中学時代の岡庭容疑者。当時は岡庭吾義土という名前だったが通り魔事件後に改名した

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 5月7日、茨城県・境町で2019年9月に小林光則さん(当時48歳)と妻の美和さん(当時50歳)が刃物で殺害され、長男と次女が負傷した事件で、埼玉県三郷市在住の無職・岡庭由征(26歳)が殺人などの疑いで逮捕された。今回の逮捕で、再び注目を集めたのが、岡庭容疑者が過去に起こしていた 2件の“通り魔事件”。当時高校2年生だった岡庭容疑者は、中学3年生のあごを刃物で刺してケガを負わせ、さらに小学2年生の女児の脇腹をナイフで刺し、重傷を負わせている。

 なんら罪のない、見ず知らずの人を襲う「通り魔事件」。もし自分の家族が起こしたらーー。“通り魔”の家族に見る現状を、加害者家族をサポートするNPO法人『World Open Heart』の理事長・阿部恭子さんに聞いた。

【写真】岡庭容疑者が「通り魔事件」で逮捕された当時のニュース

兄が事件を起こし、生き地獄に

「兄は、誰でもいいから人を殺したかったそうです。誰でもいいなら、家族を殺してほしかったです……」

 和子(仮名・50代)は、怒りと悔しさに満ちた表情で当時を振り返った。和子は短大卒業後すぐ、親戚の紹介で知り合った男性と結婚し、田舎の名士の家に嫁いだ。ふたりの子どもに恵まれ、専業主婦として何不自由のない生活を送っていたころ、兄が突然、通り魔殺人事件を起こしたのだった。

 報道陣は、和子が暮らす家まで押し寄せた。夫の両親は激怒し、和子にすぐさま家を出ていくようにと怒鳴りつけた。夫はおろおろするばかりで、庇ってくれる様子もない。和子は真夜中に子どもを連れて実家に帰るしかなかった。

 両親が暮らす実家の周りには、報道陣と思われる車が自宅を取り囲むように並んでいる。和子は息を殺すようにして玄関まで辿り着き、真っ暗な家の中に逃げ込んだ。

 朝になると、家の外が騒がしくなり報道陣がチャイムを鳴らし始める。両親は完全に憔悴しきっており、食事もできない状態だった。和子は、親戚中に謝罪をしながら援助を求めたが、責められるばかりで助けてくれる親族はひとりもいなかった。

「実家には嫌がらせや脅迫めいた手紙が届きましたが、それ以上に、親戚中から関わらないでほしいと排除されたことがつらかったです」

 夫が生活費は保障するというので、都市部の縁もゆかりもない町で子どもと3人で生活することになった。事件が周囲に知れ渡ることはなかったが、生活にゆとりはなく、和子はかつて経験したことのない貧しい生活を送らなければならなかった。人付き合いといえば、子どもの学校の行事だけで、長い間、友達はひとりもいなかった。

子どもさえ守ってもらえない過酷な現実

「兄の事で私が責められるのは仕方ありません。それでも、子どもたちに罪はありません。夫の両親は、事件を知った途端、私たち親子と目も合わせなくなりました。子どもたちは内心、深く傷ついていたと思います」

 和子が離婚し家を出てから3年後、夫は再婚した。再婚相手との間に子どもが産まれると、もう生活費の援助はできないと告げられた。子どもたちはまだ中学にも入っていない。この先、どうやって暮らしていけばよいのか。それでも、兄の事件で迷惑をかけているという引け目から、援助を続けてほしいとは言えなかった。

 和子は生活保護を受けて暮らすしかなかった。子どもたちが小さいころ、息子は将来、お医者さん、娘はスチュワーデスになりたいと言っていたが、その夢が叶うことはなかった。

 それでも、今のほうが楽に生きられると考えることもあるという。

「親戚同士の集まりでは、あの子はどこの高校に行ったとか、どこの大学に受かったとか、マウンティングばかりで精神的に疲れることが多かったです。教育なんて、子どものためではなく親の見栄です」

 和子の両親は高学歴で、長男である兄への期待は特に大きく、エリートコースを歩むようにと生活を厳しくコントロールされていたという。兄は、親の望みどおりの大学には合格したが、その先の人生を自分で切り開くことはできず、仕事も家庭も失い、凶悪事件を起こすに至ってしまった。

「『教育虐待』という言葉を知って、両親の兄への教育は虐待だと思いました。それでも、傍から見れば立派な両親で、恵まれた家庭だと思われていたと思います。兄が苦しさを打ち明けられるところはなかったでしょう」

 事件が起きる予兆と思われる出来事について、

「仕事も家庭も上手くいかなくて、『死にたい』と口にしたことがありました。『馬鹿なこと言わないで』と返しましたが、あのときもっと、ちゃんと話を聞いていればよかったと後悔しています」

 私たちは、逮捕報道によって初めて犯人を知る。犯行が異常で猟奇的であればなおさらのこと、犯人を異常者としか見ることができなくなるかもしれない。しかし、犯罪者として生まれてくる者などいない。事件を振り返れば、みな、あるときから誤った方向へと歩き始めているのである。

わが子に「人を殺してみたい」と言われたら

「人を殺してみたい」

「事件を起こして自分も死ぬ」

 子どもの口からこんな言葉が出たらどうすればよいか。嫌なことから逃げているだけ、本気ではないと考える人も少なくないかもしれない。

「成績もいい子だったので、まさか、本気だとは考えませんでした」

「私たちは子どもに手を挙げたことなんて一度もありません。だから、うちの子がまさか人を傷つけることができるなんて考えられなかったのです」
 
 実際、殺人事件を起こした子の親たちの中には、兆候を見過ごしてしまっているケースも多い。もし、子どもがこのような言葉を口にしたなら、叱責することはせずに、「なぜ、そのように思うのか」じっくりと耳を傾けてあげてほしい。行動を正そうとする前に、なぜ、よくない行動を取るのか、その原因を明らかにすることが大きな事件を防ぐことに繋がる。

名士ほど相談に繋がりにくい

 筆者は、これまで200件以上の殺人事件の家族を支援してきたが、そのほとんどが経済的には中流以上の家庭であり、地元の名士というケースも珍しいわけではない。

 経済的に恵まれた環境だからといって、反社会的な行動の原因を「親の甘やかし」と単純に結論付けるべきではない。裕福で名の知れた家庭ほど、親族間の人間関係が複雑であったり、過度に世間体を気にするあまり、子どもへの躾が厳しかったりと、穏やかな環境ではない家庭も決して少なくはない。

 社会的地位のある人ほど、世間体を気にして問題を抱え込む傾向にあり、社会的に孤立していく傾向にある。 

 報道によれば、7日に逮捕された岡庭容疑者の一族も地元では有名な名士だというが、通り魔事件のあと、損害賠償の支払い等で経済的・精神的に追いつめられていたという。このような不安定な家庭環境で、凶悪事件を起こした少年が更生できるはずなどない。社会的孤立は確実に異常行動を悪化させたといえる。

 犯行に至るまで、彼と家族に何が起きていたのかーー。二度と同じような事件が繰り返されないためにも、真相究明が求められる。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)など。