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「海外の銀行口座に多額の預金があるが、国内ではその額を下ろせない。お金を貸してほしい」。こんな誘い文句で、渡航費や海外での生活費として、お金を振り込まされたという情報が寄せられた。

「被害」にあったのは少なくとも8人、総額は数億円に及ぶとみられる。筆者は、そのうちの1人から話を聞くことができた。「怪しい」と疑いながらも、何度も振り込んでしまったという。なぜ「罠」にひっかかってしまったのか。(ライター・渋井哲也)

●渡航費を貸せば、10億円を投資してもらえる約束だった

<海外の口座に50億円が入っているのですが、日本国内ではその額を下ろせません。そのため、海外へ行って、口座から下さなければなりません。当面の生活費と渡航費が必要で、貸していただけませんか?>

2020年5月、首都圏在住のミナミさん(仮名)に知人を通じてこんな話が回ってきた。

生活費や渡航費が必要だというのは、80代男性(以下、仮名・イシハラ)で、ミナミさんとは直接の知り合いではなかった。イシハラの職場の同僚で、この話の窓口になっている人物(仮名・ハシモト)が、ミナミさんの知人の知人という遠い関係だった。

その当時、ミナミさんが経営する会社は事業拡大を控えており、「当面の資金を貸してもらえれば、10億円を投資する」という話でまとまった。ミナミさんとイシハラは「金銭消費貸借の確認書」を交わした。

ミナミさんは最初に320万円、続いて700万円、それ以降の分もあわせて総額3200万円を貸し付けたという。

「当然、(50億円を持っているという)エビデンスはなんですか? とイシハラさんに聞きましたよ。銀行の担当者名、通帳のコピーも見せてもらいました。だから信用しました。渡航できれば、すぐ持って来るということで、まさに乗り掛かった船でした。

このころは何の疑いも抱いていませんでした。コロナ禍でしたが、海外に行って戻ってくるだけですから、長期間にはならないだろうと楽観的に考えていました。320万円を貸せば、10億円の投資が決まる。事業としても損をしないだろうと思ったんです」(ミナミさん)

たしかに、実際に50億が存在するならば、両者にとって損はない話ではある。しかし、なかなか10億円がミナミさんの手元に来なかった。

「そうこうするうちに、私が入院をすることになったので、知人のヒガシさん(仮名)にやり取りを頼んだところ、『そんなのウソだよ』と言われました。弁護士に依頼したほうがいいとなったので、イシハラさんに事情を聞きに那覇まで行ったんです。

なぜ50億円ものお金が銀行口座にあるのか聞きました。本当の話かどうかは確認が取れませんが、イシハラさんは沖縄出身で、戦後はハワイで過ごしたそうです。その後、アメリカ軍の仕事をし、巨万の富を得て、50歳のころに沖縄へ戻ったということでした。

ヒガシさんは、アメリカ軍との仕事について、『きちんと調べる術がない』と言いました。しかし、銀行口座の電子手帳のコピーを確認したので、わたしは、少なくとも口座に50億円があることは疑いませんでした」(ミナミさん)

●疑いを抱きながらも振り込みつづけた

それでも、なかなか投資がないため、ミナミさんは不信感を募らせた。イシハラはその疑いを払拭するためか、国際通貨基金(IMF)理事のサインがある書類を見せてきた。"マネーロンダリングではない"という証明だという。ただし、「なかなか許可が出ない」という。

「あとで調べてわかったのですが、理事は実在する人物の名前でした。しかし、サインが本物ではありませんでした」(ミナミさん)

ミナミさんはさらに疑いを強くした。「お金を返してほしい」と言っても、返金はされない。しかし、ミナミさんとともに"当面の費用"を捻出しているヒガシさんが「私がやり切る」と言い、イシハラを支援する方向に進んでいく。

「サインが本物でなかったので、ヒガシさんに忠告をしました。ただ、ヒガシさんはコンサルタントをしています。イシハラさんに『国内でのやりとりは君に任せる』と言われ、舞い上がってしまったのか、暴走してしまいました」(ミナミさん)

ところが疑いを強めながらも、ミナミさんもさらに"費用"を振り込んでいる。どうして、お金を出し続けたのか。ミナミさんはこう話す。

「最初に貸した320万円だけは取り戻そうと思って、あとに引けなくなったんです。そのため、ことあるたびに、またお金が必要と言われると、また貸してしまったんです。合計7回も振り込んでしまいました」(ミナミさん)

●民事訴訟の結果次第で「被害届」を出すつもり

諦めつつあった2021年3月、ハシモトを通じて、イシハラから連絡があった。

「現金50億円が那覇空港に着いた」

そして、「円ではなく、ドルで返す」という話になり、ミナミさんも空港に行くことになった。ところが、この期に及んで、イシハラは「税関を通れない」などの言いわけをしてきた。

「なかば、ふざけんなと思いながら行きましたよ」(ミナミさん)。翌日、また「税金が足りない」という話になった。結局、このときも、イシハラが現金を国内に持ち込んだ様子はない。

最終的にミナミさんは総額3千万円を貸したが、現在まで1円も戻ってきていない。さらに、イシハラに貸しているのは、ミナミさんを含めて8人で、「被害総額」は最低でも3億円にのぼっているという。

イシハラにお金を貸した人のうち、1人が起こした民事訴訟の判決が今年2月にあり、貸し付けた計約9000万円の支払いを命じた。

「当初は信じていたんですが、IMFの書類が偽物だとわかったころから、やっぱりおかしいと思ってきたんです。『空港にお金を持ってきた』と言われて再び信じようとしましたが、結局、何度も言っても貸したお金さえ返ってこないので、もう疲れてしまいました」(ミナミさん)

ミナミさんはイシハラに現金の行方について聞いたことがある。次のようなやり取りだったという。

イシハラ:間違いなく入っています。それがないってことはありえないです。
ミナミさん:調べようがないですね?
イシハラ:調べようがありますよ。調べて、私がサインしている。間違いなく金は入っている。
(中略)
イシハラ:調べてからまた返事しますから。
ミナミさん:調べるのは去年(20年)の5月から散々やりとりしたじゃないですか? 答えが出なきゃいけない。今後、どうしますか?
イシハラ:お金が入ったら、全部精算します。

はたして、本当に50億円は銀行口座にあったのか。借りたお金は実際、国内に持ち込むための渡航費用や生活費だったのか。借りたお金は返すつもりはあるのか。返済能力はあるのか。サインの「偽造」までしていたのはなぜか。

さまざまな疑問があるだろうが、事情次第では「詐欺罪」に該当する可能性もある。ミナミさんは警察署に相談しており、前記の民事訴訟が確定次第、被害届を出すつもりでいる。