行方不明者を3回見つけた犬も…高齢者“徘徊”救う警察犬
時間がたつほど死亡率が高くなる、認知症による“徘徊”。そんな緊急事態に出動し、これまでに高齢行方不明者を3度も早期発見した警察犬がいると聞き、現地に向かったーー。
「県内で1日に平均4〜5件、多いときには10件ほど、警察犬の出動要請があります。昨年、実際に出動した回数は721回で、年々増えている状況となっており、その大半は高齢行方不明者の捜索です」
こう語るのは、’19年、認知症による行方不明者が全国で3番目に多かった兵庫県の警察本部刑事部鑑識課・川崎廣貴警部(46)だ。
7月2日、警察庁は’19年における認知症の行方不明者が全国で1万7,479人(前年比552人増)だったことを発表。統計を取り始めた’12年以降、7年連続で最多を更新し、その数は約2倍に膨れ上がっている。“徘徊”で行方不明となる高齢者は日に日に増加し続けているのだ。
そんな行方不明者の捜索活動で、今や警察官とともに欠かすことのできない存在が警察犬である。“鼻の捜査官”とも呼ばれる警察犬。今年の上半期だけでも、全国各地で警察犬が高齢行方不明者を発見したという報道が相次いでいる。
■全国各地で! 高齢行方不明者を見つける警察犬
【1月15日・岡山県】
名前:オリンピックエリナ号(ゴールデン・リトリーバー)
詳細:出勤要請から1時間以内に、行方不明となっていた70代女性を見つけた(山陽新聞社)
【1月22日・秋田県】
名前:フレア号(シェパード)
詳細:雪の上に残った足跡から行方不明の80代男性がいる方向を特定。発見の大きな手がかりに(秋田魁新報社)
【2月7日・長崎県】
名前:ローズ(シェパード)
詳細:においを頼りに山中を捜索。翌日、ローズがたどりついた場所の近くで警察官が80代女性を発見した(朝日新聞社)
【3月26日・岩手県】
名前:コンラート・フォム・ハウス・モモイシ号(シェパード)
詳細:捜索開始から5分、河川敷近くのやぶのなかで70代女性を見つけた。発見が遅ければ命の危険があったという(岩手日日新聞社)
【4月14日・和歌山県】
名前:ヨハン・フォン・マインリーベ号(シェパード)
詳細:スリッパのにおいをもとに捜査を開始した直後、前日から行方がわからなかった60代男性を見つけた(朝日新聞社)
【4月22日・滋賀県】
名前:レイダンス JP クームス(ゴールデン・リトリーバー)
詳細:80代男性が行方不明になったとの届け出があり出動、2時間後に住宅街で男性を発見した(毎日新聞社)
【5月4日・長崎県】
名前:ボル オブ キューホク号(シェパード)
詳細:高齢男性が行方不明となってから2日後、捜索に参加。男性のバイクを見つけ、近くで男性本人も見つけた(長崎新聞社)
【5月18日・兵庫県】
名前:ムック・オブ・ハウス・サン・ボア号(シェパード)
詳細:捜索から1時間後、80代男性を発見。ムック号は過去に2回、行方不明となった高齢者を発見している(神戸新聞社)
【5月22日・愛知県】
名前:ヴィロー号(シェパード)
詳細:靴のにおいをもとに捜索開始。20分で、行方がわからなかった80代男性を見つけた(中日新聞社)
警察犬とは、一般に犯罪捜査等の警察活動を行えるように飼育・訓練された犬のことで、日本警察犬協会が公認しているのは、シェパード、ドーベルマン、コリー、エアデール、テリア、ボクサー、ラブラドール・リトリーバー、ゴールデン・リトリーバーの7犬種。
警察が直接飼育・訓練する「直轄警察犬」と、一般の人が飼育し、訓練する「嘱託警察犬」の2種類があり、行方不明者捜索の現場ではどちらも活躍しているという。
なかでも、この1年間で高齢行方不明者を3回も発見して、表彰された優秀な犬が兵庫県警察直轄警察犬の「ムック・オブ・ハウス・サン・ボア号」(以下、ムック号)だ。
ムック号は、’19年6月、明石署管内で高齢女性を捜索開始から10分で発見。同年11月にも東灘署管内で、高齢男性を捜索開始から30分で発見し、’20年5月には神戸西署管内で、高齢男性を捜索開始から約1時間で発見した。
「ほかの警察犬も優秀ですが、ムック号がとくに秀でているのは“においを捉えろ”と言った瞬間に、力を入れて元気よく捜索に向かう姿勢です。その勢いはアグレッシブで、私がリードを持っていかれるぐらい引っ張ります。そしてどんな現場、どんな捜索でも、とにかく一生懸命なところ。そこがすごいところだと思います」
こう話すのは、ムック号とコンビを組む、刑事部鑑識課の門脇正真警部補(38)だ。
現在、兵庫県警には直轄警察犬11頭、嘱託警察犬31頭が在籍する。県内の警察署から出動要請を受けると、まずは直轄警察犬が出動。要請件数が多く、どうしても重複してしまう場合には、嘱託警察犬に出動を依頼するという形をとっている。
勤務は24時間体制。通常2人2頭のグループ3組が交代で回し、そこに日勤のもう1グループを加えて、計8人8頭態勢で、県内全域をカバーする。
「出動していないときは基本的に訓練を行っています。われわれはよく“人犬一体”と言っていますが、人間と犬が一体となることで、初めて犬は存分に力を発揮できるようになる。『座れ』『立て』『伏せ』などの号令をかける基本的な服従訓練から、遺留品などのにおいをもとに人物を特定する臭気選別訓練、足跡のにおいからその人物や証拠品等を発見する足跡追及訓練などをつねに行い、お互いの信頼関係を作り上げています」(前出の川崎警部)
では実際、高齢行方不明者の捜索はどのように行われているのか。ムック号とコンビを組む門脇警部補が解説する。
「まず、行方不明者のご家族から行動の癖などをしっかり聞きます。たとえば、どういうところに行きそうな人か? 足腰が丈夫で長時間歩くことができる高齢者なのか? など。警察犬の訓練では、しゃがみ込んだ人を見つけ出す訓練もしており、行方不明者の行動の癖は捜索の手がかりになります。その特徴を知ったうえで、つえをついているのであれば、どれくらいのスピードで歩いているかを推測。いなくなってからの時間を逆算して捜索エリアを絞り込み、その周辺を素早く捜します」
現場へは、行方不明者の衣類や身につけていたもの、枕カバー、スリッパなど、においの残っているものを1つだけ家族から預かり、ほかのにおいと混ざらないようにビニール袋に入れて向かう。
「捜索中、犬も集中力が切れるので、20分に1回、休憩をはさんで水を飲ませます。そのあとビニール袋に入れたもののにおいをもう一度嗅がせて、捜索を再開します」
警察犬の捜索は、すべてにおいだけを追求しているわけではない。犬は聴覚も優れており、音にも敏感に反応する。ただ、犬がどんなに反応してもパートナーである人間が、それに気づけなければ捜索はうまくいかない。まさに人犬一体のコンビネーションが行方不明者の捜索には必要なのだ。
「出勤すれば“必ず見つける”という気持ちはつねにあります。行方不明者を生きている状態で発見するということをいちばん大事にして、これからもすべての現場に向かっていきます」(門脇警部補)
「女性自身」2020年7月21日号 掲載