(画像提供/西千葉工作室)

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総武線西千葉駅から徒歩10分、一戸建て中心の住宅街のこぢんまりとした3階建てビル1階にある「西千葉工作室」。ここは、ものづくりのためのスペースと道具をシェアする場所で、西千葉を拠点に地域活性を行う企業が6年前から運営しているもの。 “ものづくり×地域活性”について、店長の高橋鈴佳さんにお話を伺った。

モノづくりの必要な場所と道具をシェアする「まちの工作室」

西千葉工作室のコンセプトは、「生活に根ざすものづくり」にチャレンジする、まちの工作室。例えば、「壊れてしまったから直そう」「今あるものを自分好みにつくりかえてみよう」「こんなものがほしいからつくろう」という生活に根差したニーズに合わせて、スペースを提供、工具類の貸し出しもしている。必要とあらば、専門知識のあるスタッフのアドバイスを受けることもできる。

料金は2時間までは500円(大人会員)、1カ月フリーパスは5000円だ。レーザー加工機、3Dプリンターなどの専門機材も10分単位で利用可能(有料)(写真提供/西千葉工作室)

基本的にはスペースを貸し出し、各自個人で作業をするが、ワークショップなどのイベントも行う。夏には子どもの自由研究向けの相談室を開催、2・3月には入園グッズを作成するママたちの姿が多い。自分でデザインしたものを3Dプリンターを使って形にする人もいる。

イベント「家電をなおす会」でスタッフに聞きながらオイルヒーターを直すお客さん(写真提供/西千葉工作室)

外部の専門家を招いて、手持ちの服を持参しての藍染めイベントも(写真提供/西千葉工作室)

ごはんをつくるようにものをつくり、直す。あたり前の人の営みに気づく場所に

しかし、ものづくりが最終目的ではない、と高橋さん。
「例えば、私たちスタッフが代行してものづくりや修理をすることはありません。いわゆる先生が生徒に教える教室でもありませんし、最終的にクリエイターを育成したいと思っているわけでもないんです」
そもそも、この西千葉工作室ができたのも、運営会社であるマイキーの”自分の暮らしを自分で創る”という企業理念の延長線上にあるもの。

(写真提供/西千葉工作室)

「今は多くのモノが溢れているので、何か手に入れたいものがあると、ついつい“買う”という選択肢に偏りがちですが、場合によっては、『今あるものを“なおす”方が自分の暮らしにフィットするかもしれない』『値段も形も理想ぴったりのものがないものを妥協して買うのではなく、“つくる”ことで、より理想に近い暮らしが手に入るかもしれない』。そういう発想とスキルが得られる場を提供しようと思っています」

例えば、園準備のため子どもの名前判子を手づくりしたママ、木製のおもちゃをつくる親子、木材に加工して看板をつくった八百屋さんetc.この工作室がなかったら、自分でつくるではなく、“買う”を選択しただろう人達だ。「もちろんものづくりが趣味という方もいらっしゃいますが、ここではじめてつくってみたら、案外つくれるんだと気付いて、必要になったら足を運んでくださる方も多いんです」

結婚を機に近所に引越してきた20代のIさん夫妻は、工作室で相談しながら、自作のクローゼットを完成。その後、何度か足を運ぶように。「粉塵が出るやすりがけは工作室、塗装は家のベランダでなど、工作室と家での作業を使い分けて効率的に使っています」(Iさん)。

木材パネルとパイプを組み合わせてAさん夫妻がDIYしたクローゼット。「ほかにもトイレットペーパー収納もつくりました。今後は暮らしの中で必要な小物をつくってみたいと思っています」(Iさん)(写真提供/西千葉工作室)

卓球の配球マシーン。中学校に入学して卓球部に入った男の子が、レギュラー選手になることを目指して、自宅で練習するためにつくった(写真提供/西千葉工作室)

最初は試行錯誤。今は幅広い属性を持つスタッフと利用者に

ただ、最初からうまくいっていたとは言えなかったという高橋さん。2013年のオープン当初は、ちょうど若者向け、クリエイター向けのスペースのムーブメントが起きていて、同様の場所と思われていたという。

「店内にかけるBGMを誰もが違和感を持たないラジオにする、フラットな接客にする、内輪の感じを出さないなど、細かな軌道修正をしました。また、スタッフも幅広い世代に。すごくスキルのある60代のエンジニアの方、建築やデザインを専攻する大学生、パタンナーだった主婦の方、フリーランスのデザイナー、独学で洋裁を習得した会社員の方、家具デザインの専門知識がある土日だけの会社員の方など、さまざまな得意分野を持つスタッフがいます」

そうした軌道修正や、スタッフの充実度に伴い、今、利用者は小学生から90代までと幅広い。
「ちょっとだけ使う人も利用しやすいよう、機材は10分単位で100円、300円の価格設定に。たくさん使う人からすればコスパが悪いかもしれませんが、うちには少しだけ使う人が多いので、10分単位の価格設定がちょうどいいんです。置いてある機材も当初はデジタル系が中心でしたが、ミシンを増やすなどアナログなものも増えてきました」

ミシンが得意なスタッフに質問をすることもできる。マンツーマンでのアドバイスや専門知識がかなり必要なサポートは事前予約制(有料)(写真提供/西千葉工作室)

地域活性=コミュニティではない。大切なのは一人ひとりの暮らしの豊かさ

では、ものづくりの拠点ができることで、どのように地域が活性化するのだろうか。
ココで地域とのつながりができ、コミュニティができるということだろうか、という質問に、高橋さんは「実はそれが目的ではないんです」と回答。
「もちろん、何度も通ううちに、顔見知りにはなりますが、内輪のコミュニティができることで、もしかしたら他の誰かを排除しているかもしれない。なるべく特定のコミュニティがベースにならないような場をつくりたいなと思っています。地域活性とひとことで言っても目的はさまざま。人が集まってにぎわいを生み出すのもひとつですが、もともと西千葉は郊外のベッドタウンで人は多い。私たちは、この工作室があることで、一人ひとりの暮らしを豊かに、楽しくなれば、その集合体である”街”も豊かに、楽しくなり、街のカルチャーが形づくられるはず。それが、私たちの目指す地域活性だと思っています」
 
例えば、主婦業の傍ら、趣味を活かして、地域のイベントに焼き菓子屋として不定期に出店していたKさん。せっかくなら、お店の看板をつくろうと、工作室で自作。その後、オリジナルのクッキー型、子どもの自由研究工作、オリジナルTシャツと、次々と自分で手掛けるように。

Kさんが手掛けたクッキー型は3Dプリンターで制作(写真提供/Kさん・西千葉工作室)

オリジナルの木の看板も、自分で手掛ければ、リーズナブルに(写真提供/Kさん)

「こんなものがつくりたいと頭の中で想像だけして終わっていたものを自分の手で創作できるようになり、オリジナルを形にする楽しみが増えました。またつくるだけではなく、壊れてしまったものを直すこともできるので、諦めて捨ててしまっていたものを再生できることも、新しい発見です」(Kさん)

コミュニティが目的ではないとはいえ、この場でしかありえないつながりも生まれている。例えばお互い名前を知らなくても、利用者同士でちょっと教えあったりして、手を差し伸べたりしているそうだ。なかには素敵なエピソードも。
「プログラミングなどのデジタル知識が豊富な小学生の男の子がいまして。多分、彼は同い年の友達とでは、そうした部分を持て余しているんですよね。工作室でベテランのエンジニアのスタッフからサポートを受けたことで、彼の頭の中にあった点と点の知識が一気につながったようで、とても楽しそうでした。そこは、年齢差を超え、共通の言葉を持つ者同士のフラットな関係性が、とても素敵で……。なんだか胸が熱くなりました」

毎年、自分で電話をかけてきて自由研究の相談に来る男の子。共通の趣味を持ち、共通の言語があることで、年齢も性別など属性を超え、共感を得られる場であることも喜び(写真提供/西千葉工作室)

今後は比較的利用の少ない高校生向けにオンラインでの「進路相談会」をする企画も進行中だ。「ものづくりを仕事にする面白さを伝えたり、普段はなかなか出会えない、社会に生きる親や先生以外の等身大の大人と接点を持つきっかけの場になったらと考えています」

コロナ禍のため席数を減らしたため事前予約制にしたところ、新規の利用者が増えたそう。「ああ、決してここは不要不急の場ではなかったんだ、こうしたモノづくりの場所をみんな求めているんだなと実感しました」
例えば、図書館のように、誰もが自由に気軽に訪れることができ、知的好奇心を、想像力と創造力を、生きる術を手に入れる場所として、街の至るところにあるような存在に「工作室」がなったら素敵だ。――西千葉工作室がそのモデルケースになるかもしれない。

●取材協力
西千葉工作室
(長谷井 涼子)