行先があまりに日常と同じであることも、含まれるのではないか。

　そして、今回のような「観光におけるスリル」は、そうした日常を非日常に変化させ、旅行全体を盛り上げる力を持つものではないだろうか。

　観光を、非日常にするために、私は「決して安全ではない観光資源」が存在していてもいいと思う。

　もちろん、危険だけなら観光業者はいらない。自分で沢登りをしたり、廃墟をめぐったりすればいいのだ。そこに観光業者が入る理由は、「かなり安全だけど、危険であるかのように錯覚させる」ことにある。

　今回事故にあった天竜川の急流下りが提供していたもの、そうしたスリルであり、それは観光に必須のものだと、私は考えている。だから、今回の事故で、急流下りが単なる川下りになるような事態だけは、避けて欲しいと思う。

*1：＜天竜川転覆＞「胴衣着用求めず」船頭、猛暑で子ども気遣う（毎日新聞）http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110819ddm041040045000c.html
*2：邦人女学生がナイアガラ滝転落　観光中、行方不明に - 47NEWS（よんななニュース） http://www.47news.jp/CN/201108/CN2011081601000040.html

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赤木智弘（あかぎ・ともひろ）

1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。