『きのう何食べた?』原作者・よしながふみ「何を描いても少女マンガのつもりです」
ドラマ化され大好評を博した『きのう何食べた?』や『大奥』をはじめ、多くのヒット作を世に送り出し続けているマンガ家・よしながふみさん。ドラマ化の感想から、少女マンガにBLとディープな愛にあふれるマンガエリートとしての道筋まで、たっぷりと聞かせてもらった。(聞き手・文/小田真琴)
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『何食べ』はラブストーリー?
──ドラマ版『きのう何食べた?』は大好評のうちに終了しました。ご感想は?
「職場でみんなと見ていたんですが、1話につき50回ぐらいはかわいい〜ってつぶやいてましたね。“私たちはもふもふ動画を見ているのかな”と。思ったよりラブストーリーになっていてうれしい驚きでした」
──マンガの『何食べ』ではあえて恋人っぽい雰囲気は前面に押し出していませんよね。
「あくまでも料理マンガとして描こうと思っていたんです。食べることと性欲はわりと脳の同じ場所を使っているのもあって、両方描くのは相性悪いなあと個人的に思っていました。昔、セックスしながらご飯食べるとどっちもよくないって話を聞いて、本当にそうかもという、どっちかにしといたほうがいいなと思って」
──でもドラマ版はそうではなかった。マンガから大きくは変更していないはずです。
「そうなんですよ。セリフが変わっているわけじゃないんですけれど、西島秀俊さんと内野聖陽さんが、こまやかに愛情深くその行間を埋めてくださるんです。いってらっしゃいというシーンで目と目を見交わす様子や、乱れた襟を直すところ。そういうちょっとしたことがラブを感じさせるんですね。それでいて嫌な感じもしない。
切ないほどに2人が好き合っていて、見ていて胸に迫るものがありました。すっごいラブストーリーだったって西島さんご本人にお伝えしたら、“え、ラブストーリーじゃないですか”って返されてしまいました。いやっ、料理マンガです、と言い返せない自分がいて(笑)。素晴らしい役者さんに演じていただくと、こういうことになるんですね」
──そこらへんはうれしい誤算でしたね。
「いち視聴者として楽しかったです。思わずBL(※1)っぽく楽しんでしまったっていう、原作者としてはなんともいえない感想(笑)」
──二次創作じゃないですか(笑)。
「本当にそうです。すっごい絵とストーリーのうまい人たちに同人誌描いていただいたみたいな感じになって、とても楽しく最終回まで拝見しました。キャストとスタッフのみなさんには、心から感謝しております。本当にありがとうございました」
──『きのう何食べた?』では料理の段取りを事細かに描くシーンが特徴的です。
「あんまりそういう料理マンガがなかったんですよね。でも料理を作る人はみんな、あと一品何にしようかなとか悩んで生きていると思うんですよ。なので献立全部を紹介して、しかも全部同時にできあがる手順みたいなほうがおもしろいなと思って。あと、自分が純粋にそういうのを読みたかったんです」
──毎回、段取りのシーンが出てきて儀式みたいですよね。
「ほとんど『セーラームーン』(※2)の変身シーンですよね(笑)。かったるい人は読み飛ばしていいですよ、そうするとセーラームーンが勝手に戦う姿になるからと、それぐらいの気分で描いてます(笑)」
出家というのは合法的な自殺
──『何食べ』は現実の時間に合わせて登場人物が年をとってきています。近年は親や本人の“老い”というテーマも浮上してきました。
「主人公が55歳になってしまって、四捨五入したら60歳だと気づいてギョッとしたんですけれど、きっと本人たちもそうだろうなあと思うんです。みんなそうですけど、きっと自分が昔思っていた55歳じゃないはずなんですよね」
──初期にはシロさんの独身ネタが頻出しています。
「連載が始まった12年前は、40過ぎて結婚していないのは珍しいことだと世の中的に思われてたんですよね。特に親にとっては心配の種で、でもここまでくると息子が独身だということはたいした不幸じゃないのではないかと思うんです。子どもが経済的に自立して生きているだけで万々歳じゃないかと。でも10年前はそうじゃなかった」
──2003年の連作集『愛すべき娘たち』(※3)では、お見合いを繰り返した果てに出家してしまう女性のお話がありました。衝撃的でした。
「出家というのは社会の中で許された合法的な自殺だと思っていて、本当に世の中が嫌になっちゃったら出家したらどうかなと思って(笑)描きました。とある女友達が、税金も払っているし、社会人としての務めを果たしているつもりだけど、なんでこんな恋愛していないというだけで世の中から責められている気持ちになんなきゃいけないんだろう、って言っていたのが印象的だったんです」
──恋愛して当たり前、結婚して一人前みたいな風潮はいまだに強くありますよね。
「強がりではなしに恋人が欲しいわけではないのに、欲しいふりをしなきゃいけないみたいな雰囲気がすごくつらいっていうのは、私にもすごく覚えがありました。今は楽しく暮らしているのに、ひとりで楽しく暮らしちゃいけないんじゃないかみたいに言われているのがとってもつらい、と。そういう話も頭をかすめながら描きました」
──そういう流れは大きくなってきて、いまではそうした自由も認められるようにもなりつつあります。
「なりましたね。私も彼女もマンガを描いていたので恋愛ものを描けないというだけでクリエイターの王道からもはずされちゃっている気がしていました。今はだいぶ世の中も変わってきてよかったです」
どんな人物も自分と同じ人間
──BLでは男を描き、『愛すべき娘たち』では女性を描いて、徐々に描く対象を広げてきた印象があります。以前にインタビューで「女性を描くことと初めて向き合った」とおっしゃっていました。
「そもそもは男女のラブコメを描くつもりだったのですが、全然描けなかったんです。今までBLを描いてきたんだからボーイミーツガールだってきっと描けるはずだと思って描いたら、描けなかった。
“向き合った”というのは、女のキャラが出てきて、そこに物語を作ろうとするとき、自分が本当だと思っているのはこういうことなんだな、という事実と向き合ったということなんです。確かにこれは本当に私が思っていることだけど、エンタメとして出したときに読んでくれる人がどれくらいいるかがまったくわかりませんでしたね。不安で押しつぶされそうでした」
──エンタメとして成立しているか不安だったんですね。
「そうです。でも発売されて長いことたっても、こうやって言及してくださったりして今は描いてよかったと思ってますし、あんまり自分に嘘をつけなかったことがかえってよかったとも考えています」
──男性を描くこと、女性を描くこと、その違いで心がけていることはありますか?
「いや、全然ないです。自分が誠実にできることがあるとすれば、それは“共感できなくてもいいけど、別の世界の得体の知れない生き物だと思わないこと”。年の違う人も、男性も、とにかく自分と同じ人間だと思って描くということしか私にはできない。それが誠実さだと思っています」
─『愛がなくても喰ってゆけます。』(※4)にゲイの友人に謝るシーンがありますよね。あのときの気持ちは。
「『西洋骨董洋菓子店』(※5)を描いていたら小野がちょっとおもしろくなりすぎちゃって、筆がすべって雨の中でクルクル回るシーンとか描いちゃったんですよね。ちょっとやりすぎかと思って、それでゲイの友人にごめんねという話をしたんです。
でも彼が“そんなことでいちいち怒っていたらやってられないから”と言って、その返答がすごい心に残ってたんです。すごい無神経なことを言われ続けていると、鈍感にならざるをえないときがあるよねと思って描いた話ですね」
──BLを描くときに配慮していることはありますか?
「先ほども申し上げた、別の世界の生き物として描かないということですね。だから、あのときの小野はちょっと別の世界に行っちゃったかなあと思って」
──それはBLに限らず、あらゆる作品作りにおいて心がけていることでしょうか。
「そうですね。繰り返しになりますが、共感とは違うのですけれども、誰を描くときでも常にそう思って描くようにはしてます」
──逆にそうしたうえであれば誰でも描けるという。
「それもありますね」
──歴史上の人物を描く『大奥』(※6)も、“大きい歴史”を描くよりも個々人の“小さい歴史”を丁寧に描いていらっしゃいます。
「ミクロが連なってマクロになると思っています。特に徳川家の話なんて“徳川さんの家の話”でもあるから、まさにミクロな人間関係。でも、きっと今の政界だって普通にあいつ嫌いとか好きとかそういうことで動いてると思うんですよね(笑)」
──非常に少女マンガ的ですよね。惚れた腫れたで革命起こしちゃったり……。
よしなが先生の作品には時折、往年の少女マンガの思い出が顔を覗(のぞ)かせます。子どものころからたくさんお読みになっていたんですか?
「小学生のときにエッチなものを読みたくて『風と木の詩』(※7)を(笑)。ごめんなさい!」
──ポルノとして受容してたんですね(笑)。
「わりとそうですね。『日出処の天子』(※8)ですら、まだ小学生だったので、早く厩戸と(蘇我)毛人チューしねえかなあみたいな(笑)。深く読み込んだのは何年も後のことです」
なにを描いても少女マンガのつもり
──最初に読んだマンガは?
「『キャンディ・キャンディ』(※9)。祖母がなぜか2巻だけ買ってきてくれて(笑)」
──祖母あるある(笑)。
「なぜ1巻から買ってくれないのか。読むといきなりアンソニー(※10)が死んでるんですよ。キャンディはメキシコみたいなところに行かされそうだし、まったくわからない。でもそれしかなかったから、アンソニーが死んだ話を何回も読みました(笑)。
親は歴史の勉強になるからと『ベルサイユのばら』(※11)を全巻どさーって買ってきてくれましたね。あと、親戚のお兄さん、お姉さんがすっごいマンガ好きで、その人たちが24年組(※12)の先生の作品をたくさん持っていたから、貸してもらって読んでいました」
──そうやって1人のマンガエリートが爆誕したと……。
「わりと早期のエリート教育でした(笑)。中学生のときには24年組の先生たち、山岸凉子先生も竹宮惠子先生も萩尾望都(※13)先生も大島弓子(※14)先生もみんな読んでいました」
─『何食べ』にもジルベール(※15)が出てきますし。
「私、24年組の先生たちの作品こそが王道だと思ってきたから、自分が少女マンガからそんなにはずれたものを描いていないと思ってるんですよね(笑)。『何食べ』だって、掲載誌は『モーニング』(※16)だけど、気持ち的には少女マンガです」
──いつでも『なかよし』(※17)行けますよって(笑)。
「そうそうそう。ホント、ホント。別にキスシーンもないし、全然『なかよし』で描けるよって思って(笑)。なにを描いても少女マンガのつもりですよ」
──先生が“少女マンガ”というときの、自分の中の定義みたいなものはありますか?
「“少女が多感な時期に読むマンガ”ですね。自分がそういう時期に読んですごく救われたから。行く末の定まっていない時期って不安だし、目の前の勉強はやらなきゃいけないけれどやりたくないし、でも、もう幼子のように無垢でもない。そんな時期に読むマンガですかね」
──今後、描いてみたいテーマはありますか?
「芸能界ですね。とはいえ私、『土曜ワイド劇場』が大好きだったんですけど、2時間サスペンス枠がこの世からなくなってしまって、いま再検討中です(笑)」
《PROFILE》
よしながふみさん ◎1971年生まれ。ペンネームは吉永小百合と檀ふみから。『西洋骨董洋菓子店』『愛すべき娘たち』など多くの代表作を持つ。現在は『大奥』(MELODY)『きのう何食べた?』(週刊モーニング)を連載中。また同人サークル『大沢家政婦協会』の主宰としても活躍。
(※2)『セーラームーン』…武内直子『美少女戦士セーラームーン』(講談社)のこと。
(※3)『愛すべき娘たち』…女の生きづらさをテーマに描いた連作集。白泉社刊。
(※4)『愛がなくても喰ってゆけます。』…実際の飲食店が登場するグルメ連作集。一応フィクションで主人公は「YながFみ」とされているが、たぶんに現実の出来事も描かれている。太田出版刊。
(※5)『西洋骨董洋菓子店』…よしながふみの出世作。ゲイの天才パティシエ小野とゲイ嫌いのオーナー、元ボクサーの見習いパティシエの3人が人気洋菓子店で繰り広げる物語。新書館刊。
(※6)『大奥』…男女を逆転させて描かれた徳川幕府200年の歴史物語。17巻まで刊行中、いよいよ佳境に。白泉社刊。
(※7)『風と木の詩』…フランスを舞台に少年愛を描いた竹宮惠子による歴史的名作。現在は白泉社文庫版が発売中。
(※8)『日出処の天子』…聖徳太子を超能力を持つ同性愛者として描いた山岸凉子の名作。
(※9)『キャンディ・キャンディ』…原作・水木杏子、作画・いがらしゆみこによる大ヒット少女マンガ。現在は諸事情により絶版。
(※10)アンソニー…主人公キャンディの思い人。きつね狩りの際に落馬して命を落とす。
(※11)『ベルサイユのばら』…池田理代子がフランス革命を描いて社会現象になったメガヒット作品。よしなが先生はアンドレが好き。
(※12)24年組…昭和24年ごろに生まれた萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子、山岸凉子らを表す総称。従来の枠組みにとらわれない作品を発表、少女マンガの新時代を拓いた。
(※13)萩尾望都…今なお圧倒的な作品を作り続ける少女マンガ界の生ける伝説。代表作に『ポーの一族』『トーマの心臓』など。
(※14)大島弓子…『綿の国星』『バナナブレッドのプディング』など美しく叙情的な物語世界は多くの少女を魅了。
(※15)ジルベール…竹宮惠子『風と木の詩』に登場する性悪だが小悪魔的な魅力のある少年。『何食べ』で登場人物のニックネームに。
(※16)『モーニング』…講談社の青年マンガ誌。『コウノドリ』『GIANT KILLING』などが人気。最近は『ハコヅメ』『サイクリーマン』がおもしろい。
(※17)『なかよし』…講談社の少女マンガ誌。来年で創刊65年。『キャンディ・キャンディ』『美少女戦士セーラームーン』など数多くの名作を生み出してきた。