三池監督の世界観にどっぷりハマった内野聖陽
第4回マカオ国際映画祭に映画『初恋』(2020年2月28日公開)で参加した俳優・内野聖陽が、現地でインタビューに応じた。内野が海外映画祭に参加するのは『家路』(2014)で第64回ベルリン国際映画祭に続いて2度目。内野は「ベルリンの時にも思いましたけど、観客の方が映画を愛していて、前のめりで楽しむ気持ちで満ち満ちていて素晴らしいなと思いました」と語り、映画祭の雰囲気を満喫している様子だった。
テレビ東京系ドラマ「きのう何食べた?」の美容師ケンジ役で新境地を開拓した内野が、『初恋』ではまた新たな一面を見せている。同作は東京・新宿歌舞伎町を舞台に、ヤクザとチャイニーズマフィアの壮絶な抗争に巻き込まれた男女のラブストーリー。その中で内野は、昔気質の武闘派ヤクザ・権藤を演じている。サスペンスコメディー『悪夢のエレベーター』(2009)でチンピラ役を演じたことはあるが、本作ほどの強面な役は珍しい。
そもそもヤクザ役の依頼が来たことがなかったそうだが、今回は三池崇史監督であることや脚本に惹かれて二つ返事で快諾したという。
「ヤクザと言ってもさまざまなタイプがあると思うので、その辺りに詳しい三池監督にイメージをうかがったところ『冷凍保存されていたようなヤクザです』と(笑)。刑期を務めている間に世の中はすっかり変わり、ヤクザの生きにくい世界になっている。そんな時代に戻されてしまった不遇な任侠の男です。自分の死に場所を探しているような男という感じで演じました」
三池作品らしいアクションもある。内野は事前に「自分がどの程度動けるのかを査定してほしい」と提案し、スタントコーディネーターの辻井啓伺のスタジオに出向いて確認してもらったという。何せクライマックスで対峙するチャイニーズマフィアのボス・ワンを演じるのは、台湾映画『カンフーキッド』シリーズで一世を風靡したヤン・チャンクオなのだ。
ヤンの出演作をチェックした内野は「『カンフーキッド』でのヤンさんはとても身体能力の高い方。カンフーを繰り出されたらまずいな……」と一瞬ひるんだそうだが、幸いにも、今回はヤンのカンフーは封印。「三池監督は男同士が繰り出す気迫を重視されていたので、決め込んだ動きではなく、肉弾戦に近い戦いになりました」と言う。
しかもクライマックスで使用された都内のホームセンターは、内野がよく利用している店だったそうで「普段、買い物をしている場所が修羅場化するというのが面白くて(笑)。さらに脚本には全くそういう話はなかったのに、ある日突然絵コンテを見せられたらとっぴで奇抜な展開に変更されていた。それを見た瞬間、これはばかばかしいくらいスゴイ映画になるとエキサイトしましたね」と語り、三池監督の世界観にどっぷりハマったようだ。
内野の三池作品への思い入れは深い。初めて出演したのは時代劇『十三人の刺客』(2010)。明石藩主・松平斉韶の横暴ぶりを止めるべく、御目付の島田新左衛門ら総勢13人が立ち上がる暗殺劇。出演シーンこそ少ないが、内野演じる明石藩江戸家老・間宮図書の割腹シーンは鮮烈かつ、物語の要である。
内野は「あのシーンには気合い入れてましたね。切腹して、口からゲボゲボ血を吐いて死にたいと思ったので、血のりを買ってきて、風呂場で一人練習したんです。風呂場が殺人現場のようになりましたよ。ところが、完成した映画を観たら、血を吐くところだけ全部カット。あら〜? みたいな」と苦笑いしながら振り返る。
加えて役所広司演じる新左衛門の「斬って、斬って、斬りまくれ〜!!」のセリフで始まるクライマックスの活劇は俳優陣がイキイキと暴れ回っており、内野は正直に「悔しいなと思いましたよ。あれだけのアクションはなかなかない」と羨望のまなざしで鑑賞したと言う。その上で「多分、後半があれだけ鮮血が流れるので、前半は抑えめにしたのでしょうね」と、三池監督の狙いを納得しているようだ。
恐らく三池監督のことなので「きのう何食べた?」の内野の演技を見て、次回はまた予想外の役を依頼してくるかと思われるが、内野も「いろんな役をいっぱいやりたいですね」と乗り気だ。そこには51歳という年齢も迎え、心身の変化があるようだ。
「今まではどんな現場でも『必ず、勝つ!』みたいな肩ひじ張っていたところもありました。でも今は、力を入れてもしょうがないなとか、人間こういう時あるでしょっていう視線の種類が増えたのか、どの現場へ行っても『楽しんじゃえ』と。多少の無責任さやいい加減さを取り入れた方が上手くいくことがわかってきた。それに、どんな役を与えられても、自分の中から引き出せそうな感じがするんです。だから、いろんな役を遊びたいなと思ってます」と語る内野。2020年も俳優・内野聖陽は、またわれわれをいい意味で裏切ってくれそうだ。(取材・文:中山治美)
映画『初恋』は2020年2月28日より全国公開