いくえみ綾、画業40周年「いつも、人の心が動く瞬間を描きたい」
大人になった今も私たちが少女マンガに夢中でいられるのは、大人の鑑賞にたえる少女マンガの土壌が豊かに育ったおかげ。今年デビュー40周年を迎えたいくえみ綾さんも少女マンガを進化させてきたひとりである。一昨年のドラマ化でも話題になった『あなたのことはそれほど』はまさに大人の恋愛漫画で読み返すたびにドキドキしてしまう。
【写真】ドラマ版も人気を博した『あなたのことはそれほど』の1コマを公開!
「特に不倫を描こうと思ったのではなく、あの設定でキャラクターをそれぞれ創って、“さてどう動きますかね、ワクワク”みたいな感じで描いていました」
視聴者の反応がおもしろかった
いくえみ漫画の魅力は、なにげないひと言が人間関係に影響を及ぼす瞬間がていねいに描かれていること。どの登場人物も愛おしく思えてたまらない。
「いつも“人の心が動く瞬間”を描きたいと思っていて、そこを大事にしています。自分でも先が見えないまま進めましたが、キャラができていたのでサクサクとひどい人たちを描けました(笑)。ひどい、というのは読者さんやドラマの視聴者のみなさんの感想で、私はあまりそうは思ってなくて。クズだなんだとひどい言われようなのがちょっとおもしろかったです」
10月からスタートするドラマ『G線上のあなたと私』では、『あなそれ』で美都を演じた波瑠さんが、再びいくえみヒロインを演じる。まったく違うタイプの主人公だけにより注目が集まっている。
「波瑠さんには『あなそれ』ですべての女性を敵にまわすようなキャラクターを演じていただき、たぶん、ご本人も葛藤があったかと思うのですが、対談させていただいたときに感じた波瑠さんの強さみたいなものを美都の中にも垣間見れて、すごく新鮮で、とてもよかったと思います。『G線』の也映子はごく普通のちょっとおとぼけ女子なので、キュートな演技を楽しみにしています」
出会いの奇跡を描き出す名手
『G線上のあなたと私』はバイオリン教室が舞台。アラサー女子に主婦に大学生男子と、生活環境が違う人々が出会い、自然に関係を深めていくさまは微笑ましくもうらやましい。
「自分も大人のバイオリン教室に通っているので、そこからできた話です。ロマンスなどはまったくありませんが」
平凡に見える人にも個々の物語があり、誰かの人生と交錯したときに何かが生まれる。いくえみさんは、そうした小さな瞬間をすくいあげる名手。著作がメディア化されることの多い一方で、最近は作家・伊坂幸太郎の小説『アイネクライネナハトムジーク』のコミカライズも手がけた。ここでもいくえみ節は健在、その妙味を堪能できる。
「伊坂さんからご指名をいただき、とてもうれしくてもう描くしかないと思ってやってみたら、文章にあるものを絵にするというのはこんなに大変なのかと……。ネーム作りも“このセリフは絶対いる”“これもこれも後で効いてくるエピソードだから”と、捨てるところがなくて、ページ数も増えてしまって。これほんとに私描けるかなと何度も不安になりました。
でも、終わってみれば、元のお話がすごくきちんとできているので“私、おもしろいお話描いた!”と勘違いしてうれしくなるほどやりきった感があって、結果、とてもいいお仕事をさせていただきました」
『ココハナ』11月号(9/28発売)よりスタートした新連載『1日2回』も注目作だ。お互い結婚していたがひとり身になった幼なじみの男女を主人公とした、いくえみ先生初のアラフォーものである。
「(6月号掲載の読み切りを描いたとき)何も決めずに予告カットを出したら、担当さんが“アラフォーにも見えますね”とおっしゃったので、その設定にしました。読み切りのつもりが連載1回目みたいになってしまったので、そのまま連載になりました」
マンガ家生活40年の長い道のりを、いくえみさんはこう振り返る。
「私としてはただ好きなことをコツコツと続けてきただけで特別なこととも思っていなかったのですが、受け止め続けてくれた読者さんがいてこその40年です。読んで喜んでくれる人がいてこその漫画描きなので、これからも誰かが一瞬でもおもしろいなあと思ってもらえるものを描いていけたらと思っています」
(構成・文/粟生こずえ)
《PROFILE》
いくえみ綾さん ◎北海道生まれ。恋愛漫画の名手として知られる少女マンガ界のトップランナー。『潔く柔く』(集英社)など著書多数。「FEEL YOUNG」で『そろえてちょうだい?』、「月刊!スピリッツ」で『おやすみカラスまた来てね。』、「ココハナ」で『1日2回』を連載中。