アメリカでもついに新型肺炎で死者が発生。トランプ大統領は株価下落に相当焦っているかもしれないが、肺炎は下落のきっかけに過ぎない(写真:AP/アフロ)

今回は、ちょっと前の2月上旬での話から始めさせていただく。

筆者は日本CFA協会の招待で、講演をさせていただいた。CFA(Chartered Financial Analyst)とは、平たく言うと、アメリカ発祥の証券アナリスト資格だが、その際の講演タイトルが、「ブラックスワンと灰色のサイ〜綱渡りする世界株式市況の綱を切るのは誰か?」だった。実はこのタイトルは、事務局からの依頼で、昨年の終わりに決めたものだが、現在の市場動向についての筆者の考え方の根幹を示している。そのため、他のセミナーなどでも使っており、紹介させていただく。

もともとアメリカの株価上昇は「綱渡り」だった


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まず、この講演タイトルの「綱渡りする世界株式市況」についてだが、つい最近まで、たとえばアメリカの主要な株価指数は史上最高値をたびたび更新していた。

それを手掛かりに、日本株も、海外短期筋が日経平均先物への買いなどを入れたことから堅調に推移してきた。そうした株価の上昇を、「上り坂の岩盤の上を歩んでいる、確固たる上昇相場だ」と称した向きも多かったように思う。

すでにアメリカの株価の正当化できない割高さは、予想PER(株価収益率)などに示されていたものの、多くの強気筋は「ドナルド・トランプ大統領は再選のため、選挙まで株価を上げまくる」「連銀が金余りにしているから、株価は上がり続ける」と唱えていた。

そうした説が根拠薄弱だったことは、足元の株価下落で露呈したと言える。だが、別の言い方をすると、つい最近までのアメリカの株価上昇は、岩盤の上にあったのではなく、綱渡りを続けてきたと考えられる。いつ綱から落ちてもおかしくない状況だったが、たまたま長期間渡り続けられたため、多くの人が綱の横に「岩盤の幻」が見えたのではないだろうか。

では、「誰がアメリカの株価を綱から落としたのか」、あるいは「渡っている綱を切断したのか」、という点も、前述のタイトルにはこめられている。それを解説するには、「ブラックスワン」と「灰色のサイ」について、説明しなければなるまい。

ブラックスワンはご存じの方も多いと思う。今では、黒い白鳥(こういう言い方は矛盾しているが)がいる、というのは知られているが、昔は存在が(欧州などの人たちには)知られていなかった。このため、存在しない、起こりえないと考えていた、意外な波乱要因を、ブラックスワンと呼んでいる。典型例として、リーマンショックをブラックスワンとして挙げる人が多い。現時点では、新型コロナウイルスによる肺炎の流行が、ブラックスワンと言えるだろう。

新型肺炎は灰色のサイを気づかせたきっかけに過ぎない

それに対して灰色のサイは、サイの色は灰色なのだから、当たり前の話だ。日本でも動物園で灰色のサイは見られるし、アフリカやインド北部などの生息地に行けば、数多くいる。そのため、「誰でも知っている」、市場で言えば「そんな材料は織り込み済みだ」といったような要因が、灰色のサイだ。ただ、灰色のサイも、ひとたび暴れれば、大変なことになる。

最近の世界経済や市場動向で言えば、灰色のサイは、アメリカ株の予想PERが高過ぎるとか、日本の経済指標が軒並み悪化しているとか、アメリカの株高が企業の借り入れによる自己株買い戻しに依存し過ぎているとか、中国経済が(新型肺炎の前から)減速していたとか、米中間の通商部分合意の中身が乏しいとか、実は米連銀の短期国債買い入れでも金余りになどなっていない、などなど数多い。

筆者は、新型肺炎というブラックスワンは、綱を切り落とした張本人だとは考えていない。それは灰色のサイに気づかせた単なる「きっかけ」、あるいは暴れる灰色のサイの「添え物」に過ぎない。灰色のサイを織り込み済みと軽視し、綱の上を歩んでいた株価が、サイの角に突き落とされた、というのが、このところの世界株価下落の本質だと解釈している。

もちろん、短期的な経済動向は、新型肺炎の流行やそれによる生産・物流の停滞、人々の心理の混乱などによって、振り回されることになりそうだ。

そうした短期要因で市況が荒れることで、株式市場では投げ売りや大胆な押し目買いが交錯し、主要国の株価は短期的にV字型の反発を見せるだろう。

ただ、大きな株価の底がどの辺りかを推し量るうえでは、そうしたブラックスワンによる波乱ではなく、本質的な灰色のサイに基づいて考えるべきだろう。筆者は、主に次の2点が、本質的な株価下落要因だと解釈している。

1) アメリカの景気や企業収益が低迷しているにもかかわらず、過度の楽観から同国の株価が上昇し過ぎて、極めて割高な状況にあった。

2) 新型肺炎が流行する前から、日本経済や日本企業の収益が、悪化基調を鮮明にしていた。

中期での日米株価の底値メドはいくらになるのか?

こうした2点に沿って、中期的な株価の底値メドを考えてみよう。

まず、割高なアメリカ株価はいつ解消に向かうのか。代表的な指標の1つであるS&P500の予想PERの週平均値(企業収益の予想値は、先行き12カ月間のアナリスト予想を、米ファクトセットが集計したもの)は、2月21日(金)時点では19.0倍で近年の最高値をつけていた。

その前の最高値は18.7倍(2018年1月26日)で、当時も同年2月から株価は調整に入った。今回も、いつ株価が下落に転じてもおかしくない状況だったと言える。近年の予想PERは、通常は15〜17倍で推移してきたので、足元のPERが、株価下落によって、通常の推移のレンジの中央値である16倍まで下がる、というのは、全くおかしくない。あるいは、楽観に振れ過ぎた株価は、反動が出ると悲観に振れ過ぎることもあるため、15倍まで低下することも十分ありそうだ。

仮にS&P500指数の下落だけで、PERが15倍に低下する仮定しよう(ここでは、分母の1株当たり利益予想値の下方修正がない、といった楽観的な前提とする)。すると2月28日(金)時点ではS&P500の予想PERは17.35倍であったので、それが15倍に低下するのは、同日からさらに13.5%の株価下落となる。それをNY(ニューヨーク)ダウ工業株指数に当てはめると(NYダウ工業株とS&P500の騰落率が同じだとすると)、同日で終わった週の平均値は2万6635ドルであったため、約2万3000ドルがメドになる。

一方、日経平均株価については、米ドルに換算した日経平均が、S&P500やNYダウ工業株指数と同率変化すると仮定する。そうして米ドル建て日経平均の下値メドを計算し、米ドル円相場を使って、円建て日経平均を求めればよい。

おそらく、アメリカ株価が大きく下落する局面では、今より米ドル安円高に進んでいると見込まれる。そこで、アメリカ株の予想PERが15倍、1ドル=100円だとすると、日経平均の下値メドは1万7400円程度となる。

以上からざっくりは、おそらく日経平均株価は2万円を大きく割れる公算が高く、最悪の場合1万7000円台を覚悟すべき、という試算結果になる。

「過去最悪時のPBR基準」で見るとどうなるか?

では、もう一つの、日本の経済や企業収益の悪化基調から日経平均株価にアプローチするとどうなるか。

「今のところは」日本株は予想PERでみて割高ではない。だが、だいぶ前から企業収益が悪化の一途をたどっている。このため、1株当たり利益が今後どのくらい減るか予想がつかず、予想PERは、下値メドを考えるうえで、役に立たない。そこで、PBR(株価純資産倍率)で下値メドを推し量るべきだろう。予想1株当たり利益が大幅に下方修正されても、1株当たり純資産はあまり変わらないためだ。

よくPBR1倍が下値目途だ、と言われる。だが過去にPBRが1倍を大きく割り込んだことは、何度かあり、最低記録の典型例としては、2008年のリーマンショック後の2009年3月(9日、10日、12日)の0.81倍と、2012年6月(4日)の0.87倍が挙げられる(加重平均ベースの実績PBR、日本経済新聞社による)。

2月28日(金)の日経平均株価(2万1142円)の実績PBRが1.02倍だったので、PBRが0.81倍に低下すると、日経平均は約1万6800円、PBRが0.87倍なら、日経平均株価は約1万8000円となる。日経平均は2万円を深く割れる展開が否定できず、最悪の場合1万6000円台を見込んでおけばよい、ということになる。

上記のように、日経平均の下値メドは、1万6000円台から1万7000円台と見込んでいるが、それはあくまで試算に過ぎない。実際にどこが底値になるかは、わからない。加えて、短期的に株価がV字型に反発を見せるだろうと述べたが、最安値の前後も、V字型だろう。

つまり、もしV字に株価が動いても、それが目先だけの底なのか、大底なのかは、その時点では全くわかるまい。このため、日経平均株価が2万円を割れてから、現物をこつこつと下値で拾って、一段と株価が下振れしても耐える(売らない)姿勢を推奨する。耐えられないようなポジション取りは、全く勧めない。ただし、それを承知で信用取引などを行なうといいうなら、それは個人投資家の自由だ。

今週に限っての日経平均株価の推移レンジは、2万0500〜2万2500円と、短期リバウンド気味に見込む。だが、大きく誤る可能性が高い。