ホンダが「軽トラ生産中止」を決断した理由
最終モデルとなった4代目は2009年に登場。10年を超えるロングセラーとなった(写真:ホンダ)
ホンダの軽トラック「アクティ・トラック」が2021年6月で生産中止となる。
アクティ・トラックは1963年登場の「T360」を基点する、ホンダ四輪事業の原点ともいえるクルマだ。現状では、ホンダは軽トラックの後継車について公表しておらず、市場関係者の間では事実上の”ホンダ軽トラックから撤退”という見方が多い。
こうした状況を、アクティ・トラックのユーザーはどう見ているのか。
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福井県永平寺町で造園業を営む伊藤さん(58)は、38年前に初代アクティを購入して以来、合計3台のアクティを乗り継ぐ。先の2台は走行距離がそれぞれ20万kmを超え、最も新しいアクティは3年前に購入した現行モデルだという、アクティ・トラックのヘビーユーザーだ。
伊藤さんにアクティ・トラックにこだわる理由を聞いてみると、「なんといっても走りの安定感、バランスがいい。仕事柄、他メーカーの軽トラックに乗る機会もあるが、荷物積載時での坂道での走りが、トルクがあって、他車とはっきり違うと感じる」と指摘する。
アクティ・トラック歴36年、福井県永平寺町在住の造園業・伊藤さん所有のアクティ(所有者撮影)
またエンジンでは「他メーカーより(エンジン搭載の位置が違うことで)音がいい。なにより、(環境対応技術)CVCCを作ったホンダに対するエンジンへの信頼感、それに優越感もある」とベタ褒めだ。
アクティ・トラック生産中止については「ひとつの時代が終わった感じがする。いま乗っているアクティを少しでも長く乗っていようという気持ちになる」と心境を語った。
こうした声は全国各地から聞こえてくる。ホンダによると、アクティ・トラックの購入動機や利用した感想として「タフネス(頑丈さ・耐久性・走破性)」を挙げる販売店関係者やユーザーが多いという。
SNSで流出した「生産中止」の真相
では、ホンダはなぜこのタイミングでアクティ・トラックの生産中止を決めたのだろうか。「N-VAN」を使った後継モデル登場の可能性はないのか。ホンダ関係者らへ直接取材した。
アクティ・トラック生産中止の話が世間に広まったのは、2019年10月。ホンダが全国の販売会社向けに行った商品説明会の中で明らかになった。
ここでの配布資料は原則、ユーザーに公開しないことになっているが、ホンダに限らず、こうした商品説明会を行った時点で情報が漏れるのは“世の常”である。
近年は、SNSやYouTubeなど、個人が情報発信できるツールが豊富となり、アクティ・トラックの件も、瞬く間に日本中に知れ渡ってしまった。
ホンダとしては、業界用語でいうディスコン(ディスコンティニュード:生産中止)については通常、「プレスリリースを出すことはしていない」としており、アクティ・トラックについても同様の対応だという。
販売会社向け資料にあるように、アクティ・トラックの2021年6月生産中止は事実で、販売店ではユーザー向けに「生産中止間近」とのお知らせを提示しているケースもある。
では、なぜディスコンになったのか。最も大きな理由は、販売台数の減少だ。
ホンダとしてデータ取得が可能な1986年からの販売台数の推移を見ると、1980年代後半から1997年までは、1993年の7万1343台をピークに年間6万〜7万台をコンスタントに販売している。
アクティ・トラックは1977年に登場。1988年、1999年、2009年にモデルチェンジを行っている。写真は販売のピークを迎えた1990年代のモデル(写真:ホンダ)
それが、1990年代後半から2000年代にかけて、5万、4万、3万……、そして2万台へと段階的に減少し、近年では1万5000台レベルまで落ちていた。
軽トラック市場全体では、直近で年間およそ18万台あり、そのうちダイハツ「ハイゼット」シリーズがシェア4割強、スズキ「キャリイ」シリーズが3割強を占める。それに対してホンダは1割弱にとどまっていた(2019年度、全国軽自動車協会連合会調べ)。
そうした中、市場関係者の間では、軽トラ市場が今後拡大する可能性は低いという見方が多い。1970年代には軽自動車全体のうち約半数を軽トラが占めていたが、今では1割程度まで減少しているからだ。今や軽の主役は、スーパーハイトワゴンなどの軽乗用車である。ホンダはN-BOXのヒットを続けており、今後さらに軽乗用の拡充を優先し、軽商用は当面、N-VANに集約する可能性が高い。
だとすると、N-VANベースのNトラックは登場しないのだろうか。
N-VANをベースにした「Nトラック」の実現性は?
アクティ・トラックのタフネスの根底には、エンジン搭載位置が後輪の少し前にあるリアミッドシップで、駆動輪が後輪のMR方式であることが大きい。そのうえで設計されたサスペンションにより、高い走破性と走行安定性を実現している。
ホンダによると、2019年度の販売実績では4WDが77%、2WDが23%。トランスミッションはMTが90%、ATが10%で、タフな使い方での需要が多いことがわかる。
また外装色では、タフタホワイトが80%と圧倒的に多く、次いでアラバスターシルバーが10%。残りの10%がベイブルーとナイトホークブラックパールだ。
2018年にデビューした商用車「N-VAN」はFFベースでフルフラットな低床が特徴(筆者撮影)
2018年に登場したFFベースの「N-VAN」を軽トラックに仕立てる術もあるはずだ。N-VANは「アクティ・バン」の実施的な後継モデルであり、“Nトラック”を期待する声は販売会社やユーザーからも当然、出てくる。
実際、Nトラック構想について、本社(本田技研工業)と研究所(本田技術研究所)で検討された模様だが、現時点では量産の可能性は極めて低いと思われる。
理由として考えられるのが、車両の構造上、アクティ・トラックのような他社との明確な差別化と優位性を出すことが、Nトラックでは難しいためだろう。また、近い将来を考えると、高度な運転支援システムのさらなる拡充や、パワートレインの電動化への対応も必要だ。
こうした基本コスト増の傾向が強まる中では、他社とのコスト競争も厳しさも増してくる。スズキ「キャリイ」の開発担当者は「軽トラックはコスト最優先」と言い切るが、一方のホンダとしては、高付加価値で他社より少し割高なNシリーズという商品性を考えると、Nトラックは現時点で量産ベースに乗らないのだろう。
ホンダは5月12日に実施した2020年3月期決算でも、コロナ禍によって直近で行っている事業の「選択と集中」をさらに厳しく検証するとしており、軽自動車はNシリーズにおける乗用強化がさらに推し進めると考えられる。
そうした中で、ホンダ旧世代の設計思想ともいえるアクティ・トラックが、その使命を終えることになるのは仕方のないことだろう。
次世代の軽トラックはEVになるのか?
ホンダは今、ホンダ史上最大の社内変革期にある。2019年度、研究所の体制を大きく見直したうえで、2020年度からは4輪の量産体制で2輪と同じく本社と研究所が完全に融合する組織へと刷新した。
こうした中で、商用車という考え方について大きな変化が起こる可能性がある。それが、ライフクリエーションセンターの存在だ。農耕機、発電機などのパワープロダクツ部門とロボティクス部門が融合し、2019年度に発足した。
福井県勝山市の鷲田商会で販売されるホンダのパワープロダクツの中古品(筆者撮影)
農業や建築業など、商用車よりも作業車という側面が強い軽トラックを、ライフクリエーションセンターによる新たな発想によって生まれ変わらせることも、十分に考えられる。
移動距離が少なく、また走行ルートがある程度予測がつく軽トラックならば、パワートレインの電動化を想定しやすい。電動化すれば、各種電動工具への充電なども考慮できるはずだ。
決算報告でも、ホンダの八郷隆弘社長は「ウィズ・コロナ」から「アフター・コロナ」の時代に向けて、新しい生活様式の提案として、地域での電力の地産地消を考慮した「eMaaS(イーマース)」実用化の可能性を示唆している。
今回、アクティ・トラックの歴史に幕が下りる。それと同時に、ホンダの原点である「技術は人のために」に対する挑戦が、次世代へと受け継がれることを期待したい。