人生100年時代と言われ、定年後も変わらず活躍したり、生涯現役を貫く人も増えています。
今回ご紹介するのは、世界最高齢プログラマーとして話題になった若宮正子さん(86歳)です。定年後にパソコンを始めてアプリを開発、そして世界に羽ばたく夢を果たしました。そこに至るまでのお話や、暮らしについて伺いました。


エクセルアートの「新作ブラウス」を着た若宮さん。春をイメージした、さわやかな若草色のグラデーションに、淡いピンクをあしらった明るいデザインがお似合いです

80代にして青色申告!?「世界最高齢プログラマー」若宮正子さんの暮らしぶり



「日々の暮らしは年金で十分なんですよ(笑)」

目の前でニコニコとほほえむ若宮さんは、現在86歳。シルバーヘアが美しい、小柄で上品な女性…ですが、じつは「世界最高齢プログラマー」として、2018年には国連に招かれたり、皇室の「秋の園遊会」に招かれたりしたスゴい人なんです!

●定年後にはじめたパソコンが人生を変えた



若宮さんは1935年生まれ。高校を卒業してすぐ、大手銀行に就職しました。女性に学問はいらない。そんな価値観がまかり通っていた時代です。
それでも果敢に業務提案を続け、ついには本部の企画部に抜擢! 当時としては異例の昇進を果たし、定年まで勤め上げます。

「62歳でリタイアするまで、男性サラリーマンと変わらない職業人生を歩みました。いただける年金額も男性と同じ。私の年齢の女性にしてはもらってるほうでしょうから、日々の暮らしなんてそれで十分ですよ」

定年退職とほぼ同じタイミングでお母さんの介護が始まり、若宮さんは自分のパソコンを手に入れます。

「退職する少し前から仕事でパソコンに触れることはありましたが、ほぼ未経験。当時はインターネットすら普及していませんでしたよ」

介護で家から出られなくなるかもしれない…。もともと社交的だった若宮さんは「だれかとつながりたい。おしゃべりがしたい」、その一心で、パソコン通信『ニフティ・サーブ』を始めます。


62歳で初めてパソコンを購入したとき。まさかここから、世界への扉が開けるなんて、思ってもいなかったころです。(画像提供:若宮正子さん)

「セットアップするだけで大騒ぎ。通信できるようになるまでに3か月もかかりました。でも、画面の向こうにはいろんな人がいて、わからないことは教えてもらえる。それが楽しくて、すっかりはまりました」
あるときプリンターの不具合を相談したら、10歳の男の子が解決方法を教えてくれたことも!

「精一杯、大人のフリをして教えてくれたんですよね。でも子どもだってばれちゃってるの。こっちだってばあさんだと知られたくないから『ありがとうお兄ちゃん、助かったわ』なんて若ぶった返事をしたりして(笑)」

●「年相応」よりも『好奇心相応』で園遊会にも!



やがて若宮さんは、80歳にしてスマホゲームのプログラムに興味を持ちます。

「スマホは世の中に普及したけれど、アプリはみんな若い人向け。シニア世代に使いやすいものがないじゃないの! と思ってね。ゲームをつくってみることにしたんです。またも独学ですよ。近所でプログラミングの本を買ってきてね。わからないところは若いお友達に聞くの。コンピューターの勉強は老若男女関係なし! 好奇心さえあればいいんですよ」


アメリカ・アップル社に招かれたときのひとコマ。同社の最高責任者、ティム・クック氏とハグをする若宮さん。(画像提供:若宮正子さん)

ついには2017年、無料のスマホゲーム「hinadan(ひな壇)」をリリース。全世界で8万人以上がダウンロードしました。その功績をたたえ、ついには2017年、アメリカ・アップル社から世界会議にゲストとして呼ばれます。その年の秋には皇室主催の「園遊会」にも!

若宮さんは以前から、計算ソフト「エクセル」を使って模様を描く『エクセル・アート』を考案していました。さまざまな模様を布や紙にプリントして服をつくってもらうなど、創作を楽しんでいたのです。


園遊会に招かれたときの服装。エクセルアートのドレスとショールに、同じくエクセルアートでデザインしたブローチとバッグを添えて。バッグにはLEDが仕込んであって、ピカピカ光る仕様です。(画像提供:若宮正子さん)

そこで園遊会にはエクセルアートのドレスやショールをまとい、手にはエクセルアートのバッグを! 中にはLED電球が仕込んであって、ピカピカ光る仕様です!

「みなさん何百万もするようなお着物をお召しになってるのに、私ったらポリエステルのドレスですよ。バッグの中にはLEDを光らせるバッテリーだのなんだの入ってるし、テロと勘違いされるんじゃないかって、ドキドキしちゃった(笑)」

それでも、園遊会では美智子皇后陛下(現・上皇后陛下)から「いつまでもお元気にご活躍を」とお言葉を賜り、天皇陛下(現・上皇陛下)は身を乗り出して光るバッグに興味津々のご様子だったとか。

「定年退職後の人生がそんな方へ転がっていくなんて、考えてもいませんでした。野球の未経験者が見よう見まねでバットを振ったら当たっちゃった。突然すごい追い風が吹いて、場外ホームランがアメリカまで飛んでっちゃった。そんな感じね」

●やりたいことを続けることで人生が開けてゆく




撮影前日にお誕生日だった若宮さんのもとには、全国からお祝いが。玄関には色とりどりの花たちにまじって、心のこもったメッセージが飾られていました

60代からパソコンを学び、80代でゲームソフトまで開発して世界に羽ばたいた若宮さん。だれもが彼女に会いたがり、話を聞きたがります。
コロナ前には自宅でパソコン教室を開いてシニアにパソコンの楽しみ方を伝授したり、全国各地から招かれて講演をしたり、取材を受けたり。本だって数々執筆しました。現在は日本政府からの要請で、デジタル改革ワーキンググループのメンバーとして平井卓也デジタル改革担当大臣のお手伝いをしています。

「日経新聞の記者さんに笑われたんですよ。普通はリタイアして年金生活になると納税額もどんどん収束していくのに、80代になってから青色申告するようになるなんて珍しい、って(笑)」

それでも若宮さんの暮らしぶりはいたって質素です。
というのも「興味のあること以外はどうでもいい」からなんだとか。

「食道楽でもない。食器集めが趣味なわけでもない。オシャレな暮らしにも興味なし(笑)。だからどうでもいいことにはお金は使いません」


野菜や鶏肉などを煮込んだスープは、小分けにして冷凍のつくりおきに。「その日の気分でおみそ汁にしたり、スープにしたり。手軽だけど栄養はとらないとね」。食器は軽くて丈夫なプラスチック製を愛用中

食器は「軽くて丈夫でラクだから」プラスチックのものを愛用。家具類は最小限なので、お掃除はルンバ任せ。食事はつくりおきのスープを冷凍しておいて、気まぐれみそ汁にしたりスープにしたり。
「駅前に住んでいるから、夕方デパ地下へ行くと、お惣菜が安くなるのよ!(笑)」

講演や執筆で稼いだお金はどうするのでしょう?

「コンピューター関係には惜しまず使います。YouTubeの撮影や編集の機材は最新のものを使いたいしね。最近はVR(バーチャル・リアリティ。仮想現実)にはまっていてね。ZOOMよりいいですよ!」

余ったお金は自らが理事などを務めるNPOや各種団体に寄付しています。

「お金だけ残しても仕方がない。行きたいところへ行き、会いたい人に会い、やりたいことができるだけの健康さえあれば十分。経済的には恵まれているほうでしょう。でも、お金持ちの家に生まれたわけではありません。たまたま、やりたいことを続けていたら興味を持ってくれる人がたくさんいただけ。そのことがお金を生むなら、もっと楽しく、コンピューターに親しむシニアが増えるように還元しなくちゃ」

若宮さんの「好奇心相応」は今も続いています。

<取材・撮影・文/浅野裕見子>

【若宮正子さん】



昭和10年、東京都生まれ。東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社。定年をきっかけにパソコンを購入し、楽しさにのめり込む。シニアにパソコンを教えるうちに、エクセルと手芸を融合した「エクセルアート」を思いつく。その後もiPhoneアプリの開発をはじめ、デジタルクリエーター、ICTエバンジェリストとして世界で活躍する。シニア向けサイト「メロウ倶楽部」副会長。NPO法人ブロードバンドスクール協会理事。熱中小学校教諭。政府のデジタル改革ワーキンググループメンバーでもある。新刊に『老いてこそデジタルを
』がある