特集『セ・パの実力格差を多角的に考える』
第3回 地力の差とパの余裕
五十嵐亮太インタビュー(前編)

昨年、五十嵐亮太氏は日米23年にわたるプロ野球人生に幕をおろした。日米通算906試合、日本のみでは歴代7位となる823試合に登板。ヤクルトに14年、ソフトバンクに6年在籍した。

"豪腕投手"としてリリーフの役割をまっとうし、セ・パ両リーグ、MLBを経験した五十嵐氏に、近年話題の「セ・パ実力格差」についてインタビューを実施。目と肌で感じたセとパの違いや、今プロ野球界の頂点に立つソフトバンクの強さの理由について語ってもらった。


リモートでインタビューに応じた五十嵐亮太

日本シリーズ初戦、ソフトバンクは「いつも通り」だった

 五十嵐氏は昨年の、日本シリーズ初戦をテレビのゲスト解説者として観戦。その際、試合前のジャイアンツの選手たちの様子を見て、「あれ?」という違和感を感じた。

「スタート時点で、普段のジャイアンツの余裕が感じられないというか、選手たちの表情を見ても気負ってしまっているというか。対するソフトバンクは、戦う前からベンチの雰囲気がいつも通りでした。やはり日本シリーズに気負わずに臨める、そこが『強さ』なのかなと」

 シリーズは、巨人を4勝0敗で下したソフトバンクが4年連続で日本一となり、幕を閉じた。4試合の総得点は26対4。2年連続同一カードのスイープ。そして、パ・リーグ球団の8年連続日本シリーズ制覇と、近年のセ・パ実力格差をまざまざと見せつけた。

 昭和の時代から「人気のセ、実力のパ」という言葉が存在していたが、数字で実力差がはっきり示されたのは、「セ・パ交流戦」が導入された2005年からのこと。通算成績はこうなっている(昨年は開催中止)。

 通算勝ち星 パ・リーグ 1098勝  セ・リーグ966勝

 過去15度の交流戦で、パが勝ち越したシーズンは14回。交流戦最高勝率チームも、パ・リーグの12回に対して、セ・リーグは3回。2010年にはパが1位から6位を独占、セが7位から最下位に沈むという"珍事" もあった。

 当初ヤクルトに在籍していた五十嵐氏にとっても、パ・リーグを明確に意識するようになったのは2005年からのこと。しかし、当時は現在ほどの差は感じなかったと話す。

「(交流戦で)パ・リーグと対戦することになっても、そこまで嫌なイメージはなかったですし、今ほど大きな差もなかったと記憶しています。それがここ数年で、飛び抜けた打者や投手がパ・リーグに増えてきましたね。

 実際、ソフトバンクに在籍していた最終年は、『抑えるのが本当に難しいな』と感じる選手が増えました。浅村(栄斗/現楽天)なんかは、選球眼も一級品ですし、正直なところ抑えるのは神頼みなところもありましたから(笑)」

セ・リーグに欠けた「地の力」と「発想」

 セとパの違いで話題に上がるトピックのひとつに「パワーの違い」がある。パ・リーグには150キロを投げる投手が多いため、打者のスイングも必然的に強くなるということだ。

「まさに先日、楽天でも投手コーチをしていた伊藤智仁さん(現ヤクルト投手コーチ)と、パワーピッチャーについて話をしたのですが、言われているほどスピードの差はないんじゃないかと思います。

 しかしながら、肌感として確実に、パ・リーグのほうが投手や打者の平均的な能力は高い。打者であれば、速い真っすぐに反応できて、飛距離も出せますし、投手であれば、真っすぐでグイグイ攻めていきます。セ・リーグに比べて、自分の能力を全面に出して相手とぶつかっていく選手が多かった印象がありますね」

"能力の高さ"という言葉に力がこもる。

「以前、柳田(悠岐/ソフトバンク)に聞いたことがあるんです。なんでそんなに強いスイングができるのか、って。そしたら『若いころから、量を振るよりも強く振ることを意識してやってきたんです』と。

 そういう意味で、ソフトバンクに関していえば育成する環境がすばらしい。僕も筑後の二軍施設でトレーニングをしましたが、ああいった環境は他にないですね。ざっくりといえば、能力の底上げをする練習をしている。育成であれば、体を大きくしてだとか、強く振るとか、足を速くとか。選手の長所の伸ばし方が本当に上手だったと思います」

 対して、セ・リーグについては「バランスのとれた選手を集めたがる傾向にあるのかな」と考える。

「練習量だけ見れば、リーグ間でそんなに差はないと思います。ただ、セ・リーグの選手たちは、特別に遠くに飛ばそうとか、スイングを強くしようではなく、"上手く"なろうとするあまり、細かい部分に執着しているように見受けられました。

 投手にしても、やっぱり投げ方など技術に走りがちな印象がありますよね。細かなところももちろん必要ですが、並行して遠投をして遠くに投げる能力とか、力強さといった"地の力"を磨いていくことも大切です」

 そういった地の力に加えて、五十嵐氏は自身の現役時代を振り返りながら、「柔軟な発想も必要」と続ける。

「パワー、フィジカルの向上と並行して、もう一つ、選手一人ひとりが自分の力を最大限に伸ばすためにはどうするべきか、とじっくり考えることも必要なんです。僕も、若い頃は"豪腕投手"と言われていましたし、それはそれで悪い気はしなかったのですが(笑)、実際は真っすぐだけで抑えるのは難しい。

 その点、スワローズで古田(敦也)さんとバッテリーを組んだ経験は財産になりましたね。真っすぐでいくというイメージをバッターに与えながら、初球をフォークで入ることもありました。剛と柔を混ぜるではないですが、古田さんのリードを通して自分の『生きる道』を見つけていった気がします。今振り返ると、ある程度地の力があったからこそ、攻めの幅が広げられたのかなと」

DH制は導入すべきか?

 フィジカルとストロングポイントを融合させる--------。パ・リーグにはそのバランスに長けた選手が多いという。

 そうした高い能力をもって交流戦や日本シリーズで広げてきた勝ち星の差が、パ・リーグの選手に自信を与え、メンタル面にも影響を及ぼす。

「誤解を恐れずに言うと、ホークスの選手やパ・リーグの選手は、交流戦に対して、本当に全試合を勝ってやろうという雰囲気でした。実際、打者たちは『投手の平均スピードはやはりパのほうが上だ』『中継ぎや抑えもパのほうが能力が高い』と話していましたし。僕自身もそうでしたが、パ・リーグの選手たちは試合前から余裕を感じていたのではないかと思います」

 そんなセとパの実力格差を埋めるための"特効薬"として、現実に議論が始まっているのが、セ・リーグの「DH制度導入」だ。

 五十嵐氏は「選手のことを考えるとDH制には賛成です」と考える。

「投手や打者の能力を高めるという意味では、DH制は有効だと思います。僕も現役時代、9番の投手と対峙するときはメンタル面で多少の余裕を感じていましたし、それがなくなることは、投手のレベル向上につながる可能性は高い。

 DHがあれば、選手が育つ環境がひと枠増えますし、先発投手は代打を出されての降板がなくなり、自分の体力の持つ限り投げられる機会が多くなるメリットもありますよね。セ・リーグのダブルスイッチみたいな戦略的な野球が楽しみな方には寂しいかもしれませんが、長い目で見ればDHがあったほうがいいんじゃないかと思います」

 続けて、「だからといってセとパの差はすぐには埋まらないでしょうね」とも話す。

「これだけ差を広げられていますからね。DHのありなしで、野球自体も、どういう選手を獲得するかも変わってくるわけじゃないですか。やっぱり、そういう変化はゆっくり出てくるものだと思います。その意味では、DH制は"特効薬"にはなりえないでしょう。

 それでも差を一気に縮めたいのであれば、思い切ってセとパをシャッフルしてみるとかも一考だと思いますよ(笑)。例えば、ヤクルトがパ・リーグに入ったらどれくらいできるかは、未知数ですし、影響を受ける形でヤクルトの野球も大きく変わるかもしれない。だけど僕はやっぱり、ゆっくりにでも着実に、セ・リーグが巻き返していくのを見たいかな」

(後編は、セ・パ実力格差の象徴的存在、ソフトバンクの強さの理由について)

後編はこちら>>

Profile
五十嵐亮太
いがらし・りょうた 79年5月28日生まれ 北海道出身
日米通算906試合、日本のみでは歴代7位となる823試合に登板。
ヤクルトに14年、ソフトバンクに6年在籍。