日本先進国時代は終わってしまうのか(写真:metamorworks/PIXTA)

日本は1970年代の初めに先進国の仲間入りをしたが、2000年頃以降、地位が低下している。このままいけば、先進国の地位を失いかねない。こうなるのは、円安のためでもあるが、経済が成長しないためでもある。中国工業化とIT革命という大変化に対応できなかったため、こうした事態がもたらされた。

昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第64回。

日本の国際的地位は欧州主要国より下で南欧の上   

日本経済はいま、世界の中でどのような地位にあるのだろうか?


この連載の一覧はこちら

1人当たりGDPで見ると、日本は世界で第24位になる。

図表1は、各国を2020年における1人当たりGDPの順に並べたものだ(この図では、バミューダ、ケイマンなど一部の国を示していない、外部配信先では図表や画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)。


図表1

日本の値は4万0193ドルだ。世界一のルクセンブルク11万6014ドルに比べると34.6%でしかない。アメリカ6万3413ドルの63.3%だ。

ヨーロッパの主要国のほとんどは、日本より上位にくる。日本は、イギリスとほぼ同じくらいだ。

日本より下位は、旧社会主義国と、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャなどだけだ(IMFの統計では、フランスは日本より上位)。

なお、OECD加盟国の平均は3万8178ドル、ユーロ圏平均は3万7968ドルである。日本の値はほぼこれらと同じだ。

IMFは先進国として40の国・地域を挙げている。日本はその中で23位なので、真ん中より少し下あたりということになる。

「ジャパンアズナンバーワン」と言われたときに比べると、だいぶ地位が落ちた。

「それでも先進国の真ん中なら、十分ではないか」との意見があるかもしれない。このくらいのところで満足しても良いと考える人もいるかもしれない。

日本の地位が下がっているのが問題

確かに、現在の地位を維持できれば、現状に満足しても良いと言えるかもしれない。

しかし問題は、日本の地位が時間とともに低下していることだ。

図表2には、市場為替レートで評価した1人当たりGDPの時系列的な変化を示す。


図表2

ここでは、ユーロ圏の平均値を「先進国」を表わす水準と考え、これを1とする指数を示した。

日本を示す線は、山形になっている。

1970年代の初めに先進国になり、ピークは1990年代後半から2001年頃までの期間だった。その頃には、日本の数字はアメリカより高かった。

ところが、2000年代になってからは、日本の指数は低下し続けている。

アベノミクスが始まる直前の2010年頃に一時上昇したのだが、その後、再び下落した。このままいくと、ユーロ圏の平均を下回ることになる可能性が高い。つまり、先進国の位置から脱落しかねない。

日本を示す線は、1995年頃を軸としてほぼ左右対象形になっている。だから、未来に向かう経路が、過去に向かう経路と同じものになっている。

実際、2020年において、アメリカの値は、日米の1.7倍だ。これは、1971年頃と同じ値だ。

歴史は、すでに1970年代初めまで逆行したのだ。

これからさらに逆行が続くかもしれないと思うと、居たたまれない気持ちになる。

他方で、韓国と台湾が、高い成長率で日本に追いついてきている。

中国の値は、2000年まではほとんど問題にならないほど低かったが、いまや日本の約4分の1だ。今後さらに差は縮まるだろう。

また、アメリカは力強く成長している。

こうした国々では、歴史は未来に向かって進んでいる。

なお、この図では、ユーロ圏平均が先進国を表すと考えた。OECD平均を取ることも考えられるが、OECDには日米も入っているので、このほうが適切だろう。ちなみに、ユーロとOECD平均値はほぼ同じだ。

地位が低下したのは、円安と低成長のため

世界経済における日本の地位が低下している原因は、2つある。

第1は為替レートだ。円の購買力を示す実質実効為替レートで見ると、1990年代の中頃がピークで、それ以降、日本円の購買力が低下している。

図表3は、2015年基準の購買力平価によって評価した1人当たりGDPの値をもととして算出したものだ。


これは、2015年の購買力と同じであったとしたらどうなるかという数字だ。2015年に比べると1900年代から2000年頃の為替レートはかなり円高だったので、この期間は、市場為替レートより円安のレートで評価することになる(レベルは基準年次の取り方によって異なるが、時系列的な変化は、どこを基準年にしても同じになる)。

これを見ると次のことがわかる。

日本の指数は1984年に1を超えた。ユーロ圏平均を先進国の代表値と考えれば、このときに先進国の仲間入りをしたわけだ。そして、1990年代の前半に指数が1.1程度になった。しかし、そこがピークでその後低下し、2000年頃からはほぼ1程度の値を続けている。

アメリカの指数は、ユーロ圏の1.5倍程度。2012年頃からは指数が傾向的に上昇し、2020年では1.7程度になっている。

図表2において1990年代の半ばに日本の数字がアメリカより大きくなったのは、多分に為替レートの影響であることがわかる。

一方、図表3でも韓国が顕著に成長している。

世界的分業の中で自国を正しく位置づけられるか

図表2でも図表3でも、アメリカと中国が成長していることが印象的だ。

アメリカはIT革命を実現することによって、そして中国は工業化を実現したことによって、高い成長率を実現した。

ところで、韓国や台湾も高い成長率を実現している。これは、米中の成長と深い関係があるに違いない。実際、これらの国は、米中と分業関係を築き、高い成長率を実現しているのだ。

ヨーロッパでは、アイルランドがアメリカのIT産業と関係を築き、高い成長率を実現している。

1人当たりGDPで、アイルランドは世界で現在第3位だ。しかし、1980年には、アイルランドの1人当たりGDPは日本の65%でしかなく、世界第20位だった。

日本やヨーロッパの主要国は、そうした分業関係を築けず、古い経済構造のままにとどまっている。

世界経済は分業によって成り立っている。世界経済の変化の中でいかにして他の国々と分業関係を作れるかが、発展の鍵になっている。

日本は島国であることや、言葉の障害があることから、世界経済の変化に対してあまり敏感に対応しなかった。

そして、1990年代に確立された産業構造を維持することが最優先の目標と考えられてきた。それが世界の変化に対応することを妨げてきたのだ。

これをどう改革できるかが、将来に向かっての課題だ。

(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)