腰の低い五輪金メダリスト ボクサー入江聖奈、チヤホヤされても謙虚でいられる理由
一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第21回はアマボクシング・入江聖奈
2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスタートさせた。現場で見たこと、感じたこと、当時は記事にならなかった裏話まで、12月1日から毎日コラム形式でお届け。第21回は、アマチュアボクシング・入江聖奈(日体大3年)が登場する。
東京五輪女子フェザー級で日本女子初の金メダルを獲得した。11月の全日本選手権(東京・墨田区総合体育館)は3年(2大会)ぶり2度目の優勝。天然っぽい明るいキャラクターとは裏腹に、謙虚な21歳には俯瞰的に自己分析できる冷静な姿があった。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)
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こんなに腰の低い世界チャンピオンはなかなかいない。11月の全日本選手権決勝。わずか75秒で勝利した後、入江が取材エリアに現れた。「失礼しま〜す、お願いしま〜す」。五輪金メダリストはペコペコと腰を折り、最大限に恐縮しながら記者たちのつくる輪の中心に入ってきた。
東京五輪で日本女子初の金メダルを獲得。強いだけではなく、「カエル好き」の明るいキャラクターで人気を集め、テレビ番組などに引っ張りだこになった。今大会中は「昨日の夜は凄くドキドキして眠れなくて、羊を96匹まで数えていた」と珍コメント。かと思えば、技術論になると身振り手振りを使って詳しく説明した。
五輪の時より強くなったのではないか。そう指摘されても「まだ強くなったと感じられていない」と低姿勢。全日本選手権の優勝を「世界に羽ばたくためのスタート地点」と表現すると、「もう羽ばたいているのでは?」と質問された。
「いやいや、また次の目標があるのでスタート地点に戻っています。また謙虚にいきたいです」
変に鼻につくこともなく、嫌味も感じさせない。同僚の試合では、リングサイドからよく通る声で的確な指示を飛ばす。砕けた話、真面目な話に緩急があり、地頭の強さを感じさせた。「考える力」は競技力向上にも繋がっているのだろう。
五輪では入江のほか、並木月海と田中亮明が銅メダルを獲得。普段はボクシングを見ない人々も快挙に沸いた。日本ボクシング連盟の元副会長で、現在は理事を務める菊池浩吉氏は選手たちの存在に感謝していた。
「ボクシングのイメージが変わったと思います。マイナスなイメージのある選手は一人もいない。競技の特性として痛い、血が出るとかは今もあるのですが、以前は昔ながらの悪いイメージが残っていました。昔から良い子はたくさんいて、そこをようやくわかってもらえるようになった」
俯瞰的に捉えた将来像「金メダリストの称号がなくなった時、周りは同じ対応なのか」
入江のボクシング人生は大学4年になる来年度まで。「(卒業後は)自分がどこでボクシングをやっているのか想像がつかない」。あと1年で引退し、多くの大学生と同じように就職すると決めている。
今後の目標について「ボクシングを辞めた後でも、ちゃんと取柄(とりえ)が残るような人間にあと1年でなりたいなと思います」と語った。具体的にどういうことなのか。ニコっと細めた目は、将来を俯瞰的に捉えていた。
「無難な答えとして言えば人間性ですかね。やっぱり今は『金メダリスト・入江聖奈』というふうに見ていただけて、もてはやしてくださると思うんですけど。じゃあ社会人になってその称号がなくなった時に、周りが同じ対応をしてくれるのかと言ったら絶対にそうじゃないですよね。金メダリストとして見られなくなっても、みんなから褒めていただけるような人間になりたいなと思って。なので、そういう発言をしました」
常に高い目標を持ち、冷静に先を見通しているからこそ謙虚でいられるのだろう。
もう人間性は備わっているのでは? そんな質問には「いや、全然全然! 追い込まれた時に真の人間性が出ると思いますので(笑)。まだ今は余裕があるからいい感じに見えるだけで(笑)。全然全然。まだまだです、はい」と真っ向から否定。褒められてもガードは固い。笑いを織り交ぜた一方で、中身のある回答の多い時間だった。
矢継ぎ早に質問が飛んだ中、閉会式の時間が迫り、途中で打ちきりになってしまった。記者の輪から抜け出していく入江。「ありがとうございました。すいません、失礼いたします〜。すいません、ありがとうございました〜」。五輪女王の腰はペッコリと折られていた。
(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)