木村花さん (写真は本人のSNSへの投稿より)

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「2度とテレビに出るな」「気持ち悪い、消えろ」──。見ず知らずの人から苛烈な言葉を受けて、22年の人生に自ら終止符を打った、女子プロレスラーの木村花さん。“みんなが書き込んでいるから”と、軽い気持ちで書き込んだ言葉が積み重なって起きた今回の悲劇。ネットの世界で自分が加害者、被害者にならないためにはどうすればいいのか。

カメラに向かって柔らかな表情を浮かべる生前の木村花さん

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「意見としての批判と誹謗(ひぼう)中傷の違いを示す明確な線引きはありません。どこからが誹謗中傷なのか、といったことを定義化するのは難しい」

 そう話すのは、アトム市川船橋法律事務所・高橋裕樹弁護士。

 恋愛リアリティー番組『テラスハウス』の出演者だった女子プロレスラー木村花さん(享年22)が、SNS上での度重なる誹謗中傷を受け、自ら命を絶った──。

 将来を嘱望されていたレスラーの早すぎる死は衝撃的なニュースとして報道され、とりわけ、そのきっかけになったともいわれるネット上の誹謗中傷に大きな関心が集まっている。

名誉毀損罪と侮辱罪に相当する

「報道以降、問い合わせが増えています」と高橋さんが説明するように、「自分なりの意見として書いた内容が批判的だと誹謗中傷に相当するのか?」「出来心で書いただけの悪口だけで訴えられてしまうのか?」といった過去の自身の書き込みに怯(おび)えている人は、少なくないようだ。

 意見表明として書いたので誹謗中傷にはならない、そう思っていても冒頭の言葉が示すように、われわれが想像している以上にこの問題は複雑かつあいまいで、ややこしい。そもそも誹謗中傷とは何なのか?

「刑法でいえば、名誉毀損(きそん)罪と侮辱罪に相当します。公然の場で事実を言って相手の評価を下げることが名誉毀損罪、同様に評価や意見を言って評価を下げると侮辱罪になります」(高橋さん、以下同)

「Aさんは不倫をしている」(事実関係の証拠検証可能なもの)と言いふらし、それが事実であっても結果的に相手の社会的な評価を下げることにつながれば前者に。「Bさんって頭が悪いよね」という具合に、好き勝手に評価や意見を放言すると後者に該当するという。公然の場と見なされるSNS上で、心ない言葉を投げかけられた木村花さんのケースは、侮辱罪に相当する誹謗中傷となる。もし仮に、あなたがツイッター上でプロ野球選手に、次のようなリプライ(特定のツイートに対する返信・応答)を送ったとしよう。

「つぶやく暇があったら、勝利に貢献できるよう練習しろ、ヘボピッチャー!」

 このプロ野球選手の成績が悪ければ、ヤジの類いとして許容されそうなものだが、

「“ヘボ”は間違いなく侮辱になるでしょう。また、“勝利に貢献できるよう練習しろ”という一文も、練習をしていない選手と揶揄しているようにも受け取れるため、名誉毀損的でもあるし侮辱的でもある。この例文は、限りなく赤に近い黄色ですね」と、高橋さんは指摘する。

 特定の人へのヤジのような批判は、誰もが1度は口にしたことがあるはず。自覚がなかっただけで、実は赤信号を渡っていたとは、もはや他人事ではない。

「有名人の場合は、イメージの問題もありますし、有名税と割り切って相手にしない人も多いようですが、言葉だけを見れば侮辱罪になりうる。政治家のスキャンダルを公にするというように公益目的などであれば名誉毀損や侮辱に相当しませんが、SNS上の罵詈(ばり)雑言はアウトでしょう」

 確かに、テレビなどで露出が多い芸能人たちは、その言動や行動が目につきやすい。また、キャラクターが一般人とかけ離れていればいるほど、批判もしやすい存在になる。だからといって根も葉もないことや汚い言葉が許されるということではない。ネットの中では姿の見えない、別人格になれるということも言葉が過激になる理由のひとつなのだろう。このことは一般人同士が、匿名でお互いに罵(ののし)り合っていた場合も同様だ。

「死ね」という言葉はグレー!?

 万が一、自分が被害者になった際は、それまでの経緯や状況をSNS上で公表しないほうが賢明とも教える。

「誹謗中傷によって、精神的な苦痛を受けているという点が重視されるので、迷惑を被っていると言いながら、SNS上で経過を逐一、報告していると、楽しんでいるのではないか、注目を集めるためにやっているのではないか、と指摘され、加害者にアドバンテージを与えかねません」

 また、“死ね”を“タヒ”と表現するネットスラングや縦読みも、「直接的か間接的かだけの差異」でしかなく侮辱の範疇(はんちゅう)にあるという。ただし、“死ね”という言葉には意外な事実が……。

「名誉毀損罪と侮辱罪は、社会的評価を下げるということを前提としています。仮に、“高橋は弁護士資格がない”と誹謗中傷されたとしましょう。この場合、事実とは異なりますし、その誹謗中傷の影響で依頼者が減る可能性があるため社会的評価を下げた=名誉毀損になります。ところが、“高橋、死ね”と誹謗中傷されたとしても、私が傷つくだけで依頼者が減るといった社会的評価に影響はないと見なされる。“死ね”という言葉は、刑事罰の誹謗中傷として扱う際は、非常にグレーになります」

 もっとも過激な誹謗中傷であると思われる“死ね”という暴言が、刑法の視点から考えると宙ぶらりんの言葉になるとは、知りたくなかった事実。SNS上で“死ね”と精神的に追い詰めることは、自殺教唆(きょうさ)罪や脅迫罪など別の犯罪として扱われるケースも考えられるというが、名誉毀損として扱われないとは……。

「民事事件という枠の中に、刑事事件という部分が含まれていると考えてください。誹謗中傷の問題を考えるとき、このふたつを分けて考えていかなければいけません」

 社会的な制裁を望み告訴したとしても、侮辱罪の刑罰は、拘留(30日未満の身柄拘束)または科料(一万円未満の金銭支払いの刑罰)。加えて、刑事事件の罰金は被害者の手元にわたることはない。なので誹謗中傷を行った加害者に対し、慰謝料請求という民事訴訟を選択するケースが多くなるのだが、匿名という安全な場所から好き勝手に投石しておいて、犯罪にはならず、社会的地位も毀損されないというのは釈然としない。

 しかも、慰謝料請求にもハードルがある。ツイッターで誹謗中傷を受けた場合、

「まずツイッター社に対してネット上の住所にあたるIPアドレスの開示を求める裁判を行うため、その費用が最低でも20万円ほどかかるでしょう。その後、プロバイダーに個人情報を求めて、相手を特定するための裁判があり、ようやくその相手に対し慰謝料請求の民事訴訟を行います」

 裁判を3回起こさなければ、慰謝料請求にたどり着けない──想像以上に手間とお金がかかるのだ。相手の侮辱行為が認められたとしても、慰謝料も数十万円と低くなりがちだという。

「名誉というものに対して、それだけお金と時間をかけられますか? というのが現状です」

 リアルな現実世界に比べ、SNSが厄介な存在であることに拍車をかける。例えば、もし職場で、

「お前はいつも仕事ができないんだからもっと努力しろ。あと、体臭がきついから清潔にしろ」

 と、毎日のように上司から言われ続けたとしよう。

「この場合、上司からのパワハラにあたるので、会社に対して慰謝料請求ができます。相当額の慰謝料請求を勝ち取りやすく、相手を開示する手間もありません」

 SNSでの誹謗中傷に比べると、はるかに手続きをスムーズに進められるというわけだ。さらに問題点として、

「ツイッターの場合、書き込みを削除すると、IPアドレスの記録は1か月ほどでなくなるといわれてます。それが消えてしまうと書き込んだ人間を特定できなくなってしまうため迅速性を求められる点もネックでしょう。相手を特定できないのにデジタルタトゥーとしてネット上に誹謗中傷は残り続ける。SNSが登場する以前とは状況が全く異なるにもかかわらず、これまでどおりの慰謝料の基準や裁判官の裁量で考えるのは妥当性に欠けていると思います」

表現の自由とどう向き合うか

 現在、総務省が情報開示ルールを定めた『プロバイダー責任制限法』の改善点を協議する有識者会議を設けているのは、前記のような背景があるからだ。発信者を特定しやすくできるよう、SNS事業者などが被害者に開示できる情報に、電話番号を加えるといったことが話し合われている。高市早苗総務相は記者会見で、「相手方の特定に時間がかかる。適切な刑事罰のあり方を考えなければならない」と法改正も示唆している。

 その一方、「表現の自由を侵害しかねない」といった声も上がる。何が意見で、何が誹謗中傷かあいまいなままでは、表現の範囲が狭まるのではないか、と。

 先述した「勝利に貢献できるよう練習しろ」を例に挙げれば、否定的な意見を書く際に名誉毀損的、侮辱的と見なされる可能性があるため、指が止まってしまいそうだ。

「つぶやく回数以上に、勝利回数に貢献してください」

 これなら問題なさそうだが、批判のはずが、「なぜ丁寧語になっているんだ」と自問自答したくなる。

「批判的な表現に対して、反論で対応するのが表現の自由を確保するうえで大原則です。表現内容そのものを、処罰の対象にすることは基本的には望ましくありません。ですが、ネット上の誹謗中傷ととれるものの中には明らかにやりすぎているものも散見されます。どのように折り合いをつけていくのか──、とても難しいと思います」

『食べログ』や『Amazon』のレビューを見ると、訪問する意欲や購買意欲を損なわせるような書き込みがある。しかし、肯定的なレビューばかりが並んでいれば、それはもう自由とはほど遠い。ある程度の清濁は、表現の自由を考えれば許容せざるをえない。

「スパイシーな批判は必要だと思いますし、言論の保護と見なされる可能性も高いでしょう。ただし、根拠のない悪口や人格を否定するような内容に及ぶと、誹謗中傷の類いになる。そこをひとつの指標として念頭に置いておいてください」

 コンテンツのプロバイダーや電波を使用する携帯キャリアの管轄となる総務省は、7月には制度改正の大枠を示すとしている。仮に法改正に至ったとしても、ツイッター本社は米国・カリフォルニア州サンフランシスコにある。海を越えたIT企業が、どこまで応じるかは不透明だろう。

「『プロバイダー責任制限法』の改正に加え、国が“誹謗中傷とはどういったものを指すのか”といったガイドラインを提示することも必要なのではないか。そのガイドラインに従って、ふさわしくない書き込みがあった場合は、自主的に削除する、自主的に開示する、そういったルールを作ることも大事でしょう」

 今やSNSは、現実社会のコミュニケーションやカルチャーと密接につながっている。「誹謗中傷されたくないならやらなければいい」「そんなものはスルーしてしまえばいい」などという意見も聞こえてくるが、ファッションとしてミニスカートを楽しんでいる人に、「そんな格好をしているから襲われるのだ」とおせっかいを焼くようなもの。ファッションもまた表現の自由であって、他者から釘を刺される筋合いなどないだろう。

 私たちは、加害者にも被害者にもなる可能性があるSNSと、上手に向き合っていくしかない。

「学校で、SNSをするうえでの望ましいマナーや使い方などを教える、といったことも本格的に議論されてもいいと思います」

 と高橋さんが言うように、SNSが身近になった今、“軽い出来心”で投げかけた言葉が刃にならないよう、大人も含めて学ぶ姿勢が問われている。

【ネットで被害を受けた芸能人たち】
 以前からネット上で芸能人は謂れのない誹謗中傷に悩まされてきた。「留守は放火のチャンス」などと書き込まれ刑事告訴に踏み切った川崎希。舌がんの手術を受けた堀ちえみに対して「死ねばよかったのに」と、ブログに書き込んだ女性は脅迫容疑で書類送検された。西田敏行は「違法薬物を使用している」などと虚偽の記事を書き込まれ、ブロガーの男女3人が威力業務妨害の疑いで書類送検となった。

(取材・文/我妻アヅ子)

【プロフィール】
高橋裕樹 ◎2008年に弁護士登録。少年事件や遺産問題にも強い。著書に『慰謝料算定の実務第2版』(ぎょうせい刊)がある