ひきこもりは、自分にはまったく関係のないことだと感じていませんか? (写真:polkadot/PIXTA)

「中高年のひきこもり」といえば、仕事もしない怠け者、1日中家でブラブラしていて風呂にも入らず、時々親に暴言を吐いたり、暴力を振るったりしているのだろう、と思っている人もいるかもしれません。ですが、事態はもっと深刻です。中高年のひきこもりを決して「他人事」と思ってはいけない理由を、臨床心理士の桝田智彦による新書『中高年がひきこもる理由―臨床から生まれた回復へのプロセス―』から一部抜粋してお届けします。

2019年3月、ひきこもり、それも、中高年のひきこもり(40〜64歳までのひきこもり。以下、記事内では「中高年ひきこもり」とします)の推計が約61万3000人と報道され、大きな話題となりました。

私はこの約61万3000人のひきこもりは「問題」ではなく、日本社会が抱えるさまざまな問題の「答え」であると考えています。このさまざまな問題をひもといていくと、ひきこもるということが人間として正しい反応であるとも思えてくるのです。その理由をこれからお伝えしていきたいと思います。

世間の間違った「ひきこもり」イメージ

「中高年にもなってひきこもっている」といえば、仕事もしない怠け者で、1日中家でブラブラしていて風呂にも入らず、時々親に暴言を吐いたり、暴力を振るったりしているのだろう……。

多くの人たちがそのようなイメージで、中高年ひきこもりの方たちを捉えているのかもしれません。そして、そのようなイメージでひきこもりをとらえている限り、ひきこもりは自分にはまったく関係のない他人事にしか感じられないでしょう。

しかし、実は、そのようなイメージ自体が実際のひきこもりの人たちとは大きくかけ離れているのです。ひきこもっている中高年の中には、あなたとあまり変わらない「まともな」生活を長く送ってきた方たちも少なくないのです。その現実は、あなたも、そして私も、いつひきこもりになってもおかしくないことを示唆していると言えるでしょう。

例えば、次にご紹介する2つの事例を見ていただければ、ひきこもりが他人事として片付けられる問題ではないことを感じていただけると思います。

まずご紹介するのが、2019年7月5日、「NHK News UP」に掲載された、『母が死んだ 言えなかった1カ月』での男性です。彼を仮にここではAさんとしましょう。50代だったAさんは、同居していた80代の母親が亡くなり、その遺体と1カ月以上も共に暮らしたのち、逮捕されました……。

【事例1──職を失ってひきこもってしまった1000万円プレイヤー】

Aさんは外資系企業のエンジニアとして働き、年収は1000万円超え。華麗なる1000万円プレイヤーで、関東地方にマンションを購入し、独り暮らしをしていました。

本人いわく「父親がロクデナシで、子どもの頃から貧乏だった」。母親がパートをして一家の生活を支え、彼が学校を卒業できたのも母親のおかげでした。自分が稼げるようになってからは、苦労をかけた母親へ20年ものあいだ、仕送りを続けてきました。

ところが、今から6年前にAさんは突如、会社を解雇されます。解雇から1年後、再就職先を探し始めた彼の前に「50歳の壁」が立ちはだかります。再就職先は見つからず、気がつけば不採用の数は数十社にのぼっていました。

仕事は見つからず、蓄えは減り続け、焦りと不安は募るばかり。中国などでの求人はありましたが、老齢の母親を置いてはいけず諦めたそうです。そのうち、友人との連絡も途絶えがちになっていきます。

いつしか気力を失い、就職を諦めてしまい、そして、お金を使わないようにと、家にひきこもる時間がしだいに長くなっていったというのです……。

母親の遺体とともに1カ月以上を過ごす

そんな姿を見かねた母親に促されて、Aさんは、実家に帰ります。収入は母親の月8万5000円の年金のみ。年金受給日の前の数日間は、ふたりして米とみそだけで飢えをしのいだといいます。

そして、ある日、気がついたら、母親が横になったまま動かなくなっていたのです。息子であるAさんは現実を受け入れることができないまま、茫然とするばかりだったそうです。手元に残っていた現金は5万円ほどで、母の葬儀を出したら、自分が餓死するかもしれません。冷静に考えられなくなっていたAさんは死亡届を出すことなく、冒頭で述べたように、母親の遺体と共に1カ月以上を過ごしたというのです。

その後、所有していたマンションが売却できたことで、葬儀費用のメドがたつと、Aさんは自ら警察に母親の死を届け出て、逮捕されて、裁判で執行猶予の有罪判決を受けました。

NHKニュースのインタビューに対してAさんは、「……これまで親孝行をしてきたつもりですが、最後の最後にこんなことになってしまったことが悔しいですし、自分が情けないです」。

非正規やアルバイトの方たちだけではなく、正社員の、それも1000万円プレイヤーであっても、今の世の中、いつなんどき解雇されるかわかりません。そして、いったん解雇されたら、とくに中高年の場合には、再就職先がなかなか見つけられないのが現状なのです。

Aさんのように数十社受けても不採用ばかりとなれば、よほど強靭な精神力の持ち主でない限りは、やがて傷つき、自信を失い、身も心も疲弊して、外へ出ていく気力が失せたとしても不思議ではないでしょう。

次に、私自身がカウンセリングさせていただいている40歳のUさんの事例を見ていきましょう。

【事例2──生きにくい世の中で心をすり減らし、ひきこもりに】

Uさんは生まれも育ちも東京23区内。小さな頃から内向的な性格でした。家では、1度決めたら譲らない、頑固な面もありましたが、小学校、中学校では大きなトラブルを起こすことはなかったそうです。学校での成績はつねに上位で、勉強は得意でした。

私立の高校に進学した後も成績は優秀。順調な学校生活を続けます。親しい友人はできないながら、いじめを受けるなどの深刻な問題はなく、無事に高校も卒業して大学に進学します。興味関心のあることについては1度で記憶できるなど、「地頭のよさ」が際立っていて、大学の4年間は専門の工学の勉強に没頭していたそうです。

就職活動では、就職氷河期の真っただ中だったことから、中小企業のエンジニアとして採用されるのがやっとでした。それでも、その小さな会社の社長がUさんを非常に気に入って、「仕事の能力は高いけれど、人付き合いは苦手なUさん」を穏やかに見守り続けてくれたそうです。

きっかけは「社長の交代」

ところが、社長が息子に経営をバトンタッチしたことが、Uさんの順調だった会社生活に暗い影を落とすことになります。息子は不況のあおりを受けて、人員整理を始めます。

優秀なUさんはリストラの対象にはならなかったのですが、減った社員の分の仕事がUさんに回ってくるようになりました。

Uさんの仕事は増え、「シングルタスク」から「マルチタスク」となります。Uさんにとって、マルチタスク化した仕事は苦痛でならなかったそうで、この頃から、家でも仕事の愚痴が増え、言いようのない苦しみがUさんをむしばんでいきました。

さらに、つらいことは続きます。仲がよかった母親の他界です。Uさんはショックを受けますが、落ち込んでばかりはいられません。父子ふたりが食べていくために、なんとか頑張ってつらくても働き続けました。

しかし、そんなUさんも限界に達します。母の他界から1年後、突然、社長に辞表を提出したのです。詳しい理由を伝えることもなく、周囲から引き留められても耳を貸すことなく、退職しました。

ここからUさんのひきこもり生活が始まります。退職後、Uさんは外部との接触をいっさい断ち、一緒に暮らしていた父親にも心を閉ざすようになりました。

退職から8年、まったく外出しなくなって6年が経過し、あるご縁で私どもにご相談をいただき、ひきこもり回復のためのカウンセリングを開始することになったのが、今から1年前のことです。

カウンセリングの中で、Uさんには発達障害の1つである自閉スペクトラム症(旧・アスペルガー障害)の傾向が見受けられました。人付き合いが得意ではない、興味や関心のあることへの能力が高い、学力が高い、マルチタスクの仕事に苦痛を感じやすいといったUさんの特徴は、自閉スペクトラム症の代表的な特徴としても、よく知られています。

現在、Uさんは私どものカウンセリングと共に、保健師と精神保健指定医の訪問支援を受け、ひきこもりからの回復に向けて日々、一歩一歩、歩んでいます……。

ひきこもりは決して「他人事」ではない

Uさんのケースでは、彼が発達障害だと疑われるため「自分とは違う」と思われた方もいるかもしれません。しかし、過剰な生きづらさを感じている方の中には、自分が気づいていないだけで、実は発達障害の特性を備えている方も少なくないのです。


Uさんは、発達障害支援が十分でない時期に子ども時代を過ごされました。Uさんの世代では、発達障害の特性が見逃されたまま大人になり、社会に出た後で生きづらさを感じ、何かをきっかけにひきこもってしまう方も少なくないのです。Uさんのケースも、決して特別ではありません。

AさんもUさんも、多くの人と同じように進学、就職をして普通に働く中で、失業や母の死など、誰にでも起こりうることをきっかけに、ひきこもってしまいました。

もし、そのようなきっかけがなければ、AさんもUさんも、ひきこもらなかったかもしれません。そう考えると、ひきこもりが決して他人事ではないことを納得していただけるのではないでしょうか。