軍事とIT 第336回 最新レーダーの話題(4)タレスの艦載レーダー(2)
今回も前回に引き続き、タレスの艦載レーダーを紹介しよう。ただし、前回とは異なり、今回のお題はフランス海軍向けの製品だ。海外の軍事専門誌で読んで「へえ〜」と思った話があったので、ここで取り上げてみることにした。
○シーファイアと塔型構造物
タレスが手掛けている艦載多機能レーダーの1つに、「シーファイア500」という製品がある。もちろん、スーパーマリン・スピットファイア戦闘機を艦上戦闘機化した「シーファイア」とは何の関係もない。
フランス海軍では現在、新型水上戦闘艦の計画を進めている。当初はFTI(Frégates de Taille Intermédiaire、中間サイズのフリゲート)といっていたが、後にFDI(Frégate de Défense et d'Intervention、防衛・介入用フリゲート)に改められた。排水量は4,250tで、なるほど、いまどきの水上戦闘艦としては大きくない。
そのFDIに搭載するのが、タレス製の「シーファイア500」レーダー。前回に取り上げた「シーマスター400」と同様、四面構成の固定式アンテナ・アレイを備えるフェーズド・アレイ・レーダーである。
窒化ガリウム(GaN)製の送受信モジュールを使うのは「業界標準」で、アンテナ・アレイは2.5m四方。これを、前回に取り上げた「I-MAST 400」と同じ考え方で、塔型構造物に組み込む。
FDIにおけるシーファイア500の実装で面白いのは、レーダー機器室だけでなく、戦闘情報センター(CIC : Combat Information Center)まで上部構造物にひとまとめにしてしまうこと。厳密にいうと、塔型構造物の中はレーダー機器室で、その最下層が上部構造物に組み込まれて、そこにCICを配置する。
普通、CICは上部構造ではなく主船体内に配置することが多い。抗堪性の観点から、という理由だ。背景には、主船体より上部構造のほうが被弾損傷の可能性が高いから、という考えがある。
といっても実際には例外はいろいろあるものだ。たとえば、米海軍のオリヴァー・ハザード・ペリー級フリゲートは、艦橋直後の上部構造内・最上層にCICを置いていた(自分の眼で見てきているから間違いない)。この位置なら艦橋との行き来が楽だから、CICにいる必要があったり艦橋にいる必要があったりする艦長にとっては助かる。
逆に、海上自衛隊の護衛艦は基本的に、CICを主船体内に配置している。ただし例外もあるのだが、その話は本題から外れるので措いておくとして。
さて。CICを塔型マストの下に置くと、どんな利点があるのだろう。
○艤装工程の効率化
レーダーというのはアンテナが単独で存在しているわけではなくて、レーダー関連の電子機器室が必要になる。さらに、そこから出てきたデータが指揮管制装置という名のコンピュータに入る。
そして、そのレーダーや指揮管制装置を操作したり、データを表示させたりするために、コンソール装置やディスプレイ装置がCICに置かれる。ということは、レーダー本体と指揮管制装置、CICの間に、多数の電気配線が行き来するということである。
データや指令をやりとりするための配線だけでなく、電源の配線も必要になる。もしも機器が水冷式なら、冷却水の配管も必要になる。艦載用のコンピュータでは意外と、水冷式の事例があるのだ。
それらを設置したり、メンテナンスしたりする際の手間は無視できない。レーダーが上部構造に取り付けてあり、CICが主船体内にあると、その配線や配管が行き来する距離が伸びて、途中で通る区画も増える。当然ながら艤装の手間も増える。
しかも、艤装工程の途中で電子機器の据え付けを行う際は、艦内をきれいな状態にしてから行わなければならない。すると、電子機器の据え付けを行うタイミングは、建造・艤装工程の中でも、かなり後のほうにならざるを得ない。そのことが、建造工程を組む際の制約要因を増やしてしまう。
レーダー、関連機器、CICをひとまとめにして統合マストのブロックにまとめてしまえば、その艤装の手間をある程度、軽減できるのではないだろうか。先に統合マストのブロックを製作して、そこに所要の機器や配線を取り付けてしまうことができる。その状態で船体に据え付けるわけだ。
○先行艤装に問題はないか
ただし、すべての機器を先行艤装してしまうと、それはそれで問題があるかもしれない。デリケートな電子機器を収めたブロックをクレーンで吊って運び、吊り降ろすことになるからだ。機器に余計な衝撃を加えたくはないだろうから、それは避けたいところかもしれない。
それに、機器を積み込んだ状態のブロックは、当然ながら機器の分だけ重くなる。すると、機器の取り付けはブロック据え付け後の方が良いかも知れない。しかし、配線・配管だけでも先行艤装できれば助かる。
また、艦艇の寿命は長いから、中途で搭載機器を更新する可能性が高い。その際に、統合マストのブロックごと外して、新しい機器に対応するブロックとすげ替える、なんていう手も使える。
あと、先に書いたようにFDIは比較的小型の艦だから、当然ながら艦内スペースにも余裕がないと思われる。そのことと、CICと艦橋の間の行き来の便利さも考慮に入れて、CICを艦橋後方の上部構造物内に置いて、上部の統合マストと一体化する。これはこれで合理的な考え方といえる。
もちろん、「抗堪性が……」という異論はあり得るだろうけれど、そこはいわゆるトレードオフというやつである。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。
○シーファイアと塔型構造物
タレスが手掛けている艦載多機能レーダーの1つに、「シーファイア500」という製品がある。もちろん、スーパーマリン・スピットファイア戦闘機を艦上戦闘機化した「シーファイア」とは何の関係もない。
そのFDIに搭載するのが、タレス製の「シーファイア500」レーダー。前回に取り上げた「シーマスター400」と同様、四面構成の固定式アンテナ・アレイを備えるフェーズド・アレイ・レーダーである。
窒化ガリウム(GaN)製の送受信モジュールを使うのは「業界標準」で、アンテナ・アレイは2.5m四方。これを、前回に取り上げた「I-MAST 400」と同じ考え方で、塔型構造物に組み込む。
FDIにおけるシーファイア500の実装で面白いのは、レーダー機器室だけでなく、戦闘情報センター(CIC : Combat Information Center)まで上部構造物にひとまとめにしてしまうこと。厳密にいうと、塔型構造物の中はレーダー機器室で、その最下層が上部構造物に組み込まれて、そこにCICを配置する。
普通、CICは上部構造ではなく主船体内に配置することが多い。抗堪性の観点から、という理由だ。背景には、主船体より上部構造のほうが被弾損傷の可能性が高いから、という考えがある。
といっても実際には例外はいろいろあるものだ。たとえば、米海軍のオリヴァー・ハザード・ペリー級フリゲートは、艦橋直後の上部構造内・最上層にCICを置いていた(自分の眼で見てきているから間違いない)。この位置なら艦橋との行き来が楽だから、CICにいる必要があったり艦橋にいる必要があったりする艦長にとっては助かる。
逆に、海上自衛隊の護衛艦は基本的に、CICを主船体内に配置している。ただし例外もあるのだが、その話は本題から外れるので措いておくとして。
さて。CICを塔型マストの下に置くと、どんな利点があるのだろう。
○艤装工程の効率化
レーダーというのはアンテナが単独で存在しているわけではなくて、レーダー関連の電子機器室が必要になる。さらに、そこから出てきたデータが指揮管制装置という名のコンピュータに入る。
そして、そのレーダーや指揮管制装置を操作したり、データを表示させたりするために、コンソール装置やディスプレイ装置がCICに置かれる。ということは、レーダー本体と指揮管制装置、CICの間に、多数の電気配線が行き来するということである。
データや指令をやりとりするための配線だけでなく、電源の配線も必要になる。もしも機器が水冷式なら、冷却水の配管も必要になる。艦載用のコンピュータでは意外と、水冷式の事例があるのだ。
それらを設置したり、メンテナンスしたりする際の手間は無視できない。レーダーが上部構造に取り付けてあり、CICが主船体内にあると、その配線や配管が行き来する距離が伸びて、途中で通る区画も増える。当然ながら艤装の手間も増える。
しかも、艤装工程の途中で電子機器の据え付けを行う際は、艦内をきれいな状態にしてから行わなければならない。すると、電子機器の据え付けを行うタイミングは、建造・艤装工程の中でも、かなり後のほうにならざるを得ない。そのことが、建造工程を組む際の制約要因を増やしてしまう。
レーダー、関連機器、CICをひとまとめにして統合マストのブロックにまとめてしまえば、その艤装の手間をある程度、軽減できるのではないだろうか。先に統合マストのブロックを製作して、そこに所要の機器や配線を取り付けてしまうことができる。その状態で船体に据え付けるわけだ。
○先行艤装に問題はないか
ただし、すべての機器を先行艤装してしまうと、それはそれで問題があるかもしれない。デリケートな電子機器を収めたブロックをクレーンで吊って運び、吊り降ろすことになるからだ。機器に余計な衝撃を加えたくはないだろうから、それは避けたいところかもしれない。
それに、機器を積み込んだ状態のブロックは、当然ながら機器の分だけ重くなる。すると、機器の取り付けはブロック据え付け後の方が良いかも知れない。しかし、配線・配管だけでも先行艤装できれば助かる。
また、艦艇の寿命は長いから、中途で搭載機器を更新する可能性が高い。その際に、統合マストのブロックごと外して、新しい機器に対応するブロックとすげ替える、なんていう手も使える。
あと、先に書いたようにFDIは比較的小型の艦だから、当然ながら艦内スペースにも余裕がないと思われる。そのことと、CICと艦橋の間の行き来の便利さも考慮に入れて、CICを艦橋後方の上部構造物内に置いて、上部の統合マストと一体化する。これはこれで合理的な考え方といえる。
もちろん、「抗堪性が……」という異論はあり得るだろうけれど、そこはいわゆるトレードオフというやつである。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。