日本に在住する外国人起業家によるパネルディスカッション。留学中にベンチャー企業を創業して成功する事例も出てきている

ここ数年、政府や自治体、大学、企業などの努力もあって、スタートアップやベンチャー企業に対する社会の認知度が高まり、設立数も徐々に増えている。しかし、イノベーションのリーダーであるアメリカに比べるまでもなく、中国に比べても依然盛り上がりに欠けているのが実情だ。

スタートアップといえば、アメリカのシリコンバレーと中国の深圳がベンチマーク的な存在となっているが、残念ながら、日本ではこれに相当する「聖地」が存在しない。

また、アメリカの調査会社CB Insightsが発表したユニコーン企業数(2020年11月末時点)を見ても、アメリカの242社や中国の119社に比べて日本はわずか4社と存在感が小さい。なぜ、このような格差が生じたのか?

「笛吹けども踊らず」の国内スタートアップ

1つの原因はデジタル化の遅れだ。世界各国ではIT技術をベースに斬新なモノやサービスを提供するスタートアップ企業が競い合っている。しかし、キャッシュレス決済をはじめ日本は全般的にデジタル化が遅れており、そこから生まれるスタートアップ企業数も少ない。

また、アメリカの場合、最初からグローバル市場を視野に入れて起業する企業が多く、中国の場合、14億人という巨大な市場を抱えているため、企業にとってスケールの大きい戦略が描きやすい。これに対して、日本の国内市場は決して小さくないが、ユニコーンという巨大な「怪獣」を育てるには物足りない。

例えば、2020年、中国の自動車新車販売台数が約2600万台に達する見込みだが、日本は数百万台にとどまっている。そうすると、自動車関連のイノベーションに挑むスタートアップ企業にとって、どちらの市場が大きく新規参入のチャンスがあるのかは一目瞭然だ。

以上の2つの原因について、おそらく多くの識者が共通の認識を持っているはずだ。しかし、より根の深い問題として、現状に満足している日本人あるいは日本企業が多いことが挙げられる。現状を変えようとするインセンティブが低いとも言い換えられる。

日本に30年以上滞在している筆者もその一人だ。1990年代前半、「日本はどこにでも公衆電話があるから携帯電話を持つ必要がない」と携帯電話を自慢する香港の友人を相手に話したことがある。

ここ数年も、「キャッシュレス決済がなくてもPASMOがあれば特段な不便も感じない」など持論を曲げなかった。今回のコロナ禍で、「いつのまにか日本はこんなにデジタル後進国」になってしまっていたと気づかされた。

また、アメリカや中国をみると、スタートアップ企業を立ち上げるのは、大学生をはじめとした若者が主役だ。一方、日本の就職市場では、コロナ前のここ数年、基本的には売り手市場だった。

優秀な大学生は東証一部上場の大企業に入社したら、社会的あるいは経済的にも比較的安定的な地位を手に入れられる。そのため、自分で会社を設立するという冒険をする必要がない。

足元では、官民や大学などを中心に、スタートアップやベンチャー企業を育成するさまざまな組織や団体が雨後の筍のように急増し、ハードとソフトの両面から、スタートアップ企業を支援する環境が整備されている。

それでも、ある大学の産学連携の関係者によると、至れり尽くせりのサービスを用意しているにもかかわらず、大学教員や学生の間では、起業をしようと手を挙げる人が依然少ないという。

各地で開催されているスタートアップ企業のピッチイベントでは、お祭りか学園祭のようにパーティー感たっぷりのものばかりが目立っており、創業という真剣さがまるで伝わってこない。

移民がイノベーションの原動力

では、このような閉塞感を打破し、日本でスタートアップ文化を発展させるには何をしたらよいのか。その一つの突破口は、在日外国人による起業を支援することだと筆者は考える。

アメリカは「人種のるつぼ」と言われるほどの移民大国なので、異なるカルチャーとチャレンジを受け入れる土壌がそもそもある。GAFAをはじめとしたビッグ・テック企業もインドやロシア、中国系移民から優秀な経営人材やエンジニアを数多く受け入れている。移民がイノベーションの原動力となっているのだ。

近年、ハードウェア系のスタートアップの聖地として注目されている深圳も同じだ。数十年前の深圳はただの漁村だったが、1980年の経済特別区の設置を契機に、全国からさまざまな人材がなだれ込み、既存の産業がなかったことも手伝って、ベンチャー企業を立ち上げる最適地となってきた。

当初、深圳に移民してきた人々は、政府や国有企業を飛び出し、すべてを投げ出して深圳で成功してみせるといったハングリー精神が旺盛な者が多く、華為(ファーウェイ)はその典型的な企業の一つだった。

日本は建前上、移民を受け入れないことになっているが、法務省によると、中長期在留数と特別永住者数の合計は約289万人(令和元年6月末時点)に達している。日本の全人口に占める外国人の比率はそれほど高くないと思われるかもしれないが、都道府県別の人口数で比較すれば、この数はトップ10に相当する規模だ。

東京大学などの大学院に占める外国人学生の比率をみると、2割を超える大学も少なくない。彼らはせっかく母国を離れて日本に留学したからには、事業で成功したり、金持ちになったりして錦を飾って故郷に戻りたいという想いを持つ者が多い。

言い換えると、上昇志向やハングリー精神が旺盛なチャレンジャーであるのが特徴だ。まさに、80年代、90年代、全国各地から深圳にやってきた挑戦者たちと同じである。

在日外国人といえば、皆さんはどのようなイメージをお持ちだろうか。筆者も30年前から日本に在住してきた在日外国人の一人だが、付き合っている中国人の知人や同僚などを観察する限り、筆者自身が抱いているイメージも大きく変わっている。

変貌するZ世代の在日外国人

一言でいうと、中国経済の高度成長で所得が大きく上昇し、豊かになってきた若い世代(例えば、1990年代以降生まれのZ世代)は、筆者の世代と比べて日本をみる目がまったく変わったことだ。

1980年代に来日した際、筆者の目に映った新宿の高層ビル群、秋葉原の電気街など日本はドリームだらけだった。当時、中国の研修生はわずかな研修手当を節約し、日本製の電気製品をお土産に持ち帰るのが夢だった。

こういった体験談を周りの若い中国人に話すと、このおじさんの作り話ではないかと怪訝な表情でみられる。確かに、いまの中国のZ世代は、生まれてから高成長しか知らず、望むものはほぼすべてのものが手に入るようになり、海外旅行も日常茶飯事となった。

経済的にかなり恵まれており、親から1枚のクレジットカードを渡され、来日する留学生もいることを聞いてびっくり仰天した。

また、第一世代や第二世代の留学生の子どもたちは日本生まれ、日本育ちで小学校から日本人学生と肩を並べて学び、就職すると日本人と同じ仕事をするのも当たり前のようになってきた。

まだまだアルバイトをしながら必死に頑張っている苦学生のような留学生も少なくないが、平均的に日本人と同じような生活、場合によって日本人以上に豊かな生活を手に入れている在日外国人も増えている。在日外国人をみる色眼鏡をそろそろ外すべきだろう。

一方、筆者世代の来日中国人にとっては、一生懸命頑張って日本の大学あるいは大学院を卒業したら、日本の会社、できれば銀行や商社のようなすごい会社に入るのが夢だった。

よく言えば、日本社会に適応した優等生だが、悪く言えば、日本のサラリーマンと同質化し、日本のいいところと悪いところを再発見する力が弱まってくる。

だから、少なくとも、筆者の周辺には起業する知人があまりいなかった。周りを見ても、日中間の貿易、あるいは飲食、語学教育、観光などのサービス業で創業する者がほとんどだった。

これらも立派な事業であることに違いないが、イノベーションの観点からみれば、やはり、従来の枠組みを変えるほどのインパクトはないといえる。

しかし、若い世代の留学生たちは違う。日本のいいところと悪いところを直感でキャッチし、ビジネスのチャンスに繋げていく。ぬるま湯にずっとつかってきた者は変化を求めない。だとすると、新世代の在日外国人という「よそ者」は現状を変える一つの貴重な存在かもしれない。

よそ者たちを支援する「外国人起業倶楽部」

このような時代の変化に対応する一つの試みとして、2020年12月、筆者が所属する組織は在日外国人による起業を支援するため、「在日外国人起業倶楽部」(BooSTARX)を立ち上げた。

ベンチャー投資の観点から、有望と判断する企業に投資したり、その企業の成長を手伝ったりすることで、事業の成功に向けて一緒に汗をかいて努力を重ねたいと思っている。

BooSTARXを立ち上げる狙いは、「よそ者」の力を活用し、日本の若者たちのやる気を刺激することだ。例えば、Z世代の中国人が創業した企業の中には、日本人が気付かなかった問題点あるいはニーズを発掘し、独自の技術と製品で日本に根を下ろす企業も増えている。


2020年12月に設立された「在日外国人起業倶楽部」(BooSTARX)では、日本在住のアジア人材の起業活動をサポート。多様性に富んだベンチャーエコシステムを形成する。

ITを駆使する創業者にとって日本は天国だ。キャッシュレス社会が当たり前のZ世代が日本に来ると、おそらくタイムスリップを感じるだろう。

東京のようなグローバル都市ではよい技術とよいアイディアさえあれば、それは言語の壁を越えてビジネスを展開できる。ある在日中国人起業家は「東京の山手線ほど便利な商圏がない」と語ったのは目から鱗だった。

このような問題意識でBooSTARXを発足させ、早速第1回目のオンライン説明会を開いたところ、100名を超える申し込み者が殺到した。その内、約20名の参加者が事業計画書をBooSTARXに提出し、その概略を見ると最も起業希望者が多かったのは越境ECの分野で、時代の変化を反映していることがわかる。

コロナ禍で日中間のヒトの移動がほぼ断絶する中、壊滅的なダメージを受けている日本の地方の特産や名産品を留学生が中国のネットで紹介したら大ヒットするという事例が増えているのだ。

地方創生は長らく叫ばれ続けているが、情報、人材、とりわけ海外市場に詳しい人材が不足しているため、海外への越境ECはなかなか功を奏していない。

一方、中国のZ世代は中国人のニーズを熟知した独自の目利きからWebサイトのデザイン、インフルエンサーを活用した販促まで、IT技術を駆使し地方の中小事業者を支援できる。

海外の革新的テクノロジーを日本に

日本のいいモノやサービスを海外に発信するだけではない。海外の革新的なテクノロジーを日本の産業に導入し、日本人の生活の質的な向上に寄与するスタートアップも少なくない。

例えば、スマホとQRコード技術を使った飲食店向けメニューシステムの開発やIoT技術を活用した次世代型宅配ボックスの提供などがその一例だ。

こういったスタートアップ企業の中から将来的に大きく飛躍できる可能性の高い企業に投資し、当事者としてその企業の成長を手伝ったり伴走したりして、上場というゴールを目指すことがBooSTARXの目的だ。

冒頭で述べたとおり、スタートアップやベンチャー企業を興すのは、ドラマで描いているようなきれいごとではない。数年後、生き残れる企業もごくわずかだ。しかし、BooSTARXの立ち上げを通じて、こうしたリスクを過度に警戒する日本の若者たちの冒険心とハングリー精神を少しでも喚起できればと期待している。

在日外国人の成功事例が増えれば、ベンチャーの創業を目指す日本人にとってもいい刺激になるし、海外からも優秀な人材を呼び込む効果も期待できる。このようないい循環を作り出すことがわれわれの最終目標だ。

日本で盛り上がりつつある起業ブームをより持続的なものにするため、将来のユニコーン企業を見つけていきたい。